第135話 ボス戦の始まり
今までのダンジョンの傾向から、一階層には一種類の魔物だけしか現れないと思っていた。
なので睡眠鱗粉を試す機会はここを出てからと思っていたのだが、どうやら三レベルのダンジョンの最終階層では違うようだった。
それは竜郎達が、ミニゴブ(愛衣が名付けた前話ミニゴブリンの略)を片付けてから数分後の事だった。
ただただやたらと高度が高く、柵のないゴチャゴチャと入り乱れる高架橋を歩いていると、それは現れた。
その魔物は竜郎達から見て前に八体、後ろに四体おり、地面にへばりつきながら這ってくる厚さ二十センチ程の巨大ヒトデで、星形の先端は鋭く尖り、見えている背面部分からは細かい棘が生えていた。
「巨大ヒトデか。あの棘と尖った先端部は痛そうだな。皆も、怪我はしないように」
「もしもの時は、すぐにわたくしに言ってほしいですの」
「うん、ありがとねー」
「それじゃあ、前はカルディナ達に頼む。
俺たちは後ろの四体を倒して、残ってるようなら加勢に向かう」
「ピュィー」「ヒヒーン」「はいですのー」
あまり脅威は感じないせいか、三体とも適度にリラックスをした状態で前方の八体の方へと向かって行き、竜郎と愛衣は二人で後ろの四体へと接敵していった。
竜郎達が近づいて来たのに気が付いた巨大ヒトデたちは、突然前に着いた先端部一本で支えながら後ろ部分を浮かすと、大きな体が帆のようになって、突風に煽られ棘付きの背面部をこちらに向けながら突撃してきた。
「愛衣、盾で受け止めてくれ」
「はいよー」
それに対し慌てることなく、愛衣の鎧から出た黒い気力を盾にして突撃してきた四体のヒトデを難なく受け止めた。
そしてその間にも、愛衣が天装の弓から出した槍を操作し、二体を串刺しにして自分の前に持ってくると、弓を持っていないもう片方の手に持った宝石剣で切り刻み瞬殺した。
そして、残りの二体は竜郎が相手取る。
どうやらこの魔物達は、この階層に吹き荒れる強風も利用して攻撃してくるようなので、土魔法で土を生み出し背中の棘の部分にかぶせていき、さらに闇魔法で重さも追加していくと、下に這いつくばったまま動けなくなっていた。
足止めに成功した竜郎は、そこで難なく《レベルイーター》を使ってSPを稼ぎにかかる。
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レベル:13
スキル:《風読み Lv.2》《かみつく Lv.2》《引っ掻く Lv.4》
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(《風読み》なんてスキルも有るんだな。あとはまあ、普通のスキルだな)
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レベル:13
スキル:《風読み Lv.0》《かみつく Lv.0》《引っ掻く Lv.0》
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残った一体からも同様にSPを稼ぎ、向こうの三体に加勢するべく愛衣に天装の槍で竜郎の土魔法ごと刺し貫いて倒してもらい、カルディナたちの元へと急いだ。
カルディナ達は、八体の魔物を相手にすることになっており、後から竜郎達が加勢に来てくれることにもなっているので、急いで全部を倒す必要はない。
しかし、カルディナ、ジャンヌ、奈々はそれに甘んじるほど、温い性格はしていなかった。
まずカルディナが一声鳴いて号令をかけると、奈々が素早く呪魔法で速度のステータスをここにいる自分を含めた三体にかけていく。
そして効果が現れる頃に、向こうが一斉に風に乗ってこちらに突進してきた。
そして竜郎の風除けの魔法の圏内に入ると追い風がなくなってしまったので、大きく平たい体で上手く空気抵抗を得ながら滑空し、手裏剣の様に回転しながらこちらに向かってきた。
そこでジャンヌが風魔法で止めてしまおうとするが、何処にどんな風が発生するのかを読み取って逆にジャンヌの魔法を利用して勢いが増してしまった。
「ヒヒン!?」
「ドンマイですの!」
ジャンヌが少なからずショックを受けている所に、奈々がすかさずフォローを入れながらカルディナと同時に《真体化》して空を飛び、一番手前の二体を《竜翼刃》と《かみつく》で倒すと、直ぐに後ろからやって来たジャンヌも《真体化》して迫りくる巨大ヒトデを大きな爪で薙ぎ払い、地面に叩き落していく。
そうしてジャンヌの攻撃から辛うじて生き残った三体は、《竜吸精》で追い打ちをかけられ、動くことも出来なくなったところを一体ずつ仲良く分けて止めをさした。
それに十数秒遅れて合流した竜郎達は、三体とも《真体化》していた事に驚いた。
「そこまで本気にならんでも、足止めくらいで良かったんだぞ」
