第114話 一族の妄執
巨大な紅虎を前に殆どの者が圧倒されている中、竜郎と愛衣を守る様に《真体化》して前に出た二体と、マリッカとヨルンのコンビだけは、一挙一動見逃さないようにしていた。
そんな中で、マリッカは目の前の魔物に心当たりがあった。
「あれは……血の霧虎、イアロウリス?」
「ほう、これを知っているとはな。さすが御同輩と言った所か」
「貴方なんかと、一緒にしないで」
マリッカは吐き捨てるようにそう言って、グレゴリーを睨み付けた。
そこでようやく竜郎達も現実に思考が戻ってきて、先ほどマリッカがいった言葉の意味を問うた。
「マリッカさんは、あの魔物の事を知っているんですか?」
「……あの男の言う通り、イアロウリスだというのなら多少は知ってるわ。けど…」
「けど?」
「イアロウリスと言う魔物は、数万年前に竜種に喧嘩を売って滅ぼされた魔物なの。現代にいるなんて、ありえない」
「でも待って、そのエアロ?なんちゃら?とか言う前に、あの子はエンニオだよ!」
「そうね。私も変化するところは見てたから、そこだけは間違いないとは思うけど……」
そう歯切れ悪く話すマリッカを、グレゴリーが得意げな顔で見下していた。
お前ごときには、解るまい。とでも言いたげに。
そしてさらに、誰かに話したくて仕方がないと言った顔にも見えた。
なので竜郎は一縷の望みにかけ、思い切って聞いてみることにした。
「それだけしっかり操っておきながら、まだ言いがかりなんて言わないよな、グレゴリー!」
「くっははははは。その通りだよ。さっきはエンニオの改造前に邪魔をされてしまったのかと焦ったが、なかなかいい出来じゃないか」
そう言いながらグレゴリーは、横に立つ獣を手でバンバンと叩いた。かなり強めに叩いていた様だが、当の紅虎は平然としビクともしていなかった。
「改造……? どういうこと?」
「そのままの意味だよ。エンニオと言う素材を使って、新たに強力な魔物に仕立てあげるというね!」
そうしてグレゴリーは優越感に浸りながら、何故ここに太古の魔物が存在しえるのかと、自分の発表の場だとでも言う様に大仰に語り始めた。
まず事の初めは、グレゴリーの高祖父にあたる人物が、ただスキルを使ってテイム出来る魔物や動物では、テイマーと言うクラスでこれ以上強くはなれないと感じたのが発端だった。
その高祖父が初めに手を付けたのは、今テイムしている魔物を進化させ、強力にできないかという所だった。
しかしその研究は困難を極め、遅遅として進まず、それを息子に託し死んでいった。
それを託された息子は研究の末、進化は無理だと諦め、より強力なテイムを可能にする術は無いかと模索しだした。
そして遂に対象の血の一滴に至るまで、自分の血を元に作られた契約で縛り付け、身の丈以上の生物を服従させられる術を編み出した。
しかしそれにも問題があり、かなり大量に自分の血を対象に注入しなければならず、身の丈以上の魔物にそんな事が出来る余裕はなく、研究も半ばにその人物もこの世を去った。
そしてそれを受け継いだ子供が目を付けたのは、進化ではなく退化であった。
様々な種族の人種がいるこの世界には、祖先に強力な魔物を祖に持つ者もおり、そういった人物に意図的に先祖返りを起こさせ、その間にさらなる肉体改造と、血の契約を少しずつしていけばいいと考えたのだ。
結局それも難しく難航を極めたが、今まで積み重ねてきた代々の研究資料も助けになり、ついにグレゴリーはそれに成功したのだという。
グレゴリーは優秀な祖を持つ種族を探して回り、まともな医学知識を持った人間もいないような、人里離れた集落の者達に医者だと偽り信用を得ながら、目的の種の人間が身籠ったタイミングで薬を投与し続け、人為的に先祖返りが起きやすい状態にしていた。
そんなことを、場所を変え、人を変え、何年もかけて続けた結果。
シトーメンの素体の子供。
パララケウスの素体の子供。
イアロウリスの素体の子供の計三人の作成に成功した。
強すぎる先祖返りは、育児放棄されたり、倦厭されがちなのもあって、不憫だといって親から引き取るのは容易だった。
そうして世話をしながら、契約をさせやすい土壌作りに励んでいった。
その土壌とは、少量の血液でも強力な契約を結ばせるようにしたうえで、先祖返りによって浮き彫りになった遺伝子を刺激し、切っ掛けをこちらから与えれば、後天的にさらに先祖返りを起こさせ、祖先の姿にまで退化させられる様にする。というもので、あらゆる薬を何年にも渡って投与して肉体改造し、ようやく最近になって、いつでもそれが可能な状態になったという。
ちなみに、シトーメンは普通の肉体ではなかったため、契約が上手く効かなかったそうだ。
そして竜郎達にとって一番重要な元に戻せるのかと言う質問には、一度先祖返りを起こせば、元の遺伝子は完全に上書きされてしまうので、元に戻すことは不可能と返ってきた。
つまり、エンニオはもう人には戻れないという事だった。
「って事は、あんたと、あんたの祖先たちの妄執のせいで、エンニオは無理やり先祖返りの状態で産み落とされ、あまつさえ今はそんな姿にさせられたってことかよ」
「言い方に悪意があるが、おおむね正しいと言えるだろうな。この研究は多くのテイマーの希望になるのだ、多少の犠牲が出てもそれは名誉の犠牲だ。問題あるまい」
「問題ないわけ無いでしょ!」
「そうよ! テイマーの希望ですって? そんな薄汚い希望なんて願い下げよ!」
激高した愛衣とマリッカに、グレゴリーが肩を竦めて鼻で笑った。
「確かマリッカ・シュルヤニエミと言ったか。そりゃあ、君には私の研究など不要だろうさ。
種族に恵まれ、どうせ初期スキルにも恵まれているのだろ?
