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プロローグ・死と再生と復讐を

開いていた期間に練習用として作成した小説です。理不尽に勇者さんたちにぶっ殺された竜さんが生き返ったので勇者たちをぶっ殺しに行く作品です。大まかに言うとこんな感じです。カオス。


色々修正しました。

 神は不幸な者を助ける。など、宗教家は良く言っている。

 多少差異はあれど大抵の奴はそう言うだろう。神は神を一途に信じた者が不幸になった時、木とその手で救ってくれると。

 見たことも無いのに。

 感じたことも無いのに。

 証拠など一切なく、しかし『救い』という言葉は人々を誘惑する。

 確かに『この世界』では大勢の髪が存在する。木の神、山の神、火の神、水の神等等々。そう言った、一度は神聖視された『現象』に神という認識が現れ、自我を持ち、人々に名前を作られていく。

 要するに『神』という物は知的生命体の共通認識から発生する一種の思い込みだ。

 その結果実際に『神』は現れた。

 それで、何をした・・・・

 人々が生んだ神は都合よく自分たちを救ってくれる理想像を空しくも塗り固めた空っぽの人形に過ぎない。だがその人形に自我が生まれた。それは当然生み出した知的生命体の思い込みの通り――――否、正確には大まかに『要求』を応えながら独自の意思を持った。

 生み出された神は人間を敬う。故に『救わない』。――――なぜかって?

 当り前だろう。

 神に人間を助ける義務も契約も道理もどこにもありはしない・・・・・・・・・・。ただ生まれ、観察し、現象を人格化しただけの存在。

 それが神だ。

 ――――だが何時の時代も例外は現れる。

 例えば、どこかの神が。小さな宗教で祭られている神が『我が儘』で人々を操り、それに対して喜びを感じ始めたら?

 例えば、どこかの神が。多くの人々にその理想像を押し付けられ、それに健気にも応えようとした神が管理社会を築き始めたら?

 答えは簡単だ。神もまた意思を持つ以上――――予定通りなどという言葉は存在しない。いつでもどこでも『例外トラブル』という物は発生する。

 ……話が長くなった。

 要するに馬鹿な神二柱ほどが勝手に暴走して地上は一度更地になった。人間の九割は死滅してあら大変。共通認識が薄れ神々は自我を保てなくなる寸前。流石にそれは神とて困るだろう。自分の消失などとてもとても耐えられるものではない。

 だから創った。

 神は人間以外の知的生命体を自分勝手に設計デザインし、設定セットし、創造クリエイトした。もう生きることに必死だったのだろう。結果できたのは失敗作まものたち。数少ない完成品は無事繁栄を遂げることはできたが、大量に売れ残った廃棄品は勝手に動き出し、暴れて地上を荒らし始める。人々から奪い、殺し、貪り食らい怪物たちは地上を跋扈する。

 それに対抗して人間たちは自分たち以外の種族――――ドラゴン妖精フェアリー獣人ワービースト精霊スピリット。他にも色々いたけど、それらの種族で地上の魔物達の八割以上を撃滅した。だが彼らの損害もまた甚大であり、それを補うためには時間が必要だ。しかし時間が経つと魔物達はまた一気に膨れて彼らの種族を苦しめる。

 要するに悪循環さ。

 最後の最後に彼らは神に助けを乞う。その願いが彼ら、いや神々の認識を高め、神聖視され、より強い力が手に入った、そして思ったわけさ。利用してやろうって。全てをね。

 はてさて、神が力の断片を預けた『勇者』が、人々を苦しめてもいないのに、ただただ長く生きただけの『魔竜』を討伐する滑稽な瞬間だ。今世紀最大の笑いどころだ。

 なぜかって? 当然だろう。

 自分が正義と信じてやまない馬鹿な人間とそれについて行く盲目的なアホな異種族ども。

 それに完全にとばっちりを受けて殺されようとする竜。

 いやはや。可笑しすぎて腹が痛いや。

 ああ、自己紹介が遅れたね。

 僕は『観測者』。

 物事をずーっと、外野から見続けるだけの傍観者さ。



――――――



 迷う。何に対して。

 自分に脅威が襲い掛かってきている。何故。

 剣が鱗を切り裂き肉を抉る。魔力――――世界に満ちる神秘の力によって生み出された灼熱が肌を焦がす。神の信仰とやらで生み出された浄化の光が『闇』の属性を孕んだ我が体を蝕む。細く、しかしながら強大なる力を込めた拳が鱗を砕いて我が体を吹き飛ばす。

 何故こんなことになった。

 我は竜だ。それだけだった。生まれながらに天涯孤独の身で過ごして五百年。薄暗い洞窟の外を一歩たりとも出歩かなかった自分がどうしてこのような目に合わなければならない。

 その考えに埃などなく、ただ純真に我の『何故』という感情があった。当り前だ。何もしていないのにいきなり狂気の切っ先をこちらに向けられ今既に実害に合っているのだ。『勇者』と名乗る青年が、森妖精エルフ半精霊デミ・スピリット獣人ワービーストの少女を引き連れ今我の心臓を盗ろうとしている。

 憤慨する前に理不尽に対する疑問が頭を埋め尽くしていた。


「――――輝け、聖剣よ!」


 白色の鎧を纏った青年が、凡そ人間とは思えないほどの脚力で飛び上がり頭上に黄金の剣――――聖剣を振りかぶる。あれこそ極光を表す聖剣『ラディウス』。世界に光を齎したとされる伝説の剣。

 振れば闇を掃い光がその場を埋め尽くすと言われるその剣が我が肩口に突き刺さる。瞬間聖剣に触れた肉体は塵となって消える。『闇』属性を所有するこの身体では『光』には滅法弱いのだ。つまりこの身体では相手の聖剣は天敵以外の何物でもない。


