第一話・『ギルマスは強迫する物』
自分でも更新くっそ遅いなとか思ってます、はい。だって深夜のノリで作ったような作品ですしお寿司(でも設定は割と固まっているという)。さーて完結まで何年かかるのかなぁ(死んだ目)。いつになるかなぁ(遠い目)。
フランティーア・エスベリカ・フィンディルノヴァ。それが我に助けを求めて此処まで馳せ参じて来た小娘の名前だった。本人曰く『魔王の末裔』らしいが、真偽は不確か。しかし今ここで魔王の子孫かどうかははっきり言ってどうでもいい。問題はこの小娘がどれだけ我にとって価値があるかどうかだ。
まず見た目だが…………正直に言えば竜の感性で人型種族の外見の美醜を量るのは、いささか筋違いではないだろうかとは思う。それを踏まえて言えば、綺麗だろう。
そのフードに隠された美麗な金髪は、本物の黄金の様に輝かしく焚き火から発せられる光を反射して輝いている。肌は雪のように白く、撫でられればきっと最高級の羊毛の様に柔らかいだろうと思わせるほど。体のバランスも悪くなく、胸が少々控えめな点を除けば『完璧』と言っても差し支えない。
しかし魔族特有の濁ったような赤色。魔に殉じる者の証。――――それが透き通った紅色なのはどういう事だろうか。魔族が持つ黒い羽や角が変わりないというのに。
正直気にはなるが今はそんなに重要なことではない。
我は人間の体へと戻り、この迷宮を出るためにコツコツと敗れた衣服を修復している。流石に数百倍以上の体躯を誇る竜が人間の服を着れるわけなく、竜と変化した際にそのまま千切れ飛んでしまったのだ。今後は気を付けないといけない。
どうにか服を修復し、今現在こんがり焼き上がった『暗黒侯爵蝙蝠』の塩焼きを熱心に食べているフランティーアを横目で見る。
何日もまともな物を食していないのか、その目には涙が浮かんでいた。魔族という身故に、街にも入れなかったのだ。魔物を食すにも正しい手順ができなければ栄養価も味もガタ落ちする代物。しかもその正しい手順とやらは熟練した者でなければ知りもしない物。生まれてまだ十数年しか過ごしていないであろう小娘が知っているわけがない。つまり最近まで味も影響も悲惨な物しか食してこなかったという事だ。
それならば今食べている正しい手順で解体され調理された『暗黒侯爵蝙蝠』の塩風味焼きは極上の霜降り肉にも勝る味と感じているはずだ。
実際アレの舌や脳味噌はかなりの珍味。栄養価も抜群なので食料としての価値は極上と言える。
「はむ、まふ! はふはふ!」
「落ち着いて食え。喉を詰まらせて窒息死したいか?」
「むごぐぐぐぐ」
「言った傍からか……ほれ」
石でできた水筒を投げ渡すと、フランティーアはごくごくと中身を飲み干す。
確かに今までの経緯を見ればこんな様子も仕方ないといえるが……本当に『魔王の末裔』なのか少々疑わしくなってきた。
「……っぷは、す、すいません魔竜様」
「わかっておる。不味い食事ばかりで、その焼き物が美味くて美味くて仕方なかったのだろう。良い、許す。だから落ち着いて食え」
「は、はい!」
まぁ、餌にがっつく小動物だと思えば可愛げがあるので特段問題は無いが。
「それでフランティーア」
「ふ、フランで、いいです……その、呼びにくいでしょうし」
「ではフラン、我は五百年間自分の住処を離れたことが無い。故に、外の世界の事については疎い。知恵を貸せ」
「わ、私なんかでよければ、喜んで!」
「フラン、お前は此処から出たら何をすべきだと思う? どんなものでもよい、言ってみよ」
まずは今後の行動について意見を貰わなくてはならない。外の世界の情報をほとんど持っていない我が下手に言ってもまともなことは言えないだろうし、先に行ってしまえば確実にフランが遠慮する。だからフランに先に意見を述べさせるのが良いだろうと判断した。
結果的に勇者一行を皆殺しにするのは確定事項だが。これだけは天地が引っ繰り返ろうが変わらない。
「まずは、最寄りの王国である『エルシャルテ』に向かうのが良いと思われます」
「どんな国だ、そこは」
「かつて魔法を倒し、世界に平穏を齎したとされる勇者たちの一人。聖女ラティアが頂点として成り立っている『エルシャルテ聖王国』。端的に申せば宗教王国です。全ての者が聖女を崇拝し、その聖女が王として全てを管理する王国。治癒魔法が突出して発達している国であり――――魔族への迫害が最も厳しい国です」
「…………聖女ラティア、か」
恐らくあの口数が少なかった精霊術師の事だろう。成程確かに美しい美貌だ。聖女として祀り上げられるのもうなずける。――――だが我にとっては憎い憎い復讐対象に過ぎない。あの顔を思い出す、我の中から怒りがこみ上げてくる。
しかしその当人は此処には居ない。無為に激怒の感情を漏らすことも無いと、我は心を落ち着かせる。
「しかしそれではお前はその国に入れないのではないか?」
「……そうです。なので私は、裏から情報収取などをするつもりです」
悲し気にフランはそう呟く。
つまり彼女は表立って行動できない以上、裏から我を補佐すると言っているのだ。
その言葉に少しだけイラつきを感じた。フランではない、聖王国とやらにだ。
……そう言えば、容姿を変える魔法を習得していたような気がする。
確か、名前は――――
「――――《形状変化》」
そう唱えると、フランの持つ黒い羽や角が消えてしまった。
あまりにもあっけない変化に、フラン自身が何が起こったのかさっぱりわからないような顔をしている。
「…………え? え?」
「姿を変える魔法だ。我が意図して解くか、最上級の解呪魔法でなければ解けん」
「ど、どうし、て」
「単純に気に入らんのだよ。迫害に甘んじる貴様も、その迫害をする聖王国も。だからこうした。それだけだ」
そう言うと、フランが震えだす。
ふふふ、とうとう我の凄さを思い知り恐怖したか。そうだ、我こそは――――
「う、うわぁぁぁぁぁぁあああああぁぁああああん!!!」
「ぁぼぶっ!?」
爆発するような勢いで我の腹にフランが飛びついてきた。いきなりすぎて防御もままならず、そのまま押し倒されてしまう。何だ、何故我は押し倒された。
そう思いながらフランを見ると――――泣いていた。
嗚咽を殺しながら涙で我の腹を濡らしていたのだ。
……まだ幼い身で迫害に合えば、泣きたくもなるだろう。悩みの種であった見た目が改善されたことにより、感情の鷹が外れてしまったという事か。
「ううっ、ひっぐ、ひっ……………!」
正直言ってなんで竜である我がこんなことしなければならんのかと愚痴を垂れたい。
しかし貴重な情報源であり協力者だ。見す見す不機嫌にさせるメリットが皆無な以上、そんな無駄な真似をするべきではあるまい。面倒だが、慰める程度はしよう。
軽く頭と背中をさすると、効果があるのかないのかさらに泣き出す始末。
我にどうしろと。
結局、フランが無き止むまで三十分もの時間を要するのであった。
「す、すいませんでした。いきなり、抱き付いたりして…………その」
こいつは我を保護者か何かと勘違いしているのではないかと思う。
これでも竜だぞ。人間の肉体でも竜に級に抱き付くバカがいるか。あ、いた。ではなくて、とにかくフランの奇行は気にしない方向で行こう。たぶんそういう性格なのだろう。害が無い以上、特に気にすることもない。
「気にしていない。とにかくさっさとここを出るぞ。その姿ならば人目についても問題あるまいよ」
「ほ、本当に、大丈夫でしょうか」
「嫌なら来なくていいぞ」
「い、行きます! 行きますから置いて行かないで!」
まずはこの迷宮を脱出することが先決だ。ここから出られなければ何も始まらないだろう。
直した服を試着し、問題ないと判断して洞穴から出る。相変わらず臭い空間だが、それも今日でおさらばだ。
我は部分的に竜化をし、竜の翼を背中に生やす。すると服が捲りあがって、跳ぶには十分そうな大きさの翼が表に出る。試しに動かしてみると、そこまで問題はなさそうだった。
「ええと……私は魔竜様に掴まればいいのでしょうか」
「いや、我が抱え上げる」
「へ?」
そう言って、我はフランを脇に抱えた。
