第123話 リャダスの百貨店
おまけで本を貰った竜郎は、それをしまいながら町の外にあるダンジョンの事を考えていたら、ふと気になっていたことが浮上してきた。
「ダンジョンとは関係ないんですけど、なんでトーファスからリャダスまでの道はあんなに不便なんですか? 整地しようとは思わないんですかね」
「ああ。あそこは生えてる苔が重要でね。あれは世界中でも数か所しか生えていない貴重なものなんだ。
下手に手を入れるとそれが育たなくなる可能性が有るとかで、そのまま自然保護の一環として残している──というのが、表向きの理由だね」
「裏があるの?」
「まあ、ここだけの話。あの苔を利用して人工の魔法石を造って、そこから魔法液を生成できないかと、領主殿主導のもと密かに研究していたんだよ。
だから今は生育法の確立や、定期的な採取目的に、そのまま天然の育成場として取って置いてあるんだ。
生育方法がキッチリと解れば、一も二も無く整地に乗り出すだろうね」
魔法石とやらは前に竜郎が読んだ百科事典によれば、ダンジョンの魔物のみが体内に持つ魔力の塊のようなもので、それから魔法液が造られ、様々な燃料として普及しているらしい。
そして今の言葉によれば、ダンジョンの魔物からしか取れない物を人工的に造れるようになれば、ダンジョン付近にない町でもエネルギー源の確保ができるようになるというわけだった。
「なんで、密かにやる必要があるの?」
「ほかの機関に横やりを入れられたり、功績の横取り、欲をかいた人間達による無理な採取での苔の全滅とかを防ぎたいんじゃないかな」
「概ね、その通りだよ。タツロウ君」
「へえー」
「というか、そんな話僕らにして良かったんですか?」
「君たちなら、悪いようにはしないだろうと思ってね。信頼の証だよ」
そんな重たい信頼の証を気が付かぬうちに受け取っていると、倉庫の扉が開いてギリアンがやって来た。
その顔はまだ憮然としていたが、先よりは多少マシにはなっていた。
「父上! 用意が整いました」
「ああ。ご苦労。じゃあ、外に出ようか」
「はい」「はーい」
そうしてレジナルドの後ろについて、広めの部屋に入ると、そこには竜郎達が要望したものが積まれていた。
それらに礼を言いながら、竜郎は《アイテムボックス》にしまおうとした時、使用率がギリギリになっていることに気が付いた。
『愛衣、そろそろ《アイテムボックス》がいっぱいになってきたから、また拡張しようと思う』
『そうなの? まあ、竜の肉がスペース取ってるからしょうがないかあ』
『ああ。じゃあ、取っちゃうな』
そうして竜郎のSPが(5)になり、《アイテムボックス+5》にした。
その時、魔竜の肉をしまう際には余裕が無くて見ていなかった、《アイテムボックス》の追加機能を+4と合わせて改めて確かめてみた。
すると、+4では任意での内部の時間経過加速。+5では時間経過の個別設定が可能になっていた。
(個別設定と遅延、加速を組み合わせると便利かもしれないな)
そんな事を考えながら、大分容量が増えた《アイテムボックス》に、その全てをしまっていった。
今回は中々いい買い物が出来たので、レジナルドにその旨を伝えると、喜んでくれたようだった。
その頃には竜郎達に対しては元のギリアンに戻り、丁寧に盗賊から救った事に対して改めて礼を言われ、この場はお開きになった。
そうして二人は親子に見守られながら、メイドに連れられこの屋敷を去っていった。
そんな二人が完全に見えなくなった頃、ギリアンは竜郎たちの手前では言えなかったことを吐露した。
「父上。いくらなんでも、あんな確証もない約束だけで、あれをあの値段で売るなんて馬鹿げています。
いくら私の恩人だからと言ってもやりすぎだったのでは?」
「ははは。そうだな、商人たる者、物の価値は正確に測り、その物にあった価格で提供するべきだね」
「それならば、何故!」
「ふむ。実はトラウゴット氏から、私の父、お前にとっては祖父だが、頼まれごとをしていたんだよ」
「頼まれごと?」
かの有名な鍛冶師と自分の祖父が知り合いだったことに驚きつつ、ギリアンはその頼まれごとというのが気になった。
「ああ、そうなんだ。まず、あの鎧とコートは一緒に売る事。売る人物は若い男女である事。使うに足る人物である事。
その三つを満たすものならタダでくれてやってくれと言われて、我が商家に預けたらしい。
だから厳密に言えば、あれは我が家の商品ではなく、倉庫を間借りしていたものに過ぎないんだよ」
「なんでそんな事を?」
「さあねえ。そればっかりは、今は亡きトラウゴット氏に聞くしかないねえ」
そう言う父の言葉を聞いて、ギリアンはそういった経緯があるのなら、頷けると納得しかけた所で、一つ只でくれてやってくれといった部分が引っかかった。
「…………では、八千万は逆に取りすぎだった、という事にはなりませんか?」
「何十年も倉庫の一角を貸していたんだよ?
