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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第三章 因果応報編
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第105話 説得

 内面的にも、外面的にも、文字通り冷や水を浴びせられたエンニオは、今までにない急激な鎮静化になれずに戸惑っているようだった。

 けれど二人が前にくると、再び怒りが再燃して癇癪を起こしそうになるが、その度に竜郎に鎮静化の水をぶっかけられて強制的に落ち着かせられていた。



「そのへんなみずを、かけるな! ぶふっ」

「じゃあ、ちょっとしたことで怒るんじゃない」

「おこってない! ぶぶぶっ」

「怒ってるじゃない」



 喋る度に水浸しにされれば誰でも怒りそうなものなのだが、三人ともそのことに意識は向いてはいなかった。



「えんにおに、うそついた! おまえたちなんか、きらいだ!」

「嘘か。具体的には、どんな嘘をついたと思ってるんだ? ちゃんと部屋は作ってあっただろ?」

「あれな! あれはすごくよかったぞ! えんにおが、ここに、すむって、いったら、みんな、よろこんでくれたぞ!」

「そうかそうか。なら、問題ないじゃないか」



 エンニオと少しでも同じ空間に居たくない盗賊たちの反応を、自分の為に喜んでいると勘違いするエンニオを痛ましく思いながらも竜郎がそう言うと、エンニオは怪訝な顔をつくり首を傾げた。



「ん? もんだい、ないか?」

「「ないない」」

「ん? んんん?」



 何か違うような気がするのに、何が違うのか思い出せないと言ったように、頭の上にクエスチョンマークを飛び交わせていたが、ふと空を飛んで、この場からゆっくりと離れているヨルンの方を見てハッとした。



「ちがウ。オマえたチィ……、イヤるキ、コろしタ」

「……なんで俺達だと思うんだ? それにイヤルキが死んだと何故思う?」



 死体はこちらで回収しておいたし、あの場にいた盗賊たちは皆この世にいない。

 したがって、行方不明なら解るが死んだと断定するには早すぎる。



「イヤルキが、サイごニ、ムカッタッテいってたトコロニいったラ、イヤルキノチノニオイシタ! オマエタチノ、ニオイトイッショニ!」

「それだけで、俺達がやったと?」

「ソウダ! タクサン、タクサン、タクサン、チノニオイ! アレ、ゼッタイ、シンデル! ブブッ」

「まあ、落ち着け」



 また頭の血管が切れそうになっていたので、鎮静化の水をぶっかけた。

 すると、エンニオの頭の中もまた冷静になっていく。



「おまえたちが、くるときには、いやるきしんでた。だから、あのときいったこと、ぜんぶうそだ! だから、えんにお、おまえらころス。えんにお、うそつきは、キライダ!」



 そこでエンニオは目にもとまらぬ早業で、八撃もの爪の斬撃を飛ばしながら自分自身も突っ込んできた。

 愛衣だけが、その全てを見切って宝石剣でうち落とし、直接放たれた爪の攻撃もそのまま剣で受けきって、空いている左手でエンニオの腕を取って、華麗に一本背負いを決めて屋根に叩きつけた。



「ガアッ」

「甘いよ!」



 エンニオは叩きつけられたのに全く屈せず、バネの様に起き上がって愛衣の首筋に噛みつこうとするも、簡単に躱され逆にカウンターキックをお見舞いされて屋根の上を転がった。

 そこで竜郎は、転がった先に水と闇の混合魔法で粘着性の高い水を設置し、エンニオに纏わりつかせた。



「グガアアアアアアアアアアアアッ」

「なあ、エンニオ。聞いてくれ」

「ガアアアアアアアアアッ───あああ……」



 レベルが上がり、クラスも変わり、イヤルキ戦よりもさらに粘着と耐久性を増した水を体中にくっつけ、屋根に固定された状態にした。

 しかし、そんなまともに動けない状態にもかかわらず、それでも攻撃性を失わずに牙をむき続けたエンニオに、二人と一匹は近づいて行く。

 そして竜郎が直接手を当て、生魔法の威力を光魔法で最大まで強化して一気に怒りを鎮めていく。

 それはエンニオの怒りを強制的に排除するだけにとどまらず、リラックスしすぎて頭がフワフワした状態になってしまっていた。

 どうやらエンニオも、愛衣程ではないが魔法抵抗がかなり低いようで、竜郎はやりすぎてしまったと反省したその時、生魔法の行使を邪魔するような、妙な反応があることに気が付いた。



