第140話 テルゲニ到着
新たな食料供給源を確保した二人は、意気揚々と果菜、根菜、葉菜を一種ずつと、果物類三種ずつを巨大植木鉢に植えて、魔法で仕込みをしてから《アイテムボックス》に時間経過を早く設定してからしまった。
それが終われば、肉にここ何日かですっかり適量を覚えた香辛料をまぶして焼いていく。
それが焼ければ二人で食べる。何度も食べているはずなのに、慣れ過ぎずに美味しいと感じられた。
そして夜食も終わりだと愛衣が片付けの準備を始めようとしていたのだが、竜郎が先ほど食べずに取っておいたリンゴモドキを手に持って、何やら作業を始めていた。
「たつろー、何するの?」
「ああ。せっかくだから、デザートも作ってみようかと思ってな」
「デザート! って、たつろーも料理できないじゃん」
「料理って程の事でもないからな」
「んん?」
「まあ、すぐ解るから見ててくれ」
「はーい」
愛衣が見学モードに入ったところで、竜郎はまず軽銀のインゴットを《アイテムボックス》から取り出した。
そしてそれを土魔法を使って少しだけ取ると、大きな塊の方は再び《アイテムボックス》に戻す。そして次に残った軽銀の欠片を土魔法で薄く紙の様に伸ばしていった。
「それは、アルミホイルみたいだね」
「アルミっぽい金属だし、薄く延ばせば代用できるだろ」
「ほうほう、それからそれから?」
「次は包丁でこの……えーと、これなんて名前の果物だっけ?」
「さあ? もう、リンゴでいいんじゃない?」
「……それもそうだな」
リンゴそのものというほどでもないのだが、見た目も味もかなり似ているので、二人はこの果物をリンゴと呼ぶことに決定した。
そうしてリンゴを、《アイテムボックス》から出したままになっていた俎板の上に乗せて包丁で半分に切ると、さらに四等分、八等分と切っていく。
「んじゃあ、愛衣は芯の部分をこのスプーンでくりぬいてくれ」
「はーい」
愛衣は竜郎から受け取ったスプーンで、言われたとおりに八等分に切られたリンゴから芯をくりぬいていく。
その間に竜郎は残りのリンゴも八等分に切っていき、愛衣にドンドン渡していく。
そうして全て切り終えた竜郎は、愛衣が芯のくりぬき作業をやってる間に《アイテムボックス》からさらに二つの材料を取り出した。
その名は、バターと蜂蜜。バターはそこそこ値の張る物をリャダスで購入し、蜂蜜は蜂型の魔物デプリスとの戦いで得た戦利品だ。
「その蜂蜜って、私達が取ってきた奴だよね。ごたごたのせいで、すっかり忘れてた!」
「だろ。俺も植木鉢の経過時間操作で、《アイテムボックス》を見直してた時に発見して思い出したからな。んで、そっちの作業は終わったか?」
「うん、これで終わりっと」
「よし、それじゃあこのアルミ?ホイルに乗せてくれ」
愛衣はここまでくれば何をするのか理解して、早く食べたい一心で素早くリンゴを何枚かに分けておかれたアルミホイルに乗せていった。
そうして乗せ終えたところで、その全てに蜂蜜と火魔法で溶かしたバターをかけていき、アルミホイルで包んで肉を焼いた網の上に乗せて火で炙っていった。
「焼きリンゴかあ。確かにこれなら料理というほどでもないし、ナイスチョイス!」
「だろ。蜂蜜も使ってみたかったし、一石二鳥だ」
「ねね。ちょっと蜂蜜くださいな♪」
「ああいいぞ。俺もまだ食べてないが、まずは発案者の愛衣から食べてみてくれ。
ちなみに解魔法で毒や副作用が無いかとかは確認済みだ」
「なら安心だね」
そう言いながら愛衣は、竜郎が《アイテムボックス》から蜂蜜を闇魔法で軽くしながら造った鉄の入れものに出して渡した。
愛衣はワクワクしながら、その入れ物にスプーンを入れて舐めてみると……。
「あまーうまーおいしぃ」
見ているこっちが笑顔になるほど蕩けた笑顔で蜂蜜を舐める彼女に、竜郎は思わず頭を撫でながら感想を聞いてみた。
「普通の蜂蜜とはやっぱり違うか?」
「うん、なんか蜂蜜よりもこう甘みが強くて、コクがあるというかなんというか……。