そこの亜竜をみれば解る。凡人のテイマーには、一生手の届かない魔物だ」
「それはっ……そう、だけど……」
「けどそれは、自分自身だけで片付ける問題だろ? 第三者を巻き込んでいい理由にはならない」
「言うねえ。では私からも言わせてもらうが、ここにいるのは持って生まれた才能に胡坐をかいているような、軟弱者ばかりだろ?
違うと言い切れるか? そんな奴にしたり顔で説教された所で、説得力などないのだよ!」
それには竜郎、愛衣、マリッカには心当たりがあるせいで黙り込んでしまった。
しかしそこで、今まで状況を黙って見守っていた副団長のホアキンが言葉を発した。
「俺も凡人だがよお。あんたみたいに、誰かを犠牲にしてまで強くなりたいなんて、一度も思ったことは無いぞ?」
「ふんっ、だから貴様は副団長なのだ。もしシステムに愛されていたのなら、今はリャダスの騎士団長どころか、国王の側近にすらなれていたのかもしれぬのだぞ?
現にいま国王の傍にいる者は、そこの軟弱者達と同じように、最初から才能に恵まれた者ばかりだろ?
その溝を凡人が埋めるには、多少の犠牲など歯牙にもかけぬ、強靭な心が必要なのだ!」
「ああ、そうかい。確かにそうかもしれねえな。だけどそうなったら、人間終わりだぜ。恥ずかしくて、俺にはできねえよ」
「まあそうだな、上昇志向に乏しい愚か者にも伝わらぬだろうさ。
という事で、もういいかな。一刻も早くこの町を貰って、私の研究成果を広く世に知らしめねばならぬのでな」
これ見よがしに懐中時計を取り出し、もう用は済んだとばかりに領主のいる塔に視線を向けた。
しかし今の言葉は、かなり危険である。
なぜならグレゴリーのような思想を持った人間がこの研究を知れば、必ず他の種族で試そうとするだろう。
そうなれば、犠牲者は今の比ではない。
「そんな研究、世に出させるわけにはいかないわよ! いったいそれで、どれだけの人達が傷つくことになると思うの!」
「もう弁論大会は終わりだ。後は、あの世でなんとでも言っていてくれ。やれ、エン……もう違うか。やれ、イアロウリス」
「ウウウ……グワウッ」
グレゴリーが命令すると、元エンニオのイアロウリスは、霧のように体が揺らいだかと思った途端、竜郎の目の前で腕を振り上げていた。
「ちょっ!」
「ガウ……」
しかしそれを愛衣が寸でで止めると、また霧のように体が揺らぎ、元の場所に戻っていた。
「なんだ、今のは……」
「昔、古代種について調べてた時に、賢竜様の所で資料を見せて貰ったことがあるんだけど、あれが血の霧虎と言われる原因らしいわよ。
紅の身体を霧のように霞ませて、気が付いた時には相手は死んでいる。
そんなスキルらしいんだけど、アイちゃん、よく反応できたわね」
「まあ、私はそっちが専門みたいなところがあるからね。でも、ちょっとやばかったよ。まるで、瞬間移動みたい」
「あれは、生魔法で意識を飛ばしたりとか出来ませんかね?」
「あの調子じゃあ、意識の有無まで縛られていそうだし、無理だと思うわよ」
どうやら気絶させて、グレゴリー経由で無力化。という作戦は使えないらしい。
なら、もっと単純な方法で行くしかない。
『愛衣。グレゴリーのスキルを無くそうと思う。その間、俺を守ってくれないか?』
『エンニオじゃなくて、グレゴリーの方なの?』
『ああ。テイマーのスキルで縛っているなら、それを無くせばいい。契約さえ効かなくなれば、後は生魔法で強制的に意識を飛ばせば、エンニオを拘束できるはずだ』
『そういう事ね。でもそれなら、エンニオを無視して、グレゴリーだけを叩けばいいんじゃない?』
『《レベルイーター》なら見えないから大丈夫だとは思うが、他の攻撃だと最悪、身を挺してグレゴリーを守らされるかもしれないから、やめておきたい』
シトーメンを仕留める時に、自分の魔物達を壁にしていた事を思い出し、愛衣はグレゴリーなら必ず自分の身に危険があればするだろうと納得した。
