第134話 ボスまでの道のり
ジャンヌが皆を乗せて岩山に添って上昇していると、一層目の時に出てきた手足が羽になっている空飛ぶ海亀である所の、パタかめが襲ってきた。
しかしジャンヌの背中から皆で迎撃していき、順調に上へと昇っていけた。
そうして竜郎や奈々の手助けもあって、ジャンヌの負担も少なく頂上へとたどり着いた。
しかし、そこには期待していた次の階層に行くポイントが無く、一同が同時に首を傾げた。
「ここにないって、じゃあ何処にあるんだ?」
「もう、下まで降りるのはやだよー」
「私も、それもちょっとイヤですの……」
同じ光景がずっと続くのは精神的に疲れてしまうので、愛衣と奈々は嫌そうな顔をして、頂上に何かないか必死に探し始めた。
ジャンヌには休んでもらいつつ、竜郎とカルディナは探査魔法で何か解らないか探っていく。
すると竜郎は、下に垂れ下がる沢山の鎖の内一つに妙な反応がある事に気が付いた。
「愛衣ー、ちょっとこの鎖の付け根のとこを上に引っ張ってくれないかー」
「はいよー!」
気軽に返事をしてやって来た愛衣は、竜郎が指定した鎖が付いた杭を上に軽く引っ張った。
するとその杭の真下から何かがせりあがってきて、愛衣はその何かが完全に出るまで引っ張りあげた。
そうして出てきた物は、小さな犬小屋の様な代物で、その中を覗くと天秤が置かれてあり、右の皿はパタかめの形をした物。左の皿は羽の形をした物がそれぞれつけられており、パタかめの形をした皿の方には、亀の形をした平たい軽石が積まれて下に傾き、羽の形をした方は何も乗っていないので上に傾いていた。
「これは、なんですの?」
「何かの仕掛けかな」
「たぶん、仕掛けなんだろうけど、天秤か……。
こっちの羽の形をした方に何か乗せて、パタかめ皿と釣り合いが取れるようにしろとか、そんな所か」
「乗せるのは、何でもいいのかな?」
「結構凝った形をしてますし、特定の何かを乗せるのが正解な気がしますの」
「となると、安易な発想でいくなら羽の皿には羽をって感じか。
それも態態パタかめをこれだけ強調しているんだから、倒して手足の羽を毟って来るのが一番可能性が高いか」
「うー、そういうのは昇りきる前に言っておいて欲しいよー」
ここまで何匹ものパタかめを亡き者にしてきたが、たいした魅力も感じなかったので魔石以外は捨ててしまっていた為、羽など一枚も持っていない。
という事は、もう一度岩山の崖の周囲を飛び回って狩りに行く必要が出てきてしまう。
そろそろ竜郎と愛衣にも疲労が溜まってきていたので、めんど臭い事この上ない。
しかし、そんな二人の事を察してか、カルディナが何かを伝えようと、竜郎に向かって鳴きだした。
「カルディナ、どうした?」
「どうやら、カルディナおねーさまが、狩ってくるとおっしゃっていますの」
「えー、さすがに一人で行かせるわけにはいかないよー」
「なら、わたくしもついていきますの。おとーさまたちは、ずっと動きっぱなしですし、疲れているんですから休んでいてほしいですの」
「ピューイ!」
自分達では普通にしていたつもりだったのだが、顔に疲れが出ていたらしく、三体は心配げに二人を見つめていた。
竜郎はそれに対し、どれくらいダンジョンにいたのかと懐中時計を見れば、深夜どころか、既に朝方近くの時間を指していた。
ダンジョン内には、その層ごとに朝昼夜が決められているようで、このダンジョンはずっと昼間のように明るかったのもあり、時間の感覚が狂っていたことにようやく気が付いた。
そして、この時間の感覚を狂わせるのもまた、ダンジョンの罠の一つなのだと思い知らされた。
さすがに完徹状態は二人でも厳しいので、今日はここで休憩を取りつつ、カルディナと奈々にパタかめを狩ってきてもらう事にした。
そうしてカルディナの背に奈々が乗って崖に降りていくと、竜郎達は《成体化》したジャンヌに背を預けながら、岩山の頂上で人心地付いたのであった。
その後、カルディナ達が帰ってきて、パタかめの死体の手足の羽を毟って天秤が釣り合うまで、羽の形の皿の上に乗せると、亀型と羽型の皿がちょうど水平になった瞬間、ゴゴゴ……という重低音を響かせながら、岩山が小さく振動していた。
