第101話 カルディナの成長
大まかな経緯を話し終えると老騎士ネヴィルは苦い顔をして、当てにしているギリアンの父、レジナルドは現在リャダス領内にはいないと口にした。
どうやら、ここから一番近い隣領リューシテンに属する町、テルゲニで商談をしている最中らしい。
「父が自らテルゲニに出向いて商談? テルゲニには、叔父がいるのに何故わざわざ」
「なんでも領主様から内密に頼まれごとをしたとかで。それ以上は私に聞く権利はございませんので、解りかねます」
「なんと間の悪い……。すいません、タツロウさん、アイさん」
この話が本当なら、約束通りにギリアンに会えたとしても、その父親に会えていなかった可能性もあったのだ。
捕まったうえに、助けられ、その上以前約束していた事すら満足に果たせない自分に恥ずかしくなり、ギリアンは深く頭を下げた。
しかし今必要なのは謝罪ではなく行動だ。なので竜郎は、すぐに頭を上げて貰った。
「謝るのは後です。できる限り早く事を進めないと状況は悪くなる一方ですよ。
すでに向こうは動き出していると考えてもいいでしょうし」
「そうなんですよね。ネヴィル、一番早く飛べる伝書鳥を使って至急父に連絡を」
「承りました、坊ちゃん」
ギリアンはすぐに伝書鳥を飛ばして貰うよう命じ、それに頷いたネヴィルはそばにいた部下に命じて用意を急がせた。
テルゲニはトーファスよりも近く、馬車でも片道二日かからない程度らしいので、伝書鳥がちゃんと届けば遅くとも五日以内には帰ってこられるとのこと。
『五日後か……絶妙に微妙な日程だな。もうギリアンさんを連れて逃げたことはバレているだろうし、向こうが先にリャダスにたどり着けるかもしれない』
『そうなってくると、いよいよどんな手段に出るか解んないね』
『だな。イヤルキの右腕で実質盗賊たちの副頭領のグレゴリーに、ここの町長ジョエル・ウイッカム。ついでにただの旗頭の領主の馬鹿息子、名前は…………忘れたが、そいつらが内部から盗賊達を侵入させ父や姉を殺害、他に誰もいないからと息子が強引に世襲。
なんて最悪のシナリオもあり得るぞ』
『それだけは避けないとね』
遅くても五日なので、実際はもっと早く着く可能性の方が高い。
けれど、最悪の事態は想定しておく必要はある。今すぐにでも動いておきたい。
だが、まだ領主に会う手筈も整えていないうちから、派手に動いて逆に刺激してしまうなんてこともあり得る。
そうなると隠れる場所も必要になってくる。
「五日となると、僕らやサルマンはどうしましょうかね。外をうろつくわけにはいけませんし。
それにギリアンさんも今外に出るわけにはいきませんよね?」
「ですね。町長派の衛兵も少なからずいるでしょうし、そいつらに見られたら殺されてしまいます。
なのでこの家で父が帰って来るまで、皆で籠城するのが一番だと思います。
ここにいる者達は信頼できますから」
「しかし、まずあなたがいなくなったと解った時に調べるのはここですよね。大丈夫ですか?」
「ええ、ここの警備は周りの家よりもかなり厳重ですし、ネヴィルの部隊の実力は盗賊に負けるような軟な者達ではありません」
確かに地面からの侵入を拒めなかったのはセキュリティが甘いんじゃないかとも思ったが、それでもこの邸宅の地下に入った時から土の種類が変わり、上に上るほど土魔法の魔力が通りにくくなっていたので、竜郎の様に常に魔力を大量に回復する手段がなければ魔法で土を掘っての侵入は難しい。
その上、竜郎達が地上に上がってすぐに駆けつける探査能力も、サルマン以上の解魔法の使い手がネヴィルの部隊内にいると見て間違いない。
それらを考えれば例え場所が特定されていても探りにくく、侵入し辛いこの場所は町でも屈指の安全性を持っているのかもしれない。
『私は、ここに逗留するのもいいと思うよ?』
『そうだな。俺も賛成だ。一先ず信用できそうな人たちは、ここにいる人らだけだしな』
そうして二人もここに立て籠る事にし、連座でサルマンもここに居座る事となった。
「では、すぐに部屋を用意させます。サルマンさんは別部屋として、お二人の部屋割り──」
「「一緒で」」
「ははっ。やはり、仲が良くて羨ましい限りです。
それに比べて私は……仕事仕事の毎日で、妻はおろか彼女すら─────」
二人の仲睦まじい姿に変なスイッチが入ったギリアンは、地面の一点を見つめて何やらブツブツと語っていた。
それを見ていたサルマンは、慰めるように肩を叩き意気投合しだした。
「あの、それで僕らは何処に居れば?」
「そうだ、そうだ! サルマンも解ってくれるか!」
「わわわ解る、解るぞギリアン! わ、私たちはモテないわけじゃない!
