第145話 見知らぬ迷い人
深い深いとは聞いていたが、予想以上に深かったその滝壺に空いた穴の中から、どうやって一匹の魔物を捜索するのか。
そんな事を先ほどからカルディナ達も奈々の通訳を交えて話しているのだが、いっこうに良案は出てこなかった。
「それにしても、いくらなんでも深すぎじゃないか? どうやったらあんな大穴が、あんな所にあくんだよ」
「隕石がどかーーーん。ってなったとか」
「もしそうなら、あんなに細長い穴ではないような気がしますの」
「そうそう──って、すまん。話がそれたな。
ん~今よりもっと探査範囲を広げるには今以上に解魔法を上げるってのが一番なんだろうが、その場合上限解放じゃなくて、11レベルにしないと効果は薄いみたいだし……。どうしようかなあ」
「魔力でごり押しして、無理やり探査範囲を拡張とかできないの?」
「出来ない事は無いが、その場合恐ろしい量の魔力が必要になるだろうな」
「気魔混合でやるとか」
「あれは集中力を求められすぎて、繊細な解魔法には向かないな。火力を上げるだけなら、あれほどの物はないんだが。うーん……」
竜郎は腕を組んで唸りながら頭を働かせるも、上手い案が思い浮かばない。
愛衣も考えようとはするが、魔法関連はさっぱりなので半ば今日の晩御飯の事を考えていた。
そんな中、奈々だけが一つこれならできるのではないかと案を思いついたのだが、内容が内容だけになかなか言いだすことができなかった。
しかしカルディナとジャンヌだけは、そのことになんとなく気が付いていた。なのでジャンヌは目で合図し、それを受け取ったカルディナは大きくうなずいた。
「ピュィーーー」
「ん? どうしたカルディナ。何かいいことでも思いついたのか?」
「ヒヒーーーン」
「ちょ、ちょっとおねーさま方っ」
カルディナは竜郎と愛衣の視線を集めてから、ジャンヌと一緒に奈々の背中を押し、「うちの妹が何かあるよ」とアピールしてきた。
「奈々ちゃんに、何かあるの?」
「ピューー」「ヒヒン」
「そうなのか? 奈々、何かあるなら遠慮せずに言ってくれ。それからできるかどうか、やるかどうかを判断すればいいんだから」
「で、ですが……。わたくしが、この方法に抵抗があるんですの……」
「奈々ちゃんが?」
「はいですの……」
「それは、奈々だけが嫌な思いをする方法なのか?
それなら答えなくていいぞ。そこまでして、俺たちはやろうとは思わないんだから」
「わたくしがというより……、おかーさまが嫌な思いをするかもしれないですの」
「私が?」
奈々になら大抵のことをされても怒らない自信のある愛衣は、不思議そうな顔で自分の顔を指差した。
そして困った顔をする奈々に対し、愛衣は優しく微笑みながらその頭を撫でた。
「ん~。良く解んないし、何を言っても許すから、一度聞かせてくれないかな」
「わたくしのことを、キライにならないですの?」
「ならないよ。だって奈々ちゃんのこと大好きなんだもん、ね?」
愛衣の母性に満ちた顔に奈々の決心も固まり、一度息を大きく吸い込んでその案を口にした。
「《竜吸精》を──、おかーさまに使うという方法ですの」
「愛衣に《竜吸精》を? それまたどうして?」
「お忘れですか? わたくしたちはおとーさまの魔力の塊。なので、わたくし達の魔力はおとーさまと共有できますの」
「それってつまり、奈々ちゃんが私から精気を吸い取って、それで魔力を作るって事? それは私大丈夫なのかな」
「おかーさまの気力量と回復量は、はっきり言って異常です。
そして精気と気力はかなり似たものなので、気力を体内でうまく循環し精気を回復し続ければ、かなりの魔力を、わたくしに溜め込むことができるはずですの」
「そして俺とカルディナがその魔力を共有して、そこから大量に使って水中探査の魔法を使えば、魔力で探査範囲の拡張を無理やり促せるって事か」
「そうですの。そして《竜吸精》を使えば、魔力よりもさらに上質なエネルギーの竜力を生成できますの。
なのでそれをわたくしと、ジャンヌおねーさまで魔力に変換し続ければ、今おとーさまが想定している以上に、大きな魔力を扱う事が出来るはずですの」
つまり簡単にまとめてしまうと、愛衣が気力で精気を回復しつづけている間に、奈々が致命傷にならないように調整しながら《竜吸精》でそれを吸収し続ける。
そしてそこで得た竜力を、ジャンヌと奈々で共有しながら魔力に変換して竜郎とカルディナに渡す。
こうして、魔力の錬金術が完成するのだそうだ。
「そっか、私に攻撃スキルを使うのが嫌だったんだね。別にすぐに言ってくれても良かったのに」
「ですが、やっぱり大好きなおかーさまに攻撃など……」
「悪意があるわけでもなく、状況を何とか打破しようとして一生懸命奈々ちゃんが考えたことを、私は攻撃だなんて思わないよ」
