第110話 グレゴリーの戦い方
マンモス型の魔物の顔を持つ巨人は、竜郎たちと殺り合う気満々のようだが、こちらはまともに相手をするつもりはない。
なので再びジャンヌにお願いして、一蹴してもらう事にする。
「ジャンヌ、行けるか?」
「ヒヒンッ」
「気合は十分みたいね」
竜郎の中で見ているだけという時間がカルディナより多いジャンヌは、ここがいい所を見せるチャンスと言わんばかりに気合が入っていた。
しかし気合の加減では向こうも同じで、強制的に躁状態にさせられている為、かなり気性が荒くなっていた。
そして、二匹の視線が交差する。
やはり先に動いたのはジャンヌだった。その俊足を生かして突撃し、ただ自慢の角で突き刺すだけという、単純にして強力な攻撃をぶつけていく。
先ほどと同じなら、今度は地についている二本足を持って行かれるはずであったが、パララケウスは確実に進化していた。
「プオオオッ」
「!? ──ヒヒーーン!」
今回はしっかりとジャンヌの速さについてきて、横に避けた瞬間に蹴りをかましてきた。
しかしジャンヌも避けられたことに驚きつつも、器用な足さばきにより、紙一重で躱す。
そしてさらにジャンヌは追撃をかけようとするも、額の三つの目から電撃が放たれ、距離を開けて避けるしかなかった。
「スピードが上がってるな。今のジャンヌより少し遅い程度か」
「変身による強化はお約束だもんね。でも、あれくらいならジャンヌちゃんの方が強いね」
「だな。という事で、あっちの相手はジャンヌに任せて、俺たちは本丸を落とすぞ」
「了解」
となってくると、横でボーっとしたままのエンニオを置いてくのは危険である。
なので竜郎は、ネックレスに呪と生の混合魔法をかけ直してから、ゆっくりと正気に戻していく。
やがてエンニオの目に焦点が戻っていき、動けるくらいに回復した。
「気分はどうだ?」
「おお? なんだかあたまがすっきりして、いいかんじだぞ……」
「直ぐに動ける?」
「うん………………あっ、ぐれごり! おマエ……」
また怒りが再燃しそうになったので、竜郎が慌てて生魔法を使いつつ、話しかけていく。
「エンニオ! 悔しいのは解るが、一旦落ち着け。あんなのに構うことはない。俺達がいるだろ?」
「ぐぐ……。でも……」
「ちょっと、お腹が減ってるから気が立ってるのかもしれないな。ほら、これでも食べて落ち着け。これは、れっきとしたご飯だから」
「むむっ。なんだそれ! はつめめだぞ! そんなにく!」
「あれ、この場合耳じゃないから、いいのかな?」
エンニオの襲撃からそこそこ時間もたっており、すでに夕暮れも終わろうとしている頃合いだった。
あれから何も食べていないとなると、お腹もすいてくるだろうと、愛衣が関係ないことに頭を悩ませている間に、竜肉を取り出してエンニオに差し出した。
すると思っていた以上に効果があり、怒りよりも食欲の方に意識が完全に向き、道中助けた駆け出し冒険者のサルバ以上に涎を垂らし、肉しか見えていない状態だった。
それを竜郎は、今まで碌なものを食べさせてもらえていなかったせいだと考えたのだが、実はそれだけではない。
もともと獣人は肉を好む傾向がある上に、その肉が強者のモノであればあるほど美味しそうと感じるのだ。
なので竜という、最強種の肉は他の種族以上に魅力的に映るのだ。
そして竜郎の腕ごと食いついてきそうな勢いだったので、エンニオの手にポンと塊で渡すと、何も言わずにかぶりついた。
せめて焼いて味付けをしたほうがとも思った竜郎であったが、その必要も無さそうなので安心して、既にニ、三口分しか残ってない肉に齧り付くエンニオの食べっぷりを眺めた。
「どうだ。落ち着いたか?」
「おちついたぞ……」
