第129話 ドロップアイテム
奈々が《吸精》スキルを使う事には賛成した竜郎だが、一つ気になることがあった。
それは《吸精》の場合、直接触れる必要があるという事だ。
あんな怪しげなものに、大切な仲間を最初に触らせることなどできはしない。
ましてや、カルディナ達は魔力体生物。魔力や気力を変換してしまう物に触れたとき、どうなってしまうか解らない。
そんな事を竜郎が言うと、それは奈々も考えていたらしい。
「ですので少し抵抗はありますが、《真体化》して触れる必要のない《竜吸精》を使おうと思っていますの」
「けど、あんまり見せたくないんだろ? 無理させてまで、倒す理由なんかアレにはないぞ」
「けれど、いつかは見せる羽目になるのでしょうし、抵抗があるだけで、絶対に嫌というわけでもありませんの。
わたくしは、おとーさま方の役に立つ方が嬉しいんですの」
「そっか。ならお願いね、奈々ちゃん。私達の仇を撃ってちょうだい!」
「はい、おかーさま!」
そうして愛衣がギュッと抱きしめると、奈々は嬉しそうに顔を綻ばせた。
そんな光景を羨ましそうに見ていたので、カルディナとジャンヌは竜郎がギュッと抱きしめておいた。
「では、いきますの」
愛衣の抱擁をしばらく堪能した後、奈々は範囲内ギリギリの三メートルの位置にまで黒渦ことイモムー発生器に近寄っていく。
その間でてくるイモムーは、ジャンヌが風魔法で攫って駆除してくれていた。それはまるで、妹の晴れ舞台を整えているようにも見えて、竜郎は頭を撫でてあげた。
そうして今のレベルでの《竜吸精》の範囲内にまで歩み寄ると、奈々はそこで立ち止まり、スキル《真体化》を発動させた。
すると、奈々の形に変化が生じ、すぐに形を成した。
その姿は、美しい褐色の肌を持つ美しい成人女性の姿をしていた。
《成体化》の時に着ていた黒い着物は白くなり、頭からは牛の様な太い黒角を二本はやし、背中にはコウモリの様な形の大きく白い翼。
そして、手には鋭くとがった黒く染まった爪に、口元からは長く尖った白い犬歯がチラリと覗く。
また瞳の色も虹彩が黒から白色に変わり、着物の下からは細い矢印型の黒い尻尾がチラチラと見え、まるで悪魔を無理やり天使に見せようとしたような、不思議な雰囲気を醸し出す存在がそこにいた。
そんな変化を遂げた奈々は、振り返ることも無く《竜吸精》を発動させた。
すると黒い二本の牛角が細かく振動しだし、奈々の知覚に新たに一つ加わった様な不思議な感覚を得て、見えない手を伸ばすようなイメージでイモムー発生器を包み込む。
そして、一気に精気を吸い上げていく。生物には見えないので、精気もないかと思いきや、しっかりと生命としての力が存在し、それを根こそぎ吸い取っていく。
するとイモムー発生器にも変化が現れ、段々と小さくなっていき、やがて完全に消滅した。
《『レベル:3』になりました。》
そんなアナウンスが奈々の耳に届いた瞬間、イモムー発生器があった場所から、緑色の正六角形の板が地面にポトリと落ちた。
それを何かと奈々が拾うと、手に持ったまま最後に残ったイモムーに《竜吸精》を使ってミイラに変えながら、竜郎達の方へと歩み寄っていった。
随分元の姿と違い、威圧感があり、攻撃的な見た目に驚きつつも、二人はそんなことでは見る目を変えず、いつも通りの笑顔で接した。
「「お帰り、奈々」」
「ただいま、ですの」
奈々は少しくらい引かれてしまうかもと心配していたのだが杞憂だと解り、微笑みながら大人の落ち着いた声で挨拶を返し、竜郎に先ほど拾った板を渡した。
「これは、さっきのイモムー発生器が落とした奴か。何だろうな……カルディナ、一緒に解析を頼む」
「ピュイー」
「所謂ドロップアイテムって奴かな?」
「でも、何に使えるのか解らないですの」
そうして竜郎がカルディナと一緒に解魔法で知らべているのだが、今一つ良く解らない。
何故かそれからは魔力の欠片も感じないのに、魔物……というかイモムーの反応が微かにするのだ。
わけが解らないまま色んな反応を見てみようと、竜郎はそれを繁々と見つめながらホンの少しだけ魔力を込めてみた。
すると、びゅっと何かが噴き出して、竜郎の顔面に張り付いた。
「な、なんじゃこりゃああ」
「たつろー!」「ピュィイイッ」「ヒヒーーンッ」「お父様っ」
