第109話 グレゴリーの本性
マンモス型の魔物パララケウスによる、電撃をやり過ごした精鋭の中の精鋭たちは、倒れた仲間を避難させつつ、魔法や物理で攻撃を繰り返していた。
しかしパララケウスの頑丈な皮膚の薄皮をめくるほどしかできずに、手をこまねいていた。
そんな状況を眼下に見ながら、エンニオが割って入っていかない様に注意しつつ、パララケウスを観察していた。
「なかなか硬そうだが、あの人達でもかすり傷が入るって事は、愛衣の攻撃ならいけそうだな」
「かなあ。でもあの電撃系は、私が喰らったら不味いよね」
「不味いな。まあ、そっちはいざとなれば俺が対処すればいいんだがな。だけど、他にもなーんかありそうなんだよなあ」
「あっ、それ私も思った!」
パララケウスをみれば、どこか手を抜いて騎士達の相手をしているように二人には見えていた。
それは空から俯瞰で見られるが故に解ってくるもので、観察した限りどこか動きが窮屈そうだった。
そのあたりをはっきりさせておきたいところではあるが、先ほどからエンニオがソワソワしだし、竜郎手製のネックレスにかけた呪魔法の魔力も残り少なくなってきていた。
このままでは、勝手に動き出しかねない。
なので竜郎は、騎士達には外に今も大量発生中の蜂型魔物デプリスの退治に専念していただくことにした。
忠誠心の熱そうな獣人の人を筆頭に、言った所で引いてはくれないだろうと思い、竜郎は風魔法で作っていたデプリス侵入防止の結界を軽く弄り、今度は騎士達を外側に向かって吸引していった。
「な、何をしている! 我々は味方だぞ!」
「すいません! ちょっと外が気になって集中できないので、そっちを頼みます!」
「なんだと!?」
空の上からそういうと、騎士たちは不満げな声を上げながら、外へと追い出されていく。
しかし、獣人の副団長は最後まで抵抗して何とかその場に居つこうと、地面に槍を刺して踏ん張っていた。
これ以上風力を上げれば攻撃行為になりかねない上に、パララケウス側からしたら無防備極まりない。
「あーもう、しょうがない」
「すっごい執念だね」
そうして竜郎は風をストップさせて、元の風の結界だけに戻した。
すると獣人の副団長は息を乱しながら、勝ち誇った眼でこちらを見上げていた。
そしてこの場には、竜郎、愛衣、エンニオ、獣人の副団長のホアキン、グレゴリー、馬鹿──もとい領主息子バートラム、パララケウスだけになった。
「あのドヤ顔、イラッとくるなあ」
「まあ、それだけ残りたかったんだろうな。ってことで、広い場所も確保できたことだし、いっちょやりますか」
「待ってました」
そう言いながら、竜郎達はエンニオの横に着地した。
それから《アイテムボックス》にボードをしまうと、グレゴリーに向き直った。
「あのデカいのの上にいるのが、グレゴリーで間違いないか?」
「そうだぞ。うしろのやつは、しらないけどな!」
「そうか。なら取りあえず、あれから降りて貰わないとな。───ジャンヌ! まずは《成体化》で出てくれ!」
「ヒヒーーンッ」
その場に現れたのは、六メートルはありそうな巨大な黒サイだった。
体が大きくなったことにより、鼻先の純白の角も比例して巨大化しており、一突きで何人も串刺しにできそうなほど鋭く尖っていた。
そして誰もがその姿を捕えた時には、その巨体からは想像もできないほどの俊足で、パララケウスに突撃していた。
パララケウスがそれに反応した時には、右の前足をその純白の角で刺し貫かれ、その勢いのままもぎ取られていった後だった。
一本足を奪われたことで崩れたバランスを、なんとか取り戻そうとふらつくものの、反転してまた突撃してきたジャンヌに、今度は右後ろ足も持っていかれた。
「プオオオオオオオオオオオオオオオオッ」
