第100話 リャダスへ再び
あの後、竜郎達は邸宅の庭には出ずに、そのまま風魔法で空気を循環させつつ、町の外にまで続く長いトンネルを掘り進んでいった。
そうして人気のない場所にまで辿り着くと、穴を埋め直してからボードを出し、そこに硬度を高めたワイヤーの先の片方を繋げ、もう片方を即席で造った鉄椅子に繋げて、商人のギリアンを座らせてから、落ちないように別のワイヤーで固定していく。
「……一体、これから何をする気なんです?」
「ええ、少し先を急ぎたいと思いましてね」
「答えになっていないのですが……。ええいっ、商人は度胸!」
「その意気だよ!」
ギリアンはこれから何をされるのかと不安ではあったが、ここまで来たら何でも来い! と、受け入れた。
そして竜郎たちはいつも通りボードに乗ると、ギリアンに舌を噛まない為に口を閉じるように指示を出し、一気に飛び上がった。
「ぶほたさRじゃいhrじゃ@pほrjh」
「お、も、いーーーーー」
「頑張れたつろー!」
何も聞かされていないギリアンは、何が起こったのかもわからずに、急激に上に引っ張られる感覚を初めて味わい、すでに失神寸前だった。
そして竜郎は竜郎で、予想以上の重さによってガリガリ削られていく魔力に、なんとか落とさないように必死になって風魔法を操った。
その際あまりに辛かったので、《アイテムボックス》から鉄のインゴットを取り出して、ボードの面積を広げて巨大マンタの様な形にして浮力を高めて、なんとかギリギリ耐えられるくらいにはなった。
そうして多少余裕が出来たので、カルディナの探査魔法を借りて、ワイヤーで繋がれた椅子に座っているギリアンの状態を確かめた。
「ぶくぶくぶく……」
「ああ、泡吹いてる」
「大丈夫なの?」
「命に別状はないみたいだし大丈夫だろ。下手に意識があるより、安全だし」
ギリアンには悪いが、泡で窒息しないようにだけ気を付けながら先を急ぐ。
しかし急激な魔力消費に耐えきれず、途中何度か不時着して休憩を挟みつつ、サルマンの隠れている場所に向かっていった。
朝を過ぎ、曇が少しかかった空から日の光がこぼれていた。
昨夜、称号の効果でもある疲労回復と、自前の生魔法で寝ずに移動と休憩を繰り返し、サルマンを収容している地下部屋の直ぐ近くに不時着した。
夜通しの重労働に息を切らせながら、ギリアンを固定していたワイヤーを外して、草の上に寝かせた。
そして竜郎も愛衣に膝を貸してもらい、休憩を挟みつつ、ギリアンが目覚めるのを待った。
「ん……ん? ここは……」
「あー、目が覚めましたか?」
「………なんというか、あなた方は、いつもくっ付いている気がしますね」
「仲良しですから」
「お熱いことで」
ギリアンは寝起きがいい方なのか、安全な場所に着いたのだろうと状況を察して、冷静に二人と言葉を交わした。
それから現状、どういう経緯でギリアンを助けるに至ったのか、イヤルキを殺した事も含めて説明していった。
「それは……本当なら、かなり不味い状況になっていますね」
「ですので、一刻も早く領主に話をさせてほしいんですが」
「ですね、盗賊側の頭目がやられたともなれば、無茶な行動に出るかもしれませんし。
それに、その家宝を今もちゃんと持っているのですよね?」
「ええ。死体ごとなるべく触らないように、《アイテムボックス》にしまっています」
「それを今見せて頂くことは、可能ですか?
父なら領主の家宝かどうかまで解るでしょうが、私でもそれに足る品物かどうかくらいは解りますから」
「いいですよ」
竜郎も盗賊の言葉をそのまま信じるよりも信用できると、遺体をしまっている箱ごとギリアンの前に取り出した。
そしてギリアンは、箱を開けて検分しだした。
その間手持無沙汰になってしまうので、いい加減サルマンをだしてあげることにする。
一言ギリアンに断ってから、二人はサルマンのいる地下部屋の入り口に向かった。
竜郎は土魔法で閉じた入り口を開けて中に向かってサルマンに呼びかけると、返事があったので、忘れ物が無いよう出てくるように言った。
「こ、これ、余った竜の肉だ。は、初めて食べたが、すごく美味かった!」
「それはどうも。お前の情報のおかげで捕らわれていた人は、無事解放できた」
竜郎は余った肉を受けとり、《アイテムボックス》にしまいながら、今回の成果をサルマンに伝えた。
「そうか。ここ、これで俺が嘘をついていなかったと、しょ証明できたな」
「そだね。で、これから領主に会いにリャダスに行くから付いてきてね」
「そんな事をしたら、捕まってしまうじゃないか!」
「つっても、強制的にやらされてたんだろ?
