第126話 新たなパーティメンバー
あの後、お子様には見せられない様な過激な行動に移りそうになるものの、興味深げに見てくる六つの目線に気付いて、すんでの所で踏みとどまった。
「ちぇー、ですの」
「ちぇー、とか言うんじゃありません」
「はーい。おとーさま」
「うむ。素直でいい子だ」
そう言って、竜郎は少女を抱っこした。すると、その異常な軽さに驚いた。
いくら小さいからと言っても、この大きさなら数十キロは有る筈だ。なのに今、竜郎が感じている重さは一キロも無く、グラムで表現するレベルの重さしかなかった。
「軽っ!? どうなってんだ? カルディナ達は、見た目相応の重さだったぞ」
「え? どれどれ───ってほんと! 紙を持ってるみたいにかるーい! あはは」
「ちょっと、おかーさまっ、ポンポン投げないでほしいですのっ」
「おっと、ごめんね」
愛衣は謝りながら、少女を床に降ろそうとした。だが少女はその前にスーと浮かび上がって、滑る様にゆっくり移動してさっきまでいた場所に自分で戻った。
「わたくし、生身と言うより、おとーさま方の世界で言う、幽霊のようなものですの。
こちらの世界では、アストラル体と言うらしいですが。なので、重さはほとんどありませんの」
「あー、そういう事もあるのか」
「ですの、ですの。ところで、わたくしには名前を付けてはくれないのですか?」
ああ、それもそうだ。と愛衣は直ぐに名前を考え、一秒もしない間に口からあふれ出た。
「えーと、デスノーちゃ──」
「こらこら、脊髄反射で名前を付けるな。それじゃあ、名前を書いたらアレしちゃうノートみたいになるだろが」
「わたくしも、それは……」
少女も、申し訳なさそうに愛衣を見つめた。なので愛衣は再び少女をこちらに寄せて、抱っこしながら顔を見つめて考える。
それに少女も応えて身を任せて、愛衣に甘えるようにもたれ掛った。
「うーん。呪魔法が使えるから……しゅ…のろ……まじない………!? マジナちゃん!」
「おうっ、いっつぁ、キラキラネーム! いや、マジか。
というか、もう見た目は日本人みたいな顔立ちだし普通に俺達みたいな名前でいいだろ?」
「ん、それもそっか、じゃあどうしよっかなあ」
「なんだか不安ですの…」
自分の一生の名前が決まるというのもあって、少女はなぜおとーさまが付けようとはしないのだろうともっともな疑問を懐きつつ、愛衣の胸に抱かれたままその時を待った。
そうして何個目かの珍名が世に出てきた後、その名前が出てきた。
「あっ、奈々ってのはどう?」
「………………それ、愛衣の友達の名前まんまじゃね?」
「ぶー、ざんねーん! 普段そう呼んでただけで、本名は奈々子ですー」
「ほぼ丸パクリだよね!?」
そう思わず突っ込まずにはいられなかった竜郎に対し、愛衣は唇を尖らせた。
「え~、でも奈々子が、奈の字には神事の時に使う果樹って意味があるとかないとか……」
「どっちだよ」
「じゃあ、ある。神事ってお呪いみたいなものでしょ?
