第10話 強化と瞑想
さっそく竜郎は、《生魔法 Lv.1》を使っての疲労回復を試みた。
まずやることはジャージの時と同じだ。《生魔法》を使いながら自分の中に魔力を浸透させていく、それが終わると、あとはイメージの勝負となる。水の時の様に形として存在しない、疲労を具体的に想像しなければならないからだ。
竜郎は自分の体の中を、理科の授業で培った内臓や血管、筋肉の付き方を想像しつつ、だるい個所を押し流すように集中した。
それを都合五分ほど続けると、次第に体が軽くなっていくのを感じた。
「ふうっ」
《スキル 集中 Lv.1 を取得しました。》
楽になった体を解そうと、肩の力を抜いた瞬間、その声が聞こえた。
「おろ?」
「ダメだったの?」
「いや、そっちは問題なく成功した。今すぐに歩き出せるくらいには回復したから」
「じゃあ?」
なんだと首を傾げる愛衣に説明するため、さっきのスキルの概要を確かめた。
「《集中 Lv.1》ってスキルを今覚えた。何かに集中する時に補正がかかるらしい。
覚え方としては、やっぱり何かの作業に集中し続けると覚えるようだな」
「へー私でも覚えられそう。それは《武神》の対象外かな?」
「一概に武術系統のスキルとは言えないからな。多分対象外なんじゃないか?」
「そうだね。集中ならウゲーの時とかもしてたから、対象ならパパッと覚えてるはずだもん」
「ちぇー」と口を尖らせる愛衣の頭を撫でると、竜郎は「んじゃ、いくか」と声をかけ、二人は再び川下に向かった。
「うーん」
「どったの?」
歩き始めてまた一時間経った頃。何やら呻き始めた竜郎に、愛衣はなんの気なしに声をかける。
「いやな、せっかくSPも増えたから、なんかに使おうと思ってるんだが、それをどれに使おうかと迷ってるんだ」
「順当にいけば他のLv.1を取ったり、今のを強化したり、だよね」
「ああ、さすがに今のままじゃ戦闘力が皆無だからな。
そろそろ、なにか攻撃の術を手に入れておきたいとこではある」
そう、今のところ竜郎の立ち位置が便利屋さんになっていることを憂慮しているのだ。
愛衣としては特に気にもしていないが、大変な戦闘を彼女任せにしているのを、竜郎は密かに気にしていた。
「攻撃っていうと火とか強そうだよね。今んとこ、でてきたやつらは火が効きそうだったし」
「ああ、それは俺も候補に入れてる。あとは雷も足を止めて《レベルイーター》とかできそうで迷いどころではあるが…………決めた! 火をLv.5にする」
「お、私が言った奴だ」
「まあ現実的に考えて、火力も期待できて、SPも一番お得ってのが一番の要因だな」
「そっか、三番目の属性だからまだ安く済むレベルだもんね」
「ああ、じゃあさっそくっと」
竜郎はスキル欄から《火魔法 Lv.2》を選択し、取得SP(6)を払った。そしてのこりのLv.3~5も取り、合計消費SP(42)で《火魔法 Lv.5》になり、残存SP(18)となった。
「ではLv.5の威力を確かめよう。愛衣はちょっと離れててくれ」
「りょーかい」
そう言って一旦二人は足を止め、愛衣は竜郎から距離を取った。それを確認した竜郎は、まずは奇を衒わずにスキルに身を任せて使うことにした。
《火魔法 Lv.5》の発動を竜郎が促すと、やはり体が覚えているかのように行程を迷いなく進んだ。
ただし今回はLv.1の時と違い、手のひらは正面に突きだし、竜郎からは腕を伸ばして、手の甲を目線にもってくようなスタイルに変わっていた。
やがて、Lv.1とは比較にならない魔力が体の中を駆け巡り、デフォルトの属性球が掌の方に出現した。
「「でかっ」」
それは、Lv.1のリンゴサイズから、さらに大きくなり、直径二メートルはある巨大な火炎球を作り出したのだ。
「たつろー、熱くないのー?」
「ああ、俺自身は何も感じない!」
愛衣が心配に思うほど火炎球は轟々と燃え盛り、竜郎の前に浮かんでいた。それに竜郎は意識をして、形を変えるように念じてみた。すると、球から三角、四角、星形、スペード、ハートなど様々な形に変化させることができた。
次に竜郎は縮小化を試してみた。圧縮するようにギュウギュウと押し込めていくと、感覚で温度が上昇していくのが感じられた。
そしてそのままバスケットボールほどの大きさまで縮小した時、限界が訪れ一気に膨れ上がると、そのまま魔力が霧散していった。
「すっごーい! なんか魔法って感じだったよっ」
「ああ! 俺も魔法使ってるって感じがしたっ。
まあ、そのおかげで魔力が心もとなくなったから、しばらくはお休みだけどな」