あの二つ自体が只だとしても、品質を一級のまま保つ為に何度もメンテナンスし、厳重に管理していた事を考えれば妥当な値段だ。
まあ、引き取り料として家賃を払って貰ったと思えばいい」
「…やはり、あなたは商人なのですね」
「そうだよ。相手が誰であろうと、例え息子の命の恩人であろうと、只で物を渡すのは物に対しての冒涜だ。それは、私の矜持にかけてできないよ」
そういって爽やかに笑う父に、ギリアンはまだ当分はかなうことは無いのだろうと、眩しい物を見るかのように目を細めたのだった。
実際に破格の値段で手に入れられたというのは間違いないのだが、実は只で手に入れられていたかもしれないと言う事実を、二人はこの先も気が付くことは無く、お得な買い物をしたとその日は宿に帰って就寝した。
そうして次の日は起きて朝食を取った後、今日営業を再開したばかりの百貨店に入っていった。
その中はオブスルの店舗よりも広く、さらに多くの種類の品々が陳列されていた。
まず一階の食品売り場で日持ちしそうな乾物や、調味料の追加と補充をし、一階一階確かめながら、愛衣と仲良く手を繋ぎながら竜郎は買い物を続けていくと、十階辺りで植物の種が売られている所を発見した。
そこで二人は立ち止まり、何か旅の役に立つものは無いかと物色を始めた。
「おっ、これは成長すると甘い果物になるらしいぞ」
「あ、ほんとだ。──って、成長して実がなるまで三年かかるって書いてあるよ。実ができる前に帰れちゃうよ」
「普通に育てればそうかもしれないが、樹魔法と《アイテムボックス》を組み合わせれば何とかなるかもしれない。
そんなに高くもないし、実験もかねて何種類か買っていこう」
「そうなの? じゃあ、私もいくつか選んじゃおっと」
そうして二人は、好みの食材になりそうな種を購入してさらに上を目指した。
その道中、服売り場に愛衣がフラフラと吸い寄せられ、渋る竜郎にお願い光線を浴びせて打ち倒した末に、いくつかそこで購入した。
それからもはしゃぐ愛衣に引っ張られながら、今度はアクセサリーの店などが並ぶ一角にやって来た。
「あっ、これ可愛いかも! どう、似合うかな?」
そう言いながら愛衣は一つ、おそらく太陽をモチーフにしたデザインの小さなネックレスを手に取り自分の首に当て、竜郎に向かって上目使いでニコッと笑いかけてきた。
正直ネックレスなど目に入らず、その瞳に釘付けにされていた竜郎だったが、なんとか視線を引いてみれば、今の異国風の衣装にも似合い、何より太陽の様に明るい笑顔を浮かべる愛衣自身にも似合っている気がした。
「ああ、すごく似合ってる。可愛いよ」
「そ、そう? ありがと……」
嘘偽りのない真摯な瞳で可愛いと言われた愛衣は、顔が熱くなったのを誤魔化す様に視線を漂わすと、今自分が取ったネックレスの近くに、満月をモチーフにしたような物を見つけた。
それは愛衣の持っているものに比べて質素なデザインではあるが、決して貧相な物ではなく、むしろさりげないアクセントとして使えそうなネックレスだった。
「これ、たつろーが付けてみて」
「俺? いいよ、ネックレスなんて」
「えー、いいじゃーん。おねがーい!」
「……わかったよ」
愛衣のお願い攻撃による撃墜率100%を誇る貧弱防壁は相変わらずで、たやすく突破された竜郎は愛衣から月のペンダントを受け取って首に当ててみた。
すると、デザイン的に男が付けていてもそこまでおかしなものでもなく、竜郎にもなかなか似合っていた。
「いいじゃん、カッコいいよ、たつろー! なんかデザイン的にペアっぽいし、一緒に買おうよー」
「んー、俺がネックレスなあ」
竜郎の中では、どこかネックレスを付けるのは女性と言うイメージがあるので、若干の抵抗があった。
