第122話 もしもの約束
商人マクダモット家の邸宅の倉庫内にて、竜郎達は現在装備品以外の商談を行っていた。
何故そんな話になったのかと言えば、あの犀車の中をもっと快適にしてみたかったというのもあり、せっかくだから何かないかと竜郎が相談をしたのが発端である。
「そうなると、こういうのも──」
「ああ、なら──」
「えー。じゃあ──」
「………………」
ただの家具の商談にはあまり興味が持てないギリアン以外は、何があれば旅路を快適に住めるのかと相談していた。
そうしてそんな時間を過ごした後、やがて話は別の方向へと向かって行く。
「そう言えば、この前領主殿から頂いた弓はどうかな」
「どうって言われましても、あれからは休息もかねて、のんびりしていたんで、一度も試してないですよ」
「そうなのかい。てっきりもう、真の力を解放したのかと思っていたのだがね」
「「………………」」「ど、どういうことですか。父様!」
ギリアンは純粋に驚いているようだが、竜郎は愛衣に何かまだあると思うと言われていたので、そのこと自体には反応しなかった。
しかし、愛衣と同様それにレジナルドが気が付いていたことに驚いていた。
「あの時、アイ君が一瞬首を捻っていたのを見ていてね。
これは何かあるんじゃないかと思ったんだが、その表情を見るに図星のようだね」
「むー。いきなりカマをかけるなんてずるい!」
「ははっ、すまない、すまない」
竜郎も愛衣の言葉に頷いていた。
他愛のない会話の流れから、絶妙なタイミングであの言葉を放りこんできたのだ。
海千山千の猛者相手に、まだたかだか十数年しか生きていないひよっこが、それを躱すことなどできなかった。
「でも、それを知ってどうするんですか? 売ったりなんてしませんよ」
「それとも領主様に、あげちゃダメーって言うつもり?」
「いやいや、そんなつもりは毛頭ないよ。それに領主殿も、恐らく気付いていたはずだよ」
「じゃあ、何故あの場所でそう言わなかったんですか?」
「それは、どんな物であろうと一度出したのだから引っ込めるつもりはなかった。
というのと、もしあそこであの弓が優れたものだと証明されてしまえば、周りの部下たちが口を出してきそうだしね」
ただでさえ息子があんな事を起こして領主の威厳も下降気味な時に、部下から反感を買いたくもない。どうせ渡すつもりなのだから、波風起こす必要ない。
そんな領主の気持ちを察した竜郎は、そういうものだと納得した。
愛衣も竜郎が納得したのならまあいいかと、話を進めることにした。
「うーん、でも何かあるかもってレベルだし、何が起こるのかも解んないから、町の外で試そうと思ってたんだけど」
「ふむ、そう言った理由なら、ここで試してみてくれないかい?
私もあの弓がどんなものなのか知らずにいるのは辛くてね。ここなら中も外も頑丈な上に、広さも有る。
商品から離れた場所でやって貰えれば大丈夫だろう。それにここなら、私と息子以外に知られることも無い」
『だって、たつろー。どうしよっか』
『まあ、早めに解明しておいた方がいいんだし、お言葉に甘えさせてもらおうか。
それにここで見せたら、さっきの防具の値段をさらに気前よく下げてくれるかもしれないしな』
すでに買う事は了承済みなので、後は値段交渉のみである。
ここで珍しい物でも見せられれば、そこにも今以上に強気に出られると言うものだ。ので、ここは素直に頷いておくことに二人は決めた。
そうとなれば、早速行動である。
まずは商品の積まれた金属製の箱から離れた場所まで移動し、愛衣は例の弓を取り出した。
竜郎とレジナルド、ギリアンは少し離れた場所でそれを眺めていた。
『じゃあ、始めるね』
『おう。危なくなったら、すぐ止めていいからな』
『わかってるよー』
念話で少し離れた所にいる竜郎に合図すると、まず愛衣は弓を構えて以前と同じように大量の気力を流し込んでいった。
すると、前と同じように気力の弓矢が出来上がった。
これで弓を引けば、恐らく飛んで行くのだろう。
だが、今回やりたいのはそれではない。この弓の、奥深くに眠る力が見たいのだ。
なので先ほどから愛衣に訴えかけているような気がしてならない、持ち手の中央にある薄青の玉だけに気力を大量に流し込んでいく。