「……ん? ホントになんだこれ?」
「大丈夫なの?」
「ああ、ちょっとベタベタするが、取れない程じゃないみたいだ」
そう言いながら、竜郎は粘つく何かを顔から剥がしていく。
すると視界が開け、先ほど剥がした物体を見てみれば、それは白い粘つく太い糸の束だった。
「これって、イモムーの糸に似てない?」
「ああ、俺も今そう思った所だ。これって、イモムーの《糸吐き》ができる板なのか?」
「もっ回やってみてよ」
「ああ、そうだな。んじゃあ、今度は反対にしてっと」
もう顔面にかかるのは御免こうむりたいので、竜郎は板をひっくり返して、先ほどと同じように、裏からの反応を見るためにじっと見つめながら再び少量の魔力を込めた。
すると、先ほどと同じように白い糸が噴き出した。──竜郎の顔面に。
「なんでやねんっ!?」
「あはははははっ。何やってるの、たつろー。あはははっ」
「お、お母様っ、あまり、ぶふっ、笑っては御可哀そうですの。ぶふふっ」
「奈々も笑ってるよね!? 見えなくても聞こえてるからっ!」
そうして竜郎は恥ずかしさを堪えながら、糸を顔面から引き剥がしていった。
その際、この板を叩き割ってしまおうかとも考えたが、貧乏性の竜郎にそんなことは出来るはずもなく、なにより奈々が拾ってきた物と言うのもあり、そっと力の入った手を緩めた。
「なんでさっきと逆にしたのに、こっちから出るんだよ。顔認証システムでも付いてんのか?」
「それって、なんの意味があるの?」
「さあ? …………あ、もしかして」
一つの仮説を思いついた竜郎は、今度は自分の顔ではなく、誰もいない方向に向けてから魔力を込めてみた。
すると、竜郎の意図した方向に糸が放出された。
それに竜郎はさらに仮説を確かめるべく、今度は板の側面を両手をパーにして、挟み込むように持って、平らな面を空と地面に向けてから魔力を込めると、両面から糸が出た。
「そういう事か」
「どういう事?」
「これは、魔力を流し込んだ反対側に糸を吐き出す仕組みなんだ。さっき俺の顔にかかった時は、手の平に乗せた状態でそこから魔力を込めたから、手の平と反対の顔の方向に噴出されたって事だな」
「なーる。んで、どうしよっかそれ。売れるかもしんないよ?」
「あーまあ、なんかに使えるかもしれないから持っておこう。
魔力を込めただけ糸も多く吐き出されるみたいだし、弱い魔物ならこれだけで拘束も出来そうだ。奈々はそれでいいか?」
いつの間にか元の小さな少女の姿に戻っていた奈々に竜郎がそう問いかけると、それで問題ないですの。と言ったので、一先ず《アイテムボックス》にしまっておいた。
そうして足止めをくったものの、それからは特に珍しい魔物も出てくることは無く、六層目に足を踏み入れると、ダンジョンの趣が変化した。
そこは今までの様に開けた場所ではなく、紫色の棘の壁に遮られた迷路の様な場所になっていた。
「また、随分雰囲気が変わったね」
「ああ、なんかダンジョンっぽくなってきた」
「この壁は、壊せませんの?」
「やってみるか」
いきなり横紙破りもいいところではあるが、実入りの少ない1レベルダンジョンに長居する道理もない。
ダンジョンを満喫したいのなら、まだレベル3のダンジョンも有るのだから。
そう思って竜郎はジャンヌと自分の合わせ技で、風と火の混合魔法で炎の竜巻を繰り出し、棘の壁に当てていく。
すると、その棘の壁は何の抵抗もなく燃え吹き飛んでいくのだが、燃えた端から再生して道ができることも無く、ただ煙臭くなっただけという結果に終わった。
「やっぱ、こういう所の壁は壊せないのがセオリーみたいね」
「そうなんですの?」
「ああ。俺たちの世界のゲームでもダンジョンってあったんだが、壁を壊して進むなんて大抵できなかったしな」
「そうそう。んじゃあ、気を取り直して進みましょうか」
「はいよー」「ピューイ」「ヒヒン」「ですの!」
そうして前にジャンヌ、上にカルディナ、中央に竜郎と愛衣、そして奈々が横に並んで歩いていくと、数メートル先の棘の隙間に魔物が四体身を潜めているのをカルディナが発見した。
「ん、今までの奴よりは強そうだな。一匹生け捕りにして、スキルがあるかどうか調べてみよう」
竜郎の言葉に皆が頷き、警戒しながら魔物が潜むポイントまでゆっくりと近づいていく。
