第149話 再会
夕食は有りものを適当に齧り付いてすませ、辺りもすっかり暗くなったところで、竜郎はジャンヌに《真体化》してくれるように言った。
ジャンヌは《幼体化》状態から一気に《真体化》して、巨大な姿に変貌を遂げた。
「─────っ、お、おっきいですね……」
「ん? その辺の事は《万象解識眼》では解らないのか? てっきりもう色々ばれてるんだと思って、開き直ってたんだが……」
「いえ、カルディナさん、ジャンヌさん、ナナが、タツロウさんの魔力から造られているという事は、この目を発動させて初めて見た時に解ってはいたんですが」
「ですが?」
「ある程度深く見るには集中しなければいけませんし、パッと見ただけではどんな特性を持っているかまでは解りません。あまり使いすぎると、直ぐに体力を消耗して倒れてしまいますし」
「なんか、大変なスキルだね。でもそうなると、逆に直接見せなきゃバレなかった事も、もしかしてあったりしたの?」
「ええ……」
何とも答え辛そうにそう言ったリアに、竜郎と愛衣はやっちまったなーと顔で見合わせた。
しかしもう過ぎてしまった事であるし、リア自身も《万象解識眼》という人に知られたくない能力を持っているという事をこちらも知っている。
それに何よりペラペラこちらの情報をしゃべる様な子にも見えないので、とりあえず良しとして博士にピポリンを届けることを最優先に動き始めた。
まずピポリンを収納した水の入った金属の容器を愛衣が軽々と持ち上げて、あまり揺らさないようにして腹這いになってくれているジャンヌの背に上って行く。
そして一旦容器を背において竜郎を引き上げると、自力では体力的にも昇れないリアを負んぶしてもう一度上り直した。
「お手数おかけします…」
「いいってことよー」
またまた申し訳なさそうな顔をするリアに、愛衣はニカッと笑い飛ばした。
その顔にリアは一瞬キョトンとするものの、少しはにかんで礼を述べたのだった。
それからリアは体力も器用さもダントツで無いようなので、落っこちないようにワイヤーでジャンヌに固定した。
そして最後に奈々が浮遊してジャンヌに昇ると、カルディナが探査魔法を使いながら一度周囲を飛び回って異常がないか確認したのち、この辺り一帯に誰もいない事を竜郎達に伝えてきた。
「よし、それじゃあ闇魔法でジャンヌを覆うぞ。準備はいいか、ジャンヌ?」
「ヒヒーーン!」
準備万端だとばかりに元気な声で鳴いてくれたので、竜郎は右手に持った杖から闇魔法を噴出してジャンヌに纏わせていく。
そして真っ黒では月明かりの下では逆に目立ってしまうので、左手から月明かりに似せた光をだして、遠目からは解らない程度に今日の夜空に偽装した。
「ん~……。ちょっと微妙だなあ。カルディナ、外側から見てどうだ?」
「ピュィーー」
「まあまあいけそう、だそうですの」
「まあまあね。即席にしては良い方か。それじゃあジャンヌ、あまり揺らさないように飛んでくれ」
「ヒヒーーン」
竜郎の声に反応するや否や、巨体が空へとゆっくり浮かび上がっていった。
空に舞い上がるのが初めてなリアは、なれない浮遊感におっかなびっくりな様子であったが、やがて目に映る月明かりに照らされた大地を唖然と見つめていた。
それを道中奈々がからかってリアがむくれるという事もあったのだが、そこは割愛させてもらおう。
そうしてジャンヌの頑張りにより犀車では通れない場所もスイスイ通り過ぎ、夜の帳が落ち切る前にカルディナに誰もいない場所を見つけてきてもらい、町とそこへ向かう石畳の道から少し外れた場所にゆっくりと着地した。
それから直ぐに愛衣は水槽を持ってゆっくり降り、皆が降りるのを手伝った。そして全員が背中からいなくなったのを確認したジャンヌは、これから町に入るのでお礼をいって一撫でしてから一旦竜郎の中に戻って貰った。
「それで、こっからはどうするの? 堂々とリアちゃんを入町させるのは不味くない?」
「かといって体調の面もあるから一人にはできないし、ここは冒険者ランクの恩恵に与ろう」
「「「「???」」」」
竜郎と愛衣と奈々は揃って人一人が余裕で入れそうな金属の箱を乗せたキャリーカートを押し歩き、町の門へと向かっていた。
そしてそのまま並ぶ人々を横目に門の前に設置された詰所にまで進んでいき、そこにいた中年で少しお腹の出た男性の衛兵に声をかけた。