「切り裂け、極光!」


 そう青年が叫びながら我の肩に突き刺さった剣を振り払う。すると剣の先から光の刃が伸び、我の翼の片方を綺麗に切り裂いた。

 痛い。この頑丈な竜の身体に初めて作られた激痛だった。何せこの洞窟内で幼体の頃から我の体を傷つけられる魔物など存在しなかったのだから。

 初めて味わう痛みに頭痛を感じながら我が素早く後方に跳ぶ。それをさせまいと勇者の遥か後方に待機していた魔法担当の少女二人が足止め用の魔法を形成。


「縛れ――――《極光の鎖ライト・マジックチェイン》!」

「大地よ唸れ――――《泥の罠クレイ・トラップ》!」


 空中に現れたいくつもの幾何学模様の魔法陣から光の鎖が伸び、我の体を締め付ける。極めつけに足場を泥にされて行動不能。

 それでも生存本能のまま足掻き続ける。しかしそれが仇となり、一瞬でこちらの目の前まで距離を詰めた獣人ワービーストの少女の挙動を見失ってしまう原因となった。


「吹っ飛べ害悪めェッ!」


 鋭いアッパーパンチが我の顎に炸裂する。

 竜の頑強なる肉体もここまで叩きのめされれば意味をなさなくなる。顎の骨は無事に済んだが、脳に響いた振動で我は一時的に肉体の自由を失ってしまった。

 それを見逃さぬ奴らでは無かった。

 聖剣を輝かせながら勇者と名乗る青年はこちらへの距離を詰める。


『…………ぁあ、何故だ。何故貴様らは――――』


 初めて彼らへと言葉を発する。

 いや、ようやく言葉が言えた、と言った方がよいだろうか。

 それほどにまでこちらに余裕など持たせてくれなかったのだ。容赦ない暴力。会話さえ交わさず自分をここまでボロボロにした奴らにどんな言葉を言えばいいか。

 それと――――どうせ言っても相手は耳を傾けないだろうというのは、直感で理解している。

 しかしそれでも、この言葉は言わざるを得なかった。


『そんなに自分を疑わないのだ…………』


 か細く、我の怨敵に向かいそう言い放つ。

 相手はその言葉に反応すらせず――――我の胸部を聖剣で貫いた。

 強烈な痛みが脳を焼く。

 血に塗れた聖剣が引き抜かれると、傷口から血があふれ出てくる。遮る物など無いのだから、当然か。

 あまりにも実感のない死の味は、苦い。痛い。辛い。

 何故。

 我はただ、生きたかった。

 それだけなのに――――何故。


「よしっ! これで周囲の魔物も弱体化するはずだ! 急いで戻ってこいつの眷属を殲滅するぞ、皆!」

「ええ、わかっているわウィル。一刻も無駄にできないもの、早く向かいましょう」

「け、怪我はありませんか? わ、私の精霊術でな、治します、けど……」

「ちょっと気が早いよ皆ー。ちょっと休んでいこうよ」


 こいつ等は――――殺した生物に敬意の一つも現さずに、笑顔で居られるのだ。


『……悪鬼ども、め』

「……? 僕らが、悪鬼? それは違うよ」


 ここで初めて、死の間際になってようやく勇者という青年が我の言葉に応える。

 しかしそれを認識し怒りが湧く。

 聞こえていた。先の言葉は。ならば、あの無視は無意識的な物では無く意図的な物。

 それが分かったからこそ憤慨する。


「僕らは正しいことをしているだけさ。君を殺したのも大勢の人々の命を救うため。それは、正しいことだろう?」

『――――ふは、ふはははははっ…………。話もせず、一方的に叩きのめすことが正しいこと、か?』

「? 何を言っているんだい?」


 勇者は純粋な目で、こう言い放つ。

 その言葉を聞いた瞬間、生まれて初めて怖気が立つ。



「魔物と言葉を交わすなんて、意味が無いだろう?」



 ようやく理解した。

 理解したくない事実を理解した。

 こいつ等は、勇者一行は――――我を『生物』としてさえ認めていなかった。だたそこにあるだけで害悪になる。だから消えろ。そんな感情が、この言葉からは読み取れた。


『……どちらが化物だか、わからんな』

「もちろん君でしょ。浴びるだけで常人には害になる高濃度魔力をまき散らして、周りの魔紋を強力にさせて人々を殺そうとする。だから僕たちはそれを止めに来たんだ! それは正しいことだろう」

『そうだな。そうだ…………だが、な』


 確かに自分のやっていることは理解していた。

 浴びるだけで常人なら血を吐くほどの魔力をたれ流し、それを浴びた魔物を強力にした。しかしそれだけだ。魔力の漏洩は竜の心臓が生み出す膨大な魔力を体内にため込み過ぎないようにするための仕組みだ。たまたま漏れ出た高純度の魔力を近くに住み着いていた魔物が吸って、その個体を強くしてしまった。――――その現象は至極自然的なことなのだ。竜の住みつく場所の周囲は強力な魔物が強力な固体ばかりなのはそれが原因だ。

 だが、生きるために必要な事をしているだけだ。

 体内に魔力をため込み過ぎると、何時か過負荷がかかり体そのものが天然の爆弾と化してしまう、そうなれば彼らの言う人々の住む町事周囲一帯はクレーターと化すだろう。それをわずかながら理解していたから我は今まで強くなりすぎた固体を自分の手で仕留めてバランスを保っていた。

 そして、この仕打ちだ。

 報われるためにやっていたわけでは無い。しかしせめて――――生きたいという願い程度は、叶えさせてくれても良いのではないだろうか。


「んー……もうすぐ死ぬみたいだし、放置で問題無いか。――――それじゃ皆、洞窟を出るよ」

「おー!」

「おー……」

「うっし、さっさと帰って酒でも飲むか」


 楽しそうな声が遠ざかっていく。

 悔しい、悲しい、痛い、痛い痛い痛い痛い。

 だがそれ以上に――――孤独に死んでいくのは、寂しい。

 せめて同族の一人でも、探すべきだっただろうか。

 後悔しても、この身には既に遅いのだが。


『……次、会うことがあったのならば――――』


 怨嗟の声が自然と漏れ出る。

 せめてもの遺言だ。快く受け止めておけ。



『必ず――――孤独で無意味で、報われぬ『死』を、くれてやる――――』



 最期に聞いたのは、自分の声であった。



――――――



 さてさてこうして一匹の竜は死んでしまったわけだけど、これからどうなるか。

 そうだね。たとえばこのまま魂が転生して何もかも忘れて第二の人生を歩み始めたり。怨念に囚われて地縛霊になり果てたり。

 気まぐれの『観測者』が気まぐれに力を与えてちょっと復讐劇創ろうとしちゃったり。

 在る訳ないよね。

 ハッハッハッハッハ。


 ああ、流石に僕もアレは認めないよ。あんな三流の喜劇、滑稽過ぎて乾いた笑いしか出てこない。


 僕としては三流の喜劇より一流の悲劇。塵から宝石を作るなんて真似流石に面倒だけどね――――面白そうだろう? ならやってみる価値はある。

 そうだね。それじゃあ作ろうか。

 折角だ、色々付け足しちゃおう。そうだね、平行世界の兵器の知識でもぶち込んでみるか。

 出現時期は……五年後ぐらいで結構だろう。

 ならば最後は出現座標。

 面倒だし死んだ場所でいいよね。

 んじゃ完了。五年後の二度目の生を楽しんでね悪竜さん。

 たぶん、世界は実に愉快なことになっているだろうから。退屈はしないと思うよ?



――――――



 全てが逆転する。

 臓物が外気に触れる。目玉の裏が表へ代わる。

 血管が裏返り全ての血液がびちゃびちゃと気持ち悪い音を出しながら飛び散り、骨という骨が軒並みむき出しになる。

 そんな悶え苦しんでもまだ足りないような感覚が我の目覚めのきっかけになってしまう。

 痛みで絶叫したのかすらよくわからない。確かなのは『自分は死んだ』という事に対する驚愕と憤怒そして焦燥。――――しかし五感がまだ生きているということを理解して『何故生きている』という謎に直面する。

 息を荒げながら閉じたままの眼を手で撫でる。

 不意に感じたことのない感覚が頬を撫でる。柔らかい。硬い鱗と鋭利な爪で作られた竜の手が、柔らかかった? 冗談ではない。幻覚でもなければ話にできない。

 恐る恐る目を開ける。

 暗い洞窟に広がる巨大空間。竜の巨体が跳び回ってもあまりあるその空間は今や一層巨大に感じる。近くにはいくつもの動物の死骸と乾燥した植物の残骸。確か――――我が保存食として保管していた食料だったはずだ。洞窟に住む動物は魔物程度しかおらず、魔物の肉は一部以外はかなり不味い。なので食べる時は調味料や香辛料などで臭みを消して煮て食べるのが普通だ。そう、アレは確かつい二日前に狩ったばかりの『影這う大蛇シャドウハイドスネーク』。そして萎れた植物の群集は、光を嫌う性質のため洞窟などにしか生えない『アメリアス』。根っこは塩味が強く、乾かしてすりつぶせば塩の代用品に。茎は煮込むと酸味が滲み出て栄養価の高い飲み物に。花弁などは甘味が強くそのまま食しても砂糖菓子のように甘いという万能食材。このあたりでよく生えるから調味料や嗜好品として重宝している。これも確か数日前に収穫したばかりだったはずだ。どちらも二日三日辺りで腐るような物ではないし防腐性付与の魔法を使用しているので最低でも一ヶ月は新鮮な状態を保持するはずだ。

 なのに腐った? 乾いた? 誰かが魔法を解いたのか? ――――いや、あり得ない。そんなことをする利点が存在しない。食糧の奪取ならばそのまま持っていくだろうし、こちらの食料をダメにするだけならば燃やすなり毒でも掛ければそれで済む。わざわざ高度な解呪魔法ディスペルマジックまで使用する利点は皆無だ。