竜肉の美味しさに未だに陶酔しているエンニオに、時間も無いのでこれからの事をざっくりと話しておく。
「なら、エンニオ。今から俺たちはグレゴリーを捕えるが、かまわないよな?」
「…うん、いいぞ。ぐれごり、いいやつじゃなかった。…………おれも、わるいこだったみたいだ」
「エンニオの場合は、しょうがないと思うよ。でもそれでも、悪いって思うなら、これが終わった後に、何か私達と考えよ。全部丸っと収めれば、ここの領主も何かしてくれるかもしれないし」
「そうだな、エンニオ。これからまだ時間はあるんだ。ゆっくり、考えてみればいい」
「わかった。こんどは、えんにお、じぶんでどうすればいいか、かんがえてみる」
どこかすっきりした表情でそう言うエンニオに、二人は満足しながら頷き返した。
「そうか。なら一先ず、自分の身くらいは守れるよな? 何かグレゴリーが企んでいるようだが、エンニオは奴の挑発に乗っちゃだめだぞ。それでむやみに突っ込んだら、何をされるか解ったもんじゃない」
「おまえたちは、だいじょうぶなのか?」
「私達は強いから、大丈夫だよ。今回はなるべくグレゴリーから距離を取って、いつ何が来ても対処できるようにしておいて」
「わかったぞ! おまえらも、こまったら、えんにお、よべ。とくべつに、たすけてやる!」
「ありがとよ」「ありがと」
そうして、何か嫌な予感がするので、エンニオは自己防衛に徹して貰う事にして、竜郎達はパララケウスとジャンヌの戦いを興味深げに観察しているグレゴリーに攻撃を仕掛ける。
まずは小手調べとばかりに、竜郎は無防備に立っているグレゴリーに火炎放射を放った。
「ふんっ。火魔法対策は、私もしているよ」
「シャアアッ」
「こいつ、一体何体の魔物を隠し持ってるんだ?」
「ビックリ箱みたいだね」
竜郎の放った炎は、グレゴリーの右袖から出てきた赤い蛇の魔物が吸いこんでいった。
そしてその蛇は、お返しとばかりにこちらに火を噴いてきた。
しかしそれは、竜郎が再び放った火魔法で相殺した。
その間に、愛衣は軽く鞭を振るってグレゴリーの腹部に向かって先端を伸ばす。すると、こちらは服の中にいたスライムが衝撃を散らし、無効化された。
「対物理もあるのか。やっかいだな」
「テイマーっていうから、派手な魔物ばっかり使って来るかと思ってたけど、こういう戦い方をするんだね」
「くはははっ。御嬢さん、それは違うな。一般的なテイマーは、ここまでの数を御しきれまいよ」
そのグレゴリーの言葉には、まだ竜郎も愛衣も全く本気を出していないことなど承知しているにもかかわらず、溢れる絶対的自信に満ち満ちていた。
「じゃあなんで、あんたは出来てるのか聞かせてくれよ」
「君たちが、君たちの事を話してくれたら、教えよう」
「おことわりだ」
「そうか、では私も教えられないなっ!」
グレゴリーはそう言って左袖をこちらにむけると、そこから青い蛇が頭を出し、グレゴリーの周辺だけを除いた場所に、大量の水を一気に吐きだし振りまいた。
「パララケウス!〈地面に雷撃を放て〉」
「プオオオオオオオッ」
「愛衣っ」「たつろー!」
愛衣に掴まれ竜郎は上に飛び、エンニオは二人がジャンプしたのを見てマネをするように飛び、副団長の獣人ホアキンは後ろに走って範囲外に逃げ、ジャンヌはバックステップで水場から華麗に逃げた。
「ふむ。被害が出たのは、こちらだけか」
「滅茶苦茶ね、こいつ」
愛衣に抱えられながら着地してみれば、針犬が電撃にやられて痙攣を起こしていた。
そこを後ろに逃げていたホアキンが走って戻ってくると、すかさず首を刎ねて倒していった。
味方諸共の自爆攻撃で何の成果も得られなかったというのに、グレゴリーの表情は焦りも怒りも無く、ただ使っていたボールペンのインクが切れた時の様な、そんな消耗品でも見るかのように、骸となった複数体の針犬を見ていた。
