第103話 領主の所へ
結果から言うと、《竜力回復速度上昇》というスキルを二体は見事習得して見せた。
それも竜種という才能の塊の様な性質も持ち合わせているので、かなり短時間で《竜力回復速度上昇 Lv.5》まで上がっていった。
なおその際、未だ竜種の特殊性を理解していない二人は、うちの子は天才かも知れないと、親馬鹿を盛大に発揮させていたというのは割愛させてもらう。
そうして二人はカルディナとジャンヌの成長を見守りつつ、自分達もいざという時に備えながら時間は過ぎ、翌々日の夕食を取っていた時だった。
なんともうこの邸宅の主、レジナルド・マクダモットが帰還したという知らせが舞い込んできたのだ。
それを知らせに来たメイドに礼を告げながら、二人は急いでギリアン達の待つ場所へと連れて行ってもらう。
『随分早いね。伝書鳥?とか言うのを放ってから二日くらいしか経ってないよね?
片道二日はかかるとか言ってた気がするけど』
『馬車でって言ってたから、他にも何か移動手段が有るのかもな。──っと、ここか』
この約二日間で通った記憶のない場所を、メイドの後ろを早足で追いかけながら行った先には、この大邸宅ともいえる建物に住まう家長の部屋にふさわしい、一際大きな扉があった。
その扉の脇には警備統括長の老騎士ネヴィルと、その副官らしきローブを羽織った女性がいた。
「お待ちしていました。レジナルド様は既に中でお待ちでございます。どうぞ中へ」
「はい」「はーい」
竜郎達にそう言うと、ネヴィルが直々に扉を開けて二人を通してくれた。
そして開け放った先には、大きく立派な執務机の椅子に腰かけた、やたらと筋肉隆々で顎髭を生やした男がいた。
『え? まさかあのボディービルダー界の重鎮みたいなおじさんが、ギリアンだでぃなの?』
『そのギリアンだでぃは、恐ろしいくらい似合ってないから止めてくれ……』
念話でそんな事を話していると、ギリアンだでぃことレジナルド・マクダモットが席を立ってこちらにやって来て、手を差し出してきた。
「私がこの家の家長をしている、レジナルド・マクダモットだよ」
「竜郎・波佐見です」
「愛衣・八敷です」
竜郎、愛衣の順番で交代しながらお互い握手を交わすと、体格に似あわない爽やかな笑顔で応じてくれた。
「今回は、うちの息子が世話になったようで、私からも礼をいうよ」
「いえ、こちらにも利があったからやったことですので御気になさらず」
「そうかい、ならこの話は一度おいておくとして早速本題に移らせて貰おうかな」
「はい」
そこで爽やかな笑顔から一点、真面目な顔に変わると部屋の隅に居たギリアンとサルマンも交えて、改めて詳しい状況説明をしていく。
その時にイヤルキの話が出た所で、竜郎は《アイテムボックス》から遺体の入った箱を取り出した。
「この中に、リャダス領主家の家宝を身に纏った盗賊の頭目の遺体があるんだね」
「はい。装備品の真贋は解りかねますけど、その男が今回の騒ぎの中核の一人であることは間違いないはずです」
「そうか。では、さっそく拝見させてもらおうかな。
私はその装備品のメンテナンスに携わったこともあるから、真贋判定はしっかりとできるからね」
そう言いながらレジナルドは、その野太い腕で紙をめくる様に土を固めて作った箱の蓋を持ち上げて隣に置いた。
そうして暫く鎧の状態や、マントの柄や色などをじっくりと舐め回す様に見定めていく。
そんな時間が五分ほど続いた後、ようやくレジナルドはその顔を上げた。
「これは間違いなく、リャダス・ブルーイット家の家宝に相違ないね。
君たちはもう知ってしまっているから話すけど、実は一度領主邸の宝物庫に何者かが侵入して盗まれたらしいんだよね、この鎧一式が」
「じゃあ、息子が盗んだものではないと?」
「いやあ、実は内部の犯行っぽかったらしいんだよね。
しかも宝物庫を開ける鍵は特別製でね、領主一族に連なるものの血を持ったものでないと、ちゃんと開けられないんだよ。
それ以外の方法で中に入るには扉を壊さなくちゃいけない。けれど壊れていなかった。という事は?」
「内部の犯行ね!」
「そうだね。その線が有力だ」
愛衣が名探偵になりきりながら、ドヤ顔で言ったセリフにレジナルドの頬が緩んだ。
「しかし、それならあえて扉を壊して置いた方が、外部犯っぽくて良かったのでは?
