第131話 砂漠のダンジョン
竜郎と愛衣は汗だくになりながら、水分補給を細かく行って砂漠の大地を歩いて行った。
その甲斐あってようやく下の階層に行くオアシスのように光り輝く溜池を発見し、二人は我先にとすぐさま飛び込んだ。
「「さむっ」」
すると今度出た先は月明かりに照らされた、真夜中の砂漠だった。
先ほどとはまるで違う温度差に、汗がひんやりとして体温を奪っていく。
竜郎は慌てて火魔法で火を起こし、愛衣と自分の暖を取っていく。
ちなみにカルディナ達は全く寒さを感じていないのか、こちらは火にあたらずに平常運転である。
そんな様を羨ましそうに見ながら、二人は汗が乾いたのを確認してから次の階層求めて歩き出していった。
「火魔法があるから、暑いよりは寒い方がまだマシだな」
「うーでもさ~む~い~」
「じゃあ、もう少し火力を上げるか」
「普通の体と言うのも大変ですの」
「ピューイ」「ヒヒン」
竜郎達が一生懸命暖を取っている姿に、その感覚が解らない奈々たちは不思議そうにそれを眺めていた。
周りに火を浮かべながら歩いているせいか、はたまた巨大なジャンヌに恐れてか、魔物の反応は一層よりも少し増えているのだが、近づく前に逃げていき戦闘は皆無であった。
そんな、環境以外はぬるま湯につかったように過ごしながら、ようやく次の階層への入り口を発見した。
愛衣は竜郎を引っ張ってそこまで連れて行き、カルディナ達も少し遅れてそこへ飛び込んだ。
そして次にやってきたのは、流動する砂の迷路だった。
壁と地面の砂は絶えず流れ続け、ジッと立っていると少しずつ後ろに押し流されて、最終的に地に埋まってしまう構造のフィールドになっていた。
「これは、あんまり立ち止まっていられないな。にしても、雰囲気からして三層目で当たりを引けたかもしれないな」
「と言うと、ここがボス部屋の扉がある階層って事?」
「ああ。前の時も、ボス部屋の扉がある部屋の時は急に迷路になっただろ?」
「言われてみれば、確かにそうでしたの」
「ってことは、ここさえ突破できれば終わりって事ね。じゃんじゃん行きましょ!」
熱い思いも、寒い思いも御免だとばかりに、愛衣は先頭のジャンヌの鼻先を撫でながら、その横に並ぶようにして歩き始めた。
竜郎と奈々もそれに続いて歩きだし、カルディナは空を飛んで警戒を続けてくれていた。
そうして迷路の右側に添う様に歩いて行き、四回目の曲り角に来たところでカルディナの警戒網に魔物が引っかかった。
「……これは、砂の中に一体いるな。人型っぽいけど、とげんちゅ?だかと似た様な奴と思っていいのか?」
「いばらんちゅですの、おとーさま。しかし、一体だけというのが少し気になりますの」
「だねえ。いばらんちゅの時は徒党を組んで襲ってきてたし、同じレベルのダンジョンでそう難易度も違わないよね?」
「ああ、変わらないだろうな。だとすると、あれ一体といばらんちゅ数体が同じくらいの強さって事だと思っておいた方がいいな。
何があってもいいように、皆も気を抜きすぎないようにしておいてくれ」
竜郎は自分の言葉に皆が頷き返してくれたのを確認してから、全員で道なりに進んでいく。
すると、地面の砂に竜郎とカルディナ以外の第三者の魔力が伝わっていくのを感じ取った。
何かが起こると竜郎は注意喚起をしながら、自身は魔法の準備を始めた。
そうしているうちに、相手側の魔法が完成した。
それは砂の人形で、大きさは一メートルほど。そんな物体が十体砂の流れも使ってこちらに滑りながらやって来た。
ジャンヌが風魔法で迫りくる砂人形を破壊するが、その人形の材料はこのダンジョンに至っては無尽蔵と言えるほどそこらかしこから溢れており、すぐに復活してしまう。
なのでここから数十メートル先の、この魔法を使っている本体を倒すか、そいつの魔力切れを待つしかない。
けれど後者は竜郎陣営の望む所ではないので、突貫あるのみである。
まず砂人形自体はそこまでの脅威ではないので、奈々を背に乗せたジャンヌが突撃して弾き飛ばし道をつくる。
その後に竜郎は奈々の呪魔法で速力を上げて、なんとか砂人形が修復する前にそこを通り抜けていき、他の者は自前の身体能力でその前を行く。
竜郎は愛衣に心象伝達を使って、件の魔物の位置を細かく指示すると、愛衣はそれを的確に受け取って、隠れ潜む地中から少しずれた場所に向かって拳を振り下ろした。