言葉で言うのは難しいなぁ、うまうま」
「へえ、それじゃあ俺も一口頂こうかな」
「あ、ちょっと待って」
「ん? どうし───んぐっ」
竜郎もいざ食べようとスプーン片手に愛衣が手に持つ蜂蜜の入った容器に近づいた瞬間、竜郎は蜂蜜まみれの愛衣の口で口をふさがれた。
そしてそのまま二人で深いキスを暫く交わすと、やがてどちらからともなく唇を離した。
「美味しかった?」
「──ああ、どっちも美味しかった。なあ」
「なあに」
「おかわり、いいかな?」
「いいよ。あむあむ」
愛衣はすかさず蜂蜜をスプーンで口に入れると、その口を竜郎の唇に合わせて、再び抱きしめあいながら蜂蜜を堪能しだした。
そんな中、カルディナ、ジャンヌ、奈々は二人のその濃厚なラブシーンをジッと見ていた。
「ピューイ。ピィーピュー」
「ヒヒーン」
「おねーさま方、あまり声を出しては邪魔になってしまいますの」
「ピュイーー」
「え? リンゴが焦げちゃう? あっ、ほんとですの。ちょっと姿を薄くして見てきますの!」
「ヒヒーーン」
そうして奈々は周辺警戒を姉二人に任せ、自分は竜郎たちの邪魔にならないようにアストラル体の特徴を生かして限界まで体を透けさせ、リンゴが焦げないようにバーベキューセットの前で火の面倒をみたのだった。
すっかり二人の世界に浸ってリンゴの存在を忘れていた竜郎達は、焦げリンゴになってしまったと慌ててバーベキューセットを見てみれば、そこには限りなく姿が薄くなった奈々が、焦がさず冷まさないようにしっかりと見ていてくれた。
「ありがとー! 奈々ちゃーん!」
「どういたしまして、ですの」
「ほんとに、ありがとな」
元のしっかりと見える状態に戻った奈々に、愛衣は抱きつき、竜郎は頭を撫でてお礼をいうと、奈々自身も満更でもなさそうにハニカミながら、褒められたことに喜んだ。
「んじゃあ、冷める前に食べようか」
「うん、それじゃあ頂くね」
「どうぞですの」
一生懸命見ていてくれた奈々に確認してから、竜郎達はホイルを開いて中を見れば湯気が立ち上り、甘いにおいが漂った。
既にお腹は八分ほど満たされていたのだが、それでも二人は唾を飲み込み、熱々の焼きリンゴを箸で抓んで火傷しないようにゆっくりと口に入れた。
「はふはふっ、ん~~こへもおいひぃ」
「バターもいれたからちょっとくどくなるかと思ったが、入れて正解だったな。さすが高級バター様」
「高級……。その一言でより美味しくなった気がするよ。はふはふっ」
食後のデザートを美味しく頂いた二人は、すっかり気分も上々で夕食の時間を堪能したのだった。
それから二人は、竜郎の光魔法なしでは見えない程暗いなかで、風呂に入って寝る支度を整えると、カルディナ達の魔力をもう一度注いでから犀車の個室に入って行った。
ちなみにカルディナは天頂部。ジャンヌは犀車の前。奈々は個室への入り口前に陣取って、二人が起きるまで警戒をしてくれるらしい。
ダンジョン内で寝る時に出来たフォーメーションなのだが、ここはただの道。そこまで警戒しなくてもと竜郎と愛衣は言ったのだが、カルディナたちは仕事があった方が良いのだと率先してこの役割を受けてくれた。
そんな重警護の敷かれた犀車の中で、二人は感謝しながら眠りに就いたのだった。
そして翌日。今日も太陽が顔をだし、その主張を強くしていく頃。竜郎は目を覚ました。しばし隣で眠る愛衣の温もりに浸って微睡の時間を過ごすと、気合を入れ直した。
「よし、起きるか」
そうして、二人の今日がまた始まった。
愛衣を起こして外に出れば、奈々とジャンヌが直ぐに迎えてくれ、カルディナも数瞬遅れて顔を見せてくれた。
そんな三体を呼び寄せて抱きしめながら竜郎は魔力補給を終えると、早速朝食の準備に取り掛かった。
今日はリャダスで買っておいた魚の干物を炙って食べつつ、昨日植えた植物のチェックを始めた。
すると野菜類は十分食べられるくらいに成長していたので、トマト、ジャガイモ、キャベツ──に似ているもの三種全てから数個採取して、経過時間を早いから遅くに切り替えて《アイテムボックス》にしまう。