「ならどうして――――は、えっ、あ!?!?」


 無意識のそんな疑問が口から這い出て、同時に戦慄する。

 声が出た。自身の知る声とは全く違う自身の声が。潰れて押し殺されたような野太い声では無く、少年の声であった。歳でいえば大体十六、十七程度。――――だからこそ焦る。

 どうして、こんな声が自分から出ている。変声魔法など使った覚えはない。

 直感的に体を動かす。見えたのは細く少女の様に細い肌色の手足。男としてはまだまだ未熟な肢体。

 それを見て絶句する。


「う、そ…………で、は、なさそう、だ、な……………?」


 確信を得るために洞窟の壁に出来た罅から湧き出る地下水が生み出した水溜りを覗きこむ。

 頭上に魔法で光源を作れば後は簡単。水面に少年の顔が映った。黒い髪、深紅の眼が特徴的な、純情そうな少年だ。

 最後の足掻きとして手で救った冷たい水をすくい、顔に叩き付ける。冷たい。眠気など一瞬で吹き飛ぶだろう。だが目の前の光景は変わらない。


「…………最悪だ」


 死んで目が覚めたら人間になっていた。

 もしかつての同族、竜に語ればどう思われただろうか。頭のおかしい奴に思われるのだろうという事は想像に難くない。


「いや、前向きに行こう。そうだ、元が付くとはいえ我は竜。それに肉体が変化しただけの話、今までの生活が不可能になるという話ではないだろう」


 幸いというべきか、竜の心臓――――我の最重要魔力生成機関であるそれは相変わらず使う当てもまともにない大量の魔力を生産し続けていた。魔力さえあるのならば後はどうにでもなるだろう。むしろあの巨体、移動に邪魔なのだ。いつもどこかに引っかかって洞窟が窮屈で仕方が無かった。そう捉えるならば体が幾らか小さくなって動きやすくなったと考えればいくらか喜びも出て来るだろう。竜の肉体などに未練もこだわりもない身故に、そこまで凹むことはない。


「さてこれからどうするべきか。まずは、状況を確認せねば」


 情報は重要だ。どうして自分がこんなことになっているのかは今考えても恐らく原因は全くわからないであろうことは考える前からわかっているので保留。一番重要なのはこの洞窟内の勢力図と資源分布図。どこに何が住み着いており、何処に何が生えているのかを把握していないとこの先生き残れない。

 それがこの洞窟――――『黒色蒼穹の大迷宮空洞アンダーストラタス・ホロウラビリンス』の常識だ。

 世界でも有数の大迷宮。付近には弱い魔物しか存在していないのにもかかわらずその内部に住み着く魔物の脅威度はどれも一級品。ただし内部でとれる資源も一級品だ。成功すれば一攫千金。失敗すれば即死。ハイリスクハイリターンを体現したような迷宮。

 欠点としては周りに無害な街がいくつも存在しているせいで、大量の魔力が漏れ出てしまい被害が生じることか。発生源は、主に我なのだが。とはいえここの空間は魔力が生じやすいのだ。何せ龍脈のど真ん中。嫌でも魔力なぞ無尽蔵に漏れ出る。我一匹倒したところで精々周囲の魔物が少し弱体化するだけで終わりだろう。


「いや、だが――――おかしい。何だこの気配は」


 思わず頭を悩ませる。

 なにせ――――魔力濃度が薄すぎたと感じたのだ。

 自分が居なくなったとはいえあまりにも薄すぎる魔力。自身の魔法行使だけならば竜の心臓が無制限に魔力を生み出してくれるので大した障害でもなんでもないのだが、問題はどうして魔力がこんなにも薄れているかという事。

 魔力が薄れる原因としては二つ。

 生存のために魔力を吸収する魔物が異常に数を激増させたか、外的要因が魔力を一瞬で吸い上げているかのどちら。竜の感知能力からして恐らく魔物の数は大して変わっていない。生命維持に使うため吸い上げる魔力など精々保有する魔力の十分の一以下。いくら強力な固体とてそこまでいけば自然と自分で魔力を生み出せるようになる。弱い固体が増えたとしても数量も比例して少ない。

 ならばこの場合は確実に後者だろう。

 しかし今はそんなことは重要ではない。食糧確保の方が最優先だ。

 幸運か植物の類は発生個所はほとんど変わっていない。先程説明した万能調味料『アメリアス』、大量の蜜を溜め込む性質により高級食材としても数えられる蜜花『メセゼウラ』、苦みが強いが強い細胞活性化の効力を持つ根が特徴の『ブルベバリカ』。分厚い葉が肉の様な触感が病みつきの『アマルカムセ』。他にも色々あるがとりあえずこれだけあれば生活には十分だ。手ごろに三日四日分を収穫し帰還しようとする。

 が、突如暗闇から何かが飛び掛かってくる。

 警戒していたのが功を奏し、即座に我の体は反応して跳び引く。

 襲撃してきたのは魔物だった。全体としてはトカゲの様に柔らかい鱗を持つ魔物。しかし口から覗ける牙には無らしき色の粘液が付着しており、臭いで毒と判別できる。しかも体色は黒。これならば暗闇の追いこの洞窟での奇襲などわけないだろう。避けられるのは普段から油断していない猛獣程度か。


「シャー」


 小さく威嚇するような声を上げると、トカゲは近くの暗がりに逃げ込む。もう一度奇襲を行うつもりだろう。

 しかし我からしてみればそれは愚鈍なる行動。

 一度奇襲を失敗した時点で二度目など有る筈なかろうが。


「所詮は爬虫類か。……いや、竜が言えたものではないが」


 生まれて初めて冗句を飛ばしてみながら、そこら辺に転がった石を拾い上げる。

 軽く振りかぶって、明後日の方向へと投擲。

 だがその向こうでグチャッ、という何かが潰れた音がする。数秒後、何も見えない暗闇の広がる天井から頭の潰れたトカゲの死体が落ちてきた。勘はどうやら衰えていないらしい。

 今夜の夕食はトカゲの丸焼きだな。そう考えながら帰路をたどろうとすると、不意に――――女児のような声が耳に入る。

 どんな言葉かは遠すぎてわからない。

 だが――――我が気にする義理もなければ道理もない。そう冷たく断じ、我は自身の住処へと帰還する。


――――――


【ステータス】

 名前:無登録

 HP?????????/????????? MP?????????/????????? 年齢:514歳 種族:厄災竜ディザスター・ドラゴン

 天職:魔術師ウィザード

 レベル:???????

 筋力:?????? 敏捷:?????? 耐久:?????? 生命力:??????? 魔力:?????? 抵抗力:??????

 習得技能:格闘【LEVELⅩ】・全種魔法適正・竜の心臓【自己魔力生成・恒常的肉体強化・高速再生】・竜王の血縁【恒常的魔力増幅・行使魔法威力強化・対魔法完全耐性・威嚇効果大幅激減・獲得経験値大幅増加】・竜の肉体【恒常的耐久力強化・高速再生・魔法大耐性・物理大耐性】・魔力操作【LEVELⅩ】・地脈魔力吸収・竜の息吹【LEVELⅩ】・全異常状態耐性【LEVELⅩ】・千里眼【LEVELⅩ】・鍛冶【LEVELⅣ】・第六感・身体強化【LEVELⅩ】・鑑定眼【LEVELⅩ】・薬物調合【LEVELⅤ】・資源採取【LEVELⅦ】・物質錬成【LEVELⅥ】・性質付与【LEVELⅩ】・平行世界の叡智・本質観測・気配感知【LEVELⅩ】・気配遮断【LEVELⅩ】・観測者からの贈り物オブザーバー・ギフト【全能力値超増幅・スキル効果増幅・限界突破・肉体変化】