「そうそう。そっちの方が、倍の数だったんだから」
「今回は、相手のスキルをわたくし達が読み違えただけですの。
次からは、《真体化》に頼らずに圧倒して見せますの」
「ピューイ」「ヒヒーン」
その通りだと、自分たちの意見を代弁してくれた妹を称えるように、カルディナとジャンヌは一声鳴いた。
それに頼もしさも感じるし、頑張ってくれるのはもちろん嬉しいしありがたい。
けれど、もしその気概が無鉄砲に変わっても心配なので、竜郎は少し釘を刺しておいた。
「俺達の為に頑張ってくれるのは嬉しいけど、無理だけはしないでくれよ」
「そうそう。あなた達が傷つくのは、見たくないからね」
「ええ、自分の身もちゃんと大事にいたしますの」
竜郎達の気持ちはちゃんと伝わった様なので、これ以上は良しとして先に進もうとすると、またミニゴブが大量にこちらにやってきている反応があった。
「またミニゴブが来てるけど、あれは小っちゃくて沢山いて面倒だから、また俺が魔法で何とかするよ」
「また来るの? あれたくさんいて気持ち悪いんだよねえ」
そうしてまた竜郎が雷魔法で痺れさせてから止めをさし、それからもヒトデとミニゴブ、そしてただの大きなカエルとしか言いようのない魔物の計三種類を相手に進む羽目になった。
そこで睡眠鱗粉の実験は一番雑魚だったカエルの魔物に試してみたのだが、鱗粉の採取元のレベルが低かったせいか、かなり大量に吸わせなければ意味がないと解り、実戦登用は見送りとなった。
そんなこともしながら殺風景な高架橋を歩き続けていると、ようやくゴールとなるボス部屋の扉を発見した。
「あっ、扉発見! これでようやくここから出られるね」
「ああ。それにしても魔物の数が多かったが、罠はぜんぜんなかったな」
「まだレベル3なのに、魔物もトラップもきたら不味いってことじゃない?」
「なんかもう、完全にゲームの難易度設定と同じだな」
そんな事を手を繋いでいる愛衣と話しながら、竜郎はカルディナ達と共に扉の前までやって来た。
そして既に定位置とかした先鋒ジャンヌが、慣れた鼻付きで押し開けていき、皆もその後に続いていく。
そうして門を潜り抜けると、吹き荒れていた風はそよ風に変わり、景色もがらりと変わった。
まず竜郎達が立っている場所は、大理石の様な質感を持つ何かでできている、空飛ぶ円形の足場で、大きさはこちら側全員でちょうど一杯と言った所。
そして周りをみれば、同じような足場があちこちに、それも斜めだったり縦だったりと色んな向きの物が浮かんでおり、下を見れば鼠色の雲が広がっていた。
「たつろー、下見て! サメがいる!」
「サメ? 空の上っぽいのに?」
愛衣が下を覗き込んで指差す方向に竜郎が視線をやると、下に広がる鼠色の雲からチラチラとサメのヒレのような形をしたものがいくつも見えた。
カルディナとそれを詳しく探査魔法で調べてみれば、下の雲の層は一キロメートル程下まであり、その中には数えきれないほど大量のサメ型の魔物が空を泳いでいた。
「下に落ちたら、サメ地獄って事みたいだな。それに雲の中には雷魔法らしきものが蓄積されてるみたいだから、飛べるからといって不用意に下に落ちないように気を付けてくれ」
この場所の特性を調べた結果を皆に報告し、注意を促すと皆真剣な顔で頷いた。
そうしていると、上の方から新たに発生したこの場の主の野太い声が響いてきた。
「グワッ、グワアァーーー」
「この鳴き声って、なんか似たようなのをここに来るまでに聞いてない?」
「あの、魔物である事を疑いたくなるような……──あっ、ただの大きなカエルでしかなかった、アレですの!」
「あれよりも体積はデカいだろうが、あいつら能力的には雑魚もいい所だったぞ。よくボスになれたな」
竜郎達が言っている大きなカエルとは、この前の層で出てきた三種類の内の一種のことで間違いないのだが、レベルは1、スキルもなし、だけど数はそこそこという、何の旨みもないくせに面倒なだけの雑魚モンスターだった。
レベル3のダンジョンに来て、レベル1のダンジョンボスより弱いのではないかと上方にある斜め上に向いた足場を見れば、三メートルはありそうな巨体に付いたギョロリとした目で、超巨大ガエルがこちらを覗き込んでいた。
「あ、目が合った。デッカイとより気持ち悪いなあ……」
「今、背筋がゾワゾワしましたの」
「女の子ってカエルとかホント嫌いだよな──っと、向こうから来てくれるみたいだな」
そうこうしている間にも、ビョンと長い後ろ足を蹴ってジャンプすると、四方八方にある台座を器用に蹴りながら立体的な軌道を取りながらジワジワ竜郎達のいる足場に近づいてきていた。
そしてその時になって、その巨大ガエルのお尻あたりから何やら黒いバレーボール程の大きさの玉が半透明の膜で覆われて数珠つなぎに長く伸びており、尻尾の様に見えなくもないのだが……。