生きる為に、目的の為に倒すのなら解るが、生き物とすら見ていないそのグレゴリーの目に二人は怖気が走り、正直気持ちが悪かった。
「まあいい。では第二ラウンドと行こうか。ペイギス!〈そこの騎士の相手をしていろ〉」
「御指名かよ。できれば、あんたと直接やりあいたいんだがな!」
そうしてペイギスと呼ばれた、先ほどの針犬と同様の魔物が三十体地面から現れ、それらが一斉にホアキンに襲い掛かっていった。
これでまた、この男は足止めを喰らう事になった。
そして竜郎は、またいつ電撃を流されるか解ったものではないので、水魔法で地面の水はけを良くしておく。
その間に、愛衣は先ほどよりもさらに勢いをつけて、鞭の先端をグレゴリーの頭めがけて伸ばしていった。
それに対し、グレゴリーを守る様に出てきたスライムが立ちはだかり、二度目の鞭の攻撃も無効化された。
「今の力加減でもダメかあ」
「先に、スライムを始末しておくべきかもな」
そうして竜郎は極太のレーザーを杖の先からだして、スライムを焼き払った。そしてその瞬間を見計らって、愛衣が鞭を振るう。
「ほう、そういう魔法も使えるのか」
「また新しいスライムが出てきた!?」
竜郎に焼き払われたスライムと、全く同じ個体がグレゴリーの身を守り、それを当然とばかりに礼も言わずに、竜郎の魔法を興味深げに見ていた。
「ああもう、めんどくさいっ」
しびれを切らした愛衣は、鞭を縦横無尽に振り回し、あらゆる角度からグレゴリーに攻撃を試みた。
しかし、一体だけしかいなかったスライムが一瞬で増殖して、グレゴリーの周りに積みあがって、その全ての攻撃をスライムの軟体で衝撃を殺され届かなかった。
そしてそれどころか、その衝撃を蓄え増幅して、こちら側に衝撃の波を放ってきた。
「こいつも、カウンター持ちかっ」
その衝撃波を竜郎は土魔法を光魔法で強化して、一瞬で分厚い土の壁を築いて防いでみせた。
一度防ぐと、グレゴリーの性格からか、それともカウンタースキルしか持ち合わせていないのか、それ以上の追撃が来なかった。
なので、こちらも有難く作戦会議を取らせてもらう。
「火魔法も、物理攻撃も反射できる魔物がいるんだね」
「ああ。それに一体倒しても、すぐ出てくる理由は増殖か。文字通り物理は効かなさそうだ。なら、愛衣」
「ん? 何?」
「ちょっと、その鞭を貸してくれ」
「今? うん、別にいいけど」
首を傾げる愛衣から、竜郎からしたらかなり重い鞭を受け取った。
当然竜郎では、この鞭を扱うことは出来ない。なのに受け取る理由はと言えば、それは呪魔法である。
エンニオに即席で造った鎖のネックレスに、生魔法が付与できたという事は、愛衣の扱う武器にだって付与できていいはずである。
なので竜郎は呪と風の混合魔法で、愛衣の鞭に風の魔法を付与する。
今現在の呪魔法のレベルが低いこともあり、竜郎の使う風魔法程の威力は出せないが、それでもあのスライムくらいなら何とかなると踏んでいた。
そうして付与が終われば、愛衣の鞭に風の魔力が宿ったのを確認した。
後は使用者が念じるだけで、込めた魔力分の仕事をしてくれるはずである。
その旨を愛衣に話すと、突然抱きつかれてキスされた。
「──むっ、ぷはっ、愛衣っそういうのは後で──」
「すごいすごいっ。そんな事が出来るんだね。これでわたしにも、遂に魔法っぽい事が出来るんだあ!」
「ああ、そういうことか」
竜郎の思っていた以上に、愛衣は魔法の行使というものにあこがれを懐いていたようだ。
竜郎とて、武器を手に愛衣を守るという光景を思い浮かべたことが無いと言えば嘘になる。
そうして竜郎は、愛衣がはしゃぐ姿を見つめながら、もっと喜ぶ姿が見たくなり、呪魔法のレベル上げの優先度を上げたのだった。