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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第四章 初級ダンジョン編
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第137話 ばいばい

 奈々が《アイテムボックス》からカエル君の杖を取り出し、それをカウンターの上に乗せると、薄褐色の肌をした初老の女性が少し目を見開いた。



「これは、グラングルヌの杖じゃないの。

 ってことはあなた達、グラングルヌとまともにやり合って勝っちゃったのねえ」

「ぐらんぐるぬ? ええっと、大きなカエルの魔物の?」

「ええ。ここのダンジョンじゃ、有名なボスの一体よ。

 弱点を突かずに、屈服させたうえで倒した時に限って落とすらしいのよ。

 でもこのダンジョンにいつも来てる様なもんらが、真正面から戦って勝てるような魔物じゃないでしょ? 久々に見たから、少し驚いちゃったわ」

「そうなんだ。って事は珍しいの?」

「そうねえ、十段階評価で六くらいのレア度かしら。

 取得方法はかなり知られてはいるし、お金を積んで強い冒険者を雇ったりすれば手に入れられるしねえ」



 どうやらゲームで言うのなら、序盤から抜けてすぐに中盤で手に入れられる武器を手に入れた、くらいの感覚らしい。



「これが杖ってことは解ってるんですが、何か他に特殊な効果とかありますかね」

「その情報は査定とは関係ないからね、別料金になるけどいいかい?」

「…………如何ほどで?」



 お金で聞ける情報ならまあいいかと竜郎が探る様な視線を向けると、初老の女性はニコッと笑って、両手で指を八本立てた。



「………………八百シス?」

「子供の小遣いじゃないんだよ?」

「ええ、解ってますよ……」



 小粋なジョークを挟んだつもりだったのだが、ピクリとも相手の表情が動かなかったので、竜郎はそそくさと八千シスを支払った。



「まいど」

「それで情報があるって事は、普通の杖として以外に何かあるって事ですよね?」

「そうだね。まずは手に持って、カエルの背中を指で撫でてごらん」

「? 奈々、やってみるか?」

「はいですの!」



 やりたそうにしていた奈々に話を振ると、張り切って杖を手に持った。

 そして初老の女性が言った通りに、背中を人差し指で撫でてみた。すると、蛙の人形の口がパカッと開き……。



「グワッ、グワッ──────────」

「…………えーと、いったい今のに何の意味が」

「うーん。しいて言うのなら、特に意味はないわね。なんで、そんな機能が付いてるのか今でも謎らしいわ」

「…………もしかして、それが八千シスの情報なんですか?」

「いやねえ、このくらいで怒らないでよお。ちゃんと他にもあるから~」



 竜郎のジト目も華麗に受け流し、右手をパタパタさせて女性は笑った。

 ちなみにその間、目を輝かせた愛衣と奈々は、交互にカエルを鳴かせては喜んでいた。



「そうねえ、他には背中を指でトントンって叩いてみてくれる?」

「わかりましたの!」

「次は何が起きるのかなあ」



 愛衣と奈々がワクワクしながら背中をつつくと、カエルフィギュア全体からヌルヌルした液体が出てきた。

 そのせいでテカテカした光沢を持ったカエルが、竜郎には何とも不気味に映った。



「なんか、ヌルヌルになってんですけど……。これも、ただヌルヌルになるだけの謎機能なんですか?」

「それは一応、意味あるわよ。グラングルヌと戦ったなら知ってると思うけど、そのヌルヌルはそいつが持っていた反魔粘液と同じ成分なのよ。

 だからすんごく弱い魔物の魔法ならそれだけで何とかなるし、強いのでも多少は効果があるみたいよ~」

「それはまあ、意味はある機能ですね」

「うーん、だけどその粘液が出てると、杖としての機能が全くなくなるらしいのよねえ」

「なんで杖にしたんだ……」



 流石にヌルヌルは気持ちが悪かったのか、愛衣と奈々は直ぐに指を引っ込めて、指に着いたヌルヌルを拭っていた。

 そんな二人の姿を横目に見ていると、さらに三つ目の情報が出てきた。



「後はまあ、魔力をカエル部分に集中して流すと風船みたいに膨らむって事くらいかしら」

「それには何の意味が?」

「風船みたいって言ったけど、硬いからぶん殴れば相当な鈍器になるわよ」

「だから何で杖にしたんだよ……」



 そう言っている間にも、奈々は魔力をカエルに注いで膨らませたり萎ませたりして遊んでいた。しかしそれは愛衣にはできないので、羨ましそうに奈々を眺めていた。

 そうして杖らしからぬカエル君杖の妙な特性を知ったところで、後は特にもの珍しい物もなかったので、つつがなく査定が進んでいく。

 そんななか、女性が軽銀の入れ物を開けて中の物を見て軽く驚いていた。



「あら、この中身は全部睡眠鱗粉なのね。これ意外と高く売れるのよね~。

 ここのダンジョンでは、かなり効率のいい稼ぎ扶持だって言われてるわ」

「そうなんですか、結構簡単に多く手に入りますけど」

「結構いろんな薬の原料とかに使われてるから、需要が多いのよ」

「へー、薬ですか」



 ミニゴブの体から出てきた物を体内に取り入れるのは少し抵抗があるので、どこかで薬のお世話になってもいいように、竜郎はあえて詳しい薬の名前までは聞かないでおいた。

 査定が一通り終わると、《アイテムボックス》の整理ついでに魔石や魔物の素材、道中拾ったいらない装備品などは売りにだし、スッキリした所で女性からお金を受けとり外へ出た。

 ちなみに糸が出る板も見せたのだが、それは良く解らないらしく、値段もあやふやの様だったので、今も売らずに竜郎の《アイテムボックス》の中に眠ったままである。

 そうして竜郎達は適当に店に入って空腹を満たし終わると、次の町に行く準備をするためにリャダスに戻っていった。

 その道中は特に問題に見舞われることも無く、一日ほどかけて犀車に揺られながらゆったりと過ごし目的のリャダスに到着した。

 時間的に丁度昼時だったのもあって、いつもの宿に入って、カルディナ達は竜郎の中で休息をとってもらいながら、二人はソファに座って食事をとっていた。

 