きょきょきょ境遇が悪かっただけなんだ!」
「「…………だめだこりゃ」」
その姿に竜郎は元の世界でしきりに愛衣との仲をひやかし、その上部活が忙しいせいで彼女がいないだけと言い張っていた友人が頭に浮かんできた。
あの友人がここに居れば、きっとこの二人と仲良くなっていたのだろうと懐かしんでいると、ため息を吐いたネヴィルが代わって案内をすると申し出てくれた。
そうしてネヴィルに促されるままに庭から改めて見回してもかなりの豪邸に入り、広い一室に通された。
「これより、ここを好きにお使いください」
「ありがとうございます」
「食事などもメイドに言えば用意してもらえるよう手配しておきますので、ごゆるりと寛いでください」
「それじゃあ、さっそくご飯を貰ってもいい? お腹ペコペコで……」
「解りました。すぐに手配いたしましょう」
それだけ言って、ネヴィルは立ち去ろうと後ろを向いたが、再び竜郎達に向き直った。
「何か他にありました?」
「いえ。一言、言うのを忘れていました」
「忘れてたって、いったい何のこと?」
「私が、このような事を言うのは差し出がましいことではございますが、坊ちゃんを救って下さり、本当にありがとうございました」
綺麗なお辞儀を見せ礼を述べてきたネヴィルに、竜郎は逆に恐縮しながら思ったままを口にした。
「僕らは、そうするのが一番都合がいいと思ったからしただけで、ギリアンさんを助けたくて助けようとしたわけではありません。
なので、その分をきっちりと行動で返して貰えれば、こちらも助かるんですから。礼など不要です」
「……そうですか。しかし、ここに一人の老人が感謝していた。それだけは、心に止めておいてください」
「解りました」「うん」
「では、本当にこれで。食事は直ぐに、飛び切りの物をご用意いたしましょう」
「やったあ!」
「こら、はしたないぞ」
「ぶう……」
「ぶーじゃありません」
ネヴィルはそんな二人のやり取りを後ろに聞きながら、かすかに微笑を浮かべ去っていった。
それから本当にすぐ豪勢な料理が運ばれてきて、二人は着替える前に食事をとった。
見た目通りの味に舌鼓をうったあとは、二人で土埃の着いた服を着替え、普段着になった。
「さて、どうしよっか」
「余り良い状況じゃないが時間があるみたいだし、そろそろSPを使ってスキルレベルのアップ。カルディナとジャンヌのレベル10の魔力体制作の二本立てでいきたいと思ってる」
「レベル10っていうと、システムがインストールされるんだよね」
「ああ、それに〈伝達〉を一々使わなくても、言葉が完全に解るくらい賢くなるはずだ」
「今でも、なんとなく意味は解ってそうだけどね」
「確かにな」
すでに色んな感情を見せ、自分の意思で行動する事が出来る二体は確実に伝えたい事の概要は理解できているはずだ。
そんなカルディナとジャンヌの新たな成長に期待しつつも、まずはスキルの取得である。
竜郎は目を瞑って腕を組みながら少し考え、これから起こりうる可能性も加味しながら必要そうなものをピックアップしていく。
「呪魔法と生魔法があれば、もしエンニオと戦闘になることがあっても、鎮静化で何とかなるかもしれない」
「うん、それはいいかも。あの子を傷つけるのは抵抗あるもん」
「だな。後の候補は、やっぱりカルディナ達には、できるだけ体に合った魔法を身に着けさせたいから解と風の魔法も取っておきたいな」
「それ全部だと、そうとうSPがかかりそうだね。それぞれ、どれくらい上げるつもりなの?」
その言葉に、竜郎はシステムを起動して今のSPで取れる組み合わせを試行錯誤していく。
「ん~。やっぱり、九個目の属性の呪魔法はエグイ程消費するな。
だけど魔法抵抗さえ押しのけられれば、かなり有用な魔法でもあるし……。よし、決めた」
「なになに?」
「今の俺のSPは(243)だから生をLv.3、解と風をLv.9、呪をLv.4で、消費SP計(231)でいこう」
「てことは、生、解、風を一レベルずつに、呪魔法を三レベルあげるって事だね。