お姫様抱っこ? 両手が使えないというデメリットがあるのになぜしなければならん。非効率的だ。何があるかわからない以上片手を空けている方がいいだろう。
我のその、ろまん? というやつが欠片もないやり方をされて、フランは少し不服そうだった。
何故だ。こっちの方が何があっても対応しやすいというのに。
「…………魔竜様は女の子の気持ちを分かっていません」
「我は一応雄なのだがな」
「……そうですか」
何か可笑しなことを言ったのだろうか。フランはあきらめたようにうなだれた。
うぅむ、女子の気持ちは全くわからん。
しかし今考えてもしょうがないことだろう。我は翼を広げて暗い上空へと飛び上がる。技能により暗闇でもはっきり見えるため、特に恐怖は無い。しかしフランは全方位がほぼ真っ暗に見えているため恐怖を感じたのか、プルプルと震えている。
「………………はぁ」
変に新部られても困るので、我はフランを持ち替える。
要望通りの御姫様抱っこというやつだ。
「え、あ、あの」
「不安ならば我を掴んでいろ。全く」
「は、はいっ」
嬉しそうにフランは我に抱き付いた。窮屈だが、悪い気はしない。
そのまま我は数十秒ほど飛び続け、大空間の天井までたどり着く。途中崖のような場所を見かけてフランがビクッと震えたが、我を見てすぐに安心したように顔を崩していた。何なんだこいつは。
どうやら、この場所は第五階層に位置するらしい。空間把握でこの大迷宮が百層あるのは知っていたが、それらすべてを吹っ飛ばしていきなり最下層から五層目とは、どれだけ深かったのだあの場所は。
「ふむ…………わざわざ迷宮を進むのも面倒だ。――――ぶち抜くか」
「…………あ、あの、今何と」
フランの疑問は受け付けず、両手が使えないので無詠唱で《崩壊光子》を発動。円柱状に物質を問答無用で崩壊させる光線を放つ。
着弾した天井はものの見事に円形に抉り取られ、鋭利な刃物にでも切り取られたかのような切断面が奥の奥まで広がっていた。かすかに光が見えることから、恐らく地表まで貫通しただろう。
「やはり無詠唱だとこれは堪えるな……」
「え? え? な、え?」
流石にこの一撃で魔力を三割も削ってしまったのは想定外だ。手を使わず無詠唱で、射程特化の《崩壊光子》の行使はキツイ。おかげで穴は直径二メートル程度に抑えられてしまった。
通り道を作るだけなら、十分だろうが。
「い、今のは一体……」
「超越魔法・《崩壊光子》。物質を粒子、砂よりずっと小さいぐらいにバラバラにする光線を放つ魔法だ。ただし必要な魔力が半端ではない。我でも三回使用するのが限界だ」
「………………」
超越魔法。現存する魔法を超えた魔法。膨大な魔力を使い、自然現象では決して起こりえない現象を起こす。天変地異など小手調べ。大陸創造や星の移動、空間超越や次元破壊までなんでもござれの魔境の域。魔法に特化した我であってもこんな序の口程度の代物が精一杯なのだから、その凄まじさはわかるだろう。
例え勇者であってもまず発動は不可能。よほどの特異体質か突然変異でもなければ個人で扱うのは無理。
その突然変異とやらが今の我なのだが。
「もうすぐ外です!」
「ああ」
フランに気を使い、ゆっくりと穴を上がっていく。
憧れていない、と言えば嘘になる。
ずっと見たかった外の世界。我自身の眼で見ることがかなわないと諦めていた光景。
何時でも出れたはずなのに、五百年もこんな洞窟の中で籠っていた自分が馬鹿馬鹿しいとは何度も思った。しかし今はそんなことどうでもいい。
ついに我は――――青い空を見た。
「………………………ぁあ、は、は」
涼しい空気が生身に触れる。清らかな空気が鼻や口から肺を満たす。
空から降り注ぐ日差しはこの身を照らして身体を火照らせ、暗い世界を一瞬にして晴れやかにしてくれる。
全てが未知。全てが初。
これが我の見たかったもの。感じたかったもの。
素晴らしい。
何もかもが我に取って輝かしい物であった。広がる青い空、白い綿ようなもの、地表に広がる緑の芝生、生い茂る森林――――なんと美しきかな。
歓喜。
それが底なしに溢れてくる。
「…………泣いているんですか?」
「うれし涙だ、気にするな」
思わず涙が出てしまうほどであった。
しかしいつまでも感傷に浸っている場合ではない。周囲に誰もいないことを確認し、近くにあった大迷宮の入り口に我々は降りた。巨大な洞窟が地下へと続くその様は、まるで大地を飲み込もうとする巨大な魔物だ。初めて見たが、こうしてみると中々恐ろしい物がある。
しかしそれも今日でおさらば。晴れて我が身は自由。楽しい楽しい復讐の旅が始まるのだ。
これが喜ばずにいられるか。
「感謝するぞ、天然の魔境よ」
我をここまで育ててくれたのはこの大迷宮だ。いわば親と言っても過言ではない。
つまり自立するという奴だ。五百年も自宅に引きこもっていた子供が凱旋する様を見られるのだ。きっと喜んでいるだろう。我が居なくなったことで魔力濃度が下がり、魔物達が幾らか弱体化するだろう。しかし知ったことじゃあない。
我は自由だ。
ならば自由気ままに事を進めよう。気に入らないことを無視しよう。
それが要約得られた我の権利なのだから。
「いくぞフラン。我々の旅の一歩目だ」
「はい、魔竜様」
復讐の旅が今始まる。
―――――――
我々はまず最寄りの町であるアルバの町とやらに向かうことにした。
第一目標である『エルシャルテ聖王国』はかなり遠くにあるらしく、馬車で十日ほどかかるらしい。それならば竜化して我が直々に赴こうかと思ったが、目立ちすぎるしまだ準備も何も終わっていない状態で襲っても返り討ちに遭う可能性が高い。
ならば少し時間を置いてじっくり準備をした方が良いだろうというのがフランの意見であった。
今すぐにでも聖女とやらをぶっ殺したいのだが我慢した。勝ち目があるかどうかわからない以上、情報の収集は怠らない。それは納得できるし理解できる。
それに――――ただ殺すだけでは、詰まらんだろう。
しかし問題が一つある。
町の入り口には間違いなく門番がある。フランが言うには自分の種族や生まれ年、職業などがかかれた身分証を提示しなければ入れないらしいのだ。一応金を払って入ることも可能らしい。だが、残念ながら我々の手持ちは多いとは言えないし、大事な資金だ。無駄に使うわけにはいかない。
幸い身分証の発行自体は簡単にできるらしいが、問題はいくつか。
それは、
「…………名前が無い」
そう、我には名前が無い。
どちらかという必要なかったから付けなかったと言えば正しいか。あの大迷宮で自分の名前が役に立つだろうか。名前を呼び合う奴もいないのに無意味なものを持つほどあの大迷宮は優しい環境ではない。
だが身分証の発光には名前が必要になる。
なので今すぐ我に名前を付けなければなるまい。
「魔竜様の名前、ですか。では伝説の大魔王の名前出るサタンと――――」
「却下だ。魔族排斥の動きが強い現代で、伝説の大魔王を自称する馬鹿が何処に居る」
フランに期待するのは駄目だ。
なので自分で付けることにした。何がいいだろうか。乞った名前か、それとも無難に行こうか。
「うぅ~む。名前かぁ…………」
「黒ですし、『ネロ』とかどうです?」
「…………随分と安直だな」
確か異国語で黒を『ネロ』と言うらしいが、少々まんま過ぎないか? まぁ無難だが。
なんか名前などで一々悩む自分が馬鹿らしくなってきたので、フランの提案である『ネロ』を名乗ることにする。特におかしくもなければヘンテコでもない普通の名前だ。
「ではこれから我のことはネロと呼ぶがよい」
「はい、ネロ様!」
「……その様付けも人前では控えろ。怪しまれるぞ」
「わかりました、ネロ!」
フランのテンションが先程から異様に高い。
角や羽などが消えて迫害される心配がないからだろうが、何というか、うっとおしい。
しかし我慢だ。心を制御する事こそが大事だ。こんなことで心を一々動かされていては復讐もままなるまいと、我は受け入れた。
びちゃ。
我の素足が何かを踏む。
「ん?」
我が踏みつけた何かを見ると――――スライムであった。