それでは自分を疑ってくれと言っているようなものでしょう?」
「リャダス・ブルーイットの血が必要だと知っていれば、いくらアレだと謗られるご子息殿でもそうしていただろうけど、その事実を知っているのは代々の領主になった者のみらしいよ?」
「……そんな情報をまず僕らに漏らしたのも気になりますが、その前に何故あなたがその事を知っているのですか?」
「商人は情報が命。でもその情報源を教えるのは命取りだよ」
「つまりは秘密だよって事ね」
竜郎は、愛衣の言葉にニコリと笑ってお茶を濁すレジナルドの姿に、第一戦で働く商人の凄みを感じた。
と言っても、実は領主と酒飲み友達でもあるレジナルドは、酔った際に領主がつい漏らした情報をずっと覚えていたというのが真相であるのだが。
「では、それはいいとして、現在領主邸に出入りするものの中で開けられる人物は何人ですか?」
「そうだね。まずは現領主ブレンダン・リャダス・ブルーイット殿。次に三女のロランス嬢、そして末の長男バートラム殿。この三名だね、他のお嬢様方は皆嫁に出ているから」
「領主は盗む必要が無いから除外するとして、三女と末の長男だけが犯人の可能性があるという事ですね」
「そうだね。でも私はロランス嬢は領主殿と同じく外してもいいと思っている。
何故ならあの聡い御嬢さんが、そんな事をする必要がない。
黙って待っていれば、その装備一式は彼女の物になると内定しているのだから」
次の領主がほぼ確定しているのは、ロランス本人も知っているらしい。
となると、確かにわざわざ事を荒立ててまで盗みを犯す必要はない。
そうなると犯行が可能なのは息子バートラムだけである。
「けど、そこまで解ってるのなら捕まえちゃえばいいんじゃないの?」
「ん~そのあたりは、領主殿に直々に話してみるといいよ。
そんなことは領主殿自身、解っているだろうしね」
「そうします。では本題ですが、これは今の話の証拠になりえるでしょうか?」
「ん~これだけでは弱いけれど、もうすぐ──っと来た来た」
そこで扉をノックする音が聞こえ、話が寸断された。
それをレジナルドは待ちわびていた様で、すぐに入る様に言いつけた。
するとそこから、ネヴィルが何か紙の資料を片手にレジナルドの下に歩み寄っていった。
「やはり、レジナルド様の読み通りでしたぞ」
「そうか、そうか。ご苦労だったね。」
「いえ、私の部下が奔走してくれたのと、マクダモット家の情報網があればこそです」
謙遜を加えながら紙の資料を全て渡し終えると、竜郎達に会釈してから、再びネヴィルは退席した。
その資料をぱらぱらと捲りながら、ざっと目を通したレジナルドは、顔を上げて何かと気になっている様子の竜郎達にも、それを見せてくれた。
「これは、イヤルキの事が書かれた資料ですね」
「ホントだ。似顔絵に……うわっ、あいつこんなことまでしてたんだ……。
よく捕まらなかったもんだよ」
その資料にはイヤルキの経歴と、かかわったとされる犯罪歴が記されていた。
それによれば、裏の世界では本人が言っていた通り、かなりの有名人だったらしい。
「この死体が、ただの名も知られぬ死体でないという裏も取れた事だし、そろそろいこうか」
「行くと言うとやはり」
「ああ、領主殿の元へね。でなければ、急いで帰ってきた意味がない」
「そんなにホイホイ会えるものなの?」
「既に連絡はしてあるよ」
「いつの間に……」
「商人は先が読めないと、やってはいけないよ。タツロウ君」
そうして竜郎、愛衣、レジナルド、ギリアン、サルマンの五人に加え、護衛にネヴィルとあのローブを纏った女性の二名を加えた団体で向かう事となった。
勿論その二名はレジナルドとギリアンの護衛なので、竜郎達は基本自分で警戒してくれとのこと。むしろ余裕があれば、助けてくれとまで言われている。
人数が増えるほどに道中も目立つ上に、中途半端に愛衣との連携を崩される方が面倒なので、こちらとしても望むところである。
そうして死体は竜郎が《アイテムボックス》にしまってから一斉に退室する。
「ところで、レジナルドさん」
「なんだい、アイ君?」
「レジナルドさんは、どうやってこの短い間に、ここまで帰ってこれたの?」
「ああ、そのことかい? マリッカ・シュルヤニエミという子を知っているかい?」
「聞いた事あった様な……たつろー?」
一秒考えた末に、諦めて竜郎に助けを求めてきた。
竜郎もあやふやだが、聞いた事のあるその名前の人物を記憶の中からサルベージする。
すると、つい最近耳にした事を思いだした。
「確か、次の町長選の候補者でしたよね。ロランスさんが推してるとかなんとか」
「ああ、そういえばあの男がペラペラとそんなこと言ってたねえ」
「そうだね、そっちもほぼ確定みたいだよ。
それで、あちらにそのマリッカさんがいたもんだから、頼んでここまで連れてきてもらったんだよ?」
「ん? どうやって?」
「あれ? そこは結構有名なんだけど、名前を知ってるのに知らないのかい?
彼女もまた件の盗賊の一味と言われているグレゴリー氏と同じ、テイマーなんだよ。
そして彼女は亜竜を一体従えているからね、その背に乗ってここまで飛んできたんだよ。
いやー、それにしてもテイマーと言うのは本当に良いクラスだね。
あの子の魔物を見るたびに、私もそっち関連のスキルが有ればと思ってしまうよ」
「へー」
レジナルドがなんのクラスに属しているのかは知らないが、確かに魔物を従える事が出来れば、運搬の面ではかなり有利になるだろう。
亜竜と言うものがなにかは竜郎たちは知らないが、人を乗せて飛べる魔物が一体いるだけで交通の便は比較にならないのだから。
そんな事を話しながら、七名は屋敷の庭に向かって歩いて行く。
「それで、どうやって領主邸まで行くんですか?」
「うん、庭に出れば解るよ。この人数なら大丈夫だろう」
その言葉に二人は首を傾げながら付いていくと、その答えを直ぐに理解した。
「あれが亜竜か」
「おっ、察しがいいねタツロウ君」
広い庭には、八メートル程の緑の大蛇に小さな羽がちょこんと生えた魔物と、百五十センチ程で、薄緑の髪色に上に少し尖った耳、さらに背中からは小さな可愛らしい羽が生えた少女と言った風体の人物が立っていた。
その人物こそがここまでレジナルドを最短時間で運んでくれた、妖精種族のマリッカ・シュルヤニエミと、その相棒、亜竜のヨルンである。
「準備はいいかしら、レジナルドさん」
「ああ、七名ほどだが大丈夫かな?」
「うちのヨルンはとっても力持ちだから、そのくらいへっちゃらですよ」
「それなら、何よりだよ」
ここにいるレジナルドとマリッカを抜いた六名はこれに乗るのかと言う視線を、一斉に亜竜のヨルンに向けたのだった。