するとその辺一帯にクレーターを作りながら砂が舞い上がり、遂に魔物が姿を現した。
それは後ろから見れば、襤褸の法衣を身に纏った百二十センチくらいの人間と言った風体だが、正面からみれば、顔のある位置には髪の生えた巨大な丸い目が首の上に裸で付いていて、どう見ても人ではなかった。
この一つ目法師をこのまま放って置くと、また砂の中に隠れてしまいそうなので、愛衣はすかさず鞭を取り出し魔物を捕えて上に放り投げた。
それを上空で待ち構えていたカルディナがキャッチし、竜郎の前にまで持って急降下してきた。
そして竜郎は、既に口の中にある黒球をその魔物に向かって吹いた。
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レベル:6
スキル:《砂人形作製 Lv.3》
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(SP(6)相当の魔物か、前のダンジョンよりはオイシイかもしれないな)
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レベル:6
スキル:《砂人形作製 Lv.0》
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そして最後にレベルの上げにくい呪魔法の使い手の奈々が《吸精》で止めをさして、この場に静寂が戻った。
竜郎はこの魔物を燃やして三センチ程の魔石を取り出すと、それを《アイテムボックス》にしまい、また一行で歩き始めた。
「うん。やっぱりここは、新しい装備の慣らしにもなんないね」
「ああ。このコートの出番は、今の所全くないしなあ」
そう言って竜郎は今着ているおニューのコートの裾を手ではためかせると、カルディナ達が鼻息を荒くした。
「おとーさまの身に攻撃が降りかかるなんて、何処に行こうがわたくし達がさせませんの!」
「ピュィー!」「ヒヒーン!」
「私も、させるつもりはないよ」
「それもそうだな。俺も、愛衣たちに攻撃が降りかからないように注意しているし」
そんな事を言い合いながらも足は進んでいき、道中何度か一つ目法師と戦い、SPも少しだけだが前よりもしっかりと稼げていた。
そして何度目かの曲り角を抜けると、ようやくお目当てのボス部屋の扉を発見した。
相変わらず巨大な扉だけだけが、どこにも接することなく丸く広くなった造りの通路の真ん中に、流動する砂に押し流されることも無く鎮座していた。
そんな光景に少し圧されながら、ジャンヌが先頭に立って扉を潜っていった。
するとそこは、大きな室内の中を円を描くように流れる砂と、その部屋の半分が昼で、もう半分が夜という奇妙な内装になっていた。
きちんと太陽と月の空模様が天井に描かれていて、降りかかる光だけは本物そっくりだった。
そんな内装のせいで、いる場所によって温度もキッチリと分れており、竜郎と愛衣は日光の下よりはマシだと、月明かりに照らされている夜側の方に陣取った。
そうして寒さに火魔法を使って耐えていると、部屋の中央に大きな黒い渦が現れ、段々とその姿を変えていく。
今度はどんなボス魔物が現れるのだろうかと一同見守っていると、そこには五十センチ程の埴輪が現れた。
「あれが、今回のボスか?」
「だと思うけど……なんか弱そうね」
「おかーさまに、同感ですの」
「………………」
弱そうと言われながらも、埴輪らしくあんぐりと口を開けたまま微動だにしない。そんな隙だらけの姿に、愛衣がこのまま叩き割ってもいいのかな。などと思い始めた頃になってようやく、その場で体全体をグルッと回転させてこちらに向き直った。
そのまま何をしてくるのかと見守っていると、急にドリルの如く回転を始めロケットの様に突撃してきた。
あまりにも予想外の動きだったため、半ば反射的に前に出た愛衣が、体の回転を加えて、鎧の手甲部分で裏拳をかまして打ち返そうとした。
すると打ち返すどころか、パンッという破壊音と共に瓦礫に変わり、その中からコロコロと八センチ程の魔石が愛衣の鎧の足先にコツンと当たった。
《《《《《スキルポイント(1)が付与されました。》》》》》
「……え、これで終わり?」
「SPが入ったってことは、そういう事だろうな……」
「いきなり来るもんだから、そこそこの強さで叩いちゃった。ごめんね、たつろー。《レベルイーター》使えなかった」
