第117話 エンニオとの決着
竜郎はエンニオの体が完全に泥沼に埋まったのを確認した瞬間、そこから水魔法で水分だけを抜き、さらに土と闇の混合魔法で固めていく。
これなら霧状化も出来なければ、血液操作も難しいはずだ。
そこでエンニオの周囲二メートル程をガチガチに固めた後、そこを地表に土魔法を使って押し出していく。
それから、窒息死寸前にしたところで近づいて生魔法を……。と思っていたのだが、地表にエンニオの入った土の塊を出した途端に、何やら歯医者で良く聞くドリルの音が不気味に響いてきていた。
そして地表に出た時には既に土塊は罅だらけになっており、気が付いた時には崩壊寸前になっていた。
「やばっ」
「任せて!」
エンニオは自身の周りの硬い土塊を、体の傷の中から血液を硬化、形成でドリルのような螺旋の溝の入った槍を作り、それを高速回転させて内部から破壊に至ったらしい。
その螺旋の槍を回転させながら、竜郎では到底反応不可能なスピードでそれを鬼の角のように額に固定し、こちらに突進してきた。
それを愛衣が鉄製のタワーシールドと、三つ頭の牛の戦利品の大盾を二枚重ねで受け止めると、鉄製の方は気力もほとんど通せないので強度補強も出来ずに貫通され、二枚目の魔物由来の盾には壊れてもいいという気概で気力を注ぎ込んでいたので、その突進を一度だけ受け止める事が出来た。
そしてエンニオの突進の力を完全に押しとどめた瞬間、役目を全うしたとばかりに、大盾は木端微塵に砕けた。
しかし、そこで思いがけない好機を生んだ。
受け止めた場所が、エンニオの顔の真ん前だったのが功を奏し、その極小の破片が目に突き刺さったのだ。
「グガアアアアッ!?」
「これを狙っていました!」
「嘘つけっ」
軽快にボケながら愛衣は直ぐに宝石剣に持ち替え、気力をめいっぱい注ぎ込み、未だ回転を続ける角を一閃切り取った。
それはボトリと落ちると、真っ赤な液体に戻り地面を染めた。
その間に竜郎も、一か八か《レベルイーター》を使ったのだが、血の槍を切られた瞬間斜めに飛んで行ってしまったため、黒球は何もない所をフワフワ通り過ぎて行った。
「やっぱりだめか」
「何が?」
『《レベルイーター》使ったけど、当てられなかった』
『ああ、ずっとあの子動き回ってるし、難しいよね』
そんな事を言っている間に、エンニオの方はすっかり復調し、今度はさらに血を使って分厚い鎧を纏っていく。
それを邪魔するかのように、後方からマリッカとヨルンの樹魔法で生成した野太い樹が地面の下から突き出して、エンニオを空へと突き上げた。
そこへカルディナが《竜翼刃》で迫るが、今度はちゃんと学習していた様で、エンニオは《空中飛び》を使って躱した。
さらに地上にいるジャンヌから放たれた《竜角槍刃》も、空をジグザグ六回も蹴ってこれも躱す。
「獣人だった時より、スキルがレベルアップしてるな」
「うん、あの時はできても数回だけだったのに、七、八、あっ降りてきた。これが限界って事かな」
「というか、時間が経つにつれて強くなってないか?」
「どんどん、あの体に慣れ始めてるって事かもね──って、またこっちに来るよ!」
愛衣の言った通りエンニオは、マリッカ&ヨルンの樹魔法の攻撃を躱しながら、いたる所に突起の付いた分厚い血の鎧で全身を覆い終わると、こちらに真正面から突っ込んできた。
それに追従するかのように、カルディナが空から土塊を絨毯爆撃のように落としていくが、ただの落下物程度では血の鎧で全て防がれてしまっていた。
ジャンヌも巨体に見合わぬ俊足で後に続くが、それよりもエンニオの方が速さで勝り追いつけそうにない。
「はああああっ!」「グガアアアアッ!」
愛衣とエンニオ、同時に気合の声を上げながら、お互いに攻撃を交わす。
愛衣は牛頭の戦利品シリーズの内の一つ、大槍を持ち出して、それを片手でグルグル回しながら血の鎧から伸びてくる棘の触手を払い落とし、もう一本の手に持った宝石剣の腹をエンニオの鼻っ面に当てようとする。