雑魚中の雑魚。子供でも倒せる最弱の魔物と名高いやつである。ただし大迷宮では『ディアボロスアメーバ』というこのスライムの亜種が猛威を振るっていたが。
「きゅぅぅ~~…………」
踏みつけたスライムは苦しそうに鳴き声を上げる。口何処だよ。
はっきり言って無視してもよいが、かといって殺しても得にはならない。
無意味な死。
それが嫌で、我は死にかけのスライムに『ヒール』と唱えた。
下級の治癒魔法だが、我の手にかかればそこらの一般魔導士の『ハイヒール』の数十倍の効力だ。
死にかけだったスライムはみるみるその体を増やしていき、やがてその体積を二倍にまで増やして元気そうにフニャフニャと動き回る。
「きゅ! きゅ!」
だからどこから声を出しているんだよ。
スライムははしゃぎ回った末、我の肩に乗る。大きさとしては少々大きめの猫程度なので重くもなんともないが、ヌルヌルする。めっちゃ水気ある。スライムなので当然だろうが。
「懐いちゃったみたいですね」
「みたいだな」
確かに雑魚モンスターであれば使役は簡単だ。それを使った調教師という職業があるのは知っている。しかし我は魔術師。こんなスライムを使役するなど――――
「きゅ~」
ムニムニとスライムが我の顔を撫でまわす。
ひんやりして気持ちいい。
……愛玩ペットとしてなら、いいかもしれない。
そう思って我はスライムに触れて、契約の契りをする呪文を唱える。
「《我、汝の主と成る。汝、我の従者と成る。この契約、何処までも続く。この誓いある限り》」
「きゅー」
青い光が手から溢れ、スライムが一瞬だけ震える。
すると、スライムと魔力の『経路』が生成された。これでこのスライムを自分の意思でどこからでも召喚できる。
微笑しながらスライムを撫でると、スライムは嬉しそうに震える。
意外とカワイイ。
「わぁ……わ、私も撫でていいですか!」
「だと、スラ吉。どうする」
スラ吉。このスライムの名前だ。どうだ、良い名だろう。
「きゅいきゅい」
「良いとさ」
「あ、ありがとうございます!」
魔力の『経路』で繋がっているので、スラ吉の考えていることがなんとなくわかる。最低限の意思疎通を可能にするための処置だろう。
フランが目を輝かせながらスラ吉を撫でる。するとフランは幸せそうな顔で涎を垂らし始めた。
何をしているんだこいつは。
と、そんなことをしながら我らは町の門前まで来る。特に混んでいるわけでもなかったので早めに入れそうだ。スラ吉は見られると面倒なので服の中に隠しておく。後流石に靴は履くべきだろうと思い、そこらの槌で適当に靴を錬成して装備した。
門前にはやはり門番と思わしき兵士が立っており、こちらを真っ直ぐ見ていた。
傍から見れば怪しい子供とフードを深く被っている子供の二人組だ。
怪しい。我が見ても怪しい。
「止まれ。身分証を見せろ」
残念ながら持っていない。なので素直に発行を依頼する。
「我……ではなく、僕たちは遠くの田舎村から来ました。初めての旅なので、身分証は持っていないです」
流石にいつもの喋り方では更に怪しまれるので、何とか口調を取り繕いながら会話をする。
我の弁解を聞いて門番は疑わしい視線を俺たちに向け、腰にぶら下げた道具袋から小さな金属板を取り出した。見たことも無い道具だ。
「これは?」
「本当に田舎から来たんだな……。これは判別版と言って、触れた奴が何の種族か判別する道具だ。青なら入ってもいい種族、赤なら――――魔族だ」
「種族を判別……何故?」
「魔族が街に入り込んで来たら、大変だろ」
「ああ」
確かにそれは大変だ。なので相手の種族の判別は重要なのだろう。金があれば賄賂を握らせたが、流石に今の手持ちでそれは難しいだろう。ならば、色々やってみるしかないか。
フランが不安そうな目で我を見てくる。
我は「安心しろ」とフランにしか聞こえない音量で呟き、判別版に触れる。
すると判別版は青く光る。
「青だな。よし、では次」
我はフランを見る。
手が震えていた。しかし俺を見て、覚悟を決めたように判別版に触れる。
一瞬だけ赤に光りそうだった判別版に向けて、我は素早く魔法を使う。
「《虚偽情報》」
即座に赤い光は消えて青に光る判別版。それを見て門番の兵士は「青、問題無し」と呟いて判別版を袋にしまった。当のフランと言えば何が起こったのかさっぱりわからないといった風に狼狽えている。
「一体、どうして」
「何も言うな。黙っていればそれでいい」
「ま、まさか魔法で」
「…………」
「す、すいません」
ネタ晴らしをすれば、我は判別版に触れその仕組みを解析していた。そしてそれをごまかすための魔法を組み立てて使った。それだけだ。単純だろう。凡百の馬鹿がやろうとすれば三日はかかるだろうが。
我等は門番に案内され、門の近くにある建物に連れていかれた。
そして小さな金属板を渡される。フランはビクッと警戒していたが、我が素直に受け取って何もないのを見ると渋々と言った様子で受け取る。
「ほとんどの町で使われている身分証だ。王都には入れないが、大体の町には入れるだろうな」
「ありがとうございます」
「仕事だ、礼を言う必要は無い。では、もう町に入っていいぞ」
「はい。では」
フランの手を引っ張ってさっさと街の中に入る。
これで第一関門は突破した。かなり危険な山場であったが、無事斬り抜けられたことでホッとした。もしばれたら即座に兵士を殺害してトンズラする予定であったが、実行されなくてよかった。
さて、これからどうする。路銀を稼ぎたいのでどこか適当に稼げる場所があればいいが。
カジノの類は却下だぞ。
「それなら冒険者ギルドに行った方がいいと思います」
「冒険者?」
あまり聞きなれない言葉が出て来る。
「はい。他人から出された依頼を熟すことでお金を稼ぐ職業、と聞いております」
「…………依頼、か」
正直、一発で大金を稼げるとは思っていない。しかし短期間である程度のお金は稼ぎたい。
そうなるとかなり条件の厳しい仕事につかなければならない。しかしフランの言うには難易度の高い依頼を熟せばそれに見合った報酬を得られるという話だ。
つまり成功すれば大金持ち、失敗すれば死というリスクを背負えば大金を稼げる。
迷う暇は無かった。
「よし。なら早速赴こう」
「え? は、早くないですか?」
「時間がもったいない。さっさとお金を稼ぐぞ」
「は、はいぃ~!」
フランの手を引っ張って冒険者ギルドとやらに向かう。
幸い目立つ建物だったので迷うという事は無かった。しかしどうも我を変な視線で見ているやらかが多い気がする。見た目的にはそんなに問題は無いだろうに。
周囲の視線を無視しながら、我らは冒険者ギルドの中に入る。
軽く見渡すだけで多種多様な奴らがいた。爽やかな青年もいれば露出の多い女性もいるし、顔に傷のある山賊染みた奴もいる。
だがおかしいかな。ほぼ全員がこちらを見ていた。
何だろうか、嫌な予感がする。
ひそひそと何かを言っている奴が居たので、少しだけ盗み聞きしてみる。
「……おいおい、黒髪黒目の子供だぞ。ありゃ村を追放された口だな」
「黒は不吉の象徴だからな。あーあ、可哀想に」
同情されているのか。我は。
額に青筋を浮かべながらそんな声を無視して、我らはギルドの受付へと向かう。
しかし途中で厳つい男がこちらの道をふさいだ。
思わずイラッときた。
「おうおう坊や。ここか君の来るような場所じゃないんだ。道に迷ったんなら俺が案内してやろうか?」
その声でいくつかの嘲笑が巻き起こる。
一瞬殺意が湧いたが、我慢だ。ここで荒事を起こすメリットは皆無だ。
「あん? 怖くて何も言えないのかい? 小便漏らしたんならおじちゃんが新しいの買ってやろうか?」
「…………け」
「……あ?」
「どけ虫けら」
男の頬をぶん殴り――――殴られた男は弾けたように真横に吹っ飛んで並べられたテーブルやイスが面白いぐらい簡単に空を舞う。
そのまま男は何回転もしてギルドの壁に突っ込み、粉塵を上げて止まる。
呻き声すらなかった。
訪れる静寂。それを気にもせず我は受付の方へと向かう。
「嘘だろ……Dランクのベアードが一撃で……素手で」
「お、おい! 誰か治癒魔法使える奴いたら手伝え!」