今回の事も含めて俺達からもちゃんと事情を説明して、最悪の結果にならないようにしてやるから」
竜郎のその言葉に頭を抱え、しばらくうんうん唸りながら考えた後、しぶしぶ了承してくれた。
「ま、まあ、罪を償って綺麗な身になるのもいいか。私だって、れれれ練習だとか言われて、名も知らぬ人をななな、何度も殺させられたんだから」
「…………ってことは、《同族殺し》って称号もあったりするのか?」
二人でイヤルキを殺し、竜郎など何十人と殺したのにもかかわらず、《同族殺し》の称号を得ることは無かった。
それが不気味で、時間差で来るんじゃないかとまで疑っているくらいだったので、ここで探りを入れておこうと竜郎はそう問いかけた。
すると、サルマンはただでさえギョロッとした大きな目を見開いて、全力で否定してきた。
「そそそそそそんなものっ、わわ私が持っているわけないじゃないか!
なんなら、君たちにすすすステータスを晒しても構わない!
だ、だから、それだけは信じてくれ!」
「……すごい剣幕だけど、《同族殺し》って称号ってそんなに不味いの?」
「な、何を言っているんだ? あああれは、殺人行為に快楽をホンの一欠けらでも懐いた奴が得る称号だろ?
はは、犯罪者の代名詞みたいなものじゃないか!
わわわわわ私は、そんな感情を一度も感じたことは断じて無い!!」
『そういう絡繰りか』「解った、解った。ちゃんと信じるから、落ち着いてくれ」
『じゃあ持ってる奴って、マジでやばい奴じゃん』「疑って、ごめんね」
息を切らしながら、まくし立ててきたサルマンを二人で宥めつつ、称号の取得条件に感情まで関係している事にも驚きながら、自分たちにそんな不名誉な称号が付くことは無いのだと安心した。
それからサルマンを前に立たせて、ギリアンのいるところまで歩いて行くと、ギリアンが死体を前に興奮しながら装備品の数々に見入っていた。
「うひょおおおおおおおおお!? これは─────むほほっ」
「なあ、あいつは捕まっている間におかしくなったのか?」
「いや……そんなはずはない……はず……」
「目が逝っちゃってるね」
三人がドン引きしながら冷たい視線を送っていると、やっとそれに気が付いたギリアンが、冷静さを装いながら咳ばらいをした。
「この装備品、確かにリャダス領の領主が家宝にするのも頷ける品の数々でしたぞ。
それに領主家の家紋もしっかりと施されていますし、間違いはないでしょう」
「はあ。じゃあそのまま持って行っても良さそうですね」
「はい、問題ないでしょうね。それで、ここからはどうやって町に戻るのですか?」
「うーん。行けるところまではうちの子に頼んで、それからあとは、また地下活動ですかね」
その言葉に、愛衣が嫌そうな顔をした。
「また、モグラごっこかあ。狭い所って、息苦しいんだよね」
「そう言わずに、我慢してくれ」
「というか、あんなに魔力を放出し続けてよく平然としていられるな。ハッキリ言って異常だ」
「まあ、気にすんな」
とくに説明してあげるほどの関係でもないので、サルマンの言葉にドライに返すと、竜郎はサルマンとギリアンに少しの間ここにいるように指示して、見えないところまで愛衣と一緒に来るとジャンヌと犀車を出した。
そして犀車の天板の上には、再びカルディナの席を外してお客さん用席と、梯子を設けてジャンヌに車を繋いで待っている二人の方にやって来た。
「それじゃあ、上に乗ってくれ」
「その引いている生き物は、この前の子とは別の子ですか?」
「ううん、一緒だよ」
「それにしては、随分とフォルムが凶悪に……」
「可愛いでしょ?」
サルマンはすでに何も言わずに上に昇りだし、ギリアンもこれ以上聞いても無駄だと諦め、しぶしぶ犀車の梯子に手をかけ乗り込んだ。
