第125話 ダンジョンに必要なモノ
マリッカからのお説教タイムを無事にやり過ごした二人は、現在屋内で昼食をごちそうになっていた。
それが終われば、竜郎が愛衣のへし折った部分を土魔法で修復して、マリッカの機嫌も完全に修復された様子だった。
「二人は、これからどうするの?」
「まずはこの町を一時的に拠点にしながら、近くにあるダンジョンを新しい装備の試しもかねて回ってみるつもりです」
「この辺のダンジョンには、行ったことは無いの?」
「うん、ないよー」
「そっか。なら一回は行っておいた方がいいかもね、二人なら大丈夫でしょうし。でも、あんまり過信して無理な事はしちゃダメだよ」
「はい」「はーい」
「うん、よろしい」
そうしてマリッカとの会話を終えると、エンニオがこちらにドシドシと足音を立てながらやって来た。
「それじゃあ、エンニオ。ばいばい」
「ガウ」
「こら、エンニオ。それじゃあ、二人とも帰れないでしょ」
ばいばいと愛衣が手を振った途端に、エンニオは門の前で通せんぼをした。
それにマリッカはしょうがない子ねえ、と言った風にため息をつきながら説得するも、そっぽを向いて聞いてくれない。
これは使いたくはないが、契約でいう事を聞かせるしかないかとマリッカが思い始めた頃、二人はエンニオの前に歩み寄った。
「ごめんな、エンニオ。俺達にもやることがあるんだ。何日かはこの町を中心に活動するつもりだから、また会いに来る」
「ガア……」
「その時は、また遊ぼうね!」
「その時はもう、私の家を壊さないでね」
「は、はひ。すみません……」
「グファファファ」
愛衣がマリッカにビクつきながら謝る姿がおかしかったのか、エンニオはいつだったかに二人の前で笑った時とそっくりの笑い声を上げた。
そんな面影に二人の目が熱くなるが、堪えて未来を見つめながら満面の笑みで別れを告げた。
「それじゃあ。またな、エンニオ!」
「ばいばい。絶対また来るからね!」
「ガアアッ!」
完全に獣の姿で言葉も解せず話せなくなったはずなのに、二人にはそれが笑いながらの「また来いよ!」に聞こえ、それに手を振り二人はマリッカの家を後にしたのだった。
そうしてのんびりと帰り道をいき、二人が宿に着いたころには夕方になっていた。
部屋の中で明日からの準備をと、ダンジョンに必要そうな物は何かと、レジナルドに貰った本を片手に寛いでいた。
その本はレジナルドが言っていたように、確かに児童向けに大きな文字で描かれた本であったのだが、存外馬鹿にできたものではなく、要点がしっかりと纏められており、何に気を付けたらいいのか、どういった物が必要なのか、どういうメンバーで行くのがいいのか、などとても解りやすかった。
そうして、最後までさくさくと読み進めていくと……。
「ん? なんだこれ…………くーぽん?」
「クーポン?」
雛鳥のカルディナと小サイのジャンヌと戯れていた愛衣が、元の世界で聞きなれた言葉に反応して、竜郎の元に二体を引きつれやって来た。
それを横目に見ながら竜郎は、本の巻末あたりに切り取り線の入ったマクダモット家が百貨店に卸しているであろう商品の割引券が入っていた。
その商品は、まさに今手に持っている本が必要だと言っていたものばかり……。
そして極めつけに、最後までペラペラとページを捲っていった最後の項目には、
著:レジナルド・マクダモット
と書かれていた。
「あんたが書いたんかーいっ!」
思わず突っ込みながら本を上に竜郎が放り投げると、それを愛衣が片手でキャッチして、著者名の欄を確かめた。
「わ。ほんとだ。レジナルドさんの名前が書いてある。あの人、こんな事までしてるんだねー」
「まったく、ちゃっかりしてるよ、あのおじさん。どうりで只でくれたわけだ」
「でも、これって嘘が書いてあるわけじゃないんでしょ?」
「そうだな、どれも本当にあったら便利な物ばかりだから、文句なんて言えないさ。
でもなあ、なーんかあの人の手の上で転がされてる気がしてならないんだよなあ」
「まあ、まあ。ダンジョンの詳しい情報はちゃんと手に入ったんでしょ。なら、いいじゃん」
愛衣のその言葉に深く考えるのも良くないかと、次の事を考え出した。
それは、ダンジョンに必要なメンバーについてだ。
安全にダンジョン探索をするには、近接、防御、探査、攻撃魔法、防御魔法、後方支援。これらが万遍なくいるパーティの生存率が、一番高いらしい。
何か一つに突出したパーティは強いのだが、ダンジョンにおいてはあらゆる状況に対処できる者達の方がいいらしい。
「んー。でも、それ全部私、たつろー、カルディナ&ジャンヌシスターズで賄えちゃわない?」
「だよなあ。というか、レベル3のダンジョンくらいなら過剰戦力な気もする」
しかし出来るとしても、全部それを少人数で分割するというのは、状況によっては一人に多くの負担がかかってしまうかもしれない。
そうなった時の為に、補助要員がいてもいいかもしれない。
そう思った竜郎は早速愛衣に、その旨を伝えてみた。
「補助要員? っていうと、具体的にはどんな?」
「ああ。呪魔法が使える魔力体生物がいれば、オールマイティに活躍できるんじゃないかと思ってな」
「呪魔法でオールマイティってことは、状況に合わせてステータスアップして、大変そうな人を手助けするって感じ?」
「ああ。そうすればある程度皆の負担も減るだろう。ただでさえ、素の状態でも強いからな、家の子達は」
