第128話 良く解らないもの
アムネリ大森林よりは明るく、レーラと一緒に回った町周辺くらいの木の乱立具合の森を、ジャンヌを先頭に木をなぎ倒しながら竜郎たちは進んでいた。
途中、木の間から何度か魔物が現れたり、解り易い簡単なトラップがあったのだが、ジャンヌに踏みつぶされたり、発動する前に壊されたりで、全く障害になってはいなかった。
始めは竜郎も一生懸命殺さずにSP確保に励もうとしていたのだが、このレベル1のダンジョンに出てくる魔物は、なんとスキルを持っていなかった。
すなわち、イモムー以下の雑魚しか出ないのである。
しかし、そんな小物でも死体から魔石を取り出す事はできるのだが、そちらも一、二センチ程度で、偶に三センチくらいの魔石が出てくるくらいで、これだと費用対効果が悪すぎた。という事で、無視して突き進んでもらう方向に切り替えた。
「しかし、まったくスキルのない魔物なんているんだな」
「さすが、お子ちゃまでも回れるダンジョンだね」
「トラップも、子供騙しみたいなものしかないし。落とし穴なんて、久しぶりに見たわ」
落ちた先に即死性の罠があるわけでもなく、ただの穴を竜郎はまたいで通った。
「あのガキンチョ達は、随分オーバーに話してたみたいですの」
「そう言うなって、小さい子からしたらここでも大冒険なんだ」
「確かにあの子達からしたら、この落とし穴でも体形的に巨大穴に見えるかも?」
かなり盛って話されていたようで、竜郎達は当初の頭に描いた危険なダンジョン像は消え去り、ちょっとした散策を楽しみながら三階層、四階層と進んで行った。
そして五階層に入り、今まで同様森の中をジャンヌを先頭に歩いていると、探査魔法を使っていたカルディナが注意喚起してきた。
それに何事かと直ぐに竜郎が、カルディナの魔法に同期して調べると、そこには十匹ほどのイモムーの反応があった。
それだけなら特に警戒する必要もなかったのだが、何故かその中心地には、竜郎達の前に入っていった子供たちが囲まれているようだった。
「まず……いかな? でもイモムー程度なら……。いや、とりあえず見にいくか」
「どしたん?」
「俺達がさっきまで話してた子供たちが、イモムー十匹に囲まれながら交戦中みたいだ」
「それは緊急性が高い話?」
「いや、ちょっと押し負けてはいるが、イモムーも俺達が最初に戦ったのより弱いみたいだし、そこまでヤバそうな状況でもないみたいだ。
だからさっと見て、大丈夫そうならそのまま通り過ぎよう」
そうして竜郎達は、子供達の邪魔にならない様に、身を潜ませながらそちらに向かって行った。
ジャンヌは目立つので《幼体化》してもらい、皆で木の陰から子供たちを見ていると、そこではかなり白熱した戦いが繰り広げられていた。
「ペネロペ、前に出過ぎだ! アーロン、お前の盾で守りながら下がらせてくれ!」
「わ、わかった! ペネロペ、こっちだ!」
「うんっ」
「「「ギィーギィーー」」」
竜郎に話しかけてきた少年がやはりリーダーらしく、少々余裕は無さげだが、しっかりと指揮を取りながら、前に突出してしまった獣人の女の子を、体格のいい男の子に助けに行かせていた。
「バリー、あそこの奴らを倒す、弓で援護してくれ! はああっ」
「ギィィィィッ」
リーダーの少年は、仲間に弓で牽制してもらいながら、手に持った槍で一匹一匹突いて、確実にダメージを与えていく。
そうして弱ったところを、後ろに控えていた先ほどとは別の女の子が、雷魔法を使って小さな雷を放ち、三匹まとめて倒していった。
「なんか、大丈夫そうだな。思っていた以上に、凄いじゃないか」
「だね。あと七匹だよ。ガンバレー」
二人が感心しながら応援しながら見守っていると、遂に最後の一匹をもう一人の魔法使いの少年が火魔法で焼き払い、見事ちびっ子パーティだけで乗り越えたのだった。
少年少女は興奮した面持ちで、皆で健闘をたたえ合っていた。
「んじゃあ、俺たちは先を急ぐか」
「だね。ここで私達が見ていたなんて解ったら、無粋だろうし」
年上に見守られながら戦闘していたというのと、自分達だけで戦ったというのでは、気分にも差が出てくるだろうと、竜郎たちは息を潜めながらそこを後にした。
「それにしても、共通地点以外でも他のパーティに出くわすことが偶にあるとは本で読んで知っていたが、まさか顔見知りに当たるなんてな」
「そんなに珍しいことなの?」
「ん~、でもまあレベル1だとそもそもフィールドの数も多くないし、低レベルダンジョンではそこそこあるのかもな」
と、そんな事を話しながら子供たちに気付かれる事なくその場を離れて少ししたところで、再びカルディナが何かを発見した。
それにまた子供たちに何かあったのかと、再び探査魔法に同期して調べてみればそうではなく、竜郎達の進路上に魔物の様で魔物で無い、不思議な反応が見つかった。
「なんだこれ?」
「また、何かいたの?」
「いるというか……あるというか……、なんか良く解らんのがこの先にいる」
「「「???」」」「ピュィー」
カルディナだけが竜郎の不思議な感覚に共感してくれ頷いてくれたが、他の皆は首を傾げていた。
「まあ、動いてないみたいだし見に行ってみよう。そうすれば、何か解るだろう」
「そうだね、私もその良く解らない何かが気になるし」
