第108話 妖しい微笑み
竜郎と愛衣、エンニオとマリッカの四人は、それぞれヨルンが待つ着地した場所に向かっていた。
「貴方たちは、これからどうするの?」
「俺と愛衣とエンニオは、まずグレゴリーの所に行きます」
「ありゃ? デプリスの方はどうするの?」
「そっちはカルディナに行って貰います」
そう言って竜郎は愛衣の頭の上で寛いでいたカルディナを手に持って起こすと、《成体化》モードになってもらう。
また違う姿になったことにマリッカは驚きつつも、今はそんな場合じゃないと好奇心を押し殺した。
その間に竜郎はカルディナに、いざとなれば頑丈な肉体の《真体化》になってもいいと、臨機応変に対応を変える様に言い含めておく。
ちなみにカルディナを《成体化》モードにしたのは、こちらなら《竜飛翔》ではなく、《飛翔》にスキルが切り替わる様なので飛ぶのに竜力はいらない。
なので自前の魔力が無くなるまで飛び続けられるからだ。
そうしてカルディナは自分だけ別行動だと知り、二人と離れるのが寂しそうだったのだが、後でたっぷりと甘えさせると言ったら、やる気を出してくれた。
「じゃあ、その子は私達が見ててあげるよ。ヨルンとその子のタッグなら、蜂ごときに負けないでしょ」
「それはいいですね。カルディナ、ヨルンと共同戦だが、やれるか?」
「ピュィーーー!」
「大丈夫みたいだね。じゃあ私達も頑張るから、カルディナちゃんも頑張ろうね!」
そんな風にマリッカとカルディナが触れあいながら、全員がヨルンの待つ場に辿り着くと、そこはすでに蜂型の魔物デプリスが群がり、鬱陶しそうに緑の大蛇が大きな尻尾を振り回して薙ぎ払っていた。
「うわっ、ここもひどいな……。ヨルンっ、〈スキルを使っていいよ!〉」
「シーーー」
マリッカの言葉に呼応するように、ヨルンは尻尾を振り回すのを止めて、自分の属する樹の魔力を放出する。
すると、ヨルンの体の表面から草木が生い茂り辺り一面に広がっていくと、その枝や蔓が飛び交う無数のデプリスを触れた先から絡め捕り、絞め殺していった。
「すごーい。あれって、樹魔法か何かなのかな?」
「そだよー。ヨルンの生まれは、私と同じ妖精郷の森の中だもの。樹の力を宿して生まれてきた魔物なの」
「こっちも、負けてられないな。カルディナ、探査魔法で女王蜂ビプリスを見つけ出して倒してくれ」
「ピュィ!」
「探査魔法ができるの!? あの形態と言い、この形態と言い。ますます、謎が深まるばかりね」
そう言ってマリッカチームにカルディナを助っ人に出す形で、竜郎たちは竜郎たちで大型の魔物の方に向かう事にする。
「じゃあ、ちょっとカルディナちゃんを借りてくね。直ぐに終わらせてみせるから、そっちも頑張って!」
「頑張ってください」「マリッカさんも頑張ってー」「なんかしらんが、がんばれ!」
一人いまいち状況を理解していないエンニオだけが、心の籠っていない声援を送ると、マリッカは植物を消したヨルンに駆け寄り飛び乗った。
そして今回は身軽になったことで、いつもの速度を取り戻したヨルンは、一度大きく鳴くと、自らデプリスの飛び交う空へと飛んで行った。
カルディナも、一度竜郎たちを見つめてから、バサッと飛び去って、進行ルートに入ってきたデプリスを鷲の様に鋭い爪で引き裂き、引き千切ってヨルンの後を追って行った。
「じゃあ、俺達も行くか。エンニオ、今からグレゴリーの所に行くが、そいつの言葉を鵜呑みにしないで、ちゃんと自分の頭で考えて、良いか悪いか決めるんだぞ」
「わ、わかったぞ」
「まあでも、その前にデッカイ魔物をどうにかする必要がありそうだけどね」
「そっちは、こっちのもう一つのとっておきを出すから、大丈夫だろ」
「とっておきって言うと……ああ」