しかし、ここでまた愛衣のうるうる目攻撃が発動し、目を瞑ってガードしようと試みるも、耳元で今夜の営みについて竜郎の要望を何でも一つ聞いてくれると言われた。
「よし、直ぐに買おう」
「即答!?」
竜郎もとい、えろろーにそれを拒否することは出来るはずもなく、購入を即断すると支払場に愛衣の手を引っ張って早足で進んでいった。
「んー。言った私が言うのもなんだけど。……お手柔らかにお願いね?」
「大丈夫だ。危険なことではないから」
「うー。今のたつろー、すっごくいやらしい顔してるー」
「男は皆、大きな夢を一つや二つや百個や千個持ってるもんだ」
「桁が上がりすぎな上に千個もあるのっ!? 今回は一個だけだかんね!」
「解ってるさ。今夜は一個。次の機会で二個目。次の次の機会に三個目と、一個ずつ、ゆっくりとやっていけば、夢はいつか全部叶うはずさ」
なにやら、いいこと言ったぜ! と決め顔で言っているが、その夢の内容はただの男子のアレコレである。
そんな竜郎に、愛衣はため息を吐いた。
「えろろーめ」
「えろろーですが、何か?」
「開き直るなー!」
余りにも天晴な開き直りに呆れながらも、自分に飽きることなく愛情をもって求めてくれることに対しては嬉しくもあり、愛衣は複雑な乙女心を抱きつつ竜郎の手をぎゅっと握りしめたのだった。
そしてそんな光景は、この場にいる全ての人間が目撃し、バカップルの噂が後日流れ出したのは、また別の話である。
アクセサリーを買い終わり、さっそく二人で仲良く着けさせあいながら身に纏うと、今度はちゃんと旅の役に立ちそうな物は無いか見て回った。
しかし目ぼしい物はレジナルドに頼んだらホイホイ用意してくれたので、これと言って思い浮かぶものが無かった。
規模が大きくなっているので期待しながら武器や防具の類を見ても、鉄より多少優れた物があっても所詮大量生産品ばかりで、心惹かれる物も無かった。
そのまま二人は、ただのウインドウショッピング状態でどんどん上の階に進んでいくと、鉱物や金属類を扱っている店が並ぶ場所を見つけた。
「おっ、そういえば鉄を補充するのを忘れてたな」
「なんだかんだで、手に入りやすい上にそこそこ丈夫だから使い易いんだよねー」
そんな事を言いながら鉄のインゴットを買い漁り、他にも何か珍しい物はないかと歩いていると、鉄より値段がお高い何かの金属のインゴットのサンプルが目に入った。
商品の名前の欄にはフェバス鋼と、聞いた事のない金属が書かれている。
鉄と何が違うのか解らないので、さっそく二人は女性の店員を捕まえて聞いてみた。
「すいません。この金属なんですけど、鉄と比べてどう違う物なのか教えて貰えませんか?」
「え? ああ、はい。こちらのフェバス鋼でよろしいですか?」
「はい、見た目は鉄と似ているんですが、どう違うのかなと」
「えーと、フェバス鋼は鉄よりも硬く重いんですけど、曲がる力に弱く、また加工がし辛い金属ですね。他に何か、聞きたいことはございますか?」
「あ、もう大丈夫です」
そう言うと女性店員は頭を下げて、業務に戻っていった。
竜郎は先ほどのそれぞれの特徴を記憶しつつ、他の棚も見ていくと、そこには軽銀、銅と書かれたインゴットも見つけた。
「おっ、銅がある!」
「銅? あっ、ホントだ。その横のは……けーぎん? なんだろね、銀でいいのかな?」
「んー、銀と言うより見た目アルミっぽいな。ほら、重さもそれっぽい」
「ホントだ、軽ーい」
そうして竜郎は、ここでフェバス鋼、銅、軽銀を少しずつ購入して店を出た。
それからも色んな店を一通り回り上にドンドン昇っていくと、オブスルには無かった特定の種族を対象にした店になってきて、二人には特に用がなさそうな物ばかりな上に、入りづらい雰囲気もあり、今回の百貨店探索はここまでとしたのであった。