一撃で吹っ飛んだ男が仲間と思わしき奴らに手当てをされていく。
正直興味ないので視線を外し、受付の若い女性を見る。茶髪のホフカット。フランほどではないが容姿は中々整っている。
しかしその顔色は真っ青だった。先程のアレを見れば無理もないが。
「よっ、ようこそ、冒険者ギルドへ……………」
「……………」
「あの、用件は……なん、でしょ…………う、か」
「……………」
「……あ、あの……何か失礼を……」
「……登録を、二人分」
「はっはい! わかりましたっ!」
少し無言になっただけでこの怯えっぷり。不味かったか。やはり我慢すべきだった。
登録のために受付の女性は棚から申請書を出してカウンターに置く。まだ震えていた。
「え、ええと…………な、名前と職業、あと種族を、此処に」
「記入するのか?」
「は、はい……それで、血を此処に垂らして、登録です」
受付の指示通りに我等は申請書を書き出す。割と単純な記入だった。
最後に親指を噛み切って滲み出た血を指定された場所に押し付ける。すると申請書が淡く光、一枚のカードへと変化する。
これで発行完了か。
「紛失した場合はどうなりますか?」
「あ、再発行は銀貨一枚を支払えば可能です。ギルドの方で情報を保管していますので、本人確認を取ればすぐに出せます」
「了解した。ではこのランクというものは何ですか?」
「えっと、EからSまでの六段階評価です。登録したばかりの人はEから始まり、定期的に行われる昇格試験や達成した依頼などによって上がります。受けられる依頼は自分のランクか一つ上のランクと決められているので、受けられる依頼が増えることになります。それとランクが上がれば上がるほど待遇も良くなりますが、Bランクからは高ランク保持者の責務が――――」
「わかった。行くぞフラン」
「え? あ、あの、すいません、ネロ様に悪気はないんです! って、待ってください!」
「……さ、様?」
「様付けはよせといったばかりだろうに……はぁ」
話が長くなりそうなので無理やり話をぶった切り、早速掲示板に向かう。
何か稼ぎの良い依頼は無いものか。
「んー…………一つ上のランクはDだから、っと見つけた」
周りより高額そうな依頼が張ってあった。
何々、『群れからはぐれた土竜の討伐』。報酬は銀貨十五枚か。平民が一日で稼ぐ金銭が銀貨十枚ほどなので、かなりいい報酬額だ。受けるか。
依頼書を掲示板から剥がして受付の方に持っていく。
先程の受付の女性が困惑した顔で出迎えてくれる。
「これを受けたい」
「え、あ、はい」
もう慣れたのか受付の女性は手早く対応してくれた。規則としてギルドカードを見せて、依頼書に名前を書いて手続きを終わらせる。
「失敗すると名前に横線が入れられます。それを見て自分ができるかを判断――――」
「わかりました。ではいってきます」
「…………そろそろ泣いてもいいでしょうか」
「ごめんなさい。ネロ様に悪気は」
「さっさと行くぞフラン。あと様付けはよせと言ったぞ」
「ひっ、すっ、すいません!」
またもや話を無理矢理叩き切って俺はさっさとフランを連れてギルドを出て行く。
多人数から変な視線を向けられるのは中々息苦しかったのだ。長時間居続ける理由などないので無駄に長い話は後でいいだろう。
依頼書を見ると、どうやら町の付近で土竜、身体を土で覆っている竜が森を荒らしているらしい。
土竜は本来山脈地帯に住む習性があるのでこんな平原の多い場所には普通来ないはずだが、群れからはぐれて此処に流れ着いてしまったらしい。
竜といっても土竜はそこまで強くない。火を吐くわけでもなければ鋭い爪を持っているわけでもない。というか竜である我としてはアレを竜と呼ぶにはいささか抵抗がある。身体を固い土で覆い、確かに防御力は高いが、竜としてはお粗末すぎる生物。足は遅いわ頭は悪いわ図体はデカいわ森は食い荒らすわ――――存在価値が実に低い生物。
唯一優れた点でいえば体を覆う土がいい肥料になるのと、頭に生えた角をすりつぶすと優れた栄養強壮剤になることだろうか。竜と言えばその固い牙や鱗だろうに。
文句を言っても土竜が変化するわけでは無いので、早速町を出て我らは土竜を探し始めた。森にすみついていると書いているので近くの森を探索することにする。
探す事十分。
図体がデカいせいで割と直ぐに見つかった。
――――ただし三十匹近い数が居たが。
「…………これがDランクの基準なのか?」
「そ、そうなんじゃないでしょうか……」
確かに脅威ではない。だがそれは『竜と比較すれば』だ。
アレの纏う土の甲殻は並の鉄製武器なら弾かれ、遅いとはいえその突進攻撃を食らえば普通の人間なら肋骨全てが折れるほど。一匹だけなら戦闘に慣れない初心者でも四人で囲えば封殺できるが、流石に三十匹もの土竜を倒すには数十人規模の兵士を用意しなければならない。
そうか。これがDランクの基準か。随分厳しい環境何だな、冒険者とは。確かに数は指定されていない。土竜一匹で銀貨十五枚ももらえると思ったが、そう美味い話は無いという事か。
しかし受けたからには解決すべきだ。
土竜程度ならば素手で十分だろうしな。……十分だよな?
「フラン、土竜は倒せるか?」
「はい。五匹程度なら、一人で何とか」
「わかった。ではお前は五匹倒せ。後は我が倒す。実験ついでにな」
「わかりました!」
フランは元気良く返事をして木の陰に隠れながら土竜の群れに接近。
五、六匹ほどが群れから離れたのを見て、火球を生成。見つからない様にして火球を飛ばし、土竜の顔面を焼いた。
「ゴォォオアアアアアアア!!」
苦し気に顔を焼かれた土竜が悲鳴を上げる。フランは即座に追撃し、開いた口に火球を叩き込む。
中から焼かれた土竜は呼吸困難となり、そのまま気絶。横にズンと大きな音を立てて倒れる。
「ネロ様!」
「わかっている」
離れた群れが異常に気付き始め、叫び声が聞こえてた方向に向かおうとする。
が、我はそれを許さず近くに居た土竜に接近し拳を叩き込む。ひびが入れば上出来か――――など思った。
土竜は我の予想を超え、まるで巨大な鉄球にでもぶつかった様に軽く吹き飛ぶ。吹き飛んだ土竜は仲間の土竜たちを巻き込んで吹き飛ばされ、十数匹の土竜が戦闘不能となってしまった。
「…………う、うむ。調整を間違えたか?」
予想外に強かった。人間の肉体になっていることによるいくつかのスキルに制限がかかってはいるが、どうやら身体能力だけならばそこまで制限は無いらしい。
つまり今の我は竜の身体乗る欲を持った人間というわけだ。
強いわけだ。
土竜も我を恐れて逃げ出す始末。だが逃がす気はない。貴様らには今日の飯の種になってもらう。
我はさっさと残りの土竜も殴って吹き飛ばす。外殻が軽く凹むほどの威力で殴られた土竜は当然死亡。中身がとんでもないことになっているだろうが気にしない。そもそも土竜を倒すには口に火球を突っ込む中から倒すか、強力な衝撃を頭に当てて気絶させるしかないのだ。
そういう意味では直接殴って殺せる我はある意味倒し方が可笑しいのだろう。
戦法を変えるつもりは更々無いが。面倒だし。
「ふー、終わったな」
土竜二十五匹を五分経たずに殲滅し終えた我は、額に浮かんだ汗を拭く。
いい運動だった。
向こうを見ると、フランが奮戦している。土竜は後三匹ほどだ。五分で土竜二匹を一人で倒すとは、中々だろう。あ、また一匹倒した。割とセンスは良い奴なのかもしれない。
しかし後方警戒は足りない。
敵に集中しすぎて背後に居る土竜の接近に気付いていないのだった。ようやく気付き、対応しようとするも、もう遅い。そのまま吹き飛ばされる――――前に我のドラゴンパンチ(ただのパンチ)が炸裂し土竜が吹っ飛ぶ。
「え、ネロ様!? どうして……」
「良いからさっさと倒せ。こっちはもう終わったぞ」
「わかりました!」
フランは言われた通り、火球を連続で土竜にぶつけ悲鳴を上げさせることで開口させた。そこにまた火球を叩き込むことで、最後に残った土竜は敢え無く倒れた。
土竜の群れはたった五分少しで殲滅された。
他人が見ていたら確実に面白い表情で絶句していただろう。
