第136話 ボスガエルの秘密
ジャンヌに抱えられて少し離れた場所までやってくると、ようやく自分の生魔法で愛衣の耳を癒し、その後に自身の耳も癒し終えた。
二人はここまで運んでくれたジャンヌに礼を言うと、当然の事をしたまでと言わんばかりに、胸を張って一声鳴いた。
その姿に頼もしく思いながらも、自分たちがあの巨大ガエルを侮りすぎていたことに反省しつつ、カルディナと奈々が二体がかりで空を飛んで翻弄している様を見た。
すると巨大ガエルは煎餅のように体を平たくし、グライダーのように滑空して二体から逃げ回りつつ、卵を切り離して投下爆弾攻撃まで仕掛けていた。
「器用な奴だな。いくつ手札があるんだよ」
「でもまあ、SPを稼ぐなら色んなスキル持っててくれった方がありがたいよね」
「そうだな。しかしそれをするには、殺さずに攻撃する必要がある。
となってくると、あの体から分泌される粘液を貫通する威力で、尚且つ死なないように手加減しなくちゃいけないんだが……」
「ん? 歯切れが悪いね。なんかあるの?」
「なんかというか、あの粘液何気に魔法を弾いてるんだよ。そこまで強力じゃないから全力で魔法を使えば無視して攻撃できるが、それだと手加減に失敗すると木端微塵か消し炭になる可能性が高い」
流石に殺してしまったら、目の前にいる沢山稼げそうな奴からSPは稼げない。
となると魔法は足止めやサポートに集中して、愛衣に程々の強さで攻撃してもらうのが一番簡単だという結論に至った。
しかし近づきすぎると、またあの爆音を聞かされることになりそうなので、できれば遠くから正確に攻撃したい。
また、魔力体生物で破裂音に耐性のあるカルディナ達に全部を任せてしまうという手もあるが、同様の事態に陥った時に自分たちでちゃんと対処できるようにしておくためにも、余裕のある今、自力で挑戦しておきたい。
「確か前にエンニオの相手をしていた時、剣での気力の放出が出来たんだろ?」
「あれは……たぶん本気になればできるんだろうけど、手加減できるかと言われると無理そうだなあ。真っ二つにしていいなら別だけど」
「うえっ。それはグロそうだから、勘弁」
「だよねー。カエルの断面なんて見たくないし。だから、これで何とかできないかなーって」
そう言いながら、愛衣は天装の弓を取り出した。
しかしその武器では、弓から伸びる槍の一撃なら何とかなりそうではあるが、それは中距離武器であって遠距離は届かない。
さらに遠距離攻撃用の弓矢の威力は一定で、どんなに気力を流し込もうとも今以上に強い矢を放つことができない。なので、表面の粘液を破ることも出来ない。
しかし今回要求されているのは、程々の中威力での気力の通った遠距離攻撃。
今愛衣の手に持っているものでは、そぐわないのではないか。そんな疑問をそのまま竜郎は愛衣に伝えると、人差し指を前に出してきて横に振りながら不敵に笑った。
「ふふん。私も、そう思っていた時期がありました。しかし、今回ご紹介するこれにはまだまだ秘密があるっぽいのです」
「ポイって、あやふやだなあ。なにかそう思うような事でもあったのか?」
「う~ん、ただの勘……とも少し違うんだけど、槍の操作にも慣れてきた頃に、新しい何かができるような不思議な感覚がしたの。
だから今回は、その感覚に身を任せてみたいなーって」
「……解った。そう言うならやってみよう。万が一それで勢い余って倒しても気にしなくていいから、思った通りにやってみてくれ」
「うんっ」
愛衣は笑顔で頷くと、早速いつものように弓を構えて気力の矢を造りだす。
そして次に何も考えずに、天装の弓がしたいように動くように念じてみると、弓から出ていた三つの球体関節から成り立つ槍の柄が二本とも内側にコの字に巻き込まれ、気力の槍先端部分を矢の部分に近づけると、その槍先と矢の気力を融合させた巨大な気力の矢が出来上がった。
「おおっ、これぞ大弓って感じだね」
「そうすれば穂先になる分の気力も、そっちに回せるって事か。この調子だと、他にもまだ秘密がありそうだな」