すると竜郎達がその真横を通り過ぎようとした瞬間、壁の棘よりも細い棘の四本の鞭が飛んできた。
しかしそれは、愛衣の新装備の鎧による黒い気力の盾に塞がれ、こちらに攻撃が届くことは無かった。
竜郎は愛衣が防いでいる間に、《アイテムボックス》から鉄のワイヤーをさっと取りだし、上空にいるカルディナに投げた。
するとカルディナはそれを片足でキャッチして、魔物の棘の鞭を束にするようにそのワイヤーで括ると、再び上空に舞い上がって四匹同時に釣り上げた。
「これは、棘人間とでも言うべきか」
「和名、いばらんちゅ。に決定ね」
「沖縄かっ」
その愛衣にいばらんちゅと名付けられた魔物は、紫色で壁よりも細い棘が絡み合って人型になった。そんな魔物だった。
いばらんちゅはカルディナにワイヤーで釣り上げられ、ジタバタしていたが、すぐに別の棘の鞭を体から出し、それをカルディナに向けて放った。
しかしそれはジャンヌの起こした風魔法の風圧で止められ、届くことなく地面に向かって垂れ下がった。
そしてその間に奈々が呪魔法で、いばらんちゅの全体のステータスを微減させ動きを鈍らせ、愛衣が手に持った天装の弓から、さらに自動兵装の槍を二本だして、それでコンパクトなサイズまで千切っていった。
「うーん。この弓についてる槍を動かすの、結構難しいかも」
「みたいだな。二体は完全に死んでるし」
「ごめんね。たつろー」
「いいよ。スキルを持ってたところで大したことなさそうだし、今回は新しい装備の使い勝手を確かめるためでもあるんだから、こういう弱い魔物で慣らしとかないと」
そう言いながら竜郎は、三センチ程の濃い青色の小石、魔石が落ちていたのでそれを二個拾った。
そして《レベルイーター》を起動して、生きている二体のうちの一匹に黒球を当てた。
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レベル:3
スキル:《鞭術 Lv.1》
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「駄目だこりゃ。スキルがあるにはあるが、《鞭術 Lv.1》しか持ってない」
「ありゃりゃ、それじゃあSP(1)にしかなんないね」
「本当に、初心者の為にあるようなダンジョンですの」
「だなあ。これでも四匹同時だとちびっこ達じゃキツそうだし、初心者の鍛練用としては最適な強さだな」
そう言いながら、竜郎は二体からSPを(1)ずつ貰っていき、一番レベルの低い奈々の経験値の足しにと《吸精》で倒していった。
するとその際、奈々の《竜吸精》はLv.4に上がった。
それからも棘の迷路を右側に添う様にして進んでいくと、何度かいばらんちゅの襲撃を受け、その度に倒したりSPを貰ったりして奥へ奥へと向かう。
そんな時間を三十分くらい過ごし、竜郎達にも飽きが生じ始めた頃、巨大な扉が見えてきた。
それは棘の迷路の丸く開けた個所の真ん中に、展示品の様にぽつんと巨大な扉だけが存在していて、正面も後ろもどこかの部屋に繋がっているようには見えなかった。
しかしこの扉に入ると、ここのダンジョンのボスと戦う事になることになると、竜郎はレジナルドに貰った本で理解していた。
「ようやく、ボス部屋に到着か」
「えっ、もう終わりかあ。あんまりダンジョンに潜ったって感じしなかったなあ」
「レジナルドさんから貰った本によれば、レベル1のダンジョンはランダムで三階層から八階層まで入る度に変わるらしいし。今回は六階層だから、そこそこ潜ってきた方だろ」
「これならいっそ、三階層で終わってくれた方が良かったですの」
愚痴る様に奈々が呟くと、愛衣もそれに同意した。
「だねえ……。でもでも、いよいよボス戦だね! どんな魔物がいるんだろ」
「あー、期待してる所悪いが、多分大した魔物はいないと思う」
「むー。じゃあ、もうとっとと倒してこんな所からはおさらばしましょう」
「ああ。だけど、油断はしないでくれよ。レベル1のダンジョンで、仮にも高ランクの冒険者ってことになってる俺達が怪我をしたなんて、笑い話にもならないだろ」
そうして竜郎の一言に、皆が緩んだ気持ちを引き締め直し、ジャンヌが鼻先で扉を押し開いていくのであった。