第111話 不気味な魔物
無事に武器への付与も終わり、愛衣も落ち着きを取り戻した所で、竜郎は土の壁を取っ払った。
するとグレゴリーは、マンモスの顔を持つ巨人パララケウスVSジャンヌという、どこの特撮ですかと言いたくなる戦闘を、飽きることなく観察していた。
どちらかと言うと自身の戦闘より、そちらの方が熱心で、こちらが壁を崩して見ている事にも気が付いていない様に見えた。
ちなみに領主息子バートラムは、グレゴリーの後ろで蹲ってただ震えていた。
『いちいち声を掛けてやる必要もないし、いっちょかましてやれ!』
『りょうっ───かいっ!』
そうして風の魔力を纏った鞭を、グレゴリー目掛けて振り下ろした。
当然、グレゴリーが気が付くより早くスライムがその身を以って盾になろうとするが、触れた瞬間、鞭から小さな竜巻の奔流が巻き起こり、触れた体の一部が吹き飛び、そのまま吸い込まれるようにグレゴリーの腹部に鞭の先端が当たった。
「──ぐぼっ!?」
「余裕なんかこいてるから、そうなるのよっと!」
どうやら折れたろっ骨が内臓に刺さったらしく、口から血を吐きながら忌々しげに体が飛び散ったスライムを睨んだ。
「どいつもこいつも……、役立たずばかりで嫌になる。くそっ、こいつは使いたくなかったが……シトーメン、出てこい」
「なんだ?」「なに?」
二人の視線の先にいるグレゴリーの背中側から、灰色の翼が一対現れ、這い出るように人の形をした物がボトリと音を立てて地面に落ちた。
すると、生まれたての子馬のように手足を四つん這いに震わせながら、何とか立ち上がると、フラフラと前に出てきてその顔を二人に見せた。
「あれは……魔物か?」
「人間には、見えないけど……」
その顔は、立派な角を持った山羊だった。
そして体は人で、背中からは灰色の大きな翼が生えている。
そんな異形な姿を唖然としてみていると、それは首だけを真後ろにいるグレゴリーの方に向けて、メエェ……と不気味に鳴くと傷を癒した。
「あれは、生魔法の回復か?」
「うええ、首がやばい方向いてるよ。キモイキモイッ」
そんな感想を言い合っていると、再び首を回して竜郎達の方を見た。
そして翼をはためかせて飛び上がると、こちらにサッカーボールほどの大きさの黒い魔力エネルギーの塊を放ってきた。
それに危機感を感じた二人は、できるだけその着地点から遠くに逃げ去った。
すると、着弾点から地面が削り取られたかのように、直径三メートルのクレーターを作り上げた。
「あれが、グレゴリーの奥の手って奴か」
「うん、あっちの象さんより、絶対に強い」
「メッメッメッメエエエ」
竜郎たちが気を引き締めているのに対し、山羊顔のシトーメンと呼ばれた魔物は口元を歪めて、人間の様に嫌らしく笑っていた。
「アイツは倒して問題ないな。一気にいくぞ」
「うんっ」
愛衣は鞭を左手に持ち替えて、右手に宝石剣を持った。
それを確認したら、竜郎はレーザーを数本打ち込んでいく。
シトーメンは手足をだらだらとぶら下げながら、翼を羽ばたかせ器用に躱しながら、あの黒い魔力エネルギーをいくつも作りだして辺りに散弾した。
「があああっ!?」
「なっ」「ええっ!?」
その散弾範囲には、グレゴリーやパララケウスのいる場所まで含まれ、後者は身をひるがえし何とか躱したが、戦闘クラスではないグレゴリーはよけきれず、右足に掠り千切れかけていた。
バートラムは運がいいのか、ちょうどそこから外れた場所に居たので無傷で済んでいた様で、千切れかけたグレゴリーの足を見てげーげーと吐いていた。
竜郎と愛衣は、それぞれ魔法や体捌きを生かしてキッチリと躱したので無事だったが、主さえも巻き込んで攻撃したことに驚きを禁じえなかった。
「あいつをそのままにしとけば、自滅してくれるかもな」
「でもその前に、そこらじゅうが穴だらけになっちゃうよ」
そうして二人がシトーメンを見ていると、グレゴリーの横に降りたち、千切れかかった足をもぎ取った。
「きっさまああああああっ」
「メエエエエ」
グレゴリーの痛みと怒りの声を心地よさげに聞きながら、シトーメンは手に持った足をゴリゴリと貪った。
その様を見たバートラムは、また吐き気を催し目を逸らしながら、シトーメンから這って距離を取った。
そうして足を一本食べ終わると、シトーメンは脂汗を掻いて睨むグレゴリーに魔法をかけて治療し、足を元通りにして気味の悪い笑顔を浮かべていた。
「なんなのアイツ……」
「どうやら、あれは上手く制御できないみたいだな、愛衣」
「ん?」
『アイツに、《レベルイーター》を使いたい。協力してくれ』
『勿論。何をすればいい?』
竜郎は愛衣と手を繋ぎながら、蜂型の魔物デプリスの侵入を防ぐ風魔法の結界の維持で馬鹿みたいに消費し続けている魔力を回復させる。
そして無駄だろうが、後ろを向いている隙にレーザーを頭に向かって射出するも、首をひょいと動かされ躱された。
《レベルイーター》は射出速度が遅いのが欠点で、止まっている相手か、移動先に上手く誘導するかの二択でないと、相手に見えていなくとも当てられない可能性が高い。
なので今回は、愛衣に追い込みをかけて貰うため、鞭に呪魔法で風の魔力を付与して、作戦内容を念話と心象伝達でのイメージも交えて細かく伝える。
『面白そうね』
『ああ、カルディナがデプリスの増殖を止めてくれるまでは、結界のせいで俺もあんまり魔法を使えない。だから、今回は頼んだ』