『じゃあ、しばらくエンニオは頼んだ』
『了解!』
「カルディナ、愛衣を頼んだ。ジャンヌは俺を護衛しながら、愛衣のフォローも頼む。できるか?」
「ピュイィーー!」「ヒヒーーーン」
《真体化》で力が漲っているうえに、先ほどの戦闘で二体ともレベルが上がり、自信に満ち溢れた表情で同時に頷き返した。
「私も、協力するわ」
「俺は……さっきの攻撃は見切れなかったから、後方に回らせてもらうよ。これ以上、部下も失いたくないしな…」
そう言いながら、豆腐のようにたやすくバラバラにされた部下数名をみて顔を歪めた。
今ここで自分が割って入れば邪魔になると、先ほどの攻撃で痛いほど解ったのだ。
そうして、竜郎はグレゴリーに《レベルイーター》を使用する準備に入る。
そのグレゴリー自体は、隙なくエンニオの後ろを取る様にちょろちょろ動くので、直線軌道で尚且つ低速しか出ない黒球では当てられない。
なので一計を案じ、何とか気が付かれぬ様にグレゴリーに近づく必要があった。
そうして戦いの火蓋が切って落とされた。まず先に手を出してきたのは、エンニオの方だ。
その紅の身体を霞ませて、再び竜郎の前に現れると、頭に向かってその剣の様な二本の巨牙を噛み降ろしてきた。
「もうっ! なんで、たつろーばっかり!」
「この中で一番耐久力が無いうえに、魔法が厄介だからじゃないか?」
スキルまで使った本気の不意打ちを初見で受け止めた愛衣は、当然狙いの対象から外れ、一撃当てれば確実に殺せる上に、状況によってあらゆる魔法を使って何をしてくるか全く読めない竜郎を先に始末することが、この状況を覆す鍵だとグレゴリーは見ていた。
さらに竜郎を殺せば、その仲間の愛衣や二体の魔物達も少なからず精神に不調をきたす事も期待したうえで、全攻撃を竜郎に集中させるよう事前にエンニオに言い含めてあったのだ。
そんな事だろうと竜郎は大よそ予想していたが、目の前に度々巨大な牙を突きつけられるのは、精神衛生上とても悪かった。
しかし、そこは愛衣とカルディナ、ジャンヌを完全に信用して、自分は自分の仕事を全うする様に努めていく。
そんな中、唯一エンニオにスピード勝負を挑める愛衣は、エンニオに超接近戦を仕掛けていた。
左手には宝石剣、右手には以前オブスルで戦った三つ頭牛の戦利品の巨大斧。
霧状になって移動している最中では今一効果は無いようだが、気力の通った攻撃なら多少ダメージも通るらしく、一瞬体が元に戻ろうとし移動速度が緩んだ。
なのでそれを利用して気力を通した宝石剣で足を緩ませつつ、エンニオは攻撃の際は必ず元の身体に戻らなければならないので、そこをさきほど覚えたばかりの斧の破砕攻撃、威力控えめ版を当てて怯ませていた。
そしてカルディナは、危険を及ぼすような魔法系スキルの警戒、及びまだ見ぬ未知の魔物、罠の探索をしつつ、愛衣の攻撃にエンニオが怯んだ瞬間に、土塊を魔法で生成して投げつけ、自分の方にも意識を向けさせてサポートと八面六臂の活躍を見せていた。
そしてその間にも、マリッカとヨルンが本日二度目の《共存する者達》の称号効果を発動し、スキル共有、増幅をして地面に植物を広げエンニオにどの角度からでも攻撃できるようにして、カルディナと共に愛衣の援護をしつつ、グレゴリーの捕縛、もしくは殺害を視野に動いていた。
完全に後方支援に回ったホアキンは、槍から突き属性の加わった気力を弓の様に飛ばして、グレゴリーが自分の周りに待機させている二匹の蛇とスライムの魔物達に命じて行ってくる攻撃を防いでくれていた。
最後にジャンヌ。
ジャンヌは、竜郎の前に《真体化》状態で、仁王像の様に立って、最後の防衛線を張っていた。
出来たてほやほやのチームにしては、お互いの意思がグレゴリーの討伐に向けられているおかげか、かなりの連係プレイを行っていた。
そんな頼もしい人達に守られながら、竜郎は次の一手を打つために、自分からも動き出したのだった。