「何なのだその魔物は!?」「ぎゃああああ」
片側二本で体勢が取れるわけもなく、パララケウスはあっけなくその体制を崩し、右頬を地面に押し付けるように倒れ込んでいった。
そしてそんな光景を背に、堂々とジャンヌが二本の足を角に刺したまま帰ってきた。
「おう……。すげーな。ちょっとお父さん、ビビっちゃったよ」
「今までも相当だったけど、迫力が段違いね。これで《真体化》したら、どうなっちゃうんだろ」
「ヒヒーーーーーンッ」
二人の驚く姿に、ようやくカルディナだけでなく、自分にも活躍の場が来たと喜び嘶くと、角に付いていた二本の足を頭を振って地面に捨てた。
そしてパララケウスはといえば、自身の血溜まりの中で悶えていた。
そんな中、潰されることなく上手くパララケウスの上から降りたグレゴリーと、そのわきに抱えられてあっけなく倒された魔物を見て真っ青になるバートラムが、その後ろからやって来た。
するとグレゴリーはバートラムを立たせてすぐに、怒鳴りながら弱っていくパララケウスを何度も足蹴にした。
「この役たたずが! いつまで寝ているつもりだっ、このっ、屑がっ!」
「プオオ……」
「酷い……。自分の仲間なのに、あんなことするなんて」
「屑はマンモスの方じゃなくて、言ってる本人の方じゃないか。……それでエンニオ、あんな事をするような奴が、本当にいいことをしていたと思うか?」
「お、おもわない……けど、あんなぐれごり、みたことない」
自身の前では、できるだけ癇癪に触れないようにコントロールする為に、優しげに接していたため、今初めて見るグレゴリーのこの姿に、エンニオは戸惑っていた。
しかし、あの魔物が不甲斐なかったのも確か。竜郎からいきなり出てきた変てこな匂いのない生き物に、いとも簡単に倒されてしまったのだ。
あれでは自分も怒ってしまうかもしれないと、未だにグレゴリーの真意を測りかねていた。
「ぐ、ぐれごり! そいつよわってる! それいじょうはかわいそう、だとおもうぞ!」
「……なんだと? 弱ってる? 可哀そう? くははっ、何を言ってる? お前も散々人間相手にやってきたことじゃないか? 今更いい子ちゃんぶってどうする、エンニオよ」
「あれは、おれたちをいじめてくるから!」
「まあだ、そんな事を言っているのか? おめでたいなあ、これだから馬鹿は扱い易くてよかったんだ。今までありがとう、エンニオ。お前が馬鹿で助かったよ」
契約が切れて思考の誘導がしにくくなったエンニオは、もういらなくなったのか、グレゴリーはあからさまに開き直った。
「な……、いま、いままで、えんにおにいってたの、ぜんぶ、うそか!」
「嘘? なにを今更、お前に本当の事を話したことは一度もない。役に立つから餌をくれてやっただけだ。ああそうだ。知ってたか? お前がいつも喜んで食べていた餌があるだろ?」
「えさじゃない! ごはんだ! おれをどうぶつみたいに、いうな!」
「くははははっ、アレがご飯? あれは下っ端達が食べ残した残飯だぞ? くははははっ、そうだな、お前の様なデキソコナイにはアレがご飯だったな。くはははははっ」
「なんだこいつっ」「信じられない……」
「たべのこし……? ざんぱん?」
矢継ぎ早に言われたのと、残飯という言葉の意味が解らなかったため、しばらく内容を理解しようと噛み砕いていくと、だんだんとその意味が解ってきた。
要はいつも皆がエンニオの為に分けてくれたと言って出されていた物は、ただ食べ残した物をかき集めて自分の所に回されて来ただけだったのだ。
まるで、家畜に餌を与えるかのように。
それをちゃんと理解してくると、沸々と底知れぬ怒りが込み上げ、竜郎の呪魔法を付与したネックレスの許容範囲も優に超える。