「すいません。急ぎこの町の博士に依頼の品を届けたいので、今すぐ町へ入れて貰えませんか?」
「は? いやいや君達ね、順番が──……いや、身分証を見せて貰えますか?」
「はい。これです」
初めは何をこの子達は言っているのだと呆れた顔をしていた衛兵は、高ランク冒険者の少年少女がこの町を出入りしているという情報を聞いていたことを思い出し、念の為確認をとってみた。
すると案の定、一番小さな奈々は普通の冒険者となっているが、竜郎と愛衣は紛れもなく高ランク冒険者で間違いなかった。
「おっと、これは失礼しました。あれ? 博士の依頼ってまさか──、ナツェート滝からピポリンを生け捕りしてきたのですかな!?」
「そうです。一応弱ったりしないように大き目の容器に閉じ込めてあるのですが、それでも狭いでしょうし、できるだけ弱ってしまう前に博士に渡したいのです。
順番を守っている方々には申し訳ないのですが、今回ばかりは早く入れて貰えませんか?」
「へえぇーー。ほんとに、あんなところにいたんだなあ……」
衛兵の男はひどく感心したような声で、竜郎達が引くキャリーカートに乗った中身の見えない金属の箱を繁々と見つめた。
「えーと、それで通ってもよろしいでしょうか?」
「えっ? ああ、すいません。そっちの小さい子は連れの方でいいんですよね?」
「はい、そうです」
「なら、どうぞ御一緒にお通り下さい」
「ありがとうございます」
「ありがとー」「ありがとうですの」
「いやいや、めっそうもないっ」
こちらが礼を言って深く頭を下げると、衛兵の男もなぜかペコペコお辞儀しだして、何だか良く解らない事になってきたので、程々にして竜郎達はそそくさと町へと入っていった。
その後ろ姿を衛兵の男が笑顔で見送っていると、それを遠目に見ていた同僚が後ろから声をかけてきた。
「おい、トミー。子供相手に何ペコペコして町にいれてるんだよ」
「バカおめえ、あの方々は高ランクの冒険者だぞ」
「えっ。んじゃあ、あの子らがコレットの言ってた」
「そうだよ。高ランクの商会ギルド連中と違って、さすが冒険者の方は礼儀がなっていらっしゃるぜ。くぅ~、あいつらに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぜ」
「はははっ、あんまり大声でそんなこと言うと、その連中に聞こえちまうぜ?」
「だな。ああでも、同じ商会ギルドでも、あの人はいつも気さくだよな」
「ああ、あの人ね。結局、所違えばなんとやらってやつなのかもな」
「ははっ、違いねえ」
そんな雑談の後、男の衛兵たちは持ち場へと戻って行ったのであった。
まんまとリアを二層構造になった金属の容器の下の段に入れて入る事ができた竜郎たちは、急ぎ博士の家に向かっていた。
「それにしても、こんな怪しい荷物を探査魔法一つかけないで入れちゃうなんてね」
「ああ。結構軽い気持ちでランクを受け取ったが、思っていた以上に社会的地位の高いもので、ちょっといいのかなって気になってくるよ」
「渡すかどうか決めたのは向こうなのですから、おとーさまが気にする事ございませんの」
「まあ、そうなんだがなあ」
「小市民の私達にとっては、そんな簡単にやったあーって風には出来ないんだよ」
「んー、わたくしには解りませんの」
小首を傾げてトテトテ早足でキャリーカートを押すのを手伝ってくれる奈々に、竜郎と愛衣は片手でその頭を撫でてあげた。
そして近くに誰もいなくなったところで、リアの安否を確認しておいた。
「リア、狭いだろうがまだ平気か?」
「はい、ちょっとお尻が痛いですが、ただじっとしているだけでいいので、もうしばらくは何とかなりそうです」
「できるだけ急ぐから、それまで頑張ってね」
「頑張るですの!」
「はい。頑張ります!」
リアのまだ余裕のありそうな声音に一安心しながら、その後は今後について念話を交えて会話しつつ、早足で博士の家に向かった。
そうして迷うことなくたどり着くと、玄関のある扉に行ける唯一の通路に入って行く。
するとまた敷地内に入った瞬間に、入り口近くにあった植物が急に震えだし、その枝の先に着いていた鈴が大きな音を立て始めた。