――――――



 人間の体という物は中々に便利だ。何せ手足を器用に扱え、生命維持に必要な食料も竜と比べれば何百分の一にも少なくなる。それだけならば頑強な竜の肉体より人間の方がまだ生存能力としては優れているかもしれない。戦いに優れている肉体と言っても戦えなければ意味はない。戦いに向いていない肉体でも戦わなければ意味はない。要は隠れてコソコソと暮らすのならばこっちの方がよほどいいと言える。

 さてそんなことは横に置いて、早速調理しよう。今夜は何にしようか。予定としては『アマルカムセ』の葉と仕留めたトカゲに『アメリアス』を潰して作り上げた塩を組み合わせた塩焼き。食後のデザートとして『メセゼウラ』から採った蜜か。食材が少ないから保存食でも作ろうかなと思ったが、残念ながらこの程度の収穫を乾燥させても一週間持たないだろう。ならば今食って明日動くための英気を養うべきだと判断した。

 早速血抜きしたトカゲの皮を剥ぎ、内臓を取り出して肉を洗う。やはりというか肉はかなり固い。煮込みにしたいが味の無い食事は今の身では勘弁願いたい。少しぐらい硬くても刺して問題はないだろう。竜の顎の力ならばこの程度は綿同然。

 内臓を取り除き食材状態にしたトカゲの手足を爪で斬り落とそうとしたが、人間の爪という物はどうも曲がりやすいらしい。仕方ないので技能の一つである『物質錬成』を使用。地面に手を当てるとみるみる石材の形状が変化していき、ナイフのような形になる。ここの大迷宮を構成している石材はかなりの硬度を誇り、鉄を凌ぐほど。とはいっても鉄の代用品にはならないが。あくまで硬さが同じなだけでその加工難度は段違い。要するに割れやすいのだ。硬度と靭性の違いだろう。しかし肉をさばく程度であれば十分に事足りる。手足と尻尾を切り取りパーツに分けると、更に錬成した石の串を刺していく。最期に『アマルカムセ』の葉と一緒に塩をまぶして軽く揉めば準備は完了。竜だったころは大分苦労したこの作業だが、人間の状態だとすんなりといった。やはりこの肉体になって正解だった。

 洞窟の壁から採取した可燃性の鉱石である『炎黒石』を素手で砕き、凹みのある場所にそれを放り込む。そして乾燥しすぎて使えなくなった『アメリアス』を燃料代わりにして炎属性魔法を使い着火。流石に密室で巨大な火を扱うのは不味いので火力を調節した。加減が難しかったせいか小さな炎が宙を揺らめくだけ。しかし黒色の粉に触れるとたちまち火が大きくなり乾いた草に引火。無事焚き火が出来上がる。

 久しく見ることのできた焚き火に心を落ち着かせながら串を焚き火の傍に突き刺し、肉を焼き始める。

 その合間に、色々な事を考えた。

 どうして人間の体に変化してしまったのか。

 どうして死んだはずなのに生きているか。

 どうして、どうして、どうして――――答えの出ない疑問を今更考えたところで何かが変わる筈はないとは理解していたが、それでも考えざるを得ない。

 更に身に覚えのない記憶、いや知識と言った方が正しいか。

 銃器、という未知の兵器。知っている限り剣や魔法とは違う。弓よりも早く、矢よりも鋭い物体を爆発で飛ばすことにより相手を貫く。電撃の様な物を使う物もあったが、とても興味深い。あとで創ろう。

 問題としてはなぜ自分がこんなものを知っているのかという事だが。

 まるで他人に知識を刷り込まされたような感覚だ。魔法でもできないことなのだが。精々そう言った『催眠』をかける程度だ。当然こんな複雑難解な知識など送り込めるはずもないし量も膨大すぎる。そも我の魔法耐性は絶大。催眠程度一瞬で跳ね除けるだろう。

 本当に、考えても答えが出ない。

 流石にこれは堪える。仕方ないと呟きながら丁度良い焼き加減の串焼きを手に取り齧る。

 やはり固いな。

 そう言えばさっきから裸なせいで少々肌寒い。衣服を調達せねば。物質錬成で石から下着を作ることもできるだろうが、流石に石のパンツは勘弁願う。

 さて、どうするか。


 復讐、しようか。それともしないか。


 そんなことをもいながら微睡に身をゆだねる。




 数十分して微睡から覚める。見えるのは相変わらずじめじめと湿った洞窟の天井。

 我も流石に孤独感を感じるようになった。何というか、世界に一人取り残されたような感覚が実に嫌になるほど鳥肌が立ってくる。そう言えば我が死んでから一体何か月、何年経ったのだろうか。十年だろうか。それとも百年だろうか。それを知るすべは、外に出るしかない。

 とはいえ、この洞窟から出て行く理由などありはしない。我は此処で一人で生まれ、孤独に生き残ってきた。五百年間も。――――それで一体いつまでそれを続ける。

 強力な魔物の駆除は原因である自分が消えればある程度沈静化はするだろう。元々自分の行いの責任を取るために行っていた行動だ。食糧調達のついでと思えばそれまでだが。

 そろそろ外の世界を知るべきだろうとは思っている。一度死んだからこそそう思えた。

 ずっとここに閉じこもり、一人で寂しくここで死ぬのならば、せめて外の世界を眺めてみようと。

 見たことも無い世界を一度ぐらいは目にしてみようと。

 いい機会かもしれない。

 この体ならば、変に人間や亜人たちに狙われる危険性は殆どないだろう。

 静かに燃える焚き火を横になったまま眺め、やがて音もなく立ち上がる。そしてそのまま洞窟の奥へと入っていく。

 この空間は簡単に言えばドーム状である。出入り口も一つだけ。今向かっているのはその出入り口のある方向からは逆方向。竜だったころに、挑んできた阿呆どもの死骸を放り込んでいた片隅である。食糧調達と変異固体駆除の際に見つけた宝物、いわゆる魔導具という物も放り込んでいる。竜の肉体では扱えなかったそれも今なら扱えるかもしれない。

 そうして大量の骸骨が積もっている場所にたどり着いた。見る限りでは全く荒らされていない。いや、骸骨の山を好きで漁ろうとする変人が居るだろうか。我はあれだ。必要だからやっていることであった流石にこんなことやりたくはない。

 とりあえず骸骨たちが見に付けている衣服を軒並み剥ぎ取った。このまま着るつもりはない。あとで錬成して綺麗な服へと変える見積もりだ。そう思うと便利だな物質錬成の技能は。

 生前、こんな物使えたか? という素朴な感情が浮かび上がる。だが深く考えていても仕方あるまい。折角得た便利な能力。最大限に利用してやろうではないか。

 一定量の布を確保し、次に刀剣類や防具類などをかき集める。金属、皮、生物の殻、見境なく集め終えると貴重品の山が出来上がる。この大迷宮に挑み、この大広間までたどり着けた者は当然実力者。

 ……殆ど竜の息吹ドラゴンブレスで片が付いてしまったのは何とも言えない真実であるのだが。

 そういう意味では我はこの大空洞の大ボスとやらと言っても構わないだろう。その大ボスを完膚なきまでに叩きのめした勇者ら一行は一体何なんだという話だが。

 そんなことを考えながら骨などを除くすべての遺品の改修が完了する。ついでに放り捨てていた魔導具の回収も完璧だ。まず衣服から開始する。


「錬成、開始」


 その声と共に、詰みあがった衣服が揺れ始める。細かく潰れ、捻じれ、交わる。物質の形状変化を得意とするのは錬成術の大きな特徴。普通ならば武器防具などの大まかな形を整えるために存在するそれだが、こういった応用をすれば廃棄品を再利用した新しい装備の開発も可能になる。便利さだけでいえば恐らく魔法でさえ敵わないだろう。本人のセンスが作品の出来を左右するのが短所であり長所であるが。

 ぐちゃぐちゃと混じり合った衣服類はやがて真新しいシャツとトランクスとハーフパンツ。そして寒さを和らげる大きめのコートに変化する。配色はシャツは白。あとは全部茶色多めだ。ほとんどの衣服が腐って変色し、濁った茶色になってしまったのが原因だろう。