「うん、私もそう思う。んじゃあ、私はこれで狙ってみましょうかね。フォローはよろしく」
「ああ、任せとけ」
そうして愛衣は番えた大弓矢を構えて、平たくなって滑空している巨大ガエルに狙いを定めていく。
当の巨大ガエルは、魔法を弾く粘液で《竜吸精》の影響を最低限に留めつつ、本気ではないとはいえ、曲がりなりにもカルディナと奈々の二体と渡り合っていた。
竜郎はレベル3のダンジョンなのに、随分と厄介なボスだと少し疑問を抱きつつも闇魔法で只の暗闇を造りだし、それをジャンヌに風の魔法で巨大ガエルまで運んでもらう。
そしてそのことにカルディナと奈々は気が付き、その邪魔にならないように固まって巨大ガエルの周りを飛行して、愛衣が狙い易そうな場所に着地する様に誘導していく。
そして風に運ばれた暗闇を、竜郎は丁度煎餅型での滑空が終り足場に着地した瞬間、巨大ガエルの目を覆う様にアイマスク型に変えた暗闇を張り付けて、動くたびにジャンヌと連携しながら暗闇の形を維持しつつ目隠しを続けた。
不意に視覚を閉ざされた巨大ガエルはパニックになり、その場でグルグル回りながら滅茶苦茶に卵爆弾を散布しだしたが、巻き込まれないようにカルディナと奈々は上手く上空へと逃げていく。
それを見届けた愛衣は、番えた巨大な弓にピッタリな大きさの弓矢を、巨大ガエルの太ももに狙いをつけて打ち放った。
「グウェーーーッ!?」
「まだまだ!」
愛衣の放った大きな弓矢は、粘液で少し狙いがそれながらも押し通り、左の膝上辺りを貫通し、巨大ガエルを地面に縫い付けた。
そして矢が当たった瞬間、突然の激痛に驚き体が硬直した一瞬を見逃さず、二射目を撃ち放ち、厄介な卵爆弾を投げるのに必要な右手を縫い付け、三射目で左手、最後にもう片方の足を四射目で正確に打ち抜いた。
「よし、完璧! じゃあ、早くいくよ、たつろー。気力の弓矢だから、しばらくしたら消えちゃうから!」
「解った。ジャンヌ、俺達を抱えてあそこまで一気に飛んでくれ!」
「ヒヒーーーン!」
今回は大きな矢なので、気力が霧散するまでには少しだけ猶予がある。
その猶予の間に足場に縫いとめられてジタバタしている巨大ガエルに、ジャンヌの大きな手に乗って向かっていく。
そしてその間に竜郎は《レベルイーター》を発動して、ジャンヌが巨大ガエルの目の前に降り立った瞬間、黒球を吹きつけた。
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レベル:18
スキル:《足枷強化》《睡眠耐性 Lv.-10》《鮫恐怖耐性 Lv.-10》
《体形変化 Lv.2(8)》《反魔粘液 Lv.2(8)》《空気弾 Lv.2(8)》
《卵爆弾生成 Lv.2(8)》《投擲 Lv.1(7)》
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(Lv.2(8)……(8)? それにLv.-10とか、なんなんだこいつ、スキル欄が滅茶苦茶だ。だが、これが間違っている訳じゃないとするなら……もしかして)
竜郎は一つの推論を立てると、《レベルイーター》でスキルレベルを吸い取りながら、《アイテムボックス》から軽銀で出来た入れ物を取り出した。
その突然の行動に竜郎以外の他の皆が不思議そうな顔をしているのを余所に、その入れ物の中に入っている睡眠鱗粉を、風魔法でガードしながら巨大ガエルにだけ吸わせるように撒いてみた。
すると気力の巨大矢で四肢を足場に縫いとめられて暴れていた巨大ガエルが、ほんの少しの粉を吸い込んだだけで、気絶するかの如く鼾を掻いて眠りこんでしまった。
敵前でいきなり寝こけた緊張感の無いカエルに呆れた顔を見せながら、愛衣は事の顛末を全て知っているであろう竜郎に問いかけた。
「寝ちゃってるけど、どゆこと?」
「こいつは《足枷強化》とかいうスキルを持っていたんだが、たぶんこのスキルは自らに足枷を課すことで、ステータスとスキルのレベルに下駄を履かせられるスキルなんだと思う」
「その足枷の代償が、今のこの状態ってこと?」