しっかりと席に座った事を確認すると、上空を飛び回ってずっと警戒していてくれたカルディナに下りてきてもらい、二人の膝の上に寝かせると、出発の合図をジャンヌに送った。
そうして犀車は動きだし、カルディナと竜郎の探査魔法で入念に探りながら、時に回り道になっても、誰にも遭遇しない舗装されていない道を選んで慎重に進んでいった。
そんな道ばかりを通ってきた結果、半日も有れば着くはずの距離を、ほぼ丸一日使い、次の日の昼過ぎにようやくリャダスの近くにまでやってこれた。
近くまで来ると、一番人目に付かなさそうな場所を見つけ出し、そこに犀車を止めた。
「ここから地下に潜るから、降りてきてくれ!」
「はい」「わかった!」
「いよいよ、敵の本拠地に到着ね」
「本拠地は今のところトーファスで、ここには諸悪の根源がいるってだけだけどな」
そんな言葉を交わしながら、竜郎は愛衣と手を繋いでいない方に持った杖に魔力を通して、自分たちが通れる程度のトンネルを掘っていく。
そして出来たトンネルにサルマンとギリアンを先に行かせ、その間にジャンヌと犀車をしまってから二人で後を追った。
「こっちでいいんですか?」
「はい、私の家は比較的富裕層の集う場所にありますので、その方角で間違いないです」
「さすが、領主御用達の商家だけはあるね!」
「私ではなく、全て父や祖父の力ですがね」
地上の位置をマップ機能やギリアンに聞いたりしつつ、細かく現在地と照らし合わせていく。
そんな道のりを竜郎は、定期的に風魔法で換気をしながら進んでいき、おそらくギリアンの実家、マクダモット邸の庭の下と思われる場所にたどり着いた。
「それにしても、こんなに簡単に衛兵の目を掻い潜ってうちの屋敷に入れるとなると、今後はもっと警戒する様に言っておいた方がいいですな」
「そ、その必要は、ないんじゃないか?」
「といいますと?」
「そそその辺の奴じゃ、とてもじゃないが魔力がもたない。
わ、私がもし土魔法の使い手で穴を掘ろうと思っても、途中で魔力切れを起こして立ち往生が関の山。
それに中途半端な奴がやったら、くくく崩れるかもしれない。
あんたは商人だから解んないかもしれないが、こ、この壁面もしっかりと補強しながら造られてる」
「やはりそれは、異常だと」
「そ、そうだな。これだけできるなら、わざわざ、ああ穴なんか掘らなくてもいいレベルだからな。
わわ我々がいなければ、こんな事もしていないだろう」
そんな風にサルマンとギリアンが小さな声で雑談しているうちに、マクダモット邸の庭へと続く道を竜郎が作り上げた。
「おーい。早く来なよー。置いてっちゃうよーー!」
「おっと、ここまでしてくれているんだ。私達は私達の仕事をこなしましょう」
「そそ、そうだな」
そうして斜め上に上がる、滑らない様にわざと凸凹にした傾斜を上っていき、蓋の様に覆っていた芝生をギリアンの了承を得て焼き払うと、魔法ではない天然の光が目に突き刺さってきた。
それに目を細めながら、ギリアン、サルマン、竜郎、愛衣の順で庭に出ていくと、屋敷内部からがたがたと慌ただしい音と共に、鎧を着た兵士たちが五人駆け込んできた。
「何者だ! ───って、坊ちゃん!?」
「「「坊ちゃん?」」」
「ええ……まあ………。いい加減、その呼び方は止めてくれと言っているだろ、ネヴィル」
「何をおっしゃいますか。私からしたら、いつまでも坊ちゃんでございますよ。
それで、坊ちゃん。そちらの方々は?」
「こちらは───」
そうしてギリアンは顔を真っ赤にしながら、この屋敷の警護を統括している、ネヴィルと呼ばれた老騎士の男に経緯を軽く話して、父レジナルド・マクダモットへの面会を求めたのだった。