「これで、ダンジョン探索も終わったし、そろそろこの町ともさよならかあ……」

「まあ、ここを起点にしてダンジョンを回ってるだけでも帰れそうだが、せっかくの異世界なんだし、色々見て回りたいからなあ」

「そうなんだよねえ。でもそうなると、エンニオともお別れだね」

「ああ、たぶん旅に出ればここに戻ってくることなく日本に帰れるだろうし、大げさかもしれないが会うのはこれで最後かもしれない。

 転移の魔法とやらが、どれだけ便利かも解らないしな」



 取りあえず、元の世界に帰れるというヘルプからのお墨付きは貰っているが、それ以外具体的なものは解らなかったので、安易な発想はできない。



「私達がいなくても、もうエンニオは一人で寂しい思いをする事なんてないよね?」

「そのはずだ。マリッカさんは家族の一員として接してくれてるし、なんだかんだでヨルンとも仲良くやってるみたいだし、新しい道を歩みだして幸せそうだったからな。

 もう俺達がいなくても寂しくなったり、不当な扱いを受ける事なんてないはずだ。

 だから少し寂しいが、明日は友達として別れの挨拶をして旅に出よう。

 マリッカさんも来週あたりからは、かなり忙しくなるみたいだし、チャンスはそれくらいしかないからな」

「そっか、市長選が本格的に始まるんだっけ。それじゃあ、頻繁に会いにいっても邪魔になるだけだもんね」



 寂寥感せきりょうかんを胸に抱きながら、二人はそれを埋めるかのようにお互い抱きしめあった。

 そしてそのまま、お互いの体温が心地よくて眠りに落ちたのだった。




 その翌日、朝食を食べて着替えた後に二人は早速マリッカの家に向かっていた。

 二人の格好はエンニオとの別れと言うのもあって、この町の百貨店で買ったネックレスもお互いに着け、少々お高い服を身に纏っている。

 そんな二人がマリッカの家の近くまでやってくると、相も変わらず緑の大蛇ヨルンがこちらをジッと見つめていた。



「おーい、ヨルンくーん! まった来ったよー!」



 愛衣が元気に手を振りながら大声で呼びかけると、面倒な奴が来たとでも言いたげな顔で出入り口をノックして、来客をマリッカに告げていた。

 それに直ぐに反応したマリッカが、上の方の窓からエンニオに乗って飛び出して来て、地面に華麗に着地した。

 二人を見たエンニオは、竜郎達の願望か、はたまた本当にそうなのか、とても嬉しそうに見えた。

 そしてエンニオから降りたマリッカが、二人に入ってくるように言ってきたので、遠慮なく愛衣に門を押し開けて貰って中に入って行った。



「「おはようございます、マリッカさん、エンニオ」」

「おはよー、二人とも」「グワッフ!」



 挨拶も軽く済ませると、早速とばかりに竜郎は大きな竜肉の塊を取り出し、エンニオの前に出すと、涎を盛大に流しながらマリッカの方を見つめていた。

 それにマリッカは微笑みながら頷くと、すぐさま肉に齧り付いた。



「もう、何も言わなくても直ぐに飛び掛かったりしなくなったんですね」

「うん、教えるのに苦労したけど、この子には只の獣ではなく、ちゃんと理性ある獣になって欲しかったからね。

 ただ甘やかして育てるのが、良いことではないでしょ?」

「そりゃ、そうだね。私の近所にペットを飼ってる人がいたけど、甘やかしほうだいに育てたらとんでない暴れ坊になって困ってたもん」

「でしょ。だからあなた達も、子供が生まれたらちゃんと駄目な事は駄目って言わなきゃダメだよ」

「……肝に銘じておきます」「わかったー!」

「うむ、それでよろしい!」



 愛衣との間に生まれた子供ではないが、子供のように可愛がっているカルディナ達は思えば最初から優秀で、駄目だと思う事をあまりしないので甘やかし放題で、ここで言われていなければ、同じような教育方針で育てていたかもしれないと、竜郎は心のメモにしっかりと書き記しておいた。



