第14話 色んな生き方と現地調達
「たつろー、あれあれ、見て見てっ」
探査魔法を使ってから三時間も歩いた頃。
愛衣が声を潜めながらも、興奮した面持ちで竜郎の袖を引っ張った。
それになんだと竜郎が指さす方を見てみると、そこには太く高い木の枝にちょこんと座ったリスに似た動物が、カリカリと手に持った木の実を齧っていた。
「この森にもああいうのがいるんだなぁ。ちょっとホッとしたわ」
「でしょー、ああ~荒んだ心が癒される~。持ってっちゃ駄目かな?」
「うちにそんな余裕ありません。返してきなさい」
「まだ持ってきてないよっ。
あーでもそうだよねー、自分たちの明日のご飯すら危ういんだから。うー残念…」
「弱肉強食のこの森の中で頑張って生きてんだ、そっとしといてやろう」
「それもそう…か。脅かすのもなんだし、このまま静かに行こ」
「わかった」
そうして、なるべく足音を立てない様に二人が歩いていると、空から五十センチほどの黒い鳥がいきなり飛んできて、リス似の動物に襲いかかろうとした。
「おいっ」「あぶないっ」
二人は驚いて声をあげることしかできず、鳥の餌になるイメージが思い浮かんだ──その瞬間、リス似が座っている木の裏側から、大きな蛇が顔をだしバクッと鳥に噛みつくと、そのまま口の中へと飲み込んでいった。
その間もリス似は動じることなく木の実を食べ終えると、蛇の上に乗って森の奥へ消えていった。
「「…………」」
それを二人はただただ呆然と見続けた。
「な、なんだったのさっきの…」
「た、たぶん、共生関係だったんじゃないか?
リス似が囮になって蛇の餌を誘き出す代わりに、森の中で守ってもらえるとかそんなん」
プラス非常食という言葉も頭に浮かんだが、純粋な共生関係かもしれないしと竜郎はあえて言うのを止めた。
「あ、あー共生関係ね。なんか地球にもいたよね。イソギンチャクとなんかのお魚で」
「クマノミだったかな?」
「そうそのクマさん」
「クマさんて……」
竜郎の脳内で、熊とイソギンチャクが戯れている映像が一瞬浮かんだが、すぐに脳外へ追い出した。
「もうりっすんもいなくなっちゃったし、出発しよ」
「りっすん? もしかしてあのリス似の動物のことか?」
「そうだよ、リス似じゃ可哀そうだし」
「そうか」
りっすんと今までの愛衣のネーミングを思いだし、もし将来二人の間に子供が生まれても、名前は自分が付けよう。
と、竜郎が心に決めた瞬間だった。
それから数時間、西?に傾きだした太陽に照らされながら、二人は歩き通していた。
「もう森の半分は過ぎた…よね」
「ちょっと待ってくれ、今調べる。………ああ、半分は過ぎてる」
「ん、そっか」
朝におにぎり半分食べたきりで、残りは駄菓子や飴を少し食べているだけ。その状況で歩き続けているせいで、二人の口数は減ってきていた。
しかし、それでも歩き続ける二人の目には、川の中を悠々と泳ぐ魚が映っていた。
「たつろー、あの魚やっぱ食べちゃ駄目かな」
「気持ちは解るがあれが大丈夫か解らない……ん……じゃ……──いや、今なら、もしかして……解るか?」
「……解る? ……もしかして解魔法?」
「ああ、解析もできたはずだ。断言はできないがやってみる価値はある」
竜郎は初めて解魔法を使った時のことを思い出していた。あの時に押し付けられた情報量はすさまじかった。あれだけのことができるのなら、危険かそうでないかの判断くらいは可能なはずだと、半ば確信を持っていた。
「じゃあ、私が捕まえるよ。今の身体能力なら、素手でも魚の一匹や十匹──」
「いや、捕まえるのをやってもらうが、土魔法で道具を作るよ」
「土魔法で?」
「ああ、ヒレが刺さったり、噛みつかれたりするかもしれないし」
そうして急遽、魚捕獲作戦が決行された。
まず竜郎は、石を足で乱暴にかき集めると、《土魔法 Lv.5》に《光魔法 Lv.5》を使って力の強化をして行使した。
まずは土属性+α光の魔力を石一つ一つの中にしっかりと浸透させる。
それから石にイメージを送り込むように念じると、石が液体のように形を失い交じり合い、竜郎のイメージ通りの形に姿を変えた。
「すごーい! 石がスライムみたいになってたっ」
「土魔法もレベルが上がったし、光魔法でもブーストしたから今ではこんなことができるようになった」
そうして見せたのは柄が三十センチほどで、その先に網目状になった石の網がついたものだった。
形としては金魚掬いのポイが近いが少し違う点は、より捕まえやすいように中央がやや凹んでいる所だろうか。
「へー、これは石でできた網?かな。こんな細かいこともできるようになったんだあ」
「ああ、これで掬ってみてくれ」
そう言って愛衣に石網を手渡すと、竜郎は今度も石を適当に集めて成型し直し、魚を入れるタライを作ってみせた。