また、果物の方はまだ食べられそうな実を付けてはいないので、手を付けずに同じ設定のまま《アイテムボックス》にしまった。
そしてその後は、プチ試食タイムである。
まずトマトと形の似た小さなスイカくらいの大きさの紫色の野菜を包丁で切って二人で分けて食べれば、少し癖は強い気がしたが味もトマトに近く美味しかった。
そしてキャベツと似た野菜は竜郎達の知っているキャベツよりも葉が硬く、少し食べづらくもあったが、こちらも問題なく頂けた。
そして最後の野菜はジャガイモと姿形全てそっくりな野菜だったので、綺麗に洗って切れ目を入れてそこにバターを入れ、昨日造ったアルミホイルで包んで炙ってみた。
「おいしー! これ、正真正銘のじゃがバターだよ、じゃがバター」
「これいいな。このジャガはもっと沢山作っておこう」
「やばいねー、これで色んな野菜や果物が食べられるよ。
よし、この育成法を、波佐見式アイテムボックス農法と名付けよう」
「これを農法とか言ったら、農家の方々にぶん殴られそうな気もするが……まあ、いいか」
そうして野菜と魚の干物で腹を満たした二人は、どんどん食糧事情が向上している事実に興奮冷めやらぬまま、テルゲニに向かったのだった。
時刻が昼に差し掛かった頃、その町の門が薄らと見えてきた。
現在竜郎達は既に徒歩に切り替え、姿形が珍しいので面倒な質問を回避するためにジャンヌと身分証のない奈々には竜郎の中に戻って貰い、カルディナだけ雛鳥の姿でポケットに入って探査魔法をして貰っていた。
そのまま歩くこと数十分、町の面影もしっかりと二人の目に移りだした。
そこテルゲニという町は、大きさはオブスルより一回り大きい程度で、城壁の色は緑。こちらも良く解らない金属製らしく、見た目以上に硬そうである。
中に入るための門は二つ、出るための門が一つあり、その三つにはそれぞれ小さな詰所が設置されていた。
他の町と変わらず特に珍しさもないので、竜郎と愛衣は雑談を交わしながらのんびりと一番右の門に向かっていき、やがて一番後ろの列に並んだ。
『奈々は人型だし、普通に一緒にいても違和感もないから、冒険者登録して身分証を作っといた方が良いかもな』
『それは言えてるね、どうせならリャダスで造っとけばよかったよー』
『そうすれば、奈々だけでも入町の度に出たり入ったりさせないで済むしな』
『じゃあ昼ご飯を食べて今日泊まる宿を見つけたら、冒険者ギルドに行こっか』
『ああ、それで時間が余ったら買い物だな』
『だねー、もっと色んな植物の種をゲットしたいし』
などと念話で話をしている間に、自分たちの入町審査の番がやって来た。
「身分証を掲示願えますか?」
「はい」「はーい」
今回竜郎達の相手をしている衛兵は、歳は二十歳そこそこで、赤く短い髪とそばかすが特徴的な素朴な感じの女性だった。
特に威圧的な感じも探る様な感じも無く、柔らかな笑顔で対応してくれたので、こちらも気持ちよく身分証を見せた。
すると高ランクの冒険者だと解ったせいか、少し顔が硬くなり身分証をより凝視した後、こう話しかけてきた。
「高ランクの冒険者なら、直接詰所に来てもらえれば並ばなくとも通しましたのに。失礼しました」
「いえ。順番は守る様に育てられてきたので、気にしないでください」『そんなことも出来たのか。緊急の時だけは使わせてもらおうかな』
「そーだよ。並ばされたからって怒るほど、子供じゃないんだから」『緊急の時だけね。偉そうに横入りするのは好きじゃないし』
「そう、ですか。ありがとうございます。それではどうぞ、お通り下さい」
「ありがとうございます」「ありがとー、お仕事頑張ってねー!」
竜郎は小さく会釈し愛衣が笑顔で手を振ると、強張った女性の衛兵の顔も元の柔らかな顔に戻り、小さく手を振り返すと業務に戻っていった。
そうして門を潜り、分厚い外壁のトンネルを抜ければそこには緑豊かな町並みが広がっていたのであった。