 とにかく作り上げた服の臭いを確かめる。――――臭い。肉が腐ったようなにおいがこびりついている。

 面倒だと思いながら消臭の魔法を使用。ついでに数十年は臭いが染みつかない様に消臭性を付加し、後は強力な耐衝撃性、防刃性、身体能力常時向上、損傷自動回復、などなどの効果を付加していく。

 そう言ったこともあってただの服が魔導具以上の何かへと変貌してしまう。下手な金属鎧よりも頑丈で着ているだけで傷が治り、動きも軽くなる。こんな物を片手間に作ってしまうとは、これも竜種所以か。

 とにかく臭いの消えた服を着用する。体に合っているかどうか確かめ、軽く動かし、自由度の確保を確認し終えた。サイズは少々大きいが特に問題はない。

 次に武器屋防具だが、防具はこの服だけでも十分なので不必要。武器は竜所の強大なる筋力から繰り出される鉄拳があるのでぶっちゃけいらんだろう。この金属の山には宝剣クラスの物も混じっている様だが、何でだろうか触れたくない。元々からだが闇属性を内包していたせいかそう言った者に対しては少々抵抗があるようだ。とりあえず全部インゴットに変えておこう。変に盗まれて敵方を強化するなど御免被る。

 最後に拾った魔導具の数々。中にはいい匂いを発する魔導具などのどうでもよい物も存在していたが、中に国宝クラスの代物が三つほど混じっていた。その名も指輪『ティアマトの宝物神殿』、首飾り『ワルキューレの霊魂』、腕輪『ソロモンの炉心』。それぞれが美しい指輪、首飾り、腕輪の形をしていた。効果はかなり特殊であった。

 指輪は『無限に物を異空間に収納できる』効果。

 首飾りは『無限に魔力を貯蔵する』効果。

 腕輪は『無限に眷属を作り出せる』効果。

 何というか三つ共々規格外の魔導具であった。なんでこんな物持っている奴に勝ったのだろうか、自分は。おそらくというか確実にその手に余る代物であったのだろうが。最後のに至っては殆ど悪魔専用ではないか。

 まぁ、便利そうなので三つとももらって置く。

 試しに身に付けてみると、感覚が拡張される。具体性に欠ける説明だがそうとしか言えない。

 勘任せに手を動かすと――――突如手が消える。異空間とやらにもぐりこんだのだ。中を掻きまわしてみると、特に何も手に取れない。元々中身が空っぽだったという事か。悲しいな。

 首飾りの方は単純だった。任意で魔力を送り込めると言えばわかるか。

 つまり竜の心臓から無尽蔵に生成される魔力の保管場所が見つかったのだ。そういう意味では今最も必要な魔導具であるとも言えるだろう。当然任意での魔力の引き出しも可能。便利便利。

 腕輪は……よくわからない。眷属とは自身の魔力を共有・供給することで自らの命に従う従者を増やす行動であり、少なからず知性を得た魔物や高度の知能を獲得した魔物――――魔族と呼ばれる者たちが扱う契約でもある。今の我にとってはあまり意味はないだろう。しかし心配に越したことはない。付けておけば何時か使う機会もあるだろう。

 とにかく最低限の準備は完了した。インゴットや余った魔導具などは全て『ティアマトの宝物神殿』に放り込んだので問題はなし。触れるだけで強烈な拒否反応を起こすであろう高密度魔力の大量放出は『ワルキューレの霊魂』により吸収貯蔵。『ソロモンの炉心』は知らんが売ればなかなかいい値打ち物だろう。たぶん。

 見た目も問題ない。外見はさして変わりない人間そのものだ。確認した限りでは体のどこかに鱗があるとかはない。完璧な人間。

 我としては竜であった身なのだからどうも複雑な心境になってしまう。

 こっちの方が色々楽なのでさして戻りたい気持ちが無いのは此処だけの話である。

 技能を使って大広間の鉱物資源を粗方採取しつくした後、ようやく自分の住処であった場所の出入り口に立つ。五百年間も住んでいた場所から、思い立って直ぐに離れるというのは気難しいことだ。

 だが今離れなければ恐らく二度とこの大迷宮から出ることはないだろう。そう心のどこかで確信していたが故に――――すんなりとその気持ちを切り捨てた。

 我は外の世界を見たい。

 何度も見続けたこの狭い世界では無く。

 話に聞く空という物を、見てみたいのだ。愚直な望みだが、それでも見たいという気持ちに変わりはない。

 顔を引き締めてこの大迷宮を脱出するために千里眼・第六感・気配感知・気配遮断の技能を最大限に使い、周囲の地形を把握していく。予想はしていたが流石に大迷宮の最深部。近く範囲を球状にして半径五百メートルを完全把握しているというのに地上が見えてこない。

 更にその構造は複雑難解。幾つもの罠が張り巡らされており、中には即死の物も存在する。我には効かないだろうが避けるに越したことはない。問題は崩れて使い物にならなくなった出入り口がほとんどだという事だ。この大迷宮、やはりというか魔物同士の縄張り争いが絶えず発生しているためどこかしら破壊されている痕跡が多々見られる。当然であり自然の法則であるのだろうが、おかげで脱出経路がいくつも潰れてしまったのだから何とも言えない。

 しかしどうやら構造が一部崩れて大きく開いた場所がある。そこからは推測だが、一気に地上まで上がれるというという事が予想できる。何故か、と問われれば説明は難しい。しかし異様に空間が開いているのは間違いない。少しでも道のりを短縮できる可能性があるならそちらを選ぶ方が良いだろう。はっきり言ってしまえば第六感という奴だ。我の勘が「きっと何かある」と言っているのだから恐らく間違いはないだろう。

 壁面から鉱物を片っ端から回収しながら進んでいく。進むたび色々な魔物と遭遇したが、全部がこちらを見るたび目を限界まで見開くとすぐさま逃げ出していく。ようやく彼我の実力差というものを理解し始めたらしい。

 しかし何というか、人間というのはこんなにも足が遅いのか。こればかりはさすがに竜のほうが早い。体格差が耐格差だから必然と言わざるを得ないので文句を言っても何かが変わるわけでは無いというのは重々理解しているのだが、それでも一人で黙々と暗い洞窟を歩く続けるというのは言葉にしがたい苦痛だ。

 しばらくして大きな空間へと出る。崩れた洞窟の欠片が山のように積みあがっており、何処からか異臭のする黒い液体と地下水が漏れ出ていた。可燃性を持つ『炎黒石』と似た様な臭いだが、液状化でもした代物だろうか。試しに指で採って舐めてみると、非常に不味い。直ぐに別の個所から湧き出る地下水で口を洗い吐き出した。

 実験として軽く手に取り火を近づける。予想通りその液体は燃える。液状化した『炎黒石』と思えばよいか。なるほど実に興味深い材料だ。

 気が付けば技能で見張っていた魔物達が動き出してきている。つまりもう夜になったという事か。どうやらすっかり時間間隔が狂ってしまったらしい。まさか既に数時間以上経過しているのに気づかないとは。肉体の変化に脳が付いて行けなかったか。

 とにかく魔物達が活発化する夜間での行動は避けたい。特段脅威ではないのだが、流石に見つかって仲間を呼ばれて面倒な戦いをするのは我とて好きでやりたくはない。

 今は大人しく魔物達が大人しくなるまで待機する方がいいだろう。しかしここまで広い空間であり水源も存在している場所だ。魔物が寄り付かないとは限らない。ならば身を隠せる場所でも作ろう。