解か風を10にして、修めシリーズでさらなる強化! ってのも良さそうだけど」
「それも考えたんだが、どうせなら同時に魔法も10レベルにしてあげたいじゃないか」
「お姉ちゃんのカルディナちゃんを先にするか、妹のジャンヌちゃんを先にするか……。
確かに姉妹で優劣はよくないね」
「だろ」
教育方針も一致したところでSPを消費して先に言った通りにスキルのレベルを上げていき、残りのSPは(12)となった。
そうして大本命のカルディナとジャンヌに、システムインストールの段階に移っていく。
まずは愛衣に背中側から抱きついてもらい、称号を発動させたうえで竜魔力を生成し、その魔力でスキル化した光と闇の混合魔法、システムが《陰陽玉》と名付けたスキルを発動する。
「すごいな……。スキル化したおかげで魔力を与えるだけで、ほとんど自動でシステムがやってくれる」
「ほんと、いつも時間かけてるのにもう光と闇の球が出来てる」
「時短の上に、むしろ俺が全部を制御してやるより綺麗にできてる気すらして悔しいくらいだな」
「私には、違いが判らないけどなあ」
感覚的なものであって外見は大きさくらいしか変わりがない為、愛衣は何が違うのか解らずに首を傾げていた。
それに竜郎も客観的に見ただけでは解らないかと、大雑把に説明を切り上げて、早速カルディナを呼び出した。
もう既に何度もやっている事なので、カルディナは竜郎の手の先にある巨大な球に向かって飛び込んでいき、レベル10の身体に換装、魔法も《解魔法 Lv.9》、《土魔法 Lv.7》の因子を取り込み、こちらもバージョンアップした。
「そう言えば、ジャンヌには新しい属性はつけてあげないの?」
「そっちは考え中。一回つけると消すことは出来るけど、複数属性持ちのペナルティはそのままらしいから、ちゃんと合ったものを選ばないと」
「そういうことね。カルディナちゃんはどう?」
「カルディナは、まだ球の状態だな」
そうして二人が見つめていると、やがてその姿を変えていった。
「「ちょっ」」
「ピユィー」
そこに現れたのは、今までのカルディナの姿とは違う物だった。
まず色は綺麗な青色になり、大きさは羽を広げていない状態でも二.五メートルという巨体に変わった。
そして体の表面には竜の鱗の様なもので覆われ、その大きな翼は羽の一枚一枚が鋼鉄の様に硬く、羽先を掠めれば切断されそうな程だった。
さらに、小さくちょこんと生えた程度だった前足は何でも切り裂けそうな、鋭い爪でしっかりと地面を掴み、後ろ足に至っては鳥ではなく大型のネコ科動物のような太い足に変わり、四足歩行も可能な感じに変化していた。
「なんか、随分と変わったね」
「今回は余裕があったから、竜力をめいっぱいつぎ込んだからだろうな」
「なんだろ…。こういうフォルムの生き物を、ゲームで見たことがある気がする」
「たぶん、グリフォンだと思う。竜の鱗みたいなのとか硬そうな翼とかはちょっと違うけど、フォルムはまんまだろ」
「あー、それかー」
幻想世界の生物であるグリフォンそっくりなフォルムで、そこから溢れる威厳がすさまじく、二人は圧巻とそれを眺めていると、カルディナが一声鳴いた。
それに何かとカルディナの顔をみると、一歩後ろに下がってから、また姿を変え始めた。
「おお、今度は只の魔力だけの場合の身体か」
「こっちはすっきりしてるね、普段はこっちでいて貰った方がいいかもね」
それに頷きながら竜郎が見れば、そこには大きさは一メートル程で、シュッとした体の鷲の形体になったカルディナがいた。
レベル5の身体の時と大差ない大きさだったが、その身から溢れる力強さはその比ではなく、芸術品ともいえる優美さは、機能美を追及した先にある形態と言えるだろう。
そして知性を持った瞳はどうでしょうと、竜郎達に問いかけているかのようだった。
「綺麗になったな、カルディナ」
「うん、素敵だよ!」
「ピューイ!」
まるで親に褒められた子供の様に、カルディナは喜び部屋中を器用に飛び回ったのだった。