「それで今日来たのは、そろそろこの町を出るからお別れを言いに来たって所?」

「はい。ダンジョンも三つ回ってきて、色んな収穫も有ったのでそろそろ行こうかと」

「そっか、エンニオも寂しくなるね」

「でも、これからはマリッカさんがいてくれるんだよね?」

「もちろん。この子はヨルンと同じ、パートナーで家族なんだから。

 位置的にはヨルンが上の弟で、エンニオが下の弟かしらね。そして、私は一番上のお姉さま!」



 冗談めかして笑いながらマリッカはそう言っていたが、その瞳にはしっかりとした母の様な愛情が浮かんでおり、それだけで二人は安心できた。

 ちなみにヨルンはその会話をちゃっかりと聞いており、「おめーが妹だよ」とでも言いたげな顔をしていたのだが、この場の誰もそれに気が付くことは無かった。

 そんなこんなしている間にも、エンニオは竜肉を綺麗に平らげ、未だにその余韻に浸るかのように口をモゴモゴと動かしていた。



「エンニオも、満足してくれたみたいだな」

「うん。こんなに喜んでくれると、あげたかいもあるってもんだよ」

「しかし、よくもまあポンポンと竜肉が出せるわねえ」

「ははは…、まあ色々あって沢山持ってるんで。

 ……あ、そうだ。竜肉を渡しておくので、僕らがこの町を去ってからもエンニオに、偶にでもいいのであげては貰えませんか?」

「え? 別に私は構わないけど……。本来は、そんなにホイホイ人にあげていい肉じゃないんだからね。

 出すところに出せばそれなりのお金になるんだし、もし私があなた達が去った後に売っちゃったらどうするの」

「そこはまあ、私の友達のお姉様! だからね。信用してるんだよ」



 愛衣の嘘偽りのない真っ直ぐな微笑みに、マリッカは少し呆れたような、しょうがない子ねえ、とでも言いたげな顔を作ると、今度は満面の笑みに変わった。



「わかったわ。弟の友達との約束は、ちゃーんと守らないとね!」

「ありがとうございます」「ありがとー!」

「ああでも、これからの道中はそこんところしっかりと気を付けてね。

 また妙な連中に目を付けられても知らないよ?」

「あー……、それはそうですね。今度からは、もう少し慎重に扱います」

「うむうむ。素直でよろしい!」



 そうして竜郎はあまり大量に渡しても置き所に困るらしいので、そこそこの量に留めておいて、マリッカに《アイテムボックス》から竜肉を渡した。

 それをマリッカはヨルンに頼んで巨大な肉の塊を持ってもらいながら、竜郎達に一言、エンニオと遊んであげてと言って肉を家の中へと運び入れに行った。



「そんじゃあ、遊びますか! たつろーは、どーする?」

「今回は俺も混ざろうかな。物理的についてくことは出来ないが、魔法でなら何かできるだろ」

「そっか。じゃあ、私は家を壊さない程度に走り回ろうかな!」

「あ────ああ、もういっちゃったよ」



 竜郎が返事をする前に愛衣が気持ちよさそうに陶酔していたエンニオに手を鳴らして駆け抜けていくと、それにエンニオもニヤリと笑って追いかけていった。

 その驚異的な速さでの追いかけっこは、竜郎から見たら最早ワープのようにしか見えず、これにどう加わろうかと考えた末、土魔法で即席の巨大ジャングルジムを作り上げた。

 それを見た愛衣とエンニオはすぐさまその中に入り込み、時に《空中飛び》も織り交ぜながら異次元の軌道で駆け回る。


 それを見た竜郎は、さらに愛衣とエンニオが怪我をしない程度の簡単な罠や、進行を妨げる泥人形を配置したりと、遊戯の域を超えたアスレチック場に仕立てあげ、二人・・が思いきり暴れて家を壊さないように注意しながら、自分も楽しみながら別の角度から遊びに加わったのだった。


