第132話 ダンジョンレベル3 攻略開始
ダンジョンレベル3。このレベルになってくると、挑戦者の死亡例も増えてくる。
しかし、その死亡した者達の殆どは、注意不足によるダンジョンのトラップによるものなので、細心の注意を払っていれば、相応の経験を積んだ冒険者なら十分攻略が可能なレベルである。
なのでこのレベルのダンジョンは冒険者界隈で、ビギナーの登竜門とも呼ばれ、ここをクリアできるようになって初めて一人前の冒険者として認識される。
そして今回、草原と森のダンジョン、砂漠のダンジョンと経験してきた竜郎達は、現在やたらと高い岩山の上にぽつんと立っていた。
標高が高いせいか呼吸がし辛く、気温も氷点下とまではいかないが、半袖ではいられないくらいには寒かった。
周りを見ても下り道などは無く切り立った崖に囲まれていて、そこから下に向かって岩山に深く刺さった杭から伸びる鎖がそこらじゅうに取り付けられ、飛行手段がなければ、それを伝って降りていくしか下山する方法はなさそうだった。
竜郎は試しにどれくらい高い山なのかと崖から下をのぞいてみると、谷底は遠すぎて何も見えなかった。
「これまたすごい場所だな。下が全く見えないぞ」
「えー? どれどれ……ん~ん、んーーー?」
《スキル 遠見 Lv.1 を取得しました。》
「お、ちょっと先が見えるようになった! ……けど、一番下までは見えそうにないなあ」
「先が見えるようになったって、どういうことだ?」
「なんか《遠見》っていう新しいスキルが手に入ったみたい。
呼び名の通り遠くが見やすくなるスキルなんだけど、それでも下が見えないの。
どれくらい降りなきゃいけないんだろ」
「まあ、俺たちは律儀に鎖を使って降りるつもりはないから良いんだけどな」
そう言いながら竜郎は、自分の近くから下へと垂れ下がっている鎖を手に取ってジャラジャラと音を鳴らした。
そうしていると、カルディナが鳴いて何かを竜郎に知らせようとしてきた。
それが何かと、竜郎がカルディナの探査魔法に同期しようとする前に、奈々がしっかりと意思を組みとって二人に教えてくれた。
「どうやらこの鎖、数本に一本の割合でハズレがあるようですの」
「はずれ? ちなみに、外れるとどうなるの?」
「ピュィーーィーュィッ!」
「降りてる途中で鎖が千切れて、真っ逆さまに落ちてしまうとのことですの」
「また、いやらしいトラップだな。これからダンジョン備え付けの物は、全部調べてから使う事にしよう」
そうして竜郎も後学の為にとトラップを探ると、鎖だけでなく、杭が深く刺さっていなかったり、罅割れていたりと、鎖だけでなく全体を調べていないと危険な代物だという事が良く解った。
またこれまでのぬるま湯とは違う雰囲気に、気持ちがさらに引き締まった。
「他に道もないし、下に降りるのが正解なんだろうけど、愛衣はどうやって降りたい?」
「私? ん~じゃあじゃあ、せっかくだし、ジャンヌちゃんの背中に乗ってみたーい!」
「ヒヒーーンッ!」
「任せて。と言ってますの」
「そうだな。前にそんな話もちょっとしてたし、本人もやる気満々みたいだから、やってもらおう」
「やったあー」
愛衣はジャンヌに抱きついて喜びを顕わにし、ジャンヌもそれを嬉しそうに受け止めていた。
そしてすぐにジャンヌは張り切りながら《真体化》をし、竜郎達が背中に乗れるように巨体をペタッと腹を地に着けて寝そべってくれた。
まずは愛衣が先に背中に上り、竜郎は前から引っ張り上げて貰いながら上っていき、奈々はフワフワと浮かんで竜郎達の後ろに座った。
カルディナは鳥型というのもあり、自前の羽で警戒をしてくれると奈々から聞かされ、一言礼を言ってから早速ジャンヌに出発の合図を出した。
するとジャンヌは、腕の皮膜を広げる為に腕を横に伸ばした。
竜力をその大きな翼に込めていくと、フワリと巨体が宙に浮かび、竜郎達を乗せたまま岩山の崖を飛び越え、ゆっくりと下へ下へと岩山を旋回しながら滑空していく。
風魔法で空気抵抗も和らげてくれているおかげか、揺れも殆どなく快適な空の旅としゃれ込もうとしていた竜郎達であったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
二十メートル程下に降りた頃に、カルディナが鳴いて危機を知らせてきた。
それに対して竜郎が指示を出す前に、ジャンヌがカルディナの言いたいことを正確に理解し、滑空スピードを上げた。