しかしそれを首をひねって躱すと、お返しだとばかりに右前脚から爪の斬撃を愛衣に放つ。
そんな風に超至近距離で息をもつかせぬ戦いを見せている中で、竜郎は呪魔法を光でブーストした上で、追いついてきたカルディナ、ジャンヌに速度アップをイメージして付与し、自分は赤い光球を操ってレーザーで支援する。
呪魔法で速度の上がったカルディナ、ジャンヌは、なんとかエンニオの攻撃についていけるようになり、愛衣の補佐に回った。
その間にも、マリッカ達は樹魔法でエンニオの攻撃を防いでくれたり、血の棘触手の何本かを相手にと、こちらもナイスアシストを続けてくれた。
そんな六人がかりの攻撃にも、何処にそんなに血があるのかと言うくらいの血液を操って何とか対処していたものの、さすがのエンニオも常に集中し、全身全霊でその全てを相手にしていた為、疲労がドンドン蓄積されていき、動きが雑になってくる。
そこを愛衣に突かれ、自分の都合のいい場所に誘導され、宝石剣の腹で頭を思い切り叩かれ、巨槍で前足を払われてしまった。
『たつろー!』
『解ってる!』
脳震盪を起こし足をすくわれ、左肩を下に倒れたエンニオに、竜郎は愛衣と前後ろを交代すると、既に用意していた《レベルイーター》を当てた。
すると脳震盪から復活したエンニオに爪を突き立てられそうになるが、また愛衣と場所を入れ替わり、宝石剣で受け止めて貰った。
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レベル:48
スキル:《霧体化》《かみつく Lv.8》《引っ掻く Lv.8》
《爪襲撃 Lv.6》《血液操作 Lv.8》《造血 Lv.8》
《身体強化 Lv.6》《空中飛び Lv.8》《使用不可》
《使用不可》《使用不可》
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(《使用不可》? なんだこれ。《レベルイーター》が、使えないスキルって事か?)
竜郎は初めて見る項目が気になり、使用不可を吸い取ろうと試みた。
すると吸い取ることは出来なかったが、何故そのような表示をされているのかは分かった。
(これは、獣人だった時のエンニオのスキルか。体が変わって使えなくなったから使用不可……。
それで使用不可のスキルは、《レベルイーター》では手が出せないって事なんだな)
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レベル:48
スキル:《霧体化》《かみつく Lv.3》《引っ掻く Lv.3》
《爪襲撃 Lv.3》《血液操作 Lv.0》《造血 Lv.8》
《身体強化 Lv.3》《空中飛び Lv.3》《使用不可》
《使用不可》《使用不可》
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エンニオは殺すつもりもなければ、上手くいった場合これからマリッカの元で暮らす事になる。そんな時に弱いままでは可哀そうなので、一番厄介な《血液操作》以外は弱体化までに留めておいた。
そうして黒球を飲み込んだ頃になると、エンニオの身体から飛び出し武器や鎧と化していた血液はただの液体に戻り、文字通りその場一帯が血の海になり、両肩の傷口から血が溢れ出してきた。
しかし《造血》は高レベルのまま残しておいたので、このままでも死にはしないだろうが、血を作るのに気力か魔力は消費しているはずなので、いつかは力尽きてしまう。
そうして突然スキルが使えなくなることを予期していた愛衣は、エンニオが理解不可能な現象に戸惑い完全に動きが止まった瞬間、《身体強化》で底上げされた脚力でエンニオの顎の下に回り込み、血の鎧が無くなり無防備となったその場所に、下から抉るようなアッパーカットを決めた。