「???」
愛衣だけが理解し、エンニオは首を傾げていたが、竜郎は説明しなくとも、どうせすぐに見せることになるのだから問題ないと、《アイテムボックス》からボードを出した。
「エンニオ。俺たちは今から飛んで行くが、その自慢の足で付いて来られるか?」
「む! かけっこか! えんにお、そういうのとくい!」
「なら、どっちが先にグレゴリーの場所に着くか競争ね!」
「えんにおに、かてるとおもうとか、ちょっとなまいきだぞっ」
エンニオの目に闘志が宿り、迫ってきたデプリスをハエでも払うかの様に爪で切り裂き、竜郎たちが出発する前に先んじてグレゴリーの匂いがする方角へ飛び降りた。
「あっ、フライングとかずるい!」
「そんなこと言ってる場合じゃないって……。じゃあ、俺達もいくぞ」
「おうよ!」
そうして竜郎達も空中に舞って、エンニオが塔から飛び降りた方角へとボードを滑らせていった。
グレゴリーのいる場所まで行くには、大量のデプリスの海を潜り抜けなければならないのだが、エンニオは無数の毒針を躱し、避けられないものに関してはツメで八つ裂きにしてズンズン進んでいる。
一歩遅れを取った二人もその後に続き、竜郎は風と火の混合魔法を駆使して大量に殺していき、漏れ出て近づくモノは愛衣が宝石剣で切り裂いた。
そうしてデプリスなどいないかのように真っ直ぐ向かって行き、さすがに空中移動には勝てなかったエンニオを背にすると、すぐにマンモス型の魔物が目に映ってきた。
「あれか……。首長竜の次は巨大マンモスて、この世界はどこのジュラシックなパークだよ」
「最初に捕獲しに行ってた獣人さん達、苦戦してるっぽいね」
「みたいだな。単体だけでもきつそうなのに、さっきから無限にあふれ出るデプリスの相手もしないといけないから、そりゃ苦戦もするわな」
実力的には、竜郎達からみてもなかなかなのに、倒したそばからやってくるデプリスがマンモス型の魔物には一切見向きもせずに襲い掛かられ、なのにマンモスは一方的に攻撃できるワンサイドゲームになっている。
これではハンデどころの騒ぎじゃない。
このままでは遠からず、あの獣人や他の騎士達も命を落とすだろう。
「視界にちらちら入られて鬱陶しいし、隔離するか」
「そうしよ──っと。これじゃあ、きりがないし」
愛衣が再びやって来たデプリスを殺しながら、そう言った。
竜郎もそれに頷いて、魔法をイメージする。
今からやるのは風の魔法。近づく虫を巻き上げ吹き飛ばす、嵐の降臨。
「邪魔だから、どっか行ってろっ!」
竜郎のその気合の声と共に、上空に渦が発生し空飛ぶ虫を掃除機の様に吸い込んで行く。
そしてそのままマンモス型の魔物を中心地として、四方八方に同じものをいくつも設置しドンドン飲み込んでいく。
すると、魔力ではなく羽で飛んでいるデプリス達は、近くを通った瞬間、面白い様に吸い込まれ風のうねりに引きちぎられて残骸は、外側に吐き捨てられる。
結果、直径五百メートルの範囲内に風の吸引結界が出来上がった。
何処を通り抜けようとしても、空を飛んでいる限り気流を掴まれ、必ず吸い込まれるような位置に設置しているので、結界内にいるものはもちろん、外からも侵入できない形になっていた。
「なんだ……。この大規模な魔法は!?」
「副団長! 上です!」
「あれは、さっきの冒険者たちが助太刀に来てくれたのか!」
「ありがたい! これで邪魔なデプリスがいなくなりましたよ!」
「全員、あのデカブツに向かって攻撃準備!」
「「「「「「はっ!」」」」」
そうしてリャダス騎士団の士気が上がったのに対し、グレゴリーは驚愕に顔を歪めていた。
(これだけの魔力をどこから!? ちっ、道具共の《共感覚》をもっと信じておくべきだったか……。