「ピピッピ!」「ヒヒン!」
竜郎は優しく二体を撫でると、嬉しそうにすり寄ってきた。
それに負けじと愛衣も竜郎に密着してきて、何だか良く解らないごちゃっとした絵図になった。
そうして、落ち着いた所で新たな魔力体生物の生成に乗り出していく。
まずは愛衣に背中にくっついてもらいながら、生成した竜魔力でスキル《陰陽玉》を発動させる。
すると体の元となる球体が現れたので、呪魔法とその補助として便利そうな生魔法の因子も組み込んだ後、そこへどんな存在になってほしいのか思いを込めていく。
(俺達の補助をしてくれる。そんな優しい存在が欲しい)
球体が次第に形を変えていき、二人は今度はどんな動物が来るのだろうと、二体はどんな妹が来るんだろうとワクワクしながら見つめていると、それは形を成した。
「はじめまして、ですの。おとーさま、おかーさま」
「「………………え?」」
そこに現れたのは、地面に着きそうなくらい長い黒髪で前髪はぱっつん、黒い和風の着物を着た、真っ白な肌の小学校低学年くらいの可愛らしい女の子が綺麗なお辞儀をして、少し舌足らずな口調で挨拶をしていた。
てっきり波佐見動物ファミリーに新たな仲間が加わるものだと思っていただけに、二人は直ぐにそれに返せずに固まっていたのだが、そんな驚きなどまるでない二体は新しい妹だと喜び勇んで取り囲んでいた。
「おねーさま方も、はじめまして、ですの」
「ピピピッ」「ヒヒーン」
それに朗らかに女の子は対応し、二体をギュッと抱きしめた。
そこでようやく二人は正気に戻り、改めてこちらからも挨拶をした。
「えーと、はじめまして。君はその、カルディナ達と同じ存在って思っていいんだよな」
「はい。問題ありませんの。おとーさま」
「なんというか、動物以外もいけるんだね」
「ええ。とくにこういう形という決まりはなく、どちらかというと、おとーさまのイメージがこうさせたというのが大きいですの」
「たつろーは、ろりこ──」
「違うから! しかし、俺のイメージと言われても……あ」
竜郎が女の子を見た時の第一印象が人形のよう。だったことを思い出し、無意識に呪魔法=日本人形の構図を頭に思い浮かべていたのかもしれないと考えに至る。
そしてさらに見ていると、もう一つ気になる点を発見した。
「あれ? なんか君……透けてないか?」
「あら、失礼しましたわ。気をぬくと、少々すけてしまう性格なもので……」
「「いや、そんな性格ないから」
恥ずかしそうにモジモジする少女に揃って突っ込むと、さらに恥ずかしそうに白い肌を赤く染めた。
そもそも何が恥ずかしいのかも解らない二人は、変わった子だなあ。と思いながら見ていると、竜郎にはどこか愛衣に面影が似ているような気がした。
そして愛衣は、どこか面影が竜郎に似ているような気がしていた。
「なあ」「ねえ」
「愛衣からでいいぞ」
「うん。あのね、なんか鼻筋とか耳の形とか、たつろーに似てない?」
「え、俺? どっちかというと、目元が愛衣にそっくりな気がするんだが」
そうしてお互い、言われた場所と相手の部位を心象伝達で送りながら確認すれば、確かに似ていた。
そんな風に他にも色々類似点を探していると、それに気が付いた少女がなんとなく心当たりがあったので、それを口にした。
「わたくしが生まれる少し前などに、お二人の稚児を意識するような出来事があったのではないですの?」
「ややこて。また古めかしい言葉を……。って、そう言われればあったな」
「でも、もう数日も前の話だよ?」
「それでもおとーさまには、強く心に残っていたということだと思いますの。
わたくしたちは、おとーさまのその時々の微妙な気の持ちように、形を左右されるようですので」
「そういう仕組みになっていたのか。これからまた機会があったのなら、気を付けよう」
そうして竜郎は何やら得心顔で頷いていたが、そうなってくると愛衣には気になることが出てくる。
「ねえ、ってことはだよ。女の子ばかり生まれてくるって事は、密かにたつろーにハーレム願望があるって事?」
「ちょっ、んなわけ──」
「ないですの」
「あれ、そうなの?」
竜郎の言葉にかぶせるように少女がきっぱりと否定し、愛衣は出端を挫かれキョトン顔になっていた。
「おねーさま方や、わたくしがメス、もしくは女である理由は、ひとえにおとーさまが、とのがた、だからですの」
「殿? ……ああ、男の人って事ね」
「その言い方だと、俺が男だと魔力体生物からは女しか生まれないって事でいいのか?」
「そのとおりですの、おとーさま。相反する属性をかけ合わせることで生まれたこの魔法はまた、製作者と相反するモノが生まれるようになっていますの。つまり、男なら女、女なら男ですの」
その話を聞いた愛衣は、自分だけでは竜郎を満たしきれていなかったわけではなかったのだと、ほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、たつろーは別にハーレム願望は無いんだね」
「はいですの。それどころか、わたくし達におかーさまへの愛情が移ってしまうくらい、ベタぼれですの!」
「まあっ!」
「おいいいいぃぃっ! 何さらっとカミングアウトしてんだよ!?」
我が子ともいえる少女に、盛大に愛衣への愛情の度合いを暴露され真っ赤になる竜郎に対し、愛衣は両手で頬を押さえ、口元をだらしなくさせながら赤ら顔の彼氏にキスをせがんだのであった。