手についた埃をはたいて落としていると、フランが申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。
「……なんだ?」
「申し訳ありません、足を引っ張ってしまい……」
その言葉に、我は目を丸くする。
今更過ぎるほど遅い自覚だ。
「――――馬鹿かお前は。竜である我の脚を引っ張らずにいられると思っていたのか? 増長も甚だしいぞ」
「ご、ごめんなさいぃぃぃ…………」
プルプルと震えるフラン。もう少し釘を刺しておこうかと思ったが、服の中でスラ吉が顔を出して我の頬を突いてくる。どうやら「もう少し大切に扱え」との事だ。
仕方ない。スラ吉に免じてもう少し自重するとしよう。
それよりまず、スラ吉を撫でて指示を出す。
「スラ吉、土竜を体内の魔石を残して吸収しろ。あ、でも一匹だけ持っていくからな」
「きゅ」
命令通りスラ吉は服から出て、土竜の死骸を粘液で溶かして食べ始める。
解体して部位を売りつけるのもいいが、土竜三十体だ。全部解体するには時間がかかるし、何よりも確実に出所を探られて目立ってしまう。ならば土竜一匹だけ討伐の証明として持ち帰れば十分だろう。
あまり目立たず金を稼ぎたいのに目立ってしまえば本末転倒だ。
もう手遅れな気がしなくもないが。
そう追うわけで我は右手にはめている指輪の『ティアマトの宝物神殿』の効果を使い、土竜一体の死骸を異空間に放り込む。あと二十九体ほど死骸があるが、スライムの特性上、時間さえあれば全部処理できるだろう。スライムの消化液は雑魚でも鉄程度ならば簡単に腐り落ちるほど危険なのだから。
「あ、あの、ネロ様」
「フラン。戦闘に置いて背中に気を配るのは基本中の基本だ。背後から奇襲されても文句は言えんぞ」
「あっ、ご、ごめんなさい」
「はぁ……。まぁいいが、次からは気を付けろ。それと、我も少しきつく当たり過ぎたな。謝罪する」
「いえ、私が悪いのですから。いいんです」
「……そうか。では、スラ吉」
色々なことで頭を悩ませながら、とりあえず今はするべきことをするために土竜を一匹消化し終えたスラ吉を呼びかける。
「きゅ?」
「残りの土竜を全て消化し終えたら頃にこっちで召喚する。それと魔石は粉末状に加工しておいてくれ。いいな?」
「きゅっきゅー」
スラ吉の了承を得て、ようやく一息つく。
精神的に疲れた。
しかしまだ一歩目。気を緩めず引き締めていかねば。しかし適度に休憩も必要。そのためには休息できる場所が必要だ。
つまり、宿を取らねば。
――――――
我等がギルドに入ると、なぜか騒がしかった者たちが黙ってしまう。
そして起こる気まずい静寂の場。何故だ。登録初日に喧嘩を売ってきた馬鹿を吹っ飛ばしただけだろうに何故こうも目立ってしまう。喧嘩などこんな世の中良く起こるだろうに。
……よくよく考えてみれば成人していない子供が素手で大の大人を何回転もする勢いで吹っ飛ばしたというのは、中々インパクトのある出来事だとは思うが。せめて外見を偽っているとか、そう言う感じで自己解釈してほしいのだがな。こちらについては割れの見た目を変化させなかったという責任があるが。せめてどこかの狂戦士の様な義手付き大男の姿に変身すればよかったと、後々になって後悔する。
ため息を吐きながら我は受付の方へと行く。
前に会った受付の者が書類整理をしていたが、我を見た途端手に持っていた書類を落とす。
色々やり過ぎたかもしれん。
「依頼を達成した」
「え…………も、もうですか? ぎ、ギルドカードを拝見させてもらっても。あ、フランさんもできれば」
「? ああ」
「……? わかりました」
よくわからないが我とフランはギルドカードを差し出す。
受付の者はそれを受け取るとポケットから眼鏡の様な物を取り出し、それを付けてカードを見る。
何をしているんだと我が見ていると、受付の者が顔をビクつかせていた。
一体何を見たんだ。
「か、確認しました。土竜三十頭の討伐、を」
「は?」
「えっ」
『―――――――――!?』
隠そうとしていたことがいきなり暴露されて素っ頓狂な声が出てしまう。
まさか、ギルドカードに全部記されているという事か? 不味いな。面倒事に巻き込まれたくはないのだが。
さっさと立ち去るためにギルドカードを返してもらい、すぐに報酬を貰おうとすると、つい先程までギルド内の休憩場所で座って、仲間たちと酒を飲んでいた槍使いの男が殺気を隠しもせずに立ち上がる。
こういう輩が居るからさっさと出たいというのに。
「おいガキ、どうやってカードの情報を偽造しやがった?」
「……はぁ?」
「お前なんかが土竜を二十頭も狩れるわけねぇだろ!」
「それはつまり、僕みたいな子供でもギルドカードの情報を書き換えられるって言っているんですか? まぁさかそんなこと言うわけないですよねぇ? それ逝っちゃったらほとんどの人が情報を改竄できてしまうことになるんですけど」
「っ……! 待ってろ、今テメェのステータスを――――閲覧拒否!? 馬鹿な!!」
さっきから何一人でギャーギャー騒いでいるのか。
本気でこの町から出たくなってきた。
「クソッ、レアスキル持っているからって調子に乗ってんな。おい、先輩が社会の厳しさってやつを教えて――――」
「拒否します。受付さん、早く報酬をください」
「えっ!? わ、私、レヴィアって名前が……」
「このままだと僕が面倒事に巻き込まれ――――ああ、クソッ、もう巻き込まれているか」
このまま白を切りたかったが、面倒になって来た。というかアレは無視しても逆上して襲ってくるタイプだ。どのみち一回戦うしかないのだろう。
「へぇ、もうボコボコにされる覚悟が――――」
「――――技能制限解放・【竜王の血縁】」
体から濃密な気迫が散らばっていく。
いわゆる殺気という奴だ。普段は殺気を漏らさない様に抑えているので、殺気を放つというのはあまりやったことが無いので調整し辛いが――――それでも雑魚を黙らせる程度ならば一割程度でも十分だ。
竜王の血縁――――竜の中でも最高格の幻想種の血を受け継ぐ証。
つまりこの世で最も危険な種族の殺意がギルド内部を包んだということになり。ただし、一割程度だが。
それでもレベルが300以下の塵なら動けないし、もう少し殺気を強めれば確実に気絶する。
なかなか便利なスキルだ。忌々しい勇者どもには毛ほども効いていなかったが。
「おい『ガキ』――――人を見た目で判断していると、何時か痛い目に合うぞ?」
そう言ってスキルを切る。これ割と気を張り詰めるので疲れるのだ。
まぁ、この程度ならば後数万回は使えるが。本気の奴はたぶん一日で十回程度しか使えないか。
使う機会も無いと思うが。何せこれ、本気でやるとレベル5000以下の阿保は即死なのだから。
少しだけストレス解消が成功したので、晴れ晴れしい笑顔で振り向くと――――口から白い霊魂らしきものを出して気絶していた受付の姿があった。
幸いその手に硬貨の入っているだろう袋が握られていたので、有り難く受け取る。
「フラン、おいフラン、いくぞ」
「…………へっ!? あっ、ひゃい!」
涙目でプルプルと震えていたフランを揺すぶって正気を取り戻させる。
さっさと止まるための宿を探しに行かねば、日が暮れてしまう。それにそろそろスラ吉の作業も終わっているだろうし、早くやることをやってしまいたいのだ。
その前に、我は槍使いの肩を軽く叩いて、耳元で囁いた。
「他の奴にも言って置け。我……いや、僕に手を出したら快くあの世に送ってやるとね」
我の言葉を聞いた槍使いの顔が、真っ青から白へと変わった。
そして我らはこの場所からさっさと退散を――――
「ちょっと待ったぁ―――――――――――ッ!!」
後ろからそんな声が聞こえたが無視してギルドを出る。
「え、ちょ、ちょっと待ってって! わ、私これでもギルドマスターだよ! ギルマス権限使うよ!?」
「五月蠅い声だな、全く。誰だよこっちはやる事まだまだ残ってるっていうのに邪魔する馬鹿は」
「馬鹿!? わ、私ギルマスだってば! ちょっとひどくないかな!? かな!?」