 適当な壁面に近付き、指でその表演を撫でる様にして――――豆腐の様に抉る。

 自分で見ても規格外の筋力がそれを可能とする。我にとっては石だろうが鉄であろうが皆等しく脆い物。壁面を掘って小さい住居空間を作るなど造作もない。

 やがて高さ2.5mのドーム状空間が作り上げられる。光源は大量に転がっている枯草や魔物の死骸などを利用し簡単な焚き火を作ることができた。寝床は石の床だが、それでもないよりはましだ。むしろ安心して寝られるだけ良い。出入り口は軽く自分だけ出入りできる結界を張ればいいだろう。

 これで後は寝るだけだ――――が、いくつか試したいことがある。

 まず採取したこの燃える液体の応用性についてだ。単に敵に掛けて引火させるだけでは物足りないだろう。

 そうだな、まずは軽く部屋を拡張しよう。

 そして削った石を使って手ごろな大きさの作業台と容器を作成し、その中に外にある黒い液体を入れていく。それを作業台並べ、採取した『炎黒石』を細かく砕きそれを物質錬成で形状変化。粉末状のまま形を固めて平たい円にする。試作品の出来を確かめるためにそれに小さく火を付けた。するとボン、と軽い爆発が起こる。上出来だ。

 これを石の容器のふた代わりにする。更に術式を表面に刻み付け、魔力を流した場合のみ五秒のタイムラグの後に火花が生じるほどの小さな魔法だ。子供でもできるほどのそれでも、粉末――――知識にある言葉で言うなれば火薬。それを爆発させるだけならば十分。

 爆発は容器を破壊し、中身をまき散らせながら引火して相手が被る。液体故、その全てが燃え尽きるまで水をかけようが簡単には消化はできない。嫌がらせのための道具だ。

 知識では火炎瓶、というそうだが、細部が異なるので厳密には違うともいえる。まぁ火炎瓶でいいだろう。

 折角なので色々作ってみることにした。

 火薬を限界まで性質強化し、圧縮し、一種の『爆弾』へと変化させる。しかしこれでは摩擦が起こった瞬間大事故になりかねないので固い鉱石で周りを固める。握りやすいように凸凹は付けて、導火線代わりの火薬の糸。

 手榴弾の歓声だ。あとはこれが敵に通じるかどうかだが……特に問題ない。

 ぶっちゃけ並大抵の相手ならば我の肉体で事足りる。使うならば手加減する必要のある戦闘くらいだろう。

 いやしかし、待てよ。この見た目で常識外の戦闘力を発揮した場合どう思われる。

 ……魔族と勘違いされかねないのではないだろうか。

 やはり道具は必要そうだ。不必要に自身の実力を公言することもあるまい。

 とりあえず、今日のところは自身の実力セーブのための武器造りに専念するのであった。



――――――



「ひっ、あ、ひぁっ…………!!」


 肩で息をしながら少女らしき影は洞窟に生じたであろう広い空洞を疾走する。

 足場が悪く時々転げそうになるも、『捕まれば死ぬより不味い』という強迫観念に近い何かが彼女を責め立て、転びそうになっても死に物狂いで起き上がり走り直すのは何度も行っている。

 事実背後から迫ってくる大量の足音は彼女を捕まえんとする音であった。

 少女は頭についたフードを抑えながら死ぬまで走り続けんと言わんばかりの決意が滲み出る形相で走る。ただ走る。『危険回避』という技能を最大限利用し魔物が比較的通らないであろうルートを直感的に選択し走る。気が付けば百層ある内の五層目まで潜り込んでいた。ここまでこれば追いかけてはこないだろう――――などという楽観視はしない。

 何せ彼女を追いかけてきているのは世界でも有数の巨大国家『神聖レウスタリア王国』の誇る人類に敵対する者を残らず駆除するために創立された組織、『聖堂騎士団テンプル・ナイツ』の魔族捜索部隊。

 魔族――――稀に魔物が高度な知識を得て短期間で進化を遂げ、強力な種族となったその存在を一人たりとも残らず抹消するための、魔族にとっては恐怖の象徴。当然力のある魔族を撃滅するための部隊ゆえ、ここの戦闘能力は異常という域に達している。最高位の者ならばかつて魔族たちの王、『魔王』を討伐し魔族以外の者に安寧を齎したとされる『勇者』に迫るほどだ。最下位の者でも魔族数人を相手どる程度ならば安い物だろう。

 それが三人。小柄な少女を追いかけてきている。その速度は圧倒的。

 だがそれを以てしても少女が今まで逃れられていたのは、少女もまた人外級の能力を保持していた故。そう、狙われている彼女は当然魔族。魔族の殲滅に力を入れている『聖堂騎士団テンプル・ナイツ』に狙われているので当り前なのだが。

 逃走劇の開始から未だ四時間しか経過していない。しかし少女の方は既に息が上がっている。

 よく見れば少女の脇腹に深い傷が見られる。逃げる前に負わされた傷だろう。万全の状態であれば少女が逃れられない道理はない。しかし手傷を負っている以上無理な動きもできず、こうして紙一重で逃げ隠れしているのが精一杯な現状。決定的な一打が無い以上少女は消耗戦に入らざるを得なかったのだ。


「逃げる、逃げない、とっ…………!!」


 此処で自分が死ねば、いや捕えられれば魔族に未来はない。

 早く自分の所持している情報を、信頼のおける実力者に託さねばならない。

 だがそれもこの状況では絶望的。

 それでも諦めなかったのは彼女がそれほど同族を想っている証拠だ。

 何より自分の両親の命がかかっているのだ。失敗は許されないし諦めるなど論外。

 そう自分に叱咤して走り続ける。せめて追っ手をまくことができれば時間をかけて傷の手当てもできる。その状況が作られるまで自分は少しでも距離を稼がねばならない。

 だがどうやって。何か良い方法でもあるなら実行していただろう。しかし、無い。

 天井を崩せば追っ手もある程度まくことはできるだろう。しかし逆にこの迷宮に死ぬまで閉じ込められかねないし地盤が崩れて自分諸共死にかねない。魔物を利用することも考えたがこの階層の魔物は弱すぎる。例えりうならば野良の狼より少し強め程度。魔族を余裕で狩れる彼らに取ってはリスなどの小動物と大して脅威度は変わりはしない。

 ならばどうする。

 そう考えながら少女は走り――――やがて足を止めた。


「う…………そ、っ」


 目の前に広がったのは、奈落。

 まるで空間に穴が開いたような虚空が大きく広がっている。当然底は見えない。優に数百メートル以上あるであろう奈落への入り口にたどり着いてしまった。

 どうして。何故。

 技能によって危険を直感的に回避していたはずだ。なのに何故こんな場所にたどり着いた。

 数秒思考を巡らせ、ある答えにたどり着く。

 既に回り込まれていた、という事実に。

 少女の『危険回避』技能はあくまで直感的に危険を避けるだけの技能だ。どこに何があってそれがどんな危険かは知ることができない。

 つまり――――追手がその性質を理解し、他の逃走経路を強引に潰してこの場所にまで追い詰めたのだ。

 それを理解すると背筋が凍り付くような衝撃を受ける。

 侮っていた、と。

 不意に背後から殺気が感じられる。当然、『聖堂騎士団テンプル・ナイツ』の騎士だ。

 少女はその無機質な殺気に思わず「ひっ」と声が漏れる。

 相手は無傷で個々の実力でもこちらを上回るであろう強敵。大してこちらは深手を負っている状態の一人。勝てる確率など最初から無いようなものだった。

 殺気が漏れ出る空洞に恐怖し、思わず無意識に奈落への道に一歩踏み出してしまう。

 それに気づいて振り返れば後数歩で闇の底へと通じる穴。

 絶体絶命。まさにそんな状況だった。


「――――発見」

「「――――発見」」


 機械の様に淡々とした様子で言葉を言い放つ、白い鎧に身を包んだ三名の騎士達。

 その右手には十字架を模した剣が握られている。材質は『白錬鉱はくれんこう』。魔力の伝導率が高く、硬度もそこそこある鉱石だ。特徴として『白錬鉱』で創った武器は握ったまま魔法行使が可能になるという特徴がある。更に騎士たちの剣は精霊術式の刻印付き。精霊術――――大気中の魔力を使用することで低燃費で高威力の魔法を放つ高等術。その刻印が剣の腹に刻まれており、予想通りならば剣を通しての魔法の威力増幅だろう。行使した魔法が剣を通り周囲の魔力を吸収しながらの発動という経緯を得て、彼らの魔法はより強力な代物へと変換させるのである。