「そうなんですの?」
「ですのですの~なんてね」
「う~、マネしないで欲しいですの~」
すっかり愛衣と奈々がいちゃつきだした所で、竜郎もほっこりしながら、二人が落ち着くのをまった。
そして新たな策を持った竜郎達は、先ほど造った橋にのって眼下に滝壺を見ていた。
一番端には竜郎と、その上で飛んでいるカルディナ。そしてジャンヌと、《真体化》した奈々。最後列に愛衣。そんな順番で並び、各々心の準備を整えてからいよいよ決行の時となった。
まず愛衣は気力を体中に循環させて、精気を目一杯高めていく。
それを確認した奈々は頭の牛角を振るわせて、愛衣に《竜吸精》を行って精気を吸い取り、竜力を得ていく。
そして奈々はそれを同時進行で、ジャンヌはそれだけを集中する様にその竜力をせっせと魔力に変換し、竜郎とカルディナに渡していく。
最後に竜郎とカルディナが、貰った端から魔力を湯水のように消費して、水中探査の魔法を行使した。
一切惜しむことなく魔力を使ったおかげで、本来竜郎とカルディナのスキルレベルと魔力だけでは探査できない程の範囲を得て、滝壺の下に伸びる穴にいる魔物を探し出していった。
小さな魚が何匹かいる程度で、他に変わった生物の存在など見当たらない。
いくら愛衣に助けて貰っているとはいえ、そろそろ探査範囲を嵩増しさせるのにも限界を感じ、もういないのではないかと諦めかけてきたその瞬間。反応はあった。
「あっ」『何かいた!』
『それは魔物!?』
『ああ、一匹だけで死んだように動かずに、壁にへばりついてる』
『それがピピポンってのは解る?』
『名前まではちょっとあれだけど、他に魔物らしき反応はないし、こいつで間違いないだろう。というか、これで違ったらもう知らん。
あと愛衣が滅茶苦茶な名前ばかり言うから、魔物の本名がなんだったか解らなくなったぞ』
『てへへ、すまんすまん。それで、どうやって捕まえるの?』
『位置は覚えた。その上でまったく動く気配もないし、これでいけるかもって案はある。だから一旦、岸に戻ろう』
『解った。』「奈々ちゃん、もういいよ」
「はいですの」
そうして、無茶な魔力増幅技は奈々を起点に打ち切った。
と、そこまでは良かったのだが、竜郎は念の為にと余った魔力でさらに下あたりに探査魔法をかけると、驚くべき反応があった。
しかし、自分一人では抱えきれない余剰魔力で行っていたせいで、一瞬しかその反応を感じ取る事が出来なかった事も有り、竜郎もカルディナと共に水中探査の魔法を止めて、もうすでに先へ行ってしまっているジャンヌたちのお尻を追いかけた。
それから橋を降りた竜郎は、魔物の反応があったことよりも、最後に一瞬だけ感じ取った反応が気になっていた。
それを愛衣が敏感に察知して、何かあると竜郎に問いかけてきた。
「たつろー、他に気になる事でもあったの?」
「あ、ああ……。でも、一瞬だったし気のせいかとも思うんだが、それでもいいか?」
「勿論。何でも私には話してよ」
「そうだな。実はだな、あの魔物のいた位置からまた少し下に行った所に、ダンジョンの入り口らしき反応があったんだ」
「ええっ、あんなとこに!?」
想像だにしていなかった存在に愛衣が仰天していると、奈々が冷静に話に加わってきた。
「そんなところにダンジョンが出来ても、誰も入れないんじゃありませんの?」
「だよなあ。さすがにあそこまで生身で行くのは、俺達でも恐いし。
ただまあ……似たような別の何かかも知れないから、この情報は脇に置いておこう」
「考えても解らなそうだし、本来の目的優先の方がいいしね」
などと、もう捕まえた気でいる竜郎達であったのだが、再び周囲の探査に戻ってくれたカルディナが、近くに生き物の反応がある事を教えてくれた。
「今度は何だ……って、人間かこれ?」
「ピユィッ」
「カルディナおねーさまも、同意見だそうです」
「どこどこ?」
「ほら、あっちの方から、何かゆっくりと……これは怪我でもしてるのか?」
愛衣にもその何者かの居場所が解る様に、竜郎達が来た方角とは逆にある森林地帯に人差し指を向けつつ、さらなる情報を探っていった。
その人物は奈々よりも少し身長が大きいくらいのサイズで、病気かもしくは怪我でもしているのか、フラフラと覚束ない歩調で竜郎達の方に向かってきていた。
余りにも怪しかった為に、警戒心をむき出しでそちらに視線をやっていると、見えてきたのは銀髪で、肌が浅黒く、耳が上にとんがった形をした可愛らしい顔の少女であった。
見れば着ているものは何度も転んだのか、そこかしこに土や解れが目立っており、腰には金色に光る短剣を携えていた。
それに竜郎が歩み寄ろうかどうか迷っていると、その少女はどさりと地面に倒れ込んだ。