「ギザマ"、ヨ"グモ"ッ」
「落ち着け、エンニオ」
「グ───」
爪が手の先から伸びていき、完全に戦闘態勢に移行しそうになった瞬間に、竜郎は意識が飛びかねないレベルで、生魔法を光魔法で極限までブーストして直接鎮静化の魔法をお見舞いした。
するとエンニオの怒りは吹っ飛び、口を開けてボーっとしながら佇んだ。
「あんた、さっきからあからさまにエンニオを挑発しているが、何のつもりだ?」
「そうだよ。あんた今の状況解ってる? 守ってくれる味方が誰もいないんだよ」
「ちっ、生魔法も使えるのか。お前は一体何種類の魔法が使えるんだ? 本当は人種ではないだろ。何の種族だ、言ってみろ」
「こっちの話は聞きもしないのに、自分の聞きたい事ばかりペラペラと」
エンニオ程ではないが、グレゴリーに怒りが湧いているのは二人も同じ。
頼みの魔物は負傷中、外のデプリスもおそらくグレゴリーのせいだろうが、それもここまでやってはこれない。
そして後ろでただ青い顔して震えている、バートラムは戦闘力皆無。
そんな状況でどうして、ここまで強気に出てこられるのか。竜郎にはそこが不気味でならなかった。
「まあ、全てが終わってからじっくりと研究すればいいことだな。お前の中身を確かめるのが楽しみだ」
「だから、なんでそんなに強気なのさ。いい加減ぶっ飛ばすよ」
「くははっ、気性の荒い女だ。なんで強気か……か。そんなの決まっているじゃないか。我々が勝つ未来しかないのだからっ」
「ぐっ!?」
竜郎達とグレゴリーが会話をしている間に、後ろに回ってゆっくり近づいていたホアキンが、地面から急に飛び出てきた無数の針に阻まれてしまっていた。
その針はモゾモゾ地中から身を乗り出すと、やがてその姿を露わにした。
それは背中に針を持った土色の毛皮の犬──という形容がもっとも当てはまる。
大きさは二メートル弱。針を逆立てて、ホアキンに襲い掛かっていった。
その一匹をいなしながら、グレゴリーに着実に近づいていく姿はさすがと言えた。
しかし、グレゴリーに一歩近づくたびに針犬が追加され、今や計十二匹を同時に相手にする羽目になり、その場に足が縫いとめられた。
『アレがいるから強気だった? いや……違うな』
『そうなの? 数がいる分、厄介そうだけど?』
『でもあれくらいなら、エンニオだけでもどうにかできそうだろ?』
『そう言われれば、そうかも』
何をしてくるのか解らないグレゴリー相手に、動くべきかどうか迷っていると、先に向こうが動き始めた。
「パララケウス!〈さっさとその体に慣れろ! 屑がっ〉」
「プオオ…………オオオオオオオオオオオッ」
「何だ!?」「なに!?」
グレゴリーが再び蹴りつけながら、契約の元に命令を下すと、パララケウスの体が震えだし、全ての目が見開かれた。
竜郎は電撃が来るかとすぐに土の壁を築いたのだが、なんの衝撃も無かった。
それに疑問を感じながら、解魔法で探ってみれば、パララケウスの身体が粘土の様にグニャグニャと蠢きながら、その形を変えていく。
「そうだ! それでいい」
「フシューー。プオオオオオオオオオオーーン」
満足げに笑うグレゴリーの横には、先ほどまで瀕死だった魔物はおらず、代わりに十メートルはある人型で、顔は先のマンモス型のままという奇妙な魔物が立ちはだかっていた。
竜郎は電撃は来なさそうだったので、視界を確保するために土の壁を取っ払った。
『なんか変身したね』
『それに、傷も治ってる。再生能力系なのか、それとも変身したことによる一回限りの恩恵なのかが問題だな』
『流石に、あの魔竜みたいな再生は勘弁してもらいたいなあ』
『同感だ』
そうして竜郎達は、目の前で鼻息荒く睨んでくるマンモス巨人を、睨み返してたのだった。