「あれって、どう見ても卵だよね。キモイキモイッ」「きもいですのーー!」
「気持ち悪いのは解らんでもないんだが、あんなもの付けてきてなんのつもりだ?」
そんな竜郎の疑問は、その数秒後に解る事になる。
その巨大ガエルは、前足でお尻に付いた卵を数個先端からもぎ取ると、それをこちら側に向かって投げつけてきた。
それに対してカルディナが大きく鳴いて警告を促してきたので、竜郎は瞬時に竜巻を起こして、こちらに向かって来る数個の卵をあちこちに吹き飛ばした。
すると他の足場にその卵がぶつかった瞬間、爆発音が響き渡り、着弾した足場の一部を破壊していた。
「卵爆弾かよ!?」
「また来るよ!」
「解ってる。愛衣は投げてくる卵は無視して、遠距離攻撃であの尻尾みたいについてる卵を一個ずつ打ち抜いてくれ。
あれ全部が一斉に爆発したら厄介だ。それからカルディナは、愛衣の護衛を最優先に行動してくれ。
んでジャンヌは俺と一緒に足止めと、飛んでくる卵から足場を守ってくれ。
奈々はそれぞれのステータス上げと、応援が必要そうな所に適宜向かってくれ」
「はいよー!」「ピュィー!」「ヒヒンッ!」「了解ですの!」
愛衣が天装の弓で気力の矢を放ち、ぴょんぴょん飛び回るカエルにくっついている卵を打ち抜こうとしている間に、ジャンヌはまず風を巻き起こし、卵爆弾がこちらに来ないように、愛衣の射撃ポイント以外をガードした。
そして竜郎は愛衣が仕事をこなしやすいように、光魔法と火魔法の混合魔法で、高熱の球をいくつも生み出し、巨大ガエルの周りに設置して行動範囲を狭めていく。
奈々は今必要そうな皆のステータスを、呪魔法でそれぞれ上げていき、念の為《真体化》していつでも飛べる状態になっておく。
カルディナは愛衣の近くで、何か変わった攻撃が他に来ないか、新たに出てきたトラップはないか探っている。
そんな万全の態勢で臨んでいるのだが、まず竜郎がばら撒いた熱球攻撃は、カエルの体に触れた途端、焼かれる前に粘液が体表面からあふれ出し、それに押しのけられ大したダメージも与えられずに足止めにならなかった。
そして愛衣の気力の弓矢も、卵を保護している粘液の上を滑ってしまい、危険物の処理も上手くいかなかった。
さらに卵は投げた分だけ生みなおしているようで、数も減っていなかった。
けれど上手くいっていないのは向こうも同じで、投げる卵全てがジャンヌの風に阻まれ機嫌が悪くなっていた。
けれど機嫌を悪くさせるのが竜郎達の目的ではないので、なんとかSP確保のためにも生け捕り出来ないかと考えていた時、巨大ガエルの卵爆弾攻撃が一瞬止んだ。
かと思えば、こちらから見て右斜め前にある足場に着地すると、急に大きな口を開いて一杯に空気を吸い込み、それを吹いて空気の弾丸が差し迫って来た。
「不味いっ。愛衣、盾を全面展開!」
「わかった!」
その空気の弾丸は次弾はすぐに打てないようだがソコソコ強力で、竜郎の予想通りジャンヌの風の壁に穴を開け、さらにその空気の弾丸はそこで消えてくれたのにもかかわらず、その内部に卵爆弾を仕込んでいた。
それに気が付いた竜郎はすぐさま愛衣に盾を全面に展開してもらい、その直撃を避けた。
……しかし、その卵爆弾は今までの物と違い、爆発力はかなり弱くなっていたのだが、破裂音がかなり増幅されており、竜郎と愛衣は耳を塞いでいたにもかかわらず、キーンと耳鳴りがして平行感覚を失い膝をついてしまった。
それにいち早く奈々が気が付いて、二人に生魔法を使って直ぐに癒していく。
二人は奈々に礼を言おうとするも、第二撃目が着弾し、再び破裂音が鼓膜に響いて言えなかった。
カルディナは二人がダメージを負っている事に動揺しながらも、すぐに解魔法で解析、アンチ魔法の生成をしようとしたのだが、ここでもまた誤算が生じた。
「ピュイッ!?」
「どうしたんですの? カルディナ姉さま」
生魔法で二人の介抱をしていた奈々が、驚きの声を上げたカルディナに状況を確認すると、どうやらあの空気の弾丸は魔法ではなく気力を使ったスキルらしく、解魔法でのキャンセルができる攻撃でないと解ったのだ。
ジャンヌも頑張って風の魔法をめいっぱい使っているのだが、空気の弾丸の特性なのか、風の影響をほとんど無視して内側に割って入ってこられるので、完全に防ぐこともできない。
「ジャンヌ姉さま、この足場を放棄しますの!
《真体化》して、お二人を運んでください! その間、わたくしとカルディナ姉さまで時間を稼ぎますの!」
「ヒヒーン!」
ジャンヌは奈々の指示を直ぐに飲み込み、《真体化》して竜郎と愛衣を大きな手で傷付けないように抱えて、遠くにある別の平行な足場を目指して飛んで行く。
その間にカルディナは《真体化》し、奈々と共に巨大ガエルに向かって突っ込んでいくのであった。