「ん? なんだこれは……。カルディナ、一緒に解析を頼む」

「何かあったの?」

「ああ、何か妙な……魔法みたいな……、でも少し違う何かが……」



 謎のその何かをカルディナと一緒に解析すると、それがテイマーとの契約の証だという事が判明した。

 それが誰かは解らないが、おそらくグレゴリーが施したものだと竜郎は推察した。

 そしてそれを何とか解除できないかと、さらに解魔法で解析を続けると、どうやら完全には契約しきれていないようで、綻びが所々にあったので、そこを解魔法の魔力を使ってほどいていく。

 すると、あっさりと契約は消え去り、生魔法に干渉してくる邪魔な物が消え去った。



「グレゴリーが、一度エンニオに《テイム契約》というテイマーのスキルを使っていたみたいだな」

「じゃあ、今までのエンニオは操られていただけ?」

「いや、いくら先祖返りして他の人より獣に近いといっても、エンニオは立派に人間だ。契約が完全にできなくて、簡単な思考誘導の効果しかなかった。

 だから完全に、エンニオの行動を縛ることは出来なかったはずだ。けど」

「けど?」

「エンニオは自分で思考するのが苦手みたいだから、考えることを他の人に任せる傾向があるように思う。

 そこを上手く利用すれば、この些細な契約だけでも、強力なマインドコントロールに近い状態には持って行くことができるかもしれない。まあ、憶測でしかないが」



 そう言って、まだ生魔法の鎮静化が効きすぎて朦朧としているエンニオをみた。

 その姿は、暴れる気配も無く、ただじっとしていたので、このままどこかに閉じ込めておくのもありかとも思ったが、それでも目を離したすきに、何らかの手段で逃げられるかもしれない。

 なので、もう一度。今度は思考誘導がない状態で、会話を試みることにした。



「エンニオ、しっかりしろ」

「──は? おまえは……たつろーだったか?」

「そうだ。エンニオと友達になった竜郎だ。俺のあげた奴は、もう持ってないのか?」

「もってるぞ。ちゃんと、ずぼんのぽっけに、しまってる」



 まだ寝ぼけ眼で会話をしているせいか、竜郎にも素直に答えてくれた。

 そこで竜郎はワイヤーでさらにエンニオを固定し、愛衣は鞭に気力を通してのばすと、それをエンニオに巻き付けて、粘着水、強化鉄ワイヤー、鞭の三重の拘束を施してさらに生魔法で覚醒させていく。



「そうか。持っててくれて嬉しいよ。ところでエンニオ、俺は確かに嘘をついてた。イヤルキを殺したってのは事実だ。だからイヤルキに頼まれてってのは嘘だな」

「いやるき……、いやるき! やっぱりおまえ、うそつきだった!」

「ああ。そのことについては謝るよ、ごめんなエンニオ」

「ごめんね」



 エンニオに向かって、二人は頭を下げて謝罪した。

 それにエンニオは、素直に謝罪されるとも思っていなければ、謝られた記憶もない。

 だから、どうしていいのか解らなくなり、当初から掲げていた復讐に縋った。

 


「えっと、えっと、うそつきは、わるいやつ! だからおれに、ころされろ!」

「ああ。確かに嘘は悪いことだけど、イヤルキやグレゴリーはそれ以上に悪いことをしていて、それにエンニオ自身も手伝わされていたという自覚はあるのか?」

「わるいこと? ちがう、おれたちは、わるいことしてない! えんにおは、いいこだぞ!」

「じゃあ聞くけど、エンニオは、何もしていない人から物を奪ったり、殺したりするのは、いい子のすることだと思う?」

「それは、わるいこだ!」

「解ってるじゃない」

「そのくらい、わかる!」



 最低限の倫理観はあるようなので安心したものの、二人はじゃあどうやってエンニオを犯罪に加担していたのか気になった。



「なあ、エンニオ。お前は今までどんなことをイヤルキや、グレゴリーに頼まれてきたんだ?」

「どんなこと? そうだな、おれたちを、いじめてくる、わるいやつを、ころすことだ! どうだ、いいこだろ?」

「なんで、そのいじめてくるって言った人たちが、お前達に手を出したか知ってるか?」

「そんなの知らない。いやるき、とか、ぐれごりは、あたまいい。だから、いうこと、まちがってない。だから、えんにお、いわれたとおりにするだけ」

「こりゃ、重症だね」

「ああ、思考放棄にもほどがある」



 本人の思考することを嫌がる性質が大きく影響している事には変わりないが、それでも少しでもおかしいと思う気持ちを、契約で縛ってコントロールされていたのは間違いないようだった。



「エンニオ、はっきり言う。イヤルキもグレゴリーも、悪い奴だ。

 だから色んな人にいじめられていた。何もしていない奴が、会ったことも無い他人にそう何度もいじめられると思うか?