振り返ると、小柄な短い茶髪の少女がわたわたと手を振ってこちらを見ていた。
しかし纏うのは只ならぬ気迫。十年や二十年で身につくものではない。恐らく妖精の類。そして小柄な部類となるとドワーフかホビット、グラスランナーぐらいか。
しかしドワーフは筋肉質が多いはずなので、恐らく違う。あんな華奢なドワーフはあまりいない。ホビットははっきり言って生まれた場所から離れることはまずないので違うだろう。追放されたとしても大体そこらの魔物に食われるか冒険者などせず雑貨屋でも営んでいる。
つまりグラスランナー。音楽などを使った魔法を得意とする妖精か。寿命は二百年程度で、百歳から老化が始まるので、アレは百歳には届いていないということか。
試しに【千里眼】を使ってアレのステータスを覗いてみる。
【ステータス】
名前:ミレイナ・バーシュライド 年齢:51歳 種族:グラスランナー
HP27800/27800 MP61200/61200
天職:歌術師
レベル:153
筋力:137 敏捷:219 耐久:91 生命力:83 魔力:337 抵抗力:231
習得技能:剣術【LEVELⅢ】・歌魔法【LEVELⅤ】・料理【LEVELⅣ】・解体術・採取技術【LEVELⅡ】・話術・交渉・審議の眼【LEVELⅢ】・先制攻撃・直感・索敵【LEVELⅡ】・魔法無効化【LEVELⅣ】・全属性魔法耐性・鑑定眼【LEVELⅩ】・自己情報隠蔽【LEVELⅣ】
「レベルたったの153……ゴミめ。しかも五十一歳とか妖精基準じゃ成人してもいない。子供かよ」
「え!? な、なんでわかったの? ていうかゴミとか子供とかさっきから言い草が酷いよ!? それに君も同じぐらいじゃないか――――って、ステータスがさっきから覗けない……? どうして……!?」
「それでそのギルドマスターとやらが僕に何の用ですか?」
いい加減宿探しをしたいのだが、そろそろ解放してくれないだろうか。
「ギルドの奥に来てくれないかな? 話がしたい」
「拒否権は」
「ないよ。拒否したら、力づくでも拘束する。……できなさそうだけど」
成程、身の程は知っているらしい。
これ以上面倒事を起こすのも、我にとっては不利益しか生まない以上従うべきだろう。
本能的に「だが断る」と言いたいのだが、我慢だ。
ギルドマスターのミレイナに案内され、フランと一緒にギルド奥の客室へと招かれる。ソファが二つ、テーブルが一つ。調度品はまぁまぁ。貴族などが来ることも想定しているのか清潔度もそれなりだ。
我は適当にそのソファに腰かけ、フランも同じように腰を下ろす。ミレイナはわざわざ茶を入れてこちらに出してきた。香りからして品質は中間程度か。高級品を出されても困るが。
「えーと、まず自己紹介を」
「ミレイナ・バーシュライド。五十一歳。グラスランナー。レベルは153。ステータスは敏捷と魔力に重点を置いている単独拠点制圧型。でいいのか」
「……どうやら一方的に知られてはいるらしいね」
「鑑定眼スキルを持っている。お前と同じ程度だが、雑魚程度なら見抜けぬ物は無い」
「じゃあ、そっちの名前を聞いていいかな」
「ネロだ」
「ふっ、フラン、です」
情報的には完全にこちらが優勢であった。実力的にも、だが。
念のためスキル【千里眼】で周囲を探ってみるが――――勘が当たったようだ。
我はギロリと鋭い眼光でミレイナを睨みつける。
「扉の外に二人、天井裏に一人、床下に三人、窓の外に四人。これが冒険者ギルド流の客の持て成しか?」
「…………どうやらEランクどころかSランク並の実力のようだね、君は」
「そこに待機している間抜け共が数百年鍛え続けても我には届かん。それと我をそちらの基準で測っていては永遠に計測は不可能だぞ?」
「悔しいけど、本当にそうみたいだ。――――わかった。みんな、下がっていいよ」
ミレイナがそう告げると、部屋の外で構えていた者たちが嫌々下がっていく。
彼我の実力差を察する頭程度はあるらしい。
「それで、用件は何だ」
「簡単だよ。君たちがこの町に害をなすかどうか判断したかっただけ」
「成程。それで、結果は?」
「……まだ出ていない。どっちかと言うと、そっちのお嬢さんはともかく君は危険だと思っているけど」
「それで概ね正しいだろうな。だがこの町を潰すつもりはない」
「今の君を信じろと?」
「今は潰さない。必要になれば潰す。それだけだ」
「……………」
ミレイナとしても冗談として処理したいだろう。
しかし我が先程使ってしまった【竜王の血縁】による殺気で、強ち妄言でも虚言でもないという事は嫌でも理解しているはずだ。この町全ての戦力を使っても、我が止められないという事が。
「個人的には、それはやめてほしいんだけど」
「なら精々媚びを売れ。我の機嫌次第でこんな町幾らでも潰せる」
「指名手配しちゃうよ?」
「姿は自由に変えられる。意味はないぞ」
「……本当に規格外だね」
「褒めても何も出さんぞ? ククク……」
半分は冗談だった。我としても無意味に街を潰して周辺国を警戒させたくはない。万が一勇者たちが出張って着たらあの時の二の舞だ。それだけは避けたい。
しかし威嚇せねばこちらが利用されかねない。ならば存分に脅してやろう。そんな魂胆だった。
「条件次第で、この町には手を出さんと約束するが」
「なんだい? できるならば叶えてあげるけど。流石にお金は限られているよ?」
「金ではない。……情報だ」
「情報? どんな」
「勇者」
「ッ」
その一言でミレイナの頬に汗が流れる。
勇者。世界を救いし者。人類最強の生物であり神の使い。
その情報を売れという事は――――聖王国と敵対しろと言っているのと同等。
ミレイナとしては即座に却下したいだろう。
しかしそれは我が許さない。
こいつは使える。権力者ほど使える人形はそうそうない。個人的には一国の王族を後ろ盾にしたいが、それは贅沢という物だろう。
「そ、それは、中々厳しいね」
「言って置くが冗談ではないぞ。勇者についての情報を仕入れ、我に売れ。どこで何をしているか、どんな動きをしているか、人間関係はどうなっているか、どんな能力を持っているか――――全てだ」
「君は……聖王国と敵対するつもりかい?」
「敵対? 違う、違うぞ――――潰すのだよ。この手で直々に。一方的に、絶望を振りまくのだ」
凶悪な笑みを浮かべてそう言うと、ミレイナが軽く震える。直ぐに震えを止めたが無駄無駄。千里眼で見抜けぬ物は無いといったぞ我は。
「もしかして、魔族?」
「違う。正真正銘、この体は人間だ。単純に恨みを持っているだけだ。動機については魔族と大差はない気がするがな。……それで、この条件を呑むか? 今なら貴様の質問に何でも一つ答えてやるぞ? ああ、勿論街には手出しはせんよ。契約は絶対だ」
「け、契約? まさか契約魔法を……?」
「当然だ。最高位の契約魔法。破る事は許さぬ絶対の宣誓。――――破棄することは二度と出来ない代物だ」
ただし、必要となれば後で一方的に踏み倒してくれるがな。
我ながら発想が外道だ。復讐をすると決心した時点で人道もクソも無いが。
「……わかった、条件を呑もう。本当に町に危害は加えないんだね」
「勿論だとも。では契約だ」
我が念じると、何もなかった虚空から一枚の羊皮紙が生み出される。
契約魔法用の羊皮紙だ。またの名を『最高位魔導契約書』。そこにはしっかりと条件が記述されていた。
1.ミレイナ・バーシュライドはどんな手段を使ってでも勇者に関する情報を収集し、それをネロ(仮)へと譲渡する義務が生じる。
2.ネロ(仮)は今後一切『アルバの町』への危害は加えられない。ただし正当防衛の場合は許可する。
3.ミレイナ・バーシュライド及びネロ(仮)は互いへの敵対行為(またはそれに繋がる行為)を永久的に禁ずる。
4.この契約はどちらかが死亡しない限り絶対の物とする。
5.互いの発言の真偽は契約により知られることとなる。
6.互いは第三者による攻撃により不利な状況になった場合、可能な限り協力しなければならない。
7.もし何らかの形で契約を破った場合、魔界より『上級悪魔』が派遣されその魂を贄とされる。