その段階になって、ようやく竜郎は状況を理解した。
「あれか!」
「どれだ!」
愛衣が脊髄反射で適当な返しをしている間にも、それは攻撃を仕掛けてきていた。
その魔物は一言で言い表すのなら、手足の部分が羽になった海亀だった。
それらが四匹空を泳ぐようにして、こちらに向かって石礫を口から吐きだし、弾丸の如く浴びせてきた。
空中での移動はジャンヌに任せ、愛衣は広い背中の上で天装の弓を取り出して気力の矢を番える。
そして竜郎は、こちらに石礫が当たらないようにスキル化した《粘着水》を膜のように周りに広げて、飛んでくる攻撃を防いで見せた。
「そりゃ!」
「ア゛ア゛ッ」
「まず一匹! 次、二匹目!」
竜郎が《粘着水》の膜にタイミングよく穴を開けてくれた瞬間に、愛衣は一匹、二匹と空飛ぶ海亀を打ち落としていく。
そしてその攻撃に気を取られている間に、カルディナが残りの二体の背後に忍びより、一瞬で《真体化》して一匹の首を翼で切り落とし、残った一匹は喉元を掴んで石礫が打てなくした状態で竜郎の前に持ってきた。
「ありがとう。カルディナ」
「ピィー!」
絶妙な力加減で首を絞め、瀕死の状態の海亀モドキに竜郎は《レベルイーター》を使った。
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レベル:12
スキル:《飛翔 Lv.1》《礫吐き Lv.3》
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(《飛翔》のレベルが低いから、飛ぶこと自体はそんなに得意じゃないみたいだな。
亀自身のレベルは、まだ一層目なのにレベル1のダンジョンよりもずっと高い)
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レベル:12
スキル:《飛翔 Lv.0》《礫吐き Lv.0》
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「よし。スキルレベルは貰ったし、止めをさしていいぞ」
「ピュィッ」
竜郎の言葉を聞いたカルディナが、奈々に掴んだ亀を差し出す様に突き出した。
「また、私が頂いてもよろしいんですの?」
「ピュィー!」
「何回も止めをささせてもらってるのが心苦しいのは解るが、奈々は前に出て戦うタイプじゃないから、こうやって稼げるときに経験値を稼いどいたほうがいいだろ。って事だよな、カルディナ」
本当にいいのかどうか奈々が迷っている様子なので、そう竜郎がフォローすると、カルディナも大きく頷いてくれた。
それを見て、ようやく奈々は亀モドキに手を伸ばし、《吸精》スキルで止めをさした。
それから奈々は少し考えるようなそぶりをしてから、愛衣に話しかけた。
「おかーさま。何か、私に使えそうな武器をお持ちではないですの?」
「奈々ちゃんに? んー何かあったかなあ。ねえ、たつろー」
「武器なあ。一応種族は竜種みたいだし、半端な武器じゃあすぐ壊しちゃいそうだし………………竜か。ならもしかして……」
「おとーさま?」
竜郎が今度は何か思案する顔をし、システムを弄る様な動作を滑空を今も続けているジャンヌの背中の上でしていると、程なくして《アイテムボックス》から何かを取り出した。
「あれ? それって魔竜の歯じゃない? それをどうするの?」
「これ使えそうじゃないか? 頑丈だし、竜の素材だから同じ竜種の奈々とも合いそうだし、コレとかなら持ちやすそうだろ」
子供の手にも持ちやすそうな大きさの歯を選び、《アイテムボックス》から出していた竜郎は、奈々にそれを二本渡した。
奈々は小さな手でそれを右手と左手に一本ずつ持ち、竜郎達から少し距離を取って、短剣のような感覚で適当に振り回してみた。
小さな子供の様な体でも素の身体能力は高いので、なかなか様になった体捌きをしていた。
「これなら近寄られたり、近寄ったりできれば、攻撃になりそうですの」
「間に合わせの武器にしては、結構良さげだな」
「うん、刺突武器みたいでカッコいいかも」
それから奈々はそれをどうやって持ち歩こうかと考え、竜郎達と話し合った結果、《アイテムボックス》を取得し、そこに魔竜の歯を収納した。
それから滑空を続ける事約一時間、ちょくちょく現れる手足が羽の海亀型魔物パタかめ(愛衣命名)の相手をしながら岩山を下っていると、地面がようやく見えてきた。