「んで、こん中に入れてくれ」
「おっけー」
愛衣は石網を右手に持ち、川面をじっと見つめる。水魔法で水をいれた石タライを自分の横に手繰り寄せると、「はっ」という声と共に、一瞬で魚を掠うとその中に流れるように放り込んだ。
「まずは一匹目っ」
口元に狩人の笑みを浮かべた愛衣は、それから瞬く間に六匹の魚を掬い上げた。
「んじゃ、こっからは俺の仕事だな」
竜郎はタライに近づき、三種類の魚が混じって泳ぐ様を見つめると、愛衣が背中に抱きつくようにしてくっついて、作業を見学し始めた。
正直重いと思った竜郎だったが、背中に感じる柔らかな感触の前には問題ないと、解魔法を発動した。
まずは見た目からして一番危なそうな魚から視ることにした。
それは青色に小さな薄黄の斑点が着いている魚で、ヒレの骨が棘のように尖っており、さらに口元をよく見ると、鋭く小さな歯がずらりと並んでいた。
竜郎は解魔法の魔力を水伝いにその魚へ流し込んだ。
そして食べられるかどうかという情報に限って取得するようにイメージし、情報の収集に入った。
結果はNO、ヒレの棘に毒、血も毒、歯には毒はなし。と出た。
次は日本で言う鮎に酷似した魚だった。
これなら食えるだろうと高を括っていた竜郎だったが、またしてもNO。
内臓の一つに毒袋が見つかった。それ以外は問題ないようだが、どういった毒なのか判別できないので、取り出す勇気はない。
最後の種類、これは似ている魚を挙げるとすればイワナに近いと言えなくもない容姿だった。
しかし、もうこの川は毒魚パラダイスなんだと半ば諦めながら解析すると、なんとYES。
毒はどこにも見当たらない。どうやら食べられるようだった。
「愛衣、こいつとこいつは捨ててくれ、こいつらは食えない」
「わかったー、ぽいぽいっと」
ぱっと竜郎の背中から離れると、愛衣は石網を使ってすぐに四匹の魚を川に返した。
そして残った魚を前に、竜郎は一旦離れてまた石を集め生成を何度か繰り返し、まな板、包丁、そして理科の実験で使ったような、三脚台に石の網が嵌められた焼くための道具、トレイ、箸を二膳生成した。
「おおう、もう何でもアリだね」
「いや、形を真似てるだけだからまな板はともかく、包丁は気を付けないと刃先がすぐ割れると思う」
「ありゃりゃ、んで……これから捌くんだよね?」
「ああ、そっちも俺がやる。どれくらいで包丁がダメになるかは解ってるから」
「う、うん」
そうして竜郎はタライから水を抜き一匹をガシッと掴んでまな板に載せると、右手に持った包丁をゆっくりとエラの下あたりに入れ、刃先を割らないように慎重に切断していった。
しかし骨を切る時に力加減を間違え、刃先が少し欠けてしまう。
竜郎はそれをすぐに修復し首元から腹、尾となぞるように半分に下ろし、広げて内臓と骨を取り除く。そして残った身を皮からとって、トレイに載せていく。
残りの一匹も同じようにさばいていき、計二匹分の少々ばらけた切り身がトレイの上に置かれた。
「たつろーって魚捌いたことあるの?」
「ない。すべてなんとなくでやった」
「内臓とか顔色変えずに処理してたから、やったことあるのかと思った」
「いや、あまりにもグロすぎて心を無にしてやってた。
集中スキルが発動してた気がするし、そのおかげだろ」
「へえー、やっぱり私も《集中》を取っとこうかな」
「まあ、いざという時に使えるかもな」
そう言って、今度は水魔法を使って水球を造り、その中に切り身のいくつかをポイポイ入れていく。
「何してるの?」
「いや、一応焼く前に綺麗に洗っとこうと思って」
「それで洗えるの?」
「まあ、見とけ」
竜郎は不敵に笑うと、水球の中の水をゆっくりとグルグル回し、切り身を崩さないように丁寧に洗っていく。それを何度か繰り返し、三脚台の網の上に全ての身が置かれた。
「後は焼きます」
「火魔法の出番だね」
「おう」
手を三脚台の網の下に持っていき、火力に注意しながら火で焼いていく。
裏が焼けたら、愛衣に箸でひっくり返してもらう。それから両面にしっかり火が通ったことを確認し、二人は箸を持って横に並んだ。
「いっておくが調味料も何もなかったから、味は微妙だと思う」
「大丈夫、今は食べられれば多少不味くてもいいよ。では」
「「いただきます」」
二人で手を合わせてから、網の上に箸を伸ばし魚を口に入れた。
「うーん、想像通り微妙だけど、不味いってほどでもないな」
「うん、まあこれなら大丈夫」
そう言いながらも二人でちょうど半分ずつ食べ、すぐに完食した。
「ふう、現地で食料が確保できると解ったのは良かったな」
「うん、それだけでも精神的に楽になったよね。これなら後一日ならしっかり行けそう」
「ああ、残りも頑張っていこう」
「おー!」