「…………なんか、凄く厳重だね」
「最高位契約だぞ? 当り前だろうが」
協力行動の強制、互いの要求の約束、裏切り防止、死亡した場合の契約の行方、互いの発言の真偽の確認、不利になった場合の後ろ盾、万が一契約を解除されても待っている死。中々濃紺な味の契約だ。
それと最期の条件により召喚される『上級悪魔』のレベルは5000オーバー。ミレイナ程度の奴ならば千人居ても指一本で蹂躙できる魔界のエリートである。
因みに我はそのエリートをワンサイドゲームを繰り広げてボコボコにできるので、一方的に契約の踏み倒しが可能である。
今のところ破るつもりはないが。
「本気なんだよね?」
「本気だ」
「後悔しない?」
「それはお前だろう」
「…………よ、よーし、ギルマス頑張っちゃうぞぉぉ~……?」
完全に声が震えていた。
しかしミレイナは健気にも自前のナイフで指を切り、契約書に自分の血を垂らす。我も指を噛み切って血を同じところに垂らして――――契約成立。
証拠に契約書が青い炎に燃やされ消える。
これで今から互いに傷つけることはできなくなった。
ただしこっちだけ契約踏み倒し可能という不条理の塊みたいな契約だが。
「じゃあ、一つだけ聞かせてくれるかな」
「ああ。質問なら一つだけだぞ」
契約を呑んでくれたのだ。質問の一つや二つ、答えても支障はないだろう。
「君のレベルを教えてくれる? ステータスがなぜか見れないから、実力差は明確にしないと」
「……なんだ、そんなことか。てっきりお前の正体は何だとかそんな質問が飛んでくると思ったのだが」
「それ、今知ったところでどうしようもないでしょ」
「それもそうか。では答えよう。えーと、しばらく見ていなかったから我も忘れてしまったな。ではステータス閲覧、と………。ふむふむ、成程。訳の分からんスキルで制限を超えたか。では答えよう、我のレベルは――――」
我は小さく笑い、何気なく告げた。
「――――――――――――――――――我の眼が確かならば、百万と書いているな」
「は?」
「ぷっ」
ミレイナと茶を飲んでいたフランが凍り付いた。
――――――
【ステータス】
名前:ネロ
HP273000000/273000000 MP372680000/372680000 年齢:514歳 種族:厄災竜
天職:魔術師
レベル1000000
筋力:999999 敏捷:999999 耐久:999999 生命力:999999 魔力:999999 抵抗力:999999
習得技能:格闘【LEVELⅩ】・全種魔法適正・竜の心臓【自己魔力生成・恒常的肉体強化・高速再生】・竜王の血縁【恒常的魔力増幅・行使魔法威力強化・対魔法完全耐性・威嚇効果大幅激減・獲得経験値大幅増加】・竜の肉体【恒常的耐久力強化・高速再生・魔法大耐性・物理大耐性】・魔力操作【LEVELⅩ】・地脈魔力吸収・竜の息吹【LEVELⅩ】・全異常状態耐性【LEVELⅩ】・千里眼【LEVELⅩ】・鍛冶【LEVELⅣ】・第六感・身体強化【LEVELⅩ】・鑑定眼【LEVELⅩ】・薬物調合【LEVELⅤ】・資源採取【LEVELⅦ】・物質錬成【LEVELⅥ】・性質付与【LEVELⅩ】・平行世界の叡智・本質観測・気配感知【LEVELⅩ】・気配遮断【LEVELⅩ】・観測者からの贈り物【全能力値超増幅・スキル効果増幅・限界突破・肉体変化】
【ステータス】
名前:フランティーア・エスベリカ・フィンディルノヴァ 年齢:16歳 種族:公爵悪魔
HP2410/2410 MP5200/5200
天職:魔導剣士
レベル:16
筋力:32 敏捷:55 耐久:19 生命力:23 魔力:96 抵抗力:80
習得技能:四大属性魔法適正・魔力自動回復【LEVELⅣ】・魔王の血縁【危機状況下での身体能力大幅向上・全属性魔法耐性(小)・魔力増加】・魔法待機・剣術【LEVELⅠ】・治癒魔法適正・鑑定眼【LEVELⅡ】・遠見【LEVELⅡ】・危険回避【LEVELⅡ】・気配遮断【LEVELⅠ】・慈愛の心【他者の治癒好意時治癒効果が三割増加】・未熟な精神【一部スキル制限・スキル取得阻害・負の感情増大・全ステータス低下】
――――――
一波乱あってその後、我らは今日泊まる宿を探すためにミレイナに紹介された安宿を探していた。この町のギルドを仕切る者に相応しく、殆どの有用な施設は記憶しているという。ギルドマスターの名は伊達ではないという事か。あれでレベルが999ならば眷属化して『超越』させてやってもよかったのだが、実に口惜しい。
しかしあの我のレベルを告げた瞬間の顔といったら思い出すだけで笑えたが、そこを突くと不機嫌になられるので特に何も言わなかった。アレはアレで優秀なのだから無駄に不興を買う事もないだろう。
そんな事を思っていると、探していた宿を見つけることができた。
その名も『鈴鳴らし停』。二階建ての木造建築の小さな宿屋だ。この町では比較的料金が安く、しかし部屋が中々綺麗らしいと評判だ。追加料金を出せば朝食も付けてくれる。
湯浴みができないのが残念だが、アレは貴族程度しか普及していない贅沢。この町ではせいぜい領主ぐらいしかできないだろう。平民は精々タオルで体を吹く程度だ。
我らは早速宿の中へと入ってみる。特に不備はなく、綺麗に掃除されている。少なくとも臭くはない。
そうやって一階部分を眺めていると、ドタバタと足音が近づいてくる。やがて現れたのは、齢十一か十二程度の女児。エプロンと三角巾を着用し、満面の笑顔で我らを出迎えてくれた。
「いらっしゃいませー! お泊りでしょうか?」
「…………子供?」
ついそんな声が漏れてしまう。子供呼ばわりされたのか不服だったのか、女児は頬を膨らませながら抗議してきた。
「こ、子供なのはそちらも一緒です! これでも私が女将なんですからねー!」
「女将だと? お前が一人で経営しているのか?」
「そうだよ。お母さんが今お婆ちゃんの所に料理の修行に行っているから、一ヶ月は私が女将さん! どう、凄い? ……ああ、お母さん。真っ黒焦げの卵焼きをお父さんに食べさせたばかりに……(ボソッ)」
それ単純に居留守を任されただけなのでは、と野暮なことは言わない。というか一体何があったのだろうか。勘ではかなり悲惨な事件が起こったと思うが。
しかしこれ以上詮索というか深入れすると面倒なので、我はさっさと宿を取ることにした。
「宿泊だ。一日だけ。飯は要らん」
「ほんとに? ほんとにいいの? 私これでも結構料理得意だよ? 今なら銀貨一枚で朝と昼に美味しいごはんが出て来るよ?」
「何か強迫していないかお前」
「気のせいだよ。それで、ホントに要らない?」
「要らん」
「はぁ~。わかった、じゃあ――――はい、これ部屋の鍵。盗まないでよ?」
女将(自称)は我らにふてぶてしい交渉の末、『3』と数字の書かれた部屋の鍵を渡してくれる。
かなりシンプルなつくりであり、我の錬成術でいくらでも量産できそうなほどだ。魔法金属で出来ているならともかく防犯対策はどうなっているのだろうか。
「では失礼する」
「どうぞごゆっくり~」
女将(自称)を後にして我らは二回へと上がり、扉にかかれた数字と鉤の数字が当てはまる扉に鍵を差し入れる。そして回すと、簡単にガチャリと音が鳴る。本当に防犯も何もしていないんだなと半ば呆れ乍ら中に入る。
窓と大きめのベッドが一個ずつ――――それだけの超殺風景な部屋があった。清潔感こそがるが、あまりにも物が少なすぎて一瞬独房かなにかと勘違いしてしまう。どうやら異世界での『宿』という知識が混雑して、少し期待を膨らませ過ぎた様だ。しかし、置物が少ない、というか無いという事はそれだけスペースがあるという事。むしろ好都合だ。
フランが部屋に入ったのを確認して、我は扉の鍵を閉めて施錠魔法を多重発動。これで我とフラン以外の者が扉を開けようとすれば数十もの魔術的障壁により開けることはできなくなる。念のため扉には《強度増加》と《魔法耐性》を付与。これでこの木製の扉は爆弾が爆発しようが破られない。
「フラン、荷物を降ろしていいぞ。もう安全だ」
「は、はいぃ~」