 今までエンニオがやって来た事を思いだして、その中で少しでもおかしいと思うような事はなかったのか?」

「そんなこと……そんな……………あれ?」



 竜郎の言われるがままに、今までの自分を振り返ると、あまりにも弱い者を殺せと言われた事が何度もあることを思い出す。それも、向こうはなんの抵抗もしていないのに、殺し、戦利品だと言って物を奪う。

 これではまるで、弱い者いじめ。そう、いじめている側にしか思えなくなっていた。



「あれ……でも、……いやるき」

「エンニオ。自分の頭で、ちゃんと考えて!」

「そうだ。エンニオはまず、自分の事を自分で決めることから始めなきゃいけないんだ」

「じぶんで、きめる?」



 今まではグレゴリーの言ったことが正しいと信じ、疑ったことは一度も無かった。なのに、事今に至り、契約が消えてただ言われるがままに信じる事が出来なくなり、どうしても二人の言葉に耳を傾けてしまう。

 それは、初めて自分の事を真剣に考えてくれて、初めてちゃんと目を見て会話してくれる、初めての人間だったからだろう。



「……わからないぞ。いままで、ぜんぶ、ふたりが、きめてくれたんだぞ」

「解らないなら、聞いてくれよ。答えは出せないが、相談くらいのるからさ」

「そうそう。私達は、楽しくお話しする友達でしょ?」

「おはなし……。おはなしは、えんにお、すきだぞ。さーきん、しったんだ……」



 二人と最初に顔を合わせて話したあの地下での事を、エンニオは思い出していた。自分が話したことに反応が返ってくる喜びを得た事を、昨日のことの様に覚えていた。



「なあ。えんにおは、どーすればいいんだ? おまえたち、ころしたくなくなった。でもなにがいいのか、おれ、わからないんだぞ」

「そうか。ならまずは、グレゴリーにも話を聞きに行こう。その上で、俺達と、グレゴリーたちのどちらが正しいのかを決めてみるといい」

「そうだね。どっちか一方の言葉だけで、決めちゃうのはよくないもんね」

「そう……か? ん、そうだ、ぐれごりの、はなしも、きいてみる」



 グレゴリーは領主息子と一緒に行動しているのだから、領主の居住区画にいる可能性は高い。

 さらに自分がどういう連中の元にいたのかを、目の前で白日の下に晒すことができれば、エンニオは自分でちゃんといいと思う方を決められるはず。

 そう思って竜郎は、今度は鉄の鎖のネックレスを即席で造り、呪魔法と生魔法を光魔法で強化した、鎮静化の効果を付与してエンニオの首にかけた。

 それをまたプレゼントと言ってはしゃぐので、今度は本当のプレゼントを買ってやろうと二人は思った。

 ちなみに、今度の物は前のとは比べ物にならないくらい強力で、呪魔法の魔力が切れるまでは効果が持続する。

 これで、ずっと竜郎がそばにいて魔法をかけ続ける必要はなくなった。



『愛衣、エンニオを解放するが、もしもの時のことを考えて、一応警戒していてくれ』

『解ってるよ。エンニオの急な攻撃に対処できるのは、今のところ私だけみたいだしね』



 そうして念の為、愛衣に警戒してもらいつつ、水の粘着液を解き、ワイヤーも外し、巻きつけた鞭もしまった。

 すると今度は暴れることなく、エンニオが立っていた。



「それじゃあ、行くか」

「ぐれごりのとこか?」

「ああ、でも先に俺たちの要件を済まさせてもらうけどな」

「ん? んんん?」

「要は、ちょっと待っててねって事」

「そうか、いまは、なんかきぶんがいい。ちょっとくらいなら、まてそうだ」



 そうして竜郎たちはカルディナに乗り、エンニオにはワイヤーでカルディナと繋いでぶら下がってもらう。

 最初は二人はボードにして、エンニオをカルディナの背にとも思ったのだが、カルディナが二人以外を乗せることに嫌がったので、そういう形になった。

 エンニオをそんな状態にするのは気になる所であるが、今はちゃんと人の話も聞いてくれる落ち着いた状態になっているので、ダメもとで頼んでみると、逆に面白がってくれた。

 そうして目視できる距離に未だいる大蛇の亜竜ヨルン目指して、三人と一匹で向かうのであった。

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