 武器もさながら防具も一級品。一流の職人が手掛けたことによる様々な魔法効果が付与されている鎧。その材料は『マリオンパール』という高純度の真珠。硬さもさながら魔法耐性も並の物では無く、下位魔法程度ならば呆気なく無効化するほど。上位魔法でも威力が六割近く軽減するのだからそれだけでもかなりの価値のある代物。それに魔法効果の付与などすればとても一般人に手を出せる代物ではなくなる。

 つまり、どういう事かというと――――少女が騎士たちに勝てる確率はさらに下回ったという事だ。

 元々ゼロに近いのだから下がっても意味はないのだが。


「排除する。起動術式・神典誓言118番《マリアの聖光ホーリーライト・オブ・マリア》」

「発動――――《マリアの聖光ホーリーライト・オブ・マリア》」

「発動――――《マリアの聖光ホーリーライト・オブ・マリア》」


 騎士たちがその手に持つ剣の切っ先をこちらに向ける。

 そして詠唱をした瞬間――――剣の切っ先から放たれた光が少女の肩を穿つ。


「がぁぁっ!?」


 更に二回目に放たれた光は腿を貫きその場に倒れ伏すことを強要する。


「ぐ、ぁあっ………!」


 最後に三回目に放たれた光は、幸運か外れて少女の手前の地面を軽く薙ぎ払っただけに終わる。

 だが騎士たちはそれを見ても懸念そうな様子は見せない。

 むしろ全てが完璧に進んだような、そんな顔だった。


「――――え?」


 突然、少女の身体に異常な浮遊感が生じる。

 いや、当然であった。

 何せ彼女の伏していた場所が崩れて、奈落へと落ち始めたのだから。

 あの外したと思われた魔法は、外れてはいなかった。むしろ完璧な当たりだった。

 少女の足場を崩すという目的を見事に成し遂げたのだから。


「――――お、父様――――お母、様――――ごめん、なさ…………い」


 精神的な衝撃により、彼女の意識は徐々に失われていく。

 最後に彼女が見たのは、やがて奈落の底へぶつかり、無残に臓腑をまき散らせる自身の成れの果てであった。



――――――



 今度こそはっきり声が聞こえた。

 竜の時に得た技能を丸々受け継いでいる我とて流石に一キロ以上離れて障害物だらけの場所から聞こえるつぶやきなど聞こえるはずはない。微かに聞き取れたのは奇跡の賜物と言ってよい。

 しかしこの大空洞内から聞こえた音ならば容易だ。

 確かに聞こえたのは何かの魔法の詠唱と直後に聞こえた何かが瓦解する音。前者はよくわからないが後者は確実に何かが崩れた音だ。そして聞こえた許しを請う少女の声。

 事情はよくわからないがよくわかった。とりあえず今から凡そ十秒以内に何もしなかったら少女が挽き肉より悲惨なことになるのはなんとなく理解はできた。


「面倒だな、全く」


 魔物は血の臭いを好む。こんな場所で大量の血液などまき散らせば即座に魔物どもは集まってくるだろう。流石にそれは遠慮したい由々しき事態なので、ひとまず少女は助けることにした。


「《術式展開。付与効果宣言、速度遅延・衝撃緩和・重量軽減・抵抗増大・状態解析。――――五重ごじゅうまもり此処ここ》」


 あまりやったことのない魔法なので、無詠唱では無くしっかり詠唱を唱える。

 元々魔法とは詠唱有りで十全なる効果を発揮するのだが。無詠唱は単純に速度に優れているだけだ。効率と精度ならば詠唱有りの方が遥かに良い。

 そのおかげか無事結界は展開され、大空洞の穴をふさぐようにして現れる。

 そこに落ちてくる小さな影。

 一つ目の結界に落ちると大幅に減速する。その際に起こる衝撃波二枚目の衝撃緩和により相殺。次に三名目の重量軽減効果によって減速した体は再加速を開始してもその速度は微々たるもの。四枚目の空気抵抗を増やす効果によってやがては羽が落ちる様に、落下は静かでゆっくりな物へと変わる。

 最後に五枚目の効果により落ちてきた者の状態を確認。どうやら右肩と左腿を負傷したらしい。しかし我にかかれば完治させるなぞ造作もない。――――が、助ける義理が無いのでどうしようかと迷う。

 何せこの少女、魔族だった。しかもかなり優秀な血縁だ。

 面倒事を抱え込んでいるような臭いがぷんぷんする。ぶっちゃけ魔物に餌としてくれてやる方が幾分良い判断だろう。


「……いや、だがしかし。事情も聞かずに殺すのは忍びないな」


 本音を言えば――――この少女に我と同じ目に合わせたくなかったからか。

 理不尽な死。受け入れがたい現実。孤独なる最期。

 それが手とも苦しいことだと理解しているからこそ、少女に手を出す気分にはなれなかった。

 我も丸くなったものだ。昔ならば容赦なく食料として食い殺していたはずが、すっかり腑抜けになってしまったらしい。

 ため息一つ吐きながら、我は寝床へと戻る。流石に石の床に怪我人を乗せるわけにはいかない。ならばどうするか。物質錬成はあくまで部室の形状を変化させるだけ。石を繊維状にしたところでボロボロになって終いだ。魔物の死骸から採れる皮は品質が悪すぎてちょっとなぁ。

 ……面倒だけど、一狩りしてくるか。

 確かこのあたりに『大黒爪羊ブラックネイル・ギガントシープ』が生息していたはずだ。光を嫌い暗闇に住み着く巨大な羊であり、その毛は高級素材として扱われかなりの希少素材だと記憶している。ならば簡易ベッドの素材としては十二分だ。

 聴覚と感覚を駆使して居場所を感知。竜の五感は伊達ではない。


「…………しかし、アレほど強力な魔族が追われていたとは。よほどの強者でも誕生したか、新たな力でも手に入れたか? ――――必要ならば抑止力となることも考えねば」


 一つ言い忘れていたことがある。

 竜とはそも、他種族とは違い生まれた時からある役目を担って生まれる種。

 基本的に龍脈と呼ばれる、星が生み出す膨大な魔力の異常を修正するための装置であると同時に、種族間の均衡を保つための調停者、そして暴走した際にそれを抑えるための抑止力という機能となる事を使命とされている。それは例外的に生まれた我とて例外では無く、むしろこの大迷宮に存在する魔物が下手な気を起こして外界へ飛び出さぬよう、動きを抑止していたのだ。当然絶滅などもさせない様に加減もして。

 龍脈にういては、ここは規模が巨大すぎて手に余る状態だ。そういった意味では未だ完全に役目を果たしたことはないともいえるが最低でも不備の調整程度は行っているので調停者としての端くれ程度には動いていたつもりだ。

 とにかく、魔族をも圧倒する他種族の出現。これは見逃せない問題だ。何せ『調停者』とは両立を重要視する。予想が確かな物ならば完全に均衡が崩れ始めているという事だ。

 そういうときのために『抑止力』としての機能を果たすために竜が居るはずだが――――。

 ある『予感』が脳裏を過る。

 いや、やめておこう。これ以上考えると、自分を抑えられなくなりそうだ。


「……ふむ、見つけたぞ」


 そんなことを考えている間に、何時の間にか『大黒爪羊ブラックネイル・ギガントシープ』の住処にたどり着く。洞窟に住み着く『闇蛍やみぼたる』が生み出す仄かな蛍光に照らされた小さな広間。ぽつぽつと草が生い茂っているそこには、白い身体と黒い体毛を持つ巨大な羊が群れを成していた。