ようやく安置にたどり着けたことにより、先程から口数の少なかったフランがヘロヘロと尻を付く。
幾ら外見をごまかそうが彼女は魔族。いつどこで自分の正体がばれるかもわからない状況に何時間も身を置くのは不安だっただろう。道理でほとんどしゃべらないわけだ。
「お前はベッドにで横になっているがよい。我はやることが山ほどある」
「え? ネロ様、何を」
「――――《眷属召喚》!!」
その一言で床に魔法陣が出現し、発光。
一瞬の現象の後、プルプルと震える青いスライムが魔法陣のあった場所に現れる。
契約した魔物を召喚する初歩中の初歩魔法。初めてやってみたがどうやら成功したらしい。
今まで召喚獣の契りなど交わしたことが無かったからな。どっちかというとやっても非常食にしかならないし、必要な食料が増えるのでやる必要が皆無だったというべきか。
「きゅー!」
「よーしよしよしよし。おかえりスラ吉。頼んでおいた魔石を砕いた――――魔石粉は?」
「きゅきゅっ」
スラ吉はその体の表面から皮の袋を出す。土竜の表皮だ。まさか死骸を自動的に解体処理したのか。
もしかしたらスラ吉はかなり優秀な固体なのかもしれない。これはラッキーだ。スラ吉を一杯撫でて愛でる。
皮の袋に入っていたのは青く煌めく粉だった。魔石粉、魔物から採取した魔石を細かく砕いたそれは、水に溶かせば簡易魔力回復ポーションになったり、儀式用の魔法陣を作る時に必要だったりする物だ。正直魔石その物の価値が高いのでそのまま売れば儲け物なのだろうが――――残念ながらまたの機会というやつだ。
今は金よりも優先すべき案件がある。
我は魔石粉を少し水で濡らし粘土状にすると、それで魔法陣を描き始める。普通に呪文を唱えればいいのでは、と思うだろうが残念これは儀式専門の魔法なのだ。わざわざ面倒な作業をしなければ使えない儀式魔法。一度使ったとき二度とやらんと決めていたのにまさか二度目を行う日が来るとは。
複雑な魔方陣を床に書き終え、我はその陣の上に魔力を流す。紫色の光があふれ、黒い炎が魔法陣に沿って出始めた。しかし熱くはない。厳密に言えばこれは炎ではないのでそりゃ熱くないだろう。
「《呼びかけに応えよ死の商人。その手に持つ宝物を、我が魔の力と引き換えに与えたまえ》」
最後にそう呪文を唱えると、黒い炎が一転に集まって人型を模っていく。
すると炎の『奥』から何かが現れた。
それはシルクハットを被ったタキシード姿の仮面男。如何にも胡散臭そうな男が魔法陣の上に立っていた。
「――――お久しぶりですね、魔竜様。もう二度とお呼びにならないかと思われましたが」
「武器が必要だ。対価は我の血で構わんだろう?」
「それはお買いになる武器次第でございますよ」
「……あの、ネロ様。この人、いやこの悪魔は一体どなたでしょうか?」
流石に何の説明もされていないフランは恐る恐る我に問う。
確かに前もって説明しておいた方が良かったのかもしれない。次からはちゃんと説明してからやろうか。
「魔界の武器商人『コルドー』。強力な魔法効果を持つ武器に関しては右に出る者はいない悪魔だ」
「コルドー……? 聞いたことないです」
「当り前だ。誰が相手だろうが武器を売る奴が恨みを買わないわけないだろう。因みに今の名前は偽名だ。というか……この悪魔は真名は名乗らん」
「商売上、恨みは無数に買いますからねぇ」
恨みを買わない武器商人が居るわけないだろう。
「それで、一体何を求めているので?」
「能力制限の魔剣の類を頼む。魔力増幅系の杖も」
「……ふむ。お客様の事情は詮索しないスタイルですが、竜から人の姿へと変わったことといい、能力制限の魔剣などというゴミを買うことといい…………実に面白いですねあなたは。やはりお得意様として向かい入れたい所存です」
「いいからさっさと持ってこい」
「わかりました。では前払いとして、血を少々」
コルドーが白い手袋に包まれた右手を差し出す。
嫌々と我はその手を握り返し――――一瞬で訪れる倦怠感と焦燥感。そして虚脱感までもがこの身を襲う。
少々だと? 致死量寸前まで持っていかれたのだが。
「き、貴様ッ…………奪いすぎだ馬鹿が!」
「ふふ、失礼。ではサービスとして色々お付けいたしますよ」
仮面を付けていてもわかる不敵な笑みを浮かべたであろうコルドーは、両手を広げて亜空間から商品を出してくる。
禍々しい外見の真っ黒な大剣。豪華な宝石が散りばめられた魔法の杖。注文したのはそれだけのはずだが、その後も怪しげな黒色の軽装一式や豪華な装飾が施されたドレス、それと一見普通のフードに見えて索敵阻害やステータス隠蔽のレアスキルを付与されたフードなど。あのうさん臭い武器商人にしては大盤振る舞いを見せた。
まず湧いたのは喜びでは無く懸念であった。
何せこの悪魔に我らにここまでする義理も道理も無いのだから疑うのは当然だろう。
「……貴様、何を企んでいる」
「いえ、存外あなたの血が美味だったので。私はその対価に見合う物を出したにすぎません」
「本当だろうな?」
「契約の元での取引。悪魔に取って契約の破棄がいかに恐ろしいことか、貴方は十分理解しているでしょう?」
「そうだがな……」
なんせ胡散臭すぎて信用できないのだこいつは。
目の前に仮面を付けた怪しい奴が現れて便利な道具を沢山くれたとして、そいつを信用するだろうか。
我ならば絶対にしないな。
「くれるなら貰うぞ。後悔するなよ」
「フフフ、しませんよ。私も久々に良い取引が出来た。それで他には何か」
「ない。あったとしてももう血が足りない。だから帰れ」
「それでは、しばしの別れ。また用事ができた際にはぜひ遠慮なくお呼びくださいね?」
そう言ってコルドーは黒い炎となって消滅する。
床にかかれた魔法陣も跡形もなく消えていた。痕跡さえ残っていない。
ようやく終わったかと思うと気が抜けて、つい倒れてしまう。貧血のせいで、頭に血が回らん。
「ね、ネロ様! しっかり!」
「きゅ~! きゅきゅ!」
フランとスラ吉が同時に支えてくれる。
無様だ。まさか竜が貧血程度で倒れてしまうとは。
「す、すまん二人とも。今日は寝かせてくれ」
「わかってますとも。苦労為されたのですから、しっかり休んでください」
「助かる」
「きゅー」
スラ吉がむにむにと我の顔を擦る。
錯覚かもしれないが、少しだけ気が楽になった気がした。もしかしたら触れるとHPが自動回復するのかもしれない。スラ吉はもしかしたらユニーク固体、突然変異体なのかもしれない。
まぁ、今はどうでもいいことだが。
少し休もう。
明日から大変なのだから…………。
――――――
【ステータス】
名前:スラ吉 年齢:0歳 種族:ブルースライム(ユニークレア)
HP50/50 MP40/40
天職:魂の宝庫
レベル:14
筋力:5 敏捷:8 耐久:4 生命力:11 魔力:9 抵抗力:3
習得技能:吸収【LEVELⅠ】・消化液【LEVELⅠ】・擬態・道具保管・癒しの感触【粘液に触るとHP自動回復】・生命の貯蔵【吸収した生物の数だけ復活可能・現在ストック/26】・無限吸収・高速学習・竜の眷属【HP自動回復・MP自動回復】・死骸解体【LEVELⅡ】・素材加工【LEVELⅡ】・分裂・身代わり【主人が死亡した場合死を肩代わりできる】
最強の主人公(ただし同じレベルに囲まれると死ぬ)&無限に増やせる残機ボックス(ただし最弱のモンスター)=死なない最強の出来上がり。凶悪だわーマジ凶悪だわー。今なら勇者四人組一方的にぶち殺せる気がするわー。しませんけど。開幕endとかふざけんなよと言われるし。こちとら既に百話ぐらい作れるプロットが脳内に刻まれているだよ(迫真)。言っちゃうと三作品ぐらいの構想が脳内で分割して管理されているという恐怖。妄想癖もここまで来ると狂気の産物なんですね。
……フランさん、ぶっちゃいらなくね?と思ったそこのあなた。間違ってないよ(無慈悲)。ただし魔竜さんが魔族とか関係なく暴れまくって滅茶苦茶にするから、きっと犠牲が二倍ぐらいになるかな。つまり知能担当なんですよキット。智謀とか智将とかそんな感じの(鼻ホジ)。
いや、活躍させますからね? ……機会があれば。