そろそろただ降りながらの魔物討伐という作業にも飽きてきたので、やっとかという気持ちを持ちながらジャンヌに着陸の為滑空スピードを緩めていって貰う。
そうして着陸まで後数十秒とまで差し迫ったところで、カルディナが警戒を促してきた。
その瞬間ジャンヌは空中で停止し、竜郎の判断を仰いできた。
「……これは、罠か」
「罠? 何処にそんなものがあるの?」
「この岩山の周囲全体に、足を付けたら下からデカいギロチンみたいな刃が地面のあちこちから飛び出してくる仕組みがあるみたいだ。
ようやく地上だと安心させてからの即死トラップとか、ダンジョンさんも本気出してきたな」
「また、性格悪いトラップだねぇ。それでどうするの?」
「岩山から十メートル離れた場所には、何もないみたいだな。
ならジャンヌ、ここからもう少し先へ進んだ所に着陸してくれ。細かい指示はカルディナ、頼んだ」
「ピィーー!」「ヒヒーン」
そうして岩山から離れた所に着陸し、皆無傷で下山することに成功した。
それから空から見ていた地表に立って改めて辺りを見渡せば、そこには荒野が広がっていた。
「ええっと……、もしかしてここをまた延々と歩けってことなのかな?」
「いや、多分そうじゃないと思う。俺達の目には何処までも続く荒野にしか見えないが、実際は五百メートル先で行き止まりになってる。な、カルディナ」
「ピューイ」
「あ、そうなんだ。けど、それなら空から次の階層に行くポイントが見えそうなもんだけど」
「何か、仕掛けがあるのかもしれませんの」
「だな、俺もそう思う」
岩山をグルグル螺旋に降りてきたので、空から三百六十度見渡している。であるのに、あんなに目立つ光る溜池を見逃すとは思えない。
となると、上からは見えないような何かがあると思った方がいいと、竜郎も着陸前から考えていた。
ならばどんな仕掛けなのか。となってくるのだが、残念ながらそこまでは解らないので、結局は歩き回って探すしかない。
「あー、結局そうなるのね」
「まあ、何十キロも歩くわけじゃないし、大丈夫だろ」
そうして、次の階層への入り口探しが始まった。
まずジャンヌには《成体化》してもらい、すでに固定位置となった先頭について貰う。その後ろに愛衣、竜郎、奈々と来て、頭上からはカルディナが常に警戒をしていてくれた。
そんな風にしながら暫く歩いていると、愛衣が何やら発見した。
「ん? たつろー、アレって何かな」
「アレって、どれだ?」
「ほら、あそこだよ」
愛衣の指差す方角に目を凝らすが、竜郎には気になる様な物が見えなかった。なので、皆でその何かがあるらしい方向に歩いていくと、竜郎の目にも見え始めてきた。
それは良く見ないと解らない程、周りと同じ色で巧妙に隠されていた小さな丸いボタンで、これを押すことで何かが起きそうな気配があった。
「これを押したら、次の階層の入り口が出てくるのかな?」
「まあ、他に手がかりもないし、押してみるしかないな。
じゃあ、何が起こってもいいようにカルディナと警戒してるから、愛衣は奈々と一緒にボタンを押してみてくれ」
「はいよー」「わかったですの」
竜郎はカルディナと目線で会話しながら、一緒に探査魔法で地中も含め、広範囲を綿密に調べ始めた。
その間に奈々と手を繋ぎながら、愛衣がそのボタンに手を伸ばし、迷うことなくポチッと押した。
「………………何も起きませんの」
「ねー、たつろー。何もおきないよー」
「いや、起きてるぞ」
「「え?」」
竜郎が空を指差して二人の目線を促すと、上から巨大な何かが降ってきていた。
その一匹の巨大な何かは魔物らしく、竜郎達が落下地点から急いで距離を取ると、ズドーンと轟音を上げて地面に落ちた。
「なにこれ? 隕石?」
「違う。巨大な亀だ」
「亀?」「かめ、ですの?」
竜郎の声に反応する様に、巨大な岩にしか見えなかったそれの中から首がニョキッと生えてきて、太い手足も飛び出し立ち上がった。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"…………」
「たつろー! あいつのお腹見て!」
「あれは……、次の階層の入り口か」
「ですの!」
愛衣がいち早く気が付いた亀の腹の中心部が動くたびに、今まで何度か見た階層を渡る光る溜池が波打って、その存在を主張していたのだった。