すぐさま解魔法を使って解析すると、気絶しているのは間違いないようだったので、警戒を解いて皆でそこまで急いで駆けていった。
「どうなっちゃってるの? この子」
「わからない。外傷は……かすり傷しかない。病気…………もなさそうだ。けどそれなのに、ドンドン脈が弱まっていってる」
「ええ!? それってつまり─」
「ほっとけば確実に死ぬっ! 奈々!!」
「はいですの!」
見ず知らずの少女とはいえ、見殺しにするわけにはいかない。
竜郎は奈々と一緒に生魔法を使って何とか復調できないか頑張りつつ、カルディナには原因究明を急いでもらう。
しかし、いくら生魔法を使っても良くなるどころか、この少女に魔力を吸い込まれていき、どんどん呼吸が浅くなっていき、やがて息を引き取っていった。
「そんな…」「ピューィ……」「ですの…」
「まさか……し、死んじゃったの?」
「───残念だけど、この子に俺たちの生魔法が全く効かなかった。
そしてその原因も、全く解らなかった。これじゃあ、どう頑張っても助けようがない…」
「………そっか。こんなに小さいのに死んじゃうなんて、可哀そうだけど私達は何でもできるわけじゃないしね。
せめて、ちゃんとした所に埋葬してあげよ」
「そうだな、そうしよう」
何とも後味が悪い結果となってしまったが、これが現実だと受け止めざるを得ない。なのでせめて死後は丁重にもてなそうと、愛衣の提案で即席で造った棺桶に入れる花を探すことになった。
幸いと今言っていいのかは別として、近くには自然が溢れていたので、野花を詰んで棺桶に入れてあげた。
そうして冒険者ギルドにでも身元を確かめてもらう為に、竜郎は《アイテムボックス》に入れて持ち帰ろうとした。
だが、何故か《アイテムボックス》に入れることができなかった。
「どうしたの?」
「いや、なんでか解らないが、《アイテムボックス》に棺が入らないんだよ」
「え? どれどれ…………ホントだ。全然入らない。奈々ちゃんは?」
「…………わたくしも、同じですの」
「三人共って事は、俺のシステムがバグったってわけじゃあなさそうだな。
それじゃあ、いった──いいいぃぃっ!? 愛衣っ、棺、棺!」
「ひつぎ? って、うううう動いてない!?」
竜郎と愛衣が棺を見ていると、少女の死体しか入っていないはずの棺の蓋がズズッ、ズズッと勝手に横に動き出していた。
しかも一気にではなく、動いては止まり、動いては止まりを繰り返して少しずつなのが、余計に不気味である。
「ピュィッ!? ピィーーューイッ!」
「──っ!? おとーさま、棺の中の少女が息を吹き返したようですの!」
「はあ!? さっき確実に死んで──」
「って、そんな事言ってる場合じゃないよ! 生き返ったのなら早く出してあげないと!」
「あ、ああ。そうだな」
何がなんだが状況がさっぱり解らない二人だったが、まずは生きていたことに喜ぼうと棺に駆け寄ると、愛衣がその蓋をひょいと押し上げた。
すると、先ほど死んだはずの少女が、ぜえぜえと息を切らしながらさっきまで必死で棺の蓋を押していたであろう手を仰向けで上に伸ばした状態で、竜郎の瞳と少女の深紅の瞳が合った。
「あっ、おはようございます。付かぬことを伺いますが、先ほどまで死んでらっしゃったみたいですけど、もしかしてあなたはゾンビ的なアレですか?
だったら噛みついたりとかはしないで頂きたいんですけど、そんな衝動とかある感じですか?」
「何言ってんの、たつろー……」
愛衣は直接死に際に携わっていたわけではないので、竜郎の言が理解できない様子であった。
しかし竜郎からすれば、生命の息吹が消えていくその瞬間まで生々しく魔法越しに観ていたのだ。
そしてここは異世界。ゾンビ的なアレがいたって不思議じゃないじゃん理論の元、少女に他人からしたらアホに聞こえる質問をしたのだ。
しかし質問された側の少女は相変わらず息を切らせたまま、苦しそうに胸を押さえながら、一言も発さず警戒心剥き出しの目で竜郎達を見ていた。
「えーと、目が覚めたらいきなり棺に入れられてたんだもんな、そりゃ警戒するなとは言わないが、せめて話くらいはしてくれないか?
それで君がもう一人で大丈夫だと思えば、俺たちはここから離れるからさ」
「…………………………」
竜郎の方から今度は真面目にアプローチをかけてみても、少女には梨の礫状態で埒が明かなかった。
なので竜郎はカルディナに合図して、今の彼女の容体をこっそり確かめて貰おうとしたその瞬間、少女が大声を上げた。
「その、奇妙な鳥にさせようとしている事をやめてください!」
「おいっ!」「ちょっと!」
なんと少女は腰に差していた金色の短剣を鞘から抜いて、その刃を首元に当て、自害するのも厭わないと本気の目で竜郎達に訴えかけてきた。
そして何故かその瞳の色は、深紅から鮮やかな空色に変わっていたのであった。