だったらピッタリじゃない。それにナナなら、この世界の人でも呼びやすそうだし」
「じゃあて……。うーん、そうなあ」
必死で弁解する愛衣に、竜郎はまあそう言う意味があるのならと納得し、せっかくだから本人にも尋ねてみた。
「君はどうだ? 奈々って名前は嫌か?」
「なな……、どういう字を書くんですの?」
「───こう言う字だよ、奈、々、でナナ」
「これで奈々」
愛衣がメモ用に持っていた紙とペンを、《アイテムボックス》から取り出して、目の前で書いて見せた。
すると少女も気に入った様子で、何度もその漢字を指でなぞってその名前を口にした。
「決まりっぽいな」
「うん、決まりだね」
そうして新しい仲間に、奈々が加わったのだった。
そうと決まれば、二人は奈々に早速パーティ申請してもらい、直ぐに受け入れるとステータスを確認した。
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名前:ナナ
クラス:-
レベル:1
竜力:118
筋力:17
耐久力:17
速力:12
魔法力:28
魔法抵抗力:28
魔法制御力:23
◆取得スキル◆
《アストラル体》《真体化》《成体化》
《浮遊 Lv.5》《竜吸精 Lv.3》《竜飛翔 Lv.4》
《呪魔法 Lv.6》《生魔法 Lv.5》
残存スキルポイント:3
◆称号◆
なし
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「あれ、奈々は《幼体化》は無いんだな」
「これ以上小さくなったら、稚児になってしまいますので」
「でも、《幼体化》がない代わりに《アストラル体》があるんだね」
「代わりと言いますか、それは体質だと思いますの」
そりゃそうか。と納得しながら今はちなみにどっちの体なのか聞くと、二人の予想通り《成体化》だと答えが返ってきた。
なので試しに《真体化》を見せてほしいといったものの、「余り見せたくありませんの……」と、愛衣とそっくりな目でウルウルされ、竜郎はそれに抗う事が出来ずに次の項目に話題を移した。
「んじゃあ後、気になると言えば《竜吸精》と《竜飛翔》か。
確か前に愛衣が倒した魔物にアストラル体がいたけど、そいつは《吸精》だったな」
「そんなの使ってたかなあ」
「使う前に倒したっぽいからな。具体的にはどんなスキルなんだ?」
「《吸精》は触れたものの精気を奪って自分の魔力を回復したり、傷を癒す効果がありますの。
そしてわたくしの《竜吸精》は、触れずとも範囲内に存在する生けるものから任意で精気を吸い取り竜力や傷の回復を図れるようですの」
「また、えぐいスキルだなあ。効果範囲はどれくらいなの?」
「範囲は1レベルごとに1メートルずつ伸びる換算のようですの。だから今は3メートルですの。
といっても、《成体化》の状態だと《吸精》しか使えないようですが」
それはカルディナ達も同じことなので、今更驚くことも無いのでいいとしても、この《吸精》は他の二体の様な強力な攻撃ではないが、補助魔法を使う奈々にとっては、かなり相性のいいスキルと言えた。
そして最後に《竜飛翔》。この子の場合も、ジャンヌと同じく表示が薄くなっているところを見ると、《真体化》限定のスキルのようだった。
とはいえ、《飛翔》の様に速度は出せないものの、《浮遊》があるので通常時でもなんとかなりそうではあった。
こうしてステータス確認を終えると、さっそく奈々にはやってもらう事があった。
「じゃあ、奈々。お姉ちゃんズと同様に、あることをやってほしい」
「なんですの? おとーさま」
「《竜力回復速度上昇》を覚えるため、今から瞑想をしてもらいます」
「望む所ですの!」
「うん、うん、元気があっていいねえ」
そうして奈々はその眠る必要の無い体で、今日の残りの時間全てを費やし、二体の姉と共に瞑想に入り、《竜力回復速度上昇》を覚えていったのであった。
翌日。夜通しの努力が実り、奈々は《竜力回復速度上昇 Lv.4》、カルディナとジャンヌは《竜力回復速度上昇 Lv.6》になっていた。
それを二人が確認した後、三体ともしっかりと褒めて甘やかせながら食事を取り、多めに頼んだ朝食の残りを《アイテムボックス》にしまって宿を出た。
そうして現在、二人はリャダスの町を出て、人気のないところまで歩いてやって来た。
「よし、みんなでてこーい」
「ピュイ」「ヒヒン」「ですの」
竜郎の間延びした呼びかけにしっかりと答え、三者三様の言葉を発して現れた。