まあいい。新しい実験材料が来てくれたと思えば、やりがいもあるというものだ)
「グレゴリー。おいっ、大丈夫なんだろうな!?」
「はい。問題ありません。真面目に相手をするのが面倒だっただけで、これ一個で事足りますので」
そう言いながら、グレゴリーはにこやかに笑いながら、自分たちの乗っている魔物を足で軽く蹴った。
その余裕の行動に、バートラムも嫌らしい笑みに戻り、父親と姉を殺す瞬間を今か今かと待ち望んだ。
しかし表情に表しているほど、グレゴリー自身楽に終わるとは思っていなかった。
目の前の騎士達だけなら、このマンモス、その種属名をパララケウスという魔物だけでも何とかできる算段はあった。
しかし、ここで誤算が生じた。
《共感覚》という自身の僕の五感とリンクするスキルで、使役する魔物ごしにイヤルキが死ぬ間際を見ていたグレゴリーは、二人がどれほど危険なのか伝わっていたはずだった。
けれど、そのスキルを使いこなすのは難しい。
純粋なテイマーとしてみた場合凡才であるグレゴリーには、未だ完全には扱い切れていなかった。そしてさらに、離れた距離というのもあり、ノイズだらけで詳細が解らなかった。
しかし、その時に監視させていた魔物の感じた恐怖心は伝わっていたのだ。
けれどそれを、自分の魔物の臆病心で大げさに伝わってしまっただけだと、イヤルキを何とか倒せる程度と、二人が人殺しを拒んでいた時間を、殺し損ねた時間だと思い込み過小評価していたのだ。
しかしそれが今更解った所で、ここまで来たらもうやるしかない。
グレゴリーは、これだけ大規模な魔法をいつまで使い続けられるか解らないが、そちらに集中しなければいけない分、こちらが有利に進めると踏み、自分を乗せている魔物に命令を下した。
「我が道具たるパララケウスよ! その閉じた目を見開け!」
「プヲオオオオオオオオッ」
マンモス型の魔物パララケウスは、その額にあった横一列の三つの閉じた目を見開いた。
するとその瞼の奥にあった黄色い瞳が現れ、そこから周囲に電撃を放ったのだった。
「なんか目から出たよ! 特撮映画みたい!」
「くそっ、雷とは羨ましい。俺も取りたいけど我慢してるってのに」
「我慢してたの?」
「だって雷攻撃と言えば、少年が抱くやってみたい攻撃ランキングトップ3に入る位人気だろ(※注:竜郎の個人的な感想です)」
「別に取ってもいいのに、なんかカッコいいし」
「カッコいいよなあ。でも、他に優先度の高いのが多すぎなんだよ」
などと呑気に空中で話し合ってる間に、下にいた騎士団の内半分が体を電撃でやられ痺れて動けなくなっていた。
ただ、常人なら即死に至るものを麻痺だけで済ませる辺り、錬度が高いともいえた。
死んでない事が解っていたので、そんなことを話していたのだが、そろそろこちらも本気で挑みたいところではある。
しかし、妙にやる気を出している騎士団が逆に邪魔になっていた。
「あーくそっ。あの人たちの為に、デプリスを追い出したわけじゃないんだが」
「交代の時間にはまだかかるかも───っと。エンニオの御到着だね」
「ホントだ。おーい、エンニオー」
「!? そらとぶのずるい! おれもとべたら、もっとはやくついてた!」
ようやくたどり着いたエンニオの為に、結界を開けて中に招き入れながらそんな事を言っていると、それを見つけたグレゴリーの瞳に喜色が混じった。
(あれはエンニオか! 勝手に突っ走ってどこかに行ったと知らせがあった時は、どうしたものかと思ったが……。
くははっ、これで勝ちは揺らがなくなったぞ)
そうしてグレゴリーは、竜郎たちと仲良く話しているエンニオを見つめながら、密かに仄暗い笑みを浮かべたのだった。