「ガッ──」
「よしっ。気絶完了!」
「ええ……」
竜郎は穏便に生魔法を使おうと駆け寄っていたのだが、その前に愛衣が強引に眠らせてしまい、思わず足が止まってしまった。
しかし、マリッカもエンニオに向かって行くのが見えたため、自分もすぐに駆け寄っていった。
それから生魔法で、応急手当と深い深い眠りを促し、ようやく落ち着ける場が整った。
「まずは成功率を上げるためにも、一度詳しく解析して見てくれる?」
「解りました」
「頑張れ、たつろー!」
「おう」
空いている方の手を繋いでいる愛衣に鼓舞され、やる気がさらに上がった竜郎は、カルディナも加えて二人がかりでグレゴリーの研究成果である血の契約を紐解いていく。
それはなかなかに難解で、解魔法だけでは無理そうなので、途中から光魔法でのブーストも交えて一気に行っていく。
すると、どういった風にエンニオを縛り付けていたのかも解ってきた。
まず最初に、契約の魔力を抽出したものを、自分の血液を媒介にして液体化させ、それを対象の血液中に混ぜることで、血管を伝い全身のあらゆる部位に細胞単位で契約をかけ縛り付ける……という事らしい。
勿論その時、最後の望みをかけて元の姿に戻せないかも調べてみたが、どこをどう調べても、エンニオとは別人と言っていい存在にまで変化してしまっており、無理だという事を念押ししただけという結果に終わった。
そこで気持ちが折れそうになりながらも、何とか持ち直して概要と、契約が施された体の内部全ての箇所を調べ上げ、契約の形は崩さないように、グレゴリーの魔力をマリッカの魔力に入れ替える、血液交換療法ならぬ魔力交換療法に取り掛かる準備を終えた。
「ではマリッカさん、僕の指示通りに魔力を流してください」
「ええ。解ったわ」
そうして竜郎は、解魔法でグレゴリーの魔力を少しずつ消していき、その穴を埋めるようにマリッカの魔力を直ぐに指定した場所に指定した量を注いでもらう。
そんな気の遠くなる作業を数時間続け、途中生魔法でエンニオに睡眠をかけ直すという事も途中途中で挟んで、ようやく施術は完了した。
それから全ての契約箇所が、全てマリッカの魔力で起動しているか、どこか綻びはないかと入念に解魔法で調べ上げ、そこで出た結果だけで言えば完璧とも言える出来になっていた。
「たぶん、成功したと思います」
「うん。私もそんな気がするわ。じゃあ、さっそく起こしてもらえるかな?」
「はい。でも念のため、マリッカさんは距離を取っていて下さい」
「タツロウ君は?」
「たつろーには、私が付いてるから大丈夫だよ!」
「そかそか」
愛衣の実力は先の戦闘で嫌と言うほど見せつけられたので、なんの問題もないとマリッカは後ろに下がった。
それを見届けた竜郎は、愛衣に目線で合図を送ってから、エンニオに生魔法をかけて眠りから覚ましていく。
「ンガッ……ガアァ~」
エンニオはよく寝たとばかりに、大きな欠伸を一つすると、その途中で竜郎と目が合った。
それに二人で身構えるが、襲ってくる様子もなく、ただただ穏やかに地面に伏せた。
「うん、ちゃんと契約できてるみたいね」
「今更こういうのもアレだけど、普通にマリッカさんが契約するって手はなかったの?」
「それは無理ね。グレゴリーみたいな契約をしない限り、テイマーにも従えられる容量みたいなものがあるの。
当然従える魔物が強ければ強いほどその容量は埋まっていくから、私はヨルンで一杯一杯なんだよ」
「そういう事なんだ」
愛衣が感心したように頷いている最中に、エンニオはまた大きな欠伸をしていた。
その姿にこれで良かったのかと色々思う所もあるが、ヨルンを見れば大事にされているのは解るし、マリッカに任せておけばこれ以上悪くなることは無いだろう。
そんな事を竜郎は考えながら、愛衣と繋いだ手を一度ギュッと握りしめたのだった。