 そうして時は過ぎていき、太陽も傾きオレンジ色に染まった頃、この楽しい時間も終わりを告げた。

 現在ジャングルジムは消え、竜郎も愛衣もエンニオも、満足げな顔で心地いい疲れに身を任せて地面に寝転がっていた。



「楽しかったな」

「うん、楽しかった。エンニオはどうだった?」

「グファファファ」

「ははっ」「あははっ」



 初めて聞いた時は少し恐さもあったその笑い方も、今ではもう二人には普通の笑い声にしか聞こえず、空を見ながらエンニオと共に笑いあった。

 マリッカは気を使ってか家に入ったきりで、偶に窓から外を見て笑っていた。



「なあ、エンニオ。俺たちは、この世界とは違う世界から来たんだ。だから、帰るためにも俺たちはこの町を去ろうと思う。

 んで、そうなると次にいつ会えるかは解らないし、もしかしたら、もう会えないかもしれない」

「だからね、今日はお別れを言いに来たんだ」

「グワッフ?」



 言葉が解らないことなど、二人は重々承知ではある。だが、この友人にはちゃんと全部を言って別れたいと二人は思っていた。

 案の定、言葉の真意は伝わってはいないようだが、それでも二人がどこかに行ってしまうというのは感じ取っていたのか、竜郎達をその大きな右腕でそっと押さえつけてきた。

 ほとんど力の入ってない抱擁とも取れるその腕に、二人は強く抱きついて最後の別れを告げた。



「ばいばいだ。エンニオ」「ばいばい、エンニオ」

「グウゥ……」



 いやいやと首を振って圧し掛かってきそうな所で、窓から大体の事情を察したマリッカが、見かねて飛んで来ると声を掛けてきた。



「エンニオ。友達が前に進もうとしてるんだから、ここは笑って見送ってあげようよ」

「…………ガウゥ」



 それでようやくエンニオは契約の力に頼ることなく、自分の意思で二人を解放した。

 そしてその顔は、耳はしゅんと垂れているのに、顔はしっかりと口角が上がり、笑っているようだった。

 二人はそれに胸を詰まらせながらもう一度エンニオと抱擁を交わし、同じようにニカッと笑って離れていった。



「それでは、俺達はこれで帰ります。これからも、エンニオをよろしくお願いします」

「お願いします」

「言われなくても解ってるって。だから心配しないで、あなた達はあなた達の目的に向かって進みなさいな」

「「はいっ」」



 そうして二人は不器用に笑うエンニオと、綺麗な笑顔で手を振ってくれたマリッカに別れの言葉をもう一度告げ、何度も振り返りながら手を振って去って行った。



「いっちゃったね、エンニオ。もう、我慢しなくてもいいよ」

「ガウ……」



 マリッカがそう言った途端、エンニオの口角は下がり、悲しそうに項垂うなだれた。

 そんな姿を見たマリッカは、優しく優しくエンニオの鼻先を撫でてあげた。



「ちゃんと笑顔で別れられて偉かったね。あなたは、すごく優しい子なんだね」

「ガウウウ……」

「そんなあなたと家族になれて、とても嬉しいし、誇りに思う」

「ゥゥゥ……」



 生れてこの方、向けられたことのない母の様な愛情の混ざった優しい声をかけられ、エンニオの瞳には大きな涙が浮かび、遠吠えと共に地面を濡らしていくのであった。

これにて第四章の終了です。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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