『任せてっ』「───そりゃっ」
作戦会議を終えるや否や、愛衣は投げ釣りの様にして鞭を振るって、先端をシトーメンに叩きつける軌道を取る。
それをシトーメンは手足は怠そうにぶら下げたまま、翼だけを動かして躱す。
「まだまだっ」
しかし、それを追跡する様に愛衣が横に腕を振ってシトーメンに追いすがる。
シトーメンはここで初めて嫌そうな顔をして、上に逃げようとするもそれも愛衣の手捌きで追いかけ回される。
縦横無尽に逃げるシトーメンに、同じく愛衣が縦横無尽に振るって鞭が追っていく。
それをしばらく続けるものの、このままでは一生かかっても鼬ゴッコで終わってしまうだろう。けれど、愛衣は鞭の軌道をしつこくシトーメンに記憶させるように、ある程度パターン化した動きで追っていく。
やがてシトーメンが今の鞭捌きを完全に学習し、嫌そうな顔から怠そうな顔になった瞬間、愛衣は第二の手を発動させた。
「メエッ!?」
「っとおおお!」
それは竜郎の付与した風魔法。それにより、本来ならあり得ない方向に鞭を強制的に動かして、シトーメンの右肩から左脇に向かって袈裟懸けに鞭を巻きつけると、一気にこちらに引き寄せて竜郎の前に叩きつけた。
「──ふっ」
そこでいつでも《レベルイーター》を当てられるように、スタンバイしていた竜郎は、ドンピシャのタイミングで黒球をシトーメンの顔面に当て、ついでにレーザーで両翼を焼いてから土魔法で埋めておく。
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レベル:37
スキル:《アストラル体》《浮遊 Lv.8》《治療魔法 Lv.10》
《暗黒球 Lv.8》《吸精 Lv.3》
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(レベルが37の割に、スキルが豪華だな……。これなら格上でも十分渡り合えるってわけか。後気になるのは、《アストラル体》。普通の魔物じゃなく、幽霊に近いって事かな?)
そんな考察を交えつつ、全てのスキルレベルを吸収していき、スキルさえ無効化できれば脅威度は低いと見て、レベルは愛衣のレベリングの為に残しておいた。
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レベル:37
スキル:《アストラル体》《浮遊 Lv.0》《治療魔法 Lv.0》
《暗黒球 Lv.0》《吸精 Lv.0》
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『愛衣、止めを頼む。そいつはもう、回復する魔法が使えない!』
『はいよ!』
そうして愛衣は、宝石剣に気力を込めて煌めきの粒子を残滓に残しながら切り裂いた。
しかし、半分に割れたシトーメンは二つに分かれたまま逃げていき、グレゴリーの前まで戻っていくと、グレゴリーを守っていたスライムに張り付いて《吸精》を行い、愛衣に削られた部分の補填をしようとしていた。
しかしそのスキルは、現在0レベルで使用不可能である。
「メエエェ?」
「どうした、シトーメン。早く回復し──このっ、何をする!〈止めろ!〉」
「メエエエッ…………メエエェ」
スライムからできないのならと、グレゴリーに張り付き試みるが、こちらも無駄に終わり、契約の力で強制的に剥がされた。
そんな事をしていると、グレゴリーは視線の先に一人しかいない事に気が付いた。
急いで辺りを探すが、竜郎と常に離れずにいた愛衣の姿が見当たらない。
そしてその事に気が付いたと察した竜郎は、愛衣の居場所を探られないように、風の結界を維持できる範囲で節約した風魔法を使って砂埃を舞い上げる。
「くそっ。お前達、〈私を守れ!〉」
「メエエ……」
視界を遮られ、愛衣を見つける事を諦めたグレゴリーは、周りにいる全ての配下に命じて捨て身でもいいから守るよう命じた。
スライム含め、二匹の蛇もその命令に逆らう事が出来ずに守りの体制に入るが、シトーメンだけは無視して離れて行こうとしていた。
(やっぱり、あの山羊男は、制御できないみたいね)
愛衣はシトーメンがグレゴリーに張り付き、視線が切れた瞬間に、《身体強化》をめいっぱい使ってジャンプし、空中にいた。
そして手には巨大な斧を持ち、気力を込めていく。
その時脳裏に思い浮かべたのは、イヤルキが使っていた巨大なクレーターを作った範囲技。
何度か見たそれを、暇な時に反復して思い出しては、イメージトレーニングをしてきた。
そしてそれが今、実を結んで行く。
(確か、ギュッとしてからボンッて感じ─────こうか!)
愛衣は逃げ出したシトーメンの方へ、《空中飛び》を駆使して追いつくと、二歩目でそこへ向かって急降下していく。
今の耐久力なら、このスピードで落ちても問題はない。
そして限界まで圧縮した気力を斧の刃の中心一点に集めていき、シトーメンに触れるか触れないかと言う所で、意図的に暴発させた。
ズゴンッと音を立て、シトーメンは体の欠片すら残すことなく、愛衣の斧による爆砕に巻き込まれ、この世から消え去ったのだった。
《スキル 斧術 Lv.1 を取得しました。》
《『レベル:34』になりました。》
次回、第112話は11月9日(水)更新です。