それに何かと、竜郎とカルディナが共同で探査魔法をかけると、岩山の天頂部の中央に、下に降りる階段が出来上がっていた。
「次の層に行きたければ、これを降りろというわけか」
「どうする? もう行っちゃう?」
「いや。いったん俺たちは睡眠をとって、十全の状態で挑もう」
「それがいいですの」
「それもそっか。気が抜けたら、急に眠くなってきちゃった~はああ……」
愛衣が大きな欠伸をして目に涙を浮かべていたので、竜郎はそれを優しく拭って頭を撫でると、簡単に夜食を食べ、カルディナ達に警戒を任せて、この日は犀車の中で眠りに着いたのだった。
そうして景色は変わらないが、明朝から昼まで眠った二人は、ご飯も食べて体調も万全の状態で、出てきた階段を下る事にした。
一切調べずに眠ってしまったので、どこまで続いているのかと心配もあったのだが、五メートルほど降りていった所で開けた部屋にでた。
そしてその部屋の一番奥には、次の階層のポイントがあった。
「もう一つ何かあると思ってたけど、あっけなく終わったね」
「ピュイーー」
「解ってるよ。カルディナ」
「んん? もしかして、まだ何かあるの?」
「ああ、部屋中罠だらけだ。どうやら決まったルートを通らないと、色んなトラップが一斉に発動するようになってる」
「決まったルートですの?」
「そう、何もない部屋を突っ切るんじゃなくて、わざわざグニャグニャ歩き回っていかなきゃいけないらしい」
「また、めんどくさいなあ。空飛んで行くのはダメなの?」
「最低一人は、ちゃんと地面を踏んでいかないと、駄目そうだな」
「まじかー」
それから竜郎たちは、闇魔法で引いたラインの上をはみ出さないように歩いて行き、直線で徒歩四、五分の距離を左へ右へ前へ後ろへと行ったり来たりした結果、一時間もかけて歩きたおす羽目になった。
「やっと、着いたか……」
「目の前に見えてるのに行けないって、かなり嫌なトラップね……」
「精神攻撃に近いですの。まだ、魔物との戦闘のが楽ですの」
「だよねー」
「ねーですの」
そんな愚痴を愛衣と奈々は言い合いながら、ようやく次の階層へと入って行った。
そしてそんな風にして、似たような階層を丸一日かけ、慣れてきたのもあって次々と攻略していき、竜郎たちは現在十四層目にたどり着いていた。
そこは今までとは趣が変わり、解りやすく例えるのなら、柵も何もなく、地面が見えない程の高さの高架橋が、迷路の様にグチャグチャに入り乱れているような所で、コロコロ風向きが変わる強風が吹き荒び、橋から落ちれば空の彼方といった感じになっていた。
強風がまず煩わしかったので、竜郎は愛衣と手を繋いで魔力を回復させながら、風を遮る風の結界を常に張る事にした。
「ダンジョンに入って二日くらい経って、ようやく最後の階層っぽい所にたどり着いたな」
「確かレベル3のダンジョンって、九階層から十五階層でボス部屋に続く階層に行けるんだよね。十四階層目って、かなり籤運悪かったね」
「前は最短だったから、その帳尻合わせがここで来ちゃった感じだな」
「ですが、これで終わりが見えてきましたの」
「そうだね。んじゃあ、最後も華麗に攻略していきますか!」
愛衣のかけ声に皆で反応すると、ボス前の階層を進んでいった。
道中強風に混じって石片が飛んできたりもしたのだが、それは竜郎の風除けの魔法でいなして問題なく何処まで続いているかも解らない高架橋を歩いていると、カルディナが魔物の反応に気が付いた。
「この強風の中、飛んでるのか。小型みたいだし、どんな魔物だろ」
「小さいんだ。可愛いのだといいなあ」
「いや、俺達はそれを狩らなくちゃいけないんだが……」
そんな事を話している間にも、まだ見ぬ魔物がドンドン近づいてきている。
なので竜郎はどんな魔物が来ても対処できるように、向かってきている方角に全員を向けて位置取りも指示していった。
そして肉眼でも補足できる位置まで、その魔物はやって来た。
それはゲームなどで出てくる緑の肌のゴブリンにそっくりなのだが、体調は十五センチ程で、背中にはイラストで描かれたような可愛らしい天使の羽に似た物をパタつかせ、何が面白いのかずっと口元をニヤニヤと歪ませながら数十匹で徒党を組んでやって来ていた。