(───ん。ちょっとこれは、キツイかも)
実に愛衣の全気力の八割ほどを一気に吸い取られ、一瞬クラリとしたが手持ちのスキルによってドンドン回復していった。
体調を直ぐに持ち直した愛衣は、いつの間にか青く光り輝く弓を構えた。
すると、愛衣には弓が脈打つような感覚を覚えた。
そうして愛衣はその状態を保ったまま、さらに気力で弓全体を覆っていく。
気力の弓矢を手前に引っ張って、それを消さない様に制御しながら床に向かって放った。
《スキル 弓術 Lv.1 を取得しました。》
「まずっ」「むっ!?」「なんだっ!?」
愛衣の放ったそれが床に当たった瞬間、愛衣の周囲に二本の槍が舞い、周囲を切りつけた。
その二本の槍は矢の射出に反応して、弓本体の上半分と下半分から一本ずつ、車のワイパーの様に弧を描いて飛び出してきたらしい。
しかしそれは、槍と言っても棒の部分は三つの球体関節が付いて弓本体よりも長く、あらゆる方向に曲がりくねり、先端の細長い円錐部分は愛衣の気力だけで形作られているようで、実体のない青い穂先になっていた。
しかし竜郎は、その光景にも驚いてはいたのだが、そんな二本の槍の穂先が頑丈そうな倉庫の一角を引っ掻き回って、紙の様に切り裂いてしまったことに冷や汗をかいていた。よもや弁償も有り得るのではないかと……。
しかし当の倉庫の持ち主は、そんなことはまるで気にしていなかった。
「あれは自動兵装か!」
自分の家の倉庫の中を切り刻まれたというのに、レジナルドは今まで見た中で一番興奮した面持ちでそんな事を言った。
その言葉にギリアンは、まさかっと目をひん剥いて絶句していた。
『愛衣。そっちは大丈夫だよな?』
『うん。私の立っている場所だけは、無傷だよ』
『ん。ならよかった』
『心配してくれてありがとー』
『どういたしまして』
大丈夫そうだったからこそ倉庫の心配をしていたのだが、念の為確認だけはしておいて、この状況を説明できそうなレジナルド達に詳しい内容を聞いてみた。
「さきほど、自動兵装だとか言ってましたが、それは手に持って動かさなくても、自分で動いてくれる武器という意味でいいんですか?」
「ああ、それで間違いないよ。というか、そういう事の知識が全くと言っていいほどないんだね、君たちは」
「まあ、それはひとまず置いておいてください。それより、レジナルドさん達の反応を見る限り、結構珍しい物なんですね?」
「そりゃあ珍しいさ。自動兵装は天装の中でもさらにレア物で、今世に出て知られている天装の中でも六本しかなかったはずだよ」
天装自体が珍しいのに、その中でもさらに珍しい物らしい。これはいいものを貰ったな。と竜郎が思っていると、槍の穂先が消え、その柄の部分もまた弓の中に引っ込んでいった。
「あれって、どのくらい持ち手の意思で細かく動かせられるんですか?」
「そうだねぇ。例が少ないから絶対とまでは言わないが、持ち手の考えを読み取って最適の行動を取るっていう話しだね」
「そうなんですか。それって、かなり便利ですよね」
「戦術の幅は、確実に広がるだろうね」
そうして離れた場所にいた愛衣も弓を《アイテムボックス》にしまって帰ってきた所で、レジナルドは真面目な顔をして二人に話しかけてきた。
「折り入って相談があるのだが。良いだろうか?」
「売ってと言われても、売る気は無いからね」
「ふむ。まあ、今売ってくれるにこしたことは無いのだがね。私が言いたいのは、未来の話さ」
「未来……ですか?」
今一要領を得ない話に竜郎がそう聞き返すと、レジナルドは大きく首を縦に振った。
「そう、未来だよ。もしこれから先、君たちがそれよりももっといいものを手に入れて使わなくなった時。
君たちが歳を取って冒険者を辞めて、その弓を特別渡したいと思える人物がいない時。
ただ単純にいらなくなった時。そんな未来。何年先でもいいから、そういった瞬間が君たちに訪れたのなら、ぜひ我がマクダモット家に売って欲しい。
たとえ私が死んでも、ギリアンが死んだその後でも構わない。手放そうと思った時は、ここを思い出してほしい」
「そうすることで、僕らはどんなメリットが受けられるのでしょう」
「……君たちが今購入を検討している物を、全て合わせれば相当な値段になる。それを占めて八千万で売ろう」