その姿は、皆《成体化》バージョン。今から行くダンジョン付近にはかなり人もいるらしいので、《真体化》で行けば悪目立ちする可能性大だからだ。
そうして三体が出てくれたところで、《アイテムボックス》から犀車を取り出して地面に置いた。
「ではさっそく出発! と行きたいところだが、少し改造しようと思う」
「色々仕入れてきたしね」
「ああ。あんまりジャンヌに負担がかからない範囲で頑張ってみる」
そう言って竜郎は、まず新しい鉄のインゴットを追加して犀車を上に一メートル程伸ばして、さらに外装には以前購入した、鉄よりも重いが硬いというフェバス鋼のインゴットを取り出し、それを闇魔法で強化と軽量化をできるだけバランスよく施しながら、薄く伸ばして犀車をコーティングしていく。
それが出来たのなら、天井部のカルディナ専用の席にも同じようにコーティングして少しだけ丈夫にしておいた。
その作業を終えれば、次は内装だ。今現在、ベッドにも使われているクッションマットを敷いているだけの小部屋の床に、マットの代わりに毛足の長い絨毯を敷いて、椅子や机などできるだけ軽く、小さなちょっとした家具を設置していく。
設置が終われば、それらを急停止しても倒れないように土魔法でしっかりと固定した。
さてそうなると、二人が就寝する場所が無くなってしまったわけだが、犀車自体を上に伸ばしたため、新たなスペースがある。
そこを竜郎はロフトの様な形にして上に天井の低い層を造り、足場にする上下を隔てる仕切りが落っこちないように、かなり強力に接着、強化を施していく。
それが終われば、上のロフトに行くための簡単な梯子を用意して、竜郎はそこを昇った。
そのスペースは、寝るためだけなら丁度いい高さとスペースがあり、竜郎は満足げな顔をしながら、レジナルドの所で購入した少し高級なマットレスをそこに敷いて寝転べば、柔らかいマットが体を包んでくれ、なかなか寝心地も良さそうであった。
そこから天井に出ることも出来るため、直ぐに外の様子も確かめることができる。
これで道中、なかなか快適に過ごせそうな感じであった。
「よし、完成だ。ちょっと試しに曳いてみてくれないか?
重かったら、減らすなり改造するなりするからさ」
「ヒヒーン」
六メートル程の巨体に合わせた金具に作り直してから、それをジャンヌにつけさせてもらい、誰も乗っていない状態で少し進んでもらった。
すると、重量の増した犀車を何の抵抗もなくスッと引きだした。
「すごい力だね」
「だな。ジャンヌ、それって殆ど風魔法を使ってないだろ?」
「ヒヒン」
「ステータス補正も勿論あるんだろうけど、地力も相当上がってるって事だね」
「ああ。頼もしい限りだよ」
そう話していた二人とカルディナ、奈々は少し先に行ったジャンヌに追いついて、竜郎は魔力を補充しがてら、愛衣はただそうしたくて鼻先を優しく撫でた。
するとジャンヌは鼻息を一度大きくフーンと吐くと、気持ちよさげに目を細めた。
「うーん、カルディナおねーさまは探査、ジャンヌおねーさまは旅の移動……。
わたくしは一体何をすれば…………そうですの! おとーさまっ、おかーさまっ」
「なんだ? 奈々」
「旅の道中、わたくしはジャンヌおねーさまの背に乗って、呪魔法と生魔法でサポートいたしますわ。
わたくしなら重さもほとんどありませんし、ジャンヌおねーさまの邪魔にはならないはずですの!」
「んー確かに有事の際はジャンヌとカルディナに呪魔法で強化しつつ、回復にも回れるし良いと言えば良いんだが……」
「別に無理してやることを見つけなくてもいいんだよ?
奈々ちゃんは、奈々ちゃんの役割がしっかりあるんだから」
「それでも、わたくしもおとーさま方の役に立ちたいんですの」
その真剣な瞳に、これ以上何か言うのも無粋だと感じた二人は、ジャンヌのサポートをやってみて貰う事にした。
そうして竜郎達が御者席に座ろうとしたら、奈々に中に入って休んでいてもいいと言われ、半ば強引に犀車の個室の中に押し込まれそうになった。
さすがに何もかも投げっぱなしは座りが悪かったのだが、最終的に奈々の提案を受け入れた。
「それじゃあ、まずはこの道を真っ直ぐ行って、四差路に行き当たるまで進んでくれ」
「はいですの!」「ヒヒンッ!」
「うーん。本当に大丈夫?」
「ですの!」
そうはっきりと言われてはこれ以上何も言えず、二人は初めてのお使いに我が子を行かせるようなソワソワした感情を持ちながら、道中を進む犀車の中へと入っていったのだった。
次回、第127話は12月07日(水)更新です。