「可愛くない!」
「あの様相で、よくもあんな可愛らしい羽を付けたものですの!」
「……いや、そういう魔物なんだから、しょうがなくね?」
竜郎が少し不憫に思って、ポップで可愛らしい羽を生やしたチビゴブリンをフォローするものの、二人の耳には何も届いてはいなかった。
「しかし、あんな小さい羽でこの強風の中を飛べてるってのは不思議だな」
「なんかあの飛び方って、マリッカさんの飛び方に似てなくない?」
「ああ。言われてみれば……」
マリッカは小柄とはいえ、あの小さな羽で飛ぶなど到底不可能であったにもかかわらず、亜竜のヨルンと同じように飛翔し、尚且つ上空の風の影響もほとんど受けていなかったように記憶している。
「じゃあ、もしかしてアレって妖精さんってことじゃ……」
「いやいやいや、あれは妖精と言うより、もはや妖怪だぞ」
「あの……お二人とも、そろそろ接敵しますの」
「おっと、そうだった」「ありゃりゃ、そうでした」
「まだどんな攻撃手段を使って来るか解らないから、カルディナは魔法攻撃の類だけは常に警戒していてくれ」
「ピューイ!」
「あとは……まあ、臨機応変にいこう」
愛衣の魔法攻撃対策だけはしっかりとしておいて、後は大して強くも無さそうなので、各自の判断で動いた方が正しそうだったのも有り、竜郎はそんな指示を下すと、チビゴブリン達が周囲を取り囲むような行動にでてきた。
それから紫色の鱗粉のような物を体中から排出して、周囲の強風に混ぜて辺り一面を紫に染めようとしていた。
しかし竜郎達は風除けの魔法で、こちらの周囲は無風状態であり、もちろんその中に怪しげな鱗粉を入れるつもりもない。
なので全ての鱗粉を風で弾くことに難なく成功し、それ以外の所に紫の鱗粉は散っていって意味をなしてはいなかった。
「攻撃もおどろおどろしいし、やっぱり妖怪だなっと」
鱗粉による攻撃が何を成すかを解析すれば、強力な睡眠効果があるらしく、一定量を吸い込むと抵抗のない生物は皆眠ってしまうらしい。
そして竜郎はそれは便利そうだと、鱗粉が届いていないのに必死で排出するミニゴブリン達から、粉を一か所に収集しておく。
そしてある程度集まったところで、竜郎が風に低威力の雷を混ぜてミニゴブリン全体に当てると、殺虫剤を浴びせられた蚊のように地面に落ちていった。
威力は絞ったので、全員死ぬことは無かったが、麻痺して動けそうな様子ではない。
なので取りあえず一か所に全て集めてから、竜郎はその内一匹に《レベルイーター》を放った。
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レベル:8
スキル:《睡眠完全耐性》《妖飛翔 Lv.1》《睡眠鱗粉 Lv.1》
《かみつく Lv.2》
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(眠らせてから、噛みついて殺すタイプか。鱗粉にさえ気を付ければ、大丈夫そうな魔物だな)
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レベル:8
スキル:《睡眠完全耐性》《妖飛翔 Lv.0》《睡眠鱗粉 Lv.0》
《かみつく Lv.0》
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そうして一体一体のSPは少なく効率が悪かったので、三体だけに《レベルイーター》を使って吸い取っていき、後は残りのメンバーが倒していった。
そんな風にしてミニゴブリンを片付けた後、竜郎は集めておいた眠りの鱗粉を吸い込まないように頭の回りに風の層を造って、土魔法を使って軽銀のインゴットから造った入れ物に粉をできるだけ漏らさず入れていった。
「それって、眠り薬みたいなものなんだよね」
「ああ。あのミニゴブリン達がご丁寧に《睡眠完全耐性》なんてスキルを持ってたくらいだし、魔物にも効きそうだからな」
「あー。それは確かに便利かも」
「ただ実践投入するには、どれくらい吸い込ませられれば眠るのか、他の魔物で検証をしておきたいけどな」
竜郎はそう言いながら、睡眠鱗粉を《アイテムボックス》にしまいこんだのだった。