そうして、そのまま良く解らない何かを目指して歩いて行くと、そこには小さな黒い渦が空中に浮かんでいた。
「あれが、良く解らないもの?」
「ああ、あれが良く解らないもので間違いないんだが…………実際に見ても良く解らんな」
「けど、なにか不思議な気配ですの。何か……わたくしたちに近いような……」
「奈々達に近い……? ──ん?」
何かわからず皆で凝視していたら、その黒い渦が小さく光を放ち始めた。
そのまま何が起こるのかと、じっと観察していると、なんとそこからイモムーが飛び出してきた。
「わっ、イモムーだ」
「探査魔法の反応からして幻の類でもなさそうだし、あれは魔物を生む何かなのかもしれないな」
そうして見ている間にも、イモムーだけを執拗に生みだし続けていた。
「……いや、他にないんかい」
「スキルのないイモムーなんて、いらないよー」
何か強そうな魔物が出ないか待ってみたものの、いつまで経ってもイモムーイモムー。
待っていたこの時間を返せと、文句が言いたくなるというものだ。
「アレはもう、イモムー発生器って名前でいいんじゃない?」
「賛成」「さんせーですの」「ピュー」「ヒヒン」
「賛成多数で、可決されました。おめでとう、あなたはこれからイモムー発生器だよ!」
「……………………」
意思すら持っていなさそうな黒渦は、特別反応するわけでもなく、機械的にイモムーを放流しているだけだった。
「まあ、そうなるわな」
「名前の付けがいのない奴ね」
などと愛衣が文句を垂れている間に、竜郎はふと、あれにも《レベルイーター》が使えないかと考え、試しに黒球を吹いて当ててみた。
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レベル:1
スキル:《魔物生成 Num-3689.031》
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(??? なんだこれ? Num-3689.031? 3689.031レベルってわけじゃないよな)
竜郎は取りあえず何かレベルが取れないかやってみるものの、何も取ることが出来ず、《レベルイーター》を解除した。
「あれは魔物を生み出すことしかできないみたいだけど、とりあえず倒してみるか」
「倒せるの?」
「あ~たぶん? レベルがあったし、倒せない奴じゃないと思う。それに一レベルだったし」
さてそうとなればどうやってという話だが、さすがに直接触れるのは抵抗がある。
なので竜郎が試しにレーザーを放ってみたのだが、渦の中に吸い込まれ、お返しとばかりにイモムーを二十匹ほど一気に放出してきた。
「「キモッ」」「気持ち悪いですの!」
うじゃうじゃとやってくるイモムーを、竜郎が火魔法で一掃した。
「今のは、エネルギーを吸収されたのか? そんなスキルは無かったぞ」
「じゃあ、次は私がやってみようかな」
そう言いながら、愛衣は天装の弓を《アイテムボックス》から取り出した。
そしてすぐに気力を込めて矢を造り、それをイモムー発生器に打ち放った。
しかしそれも渦の中に吸い込まれ、再び大量のイモムーが産出された。
「あれって、倒せないタイプの奴なのか?」
「ふふふっ、甘いよたつろー。ああいう吸収系の敵を倒すセオリーがあるじゃない」
「吸収系? あー、吸収できる限界以上に喰わせてばーん的なアレってことか?」
「その通り。ばーん的なアレをするんだよっ」
そう言いながら、愛衣は弓を構えて気力の矢を連射しまくった。
すると、愛衣の矢が黒い渦に当たった瞬間、やはりイモムーが次々と飛び出してくる。
それを竜郎は、ジャンヌと協力しながら魔法で殲滅し続ける。
そんな事を五分ほど続けてみたが、ばーん的なアレが起こる気配すらなかった。
「愛衣、もういいよ」
「あっ、ちょっと待って、あとちょっとで弓術スキルが8になりそうなの」
「目的変わってね?」
「よしっ、なったあ。そして、いたずらにイモムーを増やしただけって言うね……」
すでに竜郎たちの周辺は、数千匹のイモムーの亡骸だらけになっていた。
最早、キモイどころの騒ぎではなくなっていた。
「愛衣がやってる間に、カルディナと解析していたんだが、あいつは吸収と言うより、変換してるだけっぽいな」
「変換? 私の矢が当たった瞬間にそれをイモムーに変えてるって事?」
「ああ、だから一度も自身に取り込んでないんだと思う。
よって、さっき言ってたばーん的なアレ作戦は意味無さそうだ」
「まじでかあ……」
そうして二人がゲンナリし始め、もう無視して行こうと竜郎が提案しようとしたところで、奈々が小さく手を上げた。
「どうした、奈々?」
「いえ、最後に私がやってみてもよろしいですの?」
「え? ああ、まあいいけど。けど、奈々は攻撃系のスキルは無かったよな?」
「はいですの。ですけれど、相手が力を変換してしまうのなら、こちらからは何も与えずに、吸い取ってしまった場合はどうでしょう?」
「ああ、《吸精》か!」
《吸精》なら変換できる力を渡すことなく、相手にダメージを与えることが可能である。
確かに盲点であった。なので竜郎は倒し方があるのなら今後の為にも知っておくべきだと、その提案を受け入れた。
そうして、黒渦に奈々が挑むことになったのであった。