今回は予想していた事なので、もう驚くことなく待っていると、やがて玄関の扉がバンッと音を立てて開き博士──ではなく。見覚えのある人物が、出迎えてくれた。
「やあ、待っていたよータツロウくん、アイくん。そして…………見知らぬちびっ子くん!」
「ちびっ子とは失礼ですの! 奈々ですの!」
「「レジナルドさん!?」」
そう。そこには竜郎達も世話になったことのある、大商家の当主の筋肉ダルマ。レジナルド・マクダモットその人であった。
そして突然の意味の解らない再会に目を丸くしていると、遅れて博士がどたどたとあまり運動神経の良くなさそうな走りで、息を切らせレジナルドの後ろから飛び出してきた。
「お前達! ここに来たということは、本当にピポリンをっ!?」
「はい、ここに」
「───よっし!! これで研究が前に進むぞ! はっ、早く家の中に入ってくれ!」
待ちわびたプレゼントを前にした子供のように、博士はハイテンションでガッツポーツを決めると、それだけまくし立てて家の中に入っていき、どたばたと何かをし始めていた。
それに竜郎と愛衣、奈々が顔を見合わせていると、レジナルドに声をかけられ、よく状況の解らぬままにカートを押して入って行った。
レジナルドに続くようにして屋内に入って行くと、入り口付近が最低限の通り道以外、植物の入った透明のケースでごった返していた。
几帳面そうな博士の性格からして、こんなに散らかすとは思えなかったのだが、その答えは奥の部屋にあった。
「これは水槽ですか?」
「そうだよ、タツロウくん。我が家が総力を挙げて、職人から材料まで揃えて造りだした最高傑作さ」
「ふえー。気合入ってんねー」
そこには直径三メートル程の球体の分厚い透明なガラスの様なもので造られた水槽があり、その上下には、四角く黒いボックスがそれぞれ取り付けられていた。
どうやらこれを部屋に置くために、ここに置いてあったものを移動した結果、水槽のある部屋以外の場所がとっ散らかってしまったらしい。
そして博士はその水槽に備え付けられていた着脱式の階段を上って、上に装着されている黒いボックスの天頂部にある大きなバルブを捻るとそこが蓋のようにパカッと開いた。
「さあっ、どっちでもいいから早くピポリンをこの水槽に入れて見せてくれ!」
「えーと、ただの水槽ってわけじゃないんですよね?」
「もちろん。強度は下手な金属よりも高く、上下の魔道具で水圧対策もばっちりさ。遠慮なく、入れておいで」
「解りました。それじゃあ、愛衣。頼んでいいか?」
「がってんだい」
水槽の製作にかかわったというレジナルドに念の為の確認をとると、竜郎は金属の箱の上の一層目。つまり、ピポリンの入っている方の部分だけ土魔法で切り離した。
その時、レジナルドは目ざとく残った下の箱が気になっているようだが、一先ず無視して愛衣がピポリンの容器を持ち上げて、博士がまだかまだかと下に降りて体を揺すっている所まで歩いて行く。
そして、階段を上って蓋のあいた水槽の中へ金属の箱の蓋をべりっともぎ取ってピポリンを入れた。
「よしっ、すぐに蓋をしてバルブを回して閉めてくれ!」
「おっけー。よっこらせっ──と」
「それが終わったら、バルブの近くにある青いボタンを押してくれ!」
「はいはい。青いボタン……ボタン……あった、これね。ぽちっとな──うわっ」
博士の指示通りに愛衣が蓋を閉めボタンを押すと、一瞬だけ水槽全体に青色で描かれた魔方陣のような物が浮かび上がり、魔力が水槽の中に満ちていくのが竜郎の目に写った。
そしてより広い所に入れられたピポリンは少しウロウロと水槽を泳ぎ回った後、底の部分に置かれた石を、腹部にはえているカニの様な四本の足でしっかりと掴んで動きを止めた。
その姿を博士はじぃ─────っと見つめて、何かピポリンに不備はないか観察していた。
「レジナルドさん。今更ですけど、あれがピポリンでいいんですよね」
「ああ、間違いないよ。しかし、本当に連れてくるとはねえ。さすがは君たちと言った所かな」
「褒めても何も出ませんよ」
「おや、それは残念だね」
レジナルドはおどけたように肩を竦めて、爽やかな筋肉スマイルを浮かべた。
それに竜郎は暑苦しいなあと視線を外し、目の保養にとこちらに空の容器を持って帰ってくる愛衣に小さく手を振って微笑みかけたのだった。