「ああ。だから真面目に戦えば、このダンジョンのレベルにそぐわないくらい強く、弱点を付けばあっさり倒せる魔物だったってことだと思う」
その竜郎の推測は正しく、《足枷強化》はあえて弱点を付与する事で、自身を強化できるスキルである。またその強化率は、弱点が揃いやすい状況になればなるほど上がって行く。
なので今回の場合、前の層でいくらでも手に入れる機会のある睡眠鱗粉。
そして自身の出現場所にいる雷雲を泳ぐサメ型の魔物に対し、視界に鮫の顔が入るだけで何もできなくなるほどの恐怖を抱く様にすることで、条件を整いやすくしてかなり強化率を上げていたため、これほどの力を有していたのが今回の絡繰りである。
「ま、待って、じゃあ《レベルイーター》で吸い取れるSPは……」
「…………かなり少ない」
「なんじゃいそりゃぁ……」
竜郎は一縷の望みにかけてカッコの中の方のレベルが吸い取れないかと試みたものの、結局カッコの横にある強化前の実際のスキルレベルしか対象にすることができなかった。
その苦労に見合わない成果にどっと疲れが出たのを感じながら、愛衣と竜郎は肩を落とした。
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レベル:18
スキル:《足枷強化》《睡眠耐性 Lv.-10》《鮫恐怖耐性 Lv.-10》
《体形変化 Lv.0(-)》《反魔粘液 Lv.0(-)》《空気弾 Lv.0(-)》
《卵爆弾生成 Lv.0(-)》《投擲 Lv.0(-)》
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レベル0のスキルには下駄を履かせる足が無いという事なのか、ステータスの強化は残ったものの他は消え、スキルは弱点だけが残った。
試しにマイナスを……と、いく勇気はなかったので放って置いたからだ。
そしてこの周囲の敵は、気力の矢も消えたというのに地面に張り付き寝ている図体のデカいカエル一匹だけとなった。
「……んじゃあ、止めをさすか」
「うん。今日はもう、ダンジョンの外でのんびりしよ」
そうして相談の結果、奈々に《かみつく》で止めをさしてもらった。
《《《《《スキルポイント(3)が付与されました。》》》》》
すると、カエルが死骸になった瞬間──その形が変化しだした。
それに何かと皆が注目していると、すぐに変化を終えた。
「何これ、おもちゃ?」
「カエルの付いた棒……というか杖か?」
「このカエルは、可愛いですの」
「うん。子供向けのアニメとかに出てきそうだよね」
竜郎と愛衣が見ている先で、《成体化》に戻った奈々がその杖を拾ってきてトコトコと二人に見せてきた。
その姿は幼女が玩具の杖を持って喜んでいるようにしか見えず、その愛らしさに頬の筋肉を緩めながら杖に視線をやれば、それは杖の頭の部分にニ十センチ程の大きさのカエルのフィギュアがくっ付いた様なもので、そのカエルの色、形は先ほどまで戦っていた魔物とそっくりではあるが、可愛らしいアニメーションタッチの物になっており、奈々が気に入った風に手に持って見つめていた。
「それは一応ドロップアイテムの中でもボスのやつっぽいし、ただの玩具って事はないと思うんだが、何か持ってみて変な感じとかは無いか?」
「杖、というだけあって、魔法に少し補正がかかっている気がしますの。あとは、このカエル君でぶん殴れば、魔物もイチ殺ですの!」
「えーと……、可愛いという割には扱いがぞんざいなのね……」
バトンの様に器用にクルクル片手で振り回し、カエルの付いた棒を鈍器のように扱い、架空の魔物をぶん殴るが如く素振りする幼女の姿は、一種の恐怖すら感じた。
なので一旦杖の話は脇に置いておき、さりげなくその話題から別の話題へとフェードアウトしていくことにした。
「ま、まあ、とにかく帰還ポイントが何処かに出てきてるはずだし、その杖はしまってそっちを先に探そうか」
「そ、そうだね!」
「では、これはしまっておきますの」