「そうなんだ。ちょっと残念」
「まあ、この森にいる間は嫌でも見ることになるさ」
「それもそーだね」
二人は肩をすくめると、先を目指すべく並んで歩き出した。
それから数時間、途中少休止を挟みながらも歩き続け辺りが暗くなり始めた頃、二人は夜をどうするか話し合っていた。
「普通に考えれば、交代で見張りをしながら寝るっていうのがセオリーだよね」
「そうだな。夜は夜で別の生き物が出てきたっておかしくないだろうし」
「もう、虫タイプは勘弁してほしいなぁ」
まさに苦虫を噛み潰したような表情で、今まで出会った虫タイプを思い出していた。
「同感、二時間おきくらいでいいか?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、落ち着けそうな所を見繕うか。
川沿いに偶にある、でかい岩の上とかがいいんじゃないか?」
「岩ね、注意しとく」
さらにそこから、どこかいい場所は無いかと進んでいくと、高さ百五十センチくらいで、やや斜めだが大人三人が寝そべられそうな平たい巨石が川の近くに鎮座していた。
「お、いい感じの石だな」
「ほんと、今まであったのと比べても平たくて、これなら硬いのさえ我慢できれば眠れそう」
「んじゃあ、今日のベッドはこいつにするとして、後はちょっと加工するか」
そう言って、竜郎は腕をまくって地面の石を物色し始めた。
「どんなふうに?」
「この辺の石を魔法で接着していって、壁を造ろうかなと」
「ほうほう、じゃあ早速取り掛かりましょうかね。石を集めればいいの?」
「ああ、今回はかなり雑に造るから大きめのを頼む」
「わかった」
そこからの二人は早かった。愛衣はてきぱきと石を集め、竜郎はペタペタと魔法で接着していき、丁度二人が寝転がると、外からは完全に見えないくらいの高さの壁を作り上げた。
「こんなもんでいいか」
「うん、いいと思う」
「で、これはいいとしてだ。────でっけーなあー」
少々不格好ながら満足のいく壁を作り上げた二人は、夜なのにかなり明るい原因を見るべく上を見上げた。
そこには地球で見たものの六倍はありそうな、大きな月が浮かんでいた。
「ほんと、クレーターまではっきり見える。綺麗だけど、落ちてきそうでちょっと恐いかも」
「ああ、でもこんなの地球じゃ見れなかったんだろうな……なんか感動するわ」
「そうだね……異世界の絶景観賞と思えば悪くないのかも」
それから二人は手を繋ぎながら石の上に座ると、魅入られたように、しばらく月を眺め続けたのであった。
ほどなくして、どちらからともなく月から目を離すと、今夜の見張りについて話し始めた。
「どっちから寝る?」
「愛衣が先に寝ていいぞ。今日は大変だったし、まずは寝とけ」
「あーうん、たぶん私が先に見張りだと寝ちゃうかも……。
じゃあ、遠慮しないで二時間たったら起こしてね」
「ああ、わかった」
「ふぁ……ん……じゃあ……おやすみぃ……たつろ…………」
「おやすみ」
余程疲れていたのか、それから一分もしないうちに愛衣は自分のバッグを枕に、くーくーと可愛らしい寝息を立て始めた。
それを確かめた竜郎は、愛衣の頭に手を乗せ生魔法を行使する。
ここで使ったのは、より睡眠の質を上げる魔法だ。
まだLv.1と低いが、使うのと使わないのでは差が出るくらいには効果があるらしい。
生魔法を使い終えて愛衣の表情を見ると、心なしかより解れているように感じた。
それを見て満足した竜郎は、今度は自分に眠気を払う生魔法を使ってより意識を覚醒させた。
そして次に竜郎は、スキル取得一覧で気になっていた《魔力回復速度上昇 Lv.1》を、自力で取得できないかと鍛練方法を調べると、瞑想のように心を落ち着かせ、できるだけ何も考えないようにする状態を維持するのが有効とのこと。
なので竜郎は、胡坐をかきボーと正面を見るようにして心を落ち着けていく。
しだいに周りの音がより大きく感じられるようになってきた。川の流れる音、(おそらく)虫の鳴き声や(おそらく)鳥の声を耳に、ひたすら集中していった。
それを一時間ほど途切れさせることなく続けた竜郎の耳に、ようやくアナウンスが鳴り響いた。
《スキル 集中 Lv.2 を取得しました。》
《スキル 魔力回復速度上昇 Lv.1 を取得しました。》
(お、二つも手に入れたぞ。ラッキー)
愛を起こさないように、声を出さずに喜んだ。ずっと集中していたおかげか、魔力も大分回復してきていた。
それから残りの時間をまた瞑想モドキで過ごし、一回目の見張りの時間を終えた。