「いいよ、気にしなくて。途中の魔物からもソコソコ稼げたし、こいつも大した稼ぎにもならなかったさ。切り替えて、本命の方にさっさと行こう」
「そうですの、おかーさま!」
「うん……、そだね。次にいこっか」
皆に励まされながら気を持ち直した愛衣は、足元に転がっていた魔石を拾い上げて竜郎に渡した。
そしてその頃になると、出口の部屋に繋がる光る溜池も現れており、何の感傷に浸ることも無く全員でそこに飛び込んだ。
そうして出てきた先は以前と同じ殺風景な白い部屋で、そこから上に伸びている階段を歩いて外に出た。
今回は運良く全三階層+ボスという最短の攻略ルートをとれたおかげで、外にでたら夜だったという事も無く、まだ夕方頃であった。
「よし、残るはあと一つ。適当にその辺で晩飯仕入れて、直ぐにでも出よう」
「魔石の換金とかは、しなくてもいいの?」
「そっちは次の所を攻略してから纏めてやった方が、手間もなくていいだろ」
「それもそっか。さーて、昨日は外れだったから、今日はもっと美味しそうなのにしようね」
「ああ、あれはもう食べたくないな……」
昨日の水分多めの焼きそばの様な何かは、店員に勧められるままに気軽に購入したのだが、二人の口には全く合わず残念な思いをした。
なので今日は自分達の意思で美味しそうなものを選ぼうと心に決め、出店の並ぶ方へと歩いて行った。
そうして今度は大判焼きのような物の中に、餡子ではなくサンドイッチの具になりそうなものが入った不思議な食べ物を数個購入してみた。
それを食してみればソコソコ美味しかったため、満足しながらダンジョンのある場所から離れていった。
補給をかねて一度リャダスに戻ったり、エンニオに会いに行ったりしていたのもあり、埴輪のボスを倒してから二日後、竜郎達は今レベル3のダンジョン近くまでやってきていた。
カルディナは雛鳥の姿で愛衣の頭の上に、ジャンヌは小サイの姿で奈々の横を歩き向かっていると、やがてレベル1のダンジョンでは見られなかった壁が見えてきた。
それに不思議そうな顔をしながら、人が出入りする門らしき方へと一行が向かうと、なにやら入って行く人達のみ、一人一人チェックを受けているらしかった。
ただチェックと言っても身分証を見せる訳でもなく、門の前に座っている人がちらっと見ているだけなので、正直なんの意味があるのかは解らなかった。
なので竜郎達も気にしないで通ろうとすると、木の椅子にのんびりと座って通行人をチェックしていた門番らしきおじいさんに声をかけられた。
「ちょっと、止まってくれんかのぉ」
「? 僕らですか?」
「そうじゃそうじゃ。ちと聞きたいんだが、そこの幼子はお前さん達のパーティメンバーかのぉ?」
白髪の老人は、ゆったりした口調で奈々を見ながらそう言ってきた。それに対し、竜郎は奈々を引き寄せて頭にポンと手を乗せた。
「この子の事だとしたら、そうです。僕らのれっきとしたメンバーです」
「おお、じゃったらええんじゃ。引き止めて悪かったのぉ。
この辺りのレベルのダンジョンからは、半端物は死んでしまうから、そういうのは引き返す様に言う決まりになっておるんじゃ」
「ああ、そうなんですね。じゃあ、もう行っても?」
「おお、おお。ええぞ。気ー付けてなあ」
「はい。ありがとうございます。それでは」
軽く会釈をしておじいさんと別れ、壁の内側へと入って行った。
するとそこには出店もあるが、しっかりとした店が数軒並び、装備品を売ったり、整備をする店も多くあった。
行きかう人々の雰囲気も変わり、子供もいない事は無いが店の人の子らしく、ダンジョンに挑もうとする子はおらず、大人たちの顔も今までよりもずっと引き締まった顔をしていた。
そうして小さな町をさらに縮小したような光景に少し面食らいながらも、ダンジョンが存在しているであろう方向に向かって歩いて行った。
すると周りを柵で覆われたダンジョンの入り口である、光る溜池を発見した。
今回のダンジョンの入り口は今までの物と違い、入れるポイントが大まかに決められているようで、今から挑もうとする者達が柵で仕切られた道に沿って飛び込んでいた。
竜郎達もそれに倣って人の少ない所から柵に添って歩いて行き、いよいよレベル3のダンジョンへと足を踏み出したのだった。
次回、第132話は12月14日(水)更新です。