「八千万ですかっ!? 父上! いくらなんでもそれはっ。
他の物ならいざ知れず、今は亡きトラウゴット氏の作品は出すところに出せば、一つでも八千万程度で買えるものではありませんよ!」
ギリアンのその口ぶりから、竜郎達はかなりお得になったという事だけは伝わってきた。
しかしそれはこれがお芝居ではなければの話だが、ギリアンはまだそこまで腹芸が上手そうには思えないので、本当の事だと信じても良さそうである。
「しかし、ただ思い出すだけというフワッとした約束で大盤振る舞いなどしていいんですか?」
「他に売られるくらいなら、少々賭けに出てもいいと思ったんだよ。それに君たちは、中々に義理堅そうな性格をしていそうだしね」
「はあ」
確かに与えた恩以上の物を受け取ったのなら、二人の性格上それを簡単に忘れる事なんてできそうにない。
レジナルドの言うとおり、もしいつか何処かに売ろうと思う機会があったのなら、ここに売りにきそうではある。
そんな性格までしっかりと見ぬいている辺り、やはりこの男はただの筋肉ダルマではないのだろう。
だがだからこそ、こと商売に関しては誠実であるように思う。それだけ客の一人一人をしっかりと見ているという事なのだから。
「本当に、そんな約束だけでいいんですか?」
「ああ。でもできれば書面に残してもらえると助かるがね。
何年先か解らないし、もしかしたらいつかできるギリアンの子供が受け取るかもしれないからね。
その時、こちらが直ぐに理解できるような形の方がいいだろう?」
「そうだね。でも、確実に売りに来るとは言えないよ」
「それでいいよ」
そうして商談と言う程でもない話し合いに片が付き、竜郎と愛衣の連名でレジナルドの用意した書類を読み込んでからサインし、その控えを受け取ると、こちらからは竜郎が八千万シスを支払った。
「あ……」
「ん、どうしたの?」
「冒険者ギルドから、デプリスの討伐報酬貰ってない」
「あー……。あれからそれどころじゃなくて、すっかり忘れてたね。
でもその依頼主って、前の町長じゃなかったっけ? 今から行っても貰えるかな」
「それは大丈夫だよ。一度冒険者ギルド経由で受けた依頼は、依頼主がどうなろうとその報酬を預かっている冒険者ギルドがしっかりと払ってくれるはずだからね」
「それを聞いて、安心しました」
「それは何よりだよ」
二人の小さな疑問にも如才なく補足してくれた事に礼を言うと、レジナルドは未だ八千万シスで売ったことに納得がいっておらず、不機嫌そうな顔をしているギリアンに命じて、二人が犀車生活の為に買ったものを持ってこさせるように言って、一度退席させた。
「決まったものをいつまでも……。我が息子ながら情けないよ」
「いえ、それだけギリアンさんにとって、商品が大事な物という事でしょうし、僕らは気にしてませんよ」
「そうそう、別に私達に怒ってるってわけでもないみたいだし」
そう言いながら、愛衣はレジナルドに意味ありげな視線を送った。
それにレジナルドは苦笑しながら、話題を変えてきた。
「新しい装備も買ったことだし、ここは近くのダンジョンで肩慣らしをしてみるのもいいかもしれないよ」
「この辺りには確か、三つも近くにあるんでしたっけ」
竜郎は、事前にリサーチしていたダンジョンの位置情報を思い出しながらそう言うと、レジナルドはそれに頷いた。
「ああ、レベル1のダンジョンが二つ、3が一つだね。そのくらいなら君たちには、準備運動で済むだろう?」
「まあ、いつか行こうとは思ってたんだけどねー」
「おや。では二人は、まだダンジョンに入ったことは無いのかい?」
「そうですね」
素直に入ったことがないというと、レジナルドはふむふむと頷きながら、自分の《アイテムボックス》より一冊の本を取り出した。
するとそこには。
「「はじめてのだんじょん……?」」
「ああ。これは、ダンジョンに一度も入ったことのない人向けの本だね。
児童書のような物なんだが、存外必要な知識は詰め込まれているから、読んでみるといいよ」
「はあ。では、遠慮なく頂きます」
「何々、恩に着てくれていいんだよ」
そんな冗談めかしたレジナルドの言葉に小さく笑いながら受け取り、こうして竜郎たちは、ダンジョンについての詳しい情報を獲得したのだった。