さりげなく自分の《アイテムボックス》にしまってしまう奈々に、竜郎は別にいらないし、そこまで気に入ってしまったのならまあいいかと特に何も言わず、皆で手分けをして帰還ポイントがありそうな足場を飛んで探していく。
程なくして、カルディナが少し離れた左斜めに傾いた足場に帰還する部屋に繋がるポイントを発見し、皆を集合させると一斉にそこへ飛び込んでいった。
すると、今回で三度目の白い壁の部屋に出た。
そこは今までのダンジョンと共通なので、竜郎たちは特に何も思う事なく上に階段を上って行った。
「久々のダンジョンの外だあ」
「朝も夜も関係ない所にいたから時間の感覚が少し狂ってる気もするが、三日くらいはダンジョンに籠ってたな」
「やっぱー、レベル3だと結構違ったね」
その愛衣の言葉に、竜郎、《幼体化》したカルディナ、ジャンヌといつもの幼女姿の奈々は一斉に頷いた。
レベル1のダンジョンでは、即死級の罠は無かった上に、探査魔法を使う必要すらないくらい簡単な仕掛けばっかりだったのと、魔物も野生の獣とさほど変わらなかった。
さらに運悪く最長のルートを辿る事になっても、一日あれば攻略可能な規模であった。
それに対してレベル3のダンジョンでは、探査魔法で直ぐに解るが、即死の罠は当たり前のようにあり、魔物もそれぞれスキルを駆使して戦う様になっていた。
そして規模も大きくなり、日帰りで攻略出来なくなっていた。
そんな違いをしっかりと話し合い、今後ダンジョンに挑む機会が出て来た時の参考にしつつ、竜郎たちは他の通行人の邪魔にならないように、二列に並んで買い取り所と書かれた看板の質素で大きな木造建築の店に入って行った。
するとそこには肌が薄褐色で白髪交じりの長い黒髪を後ろに束ねた初老の女性がカウンターに腰掛けて挨拶してきた。
それに挨拶し返しながら全員が店の中に入ると、初老の女性以外の店員達が、複数の客を相手にしていた。
「結構混んでるねー」
「まあ、あのダンジョンに行くほとんどの人は、買い取ってもらうものを探しに行ってる様なもんだし、魔石は国に認可の下りた店以外での売却は違法らしいから、こうもなるよな」
貴重なエネルギー資源である魔石は国が厳重に管理しているため、国から認可が下りた証明の印が付いた店以外では売れないし、買ってもいけない。
そして売買許可の審査はかなり厳しいらしく、その店はダンジョンの近くに一、二軒しか建っていない。
今は中途半端な昼を少し過ぎているくらいの時間なので、この程度の混みようで済んでいるが、攻略ではなく探索を目的にした人達が夕方頃になるとごった返してしまう。
なので実はこの店は現在、空いている状態と言えた。
そしてそこまでは知らない竜郎達は、たくさんの人達とすれ違いながら、一番暇そうにしていたカウンターに腰掛ける先ほどの初老の女性に話しかけた。
「すいません。魔石の買い取りをお願いできますか」
「魔石だけでいいのかい? 値段の査定だけならタダだし、他にもあるなら取りあえず査定してから決めるのもいいと思うわよ」
「そうなんですか? じゃあ、他にもいくつか……」
と、竜郎や愛衣、奈々が《アイテムボックス》から売れそうな魔物の素材、どのくらいの価値か知りたいものなど、ダンジョンで得た物をカウンターに乗せていった。
「これで全部かい?」
「はぃ──あれ? 奈々?」
竜郎がカウンターの上を見た時に、一つ足りないものに気が付き奈々を見れば、愛衣の腰に顔を埋めて気配を消していた。
そして暫くの沈黙の後、奈々は愛衣の後ろからチラリとウルウルした目で竜郎を覗き見た。
「…………なんですの?」
「カエル君の杖が無いんだが…………」
「わ、忘れてましたの」
「もう、別に売ったりする気は無いから、大丈夫だよ」
「……ごめんなさいですの」
奈々のお気に入りのようだし、取り上げる気は無かったのだが、勘違いさせてしまったようなので竜郎も安心させるように頭を撫でてあげた。
すると渋々、《アイテムボックス》からカエル君の杖を取り出し、奈々にしたら少し高めのカウンターに背伸びをして乗せたのだった。
次回、第137話は12月21日(水)更新です。