 あのような可愛らしい見た目だが、いざとなればその足にある鋭い爪で群れの敵を追い返す舐められない種族である。しかし比較的に温厚的なので交渉の余地はあるだろう。


「失礼、貴様等に相談があるのだが――――」

「メェ?」


 近くに居た固体にそう問いかけると、こちらに視線を向けてギョッとしたように白目を剥く。

 そして一目散に逃亡しようとするがさっと両手を上げて敵意が無いことを示す。


「あー、ちょっと羊毛を分けてもらえないだろうか。人一人が寝れる程度のでよいのだが……」

「…………メェ」

「メェメェ」

「メェ~~~~~~~~」


 羊の群れは互いに相談するように鳴き声を上げると、数分後一際大きいこちらに近付き体を下ろす。

 どうやら許可は出たようだ。我としても無益な殺生は避けたいので安心した。

 できるだけ手短に、しかし手荒には扱わず羊毛を手で切断して十分な量を採取する。我が小さく頭を縦に振ると羊たちも納得したように散り散りになっていく。

 無血で終わった。それに満足しながらもと来た道を戻っていく。

 ああ、食料も確保せねば。それを思い出して『ティアマトの宝物神殿』から小さなナイフを取り出して即座に暗闇へと投擲。何秒か経過すると頭をナイフで貫かれた蝙蝠の様な魔物が落ちてくる。こいつは『暗黒侯爵蝙蝠ダークネス・バットロード』。辺りの魔物の中ではかなり美味に入る魔物だ。特に舌が珍味だ。量が少ないのが残念だが。

 ふらふらと周囲を警戒しながら大空洞へと出る。

 そこで小さな影を発見する。いや、千里眼で既に誰かはわかっているが。

 フードを被ったままの、先程の魔族の少女だ。自分がなぜ生きているのかわからずオロオロとあたりを彷徨っている。声をかけようと軽く手を上げると、こちらに今気づいたようで少女は勢いよくこちらに振り返る。

 そして――――こちらが人間だと思ったのか速攻で魔法を放ってきた。

 飛んできたのは大人の頭蓋骨ほどの火球が五つほど。普通の人間ならば当たれば丸焦げは確定だろう。

 しかし竜の強さを引き継いでいるわが身では当然傷などできるはずもない。

 あんなちんけな攻撃程度避けるにも値しないのだが、受けるのもなんだか面倒な気がする。

 適当に手を振ると、風圧で全ての火球が霧散した。


「な、なんでっ…………!?」


 それにとても驚愕した様子だ。よくわからないがこちらが魔法を簡単に消したことがそれほど凄いことらしい。個人的に言わせてもらえば目の前にいた羽虫を叩き落とした程度の芸当なのだが。


「こ、来ないで!! 来たら――――」

「うるさい黙れ。傷が開くぞ」


 呆れ混じりにそう言い放つ。が、少女は何に恐怖したのか肩を大きく震わせてその場に固まってしまった。面倒な奴だ、本当に。


「ど、どうして……? 体が、動かない……」

「当然だ。仮にも竜の声。万物を平伏させる程度、造作もない」

「り、竜?」

「……面倒くさい女よな、貴様。もういい、黙って治療に専念するがよい」


 事情を説明するのも面倒になってきたので首根っこを無理矢理引っ掴んで寝床へと引きずる。手当てもまだまともにしていないので傷は少し塞がっただけだ。いくら魔族の高い自然治癒力とはいえ大動脈から流れ出る大量の血液を抑えるので精いっぱいな状況だろう。

 そんな状況で自分の体の治癒では無く周囲の情報収集に行動を優先するのは馬鹿と言えばいいのか賢明と言えばいいのか。確かに二つとも怠ってはいけない物なのだが、それは基本的に二人一組で初めて効果を表すもの。単身でどちらもこなすとなるとよほどの高性能な奴でもなければ不可能だ。せめて使い魔でも召喚してから治癒をすればよかろうモノを、この馬鹿は混乱に身を任せてそれすらも忘れていたというのか。

 敷いた黒い羊毛の上に少女を寝かせる。少女は未だに硬直が解けないようでこちらを見ながらびくびくしていたが、このまま硬直が解けるまで放置という選択肢はない。流石に失血死させるのは嫌だ。

 なので無断で治癒魔法を行使する。使ったのは上位魔法の『完全治癒パーフェクトヒール』。多大な魔力と引き換えに対象者の傷を致命傷だろうが完全にふさぐ魔法だ。とはいえかなりの負担を掛けることになるので、余程の強者でもなければショックで死んでしまうことのあるリスキーな魔法。正確で確実な方法ならば下位魔法の『肉体再生リジェネ』でもよかったのだが流石に十数分も我の貴重な時間を使ってやるなど勿体ないにもほどがある。

 肩と腿の穴が完全にふさいだことを理解するや否や魔族の少女は一瞬だけ落ち着きを取り戻した。

 しかし我の存在が未だ信用できないのか警戒心は未だ健在。助けてやったというのに何とも失礼な女児だ。こちらが勝手に助けたとはいえ。


「さて、身体は治った。では会話の時間と移ろうか、小娘」

「…………私から言う事は何もない。助けてくれたのは感謝します。でも人間である以上、貴方は信頼できないししたくない。だから」

「だから、何だ? ――――森羅万象を滅ぼせる地上を跋扈する種の王たる竜に何たる不遜。本来ならばその身を何度焼き尽くしてもまだ足りぬその罪、今償わせてやってもよいのだぞ?」


 慣れない口調で、しかし確かな殺気を込めてそう咎めるように言うと少女は軽く身震いする。

 どうやら殺気の調整を間違えた様だ。軽い程度で収めようとしたが、加減を間違えて三割ほど漏れ出てしまったらしい。

 にしてもなにか刺激臭が――――あ。


「み、見ないでっ……………!」

「…………ああ、うん。その……なんか、済まない」

「う、うわぁぁぁああああああん!!!」


 床に微かに流れる黄色い液体。

 それが何なのか言及はしないでおこう。




 少女が無き止んだのは三時間後の話だった。

 我と少女の間には何とも言えぬ空気が流れており、かなり話し辛い。原因たる我が言うのもおかしい話だが、まさかあの程度の殺気で漏らすとは思わなんだ。魔族と雖もその心は少女。未熟の身では竜たる我の殺意を向けられるのはいささか衝撃が強かったという事だろう。


「……そろそろ良いか」

「――――っ!」


 きっ、と鋭い視線を向けられる。

 面倒くさいと軽く顔を覆いながら質問を続けた。何時までもこんな状態が続いているのでは話が進まない。気を紛らわすために仕込みを終えた蝙蝠の肉を焼きながら、我はじっと少女を見つめた。

 観念したのか、少女は少しずつ口を開き始める。


「何が、聞きたいのですか」

「どうしてこんな場所に迷い込んだか、だな」

「それ、だけ?」

「他に何を聞けと」


 名前とか素性とははっきり言って興味が無い。知ってもどうすることもできないからだ。必要以上に関わって面倒事を背負いたくはない。

 今欲しいのは地上の情報。一体何があって魔族がここまで来るような事態になっているのか、単純に気になる話だった。確かな情報を入手せねばこの迷宮から出た瞬間袋叩き、などという展開が本当に起こりかねないのだ。


「……私が魔族だってことが、ば、バレたからです」

「それだけでか? 冗談だろう。いくら魔族といえど最低限の権利の保障はされているはずだと知っているぞ。戦争中だからと言って――――」

「戦争……? もうとっくに終わったことをどうして今更……?」

「……終わった、だと? 待て小娘、戦争が終わったとはどういう事だ」


 認識が確かならば現在は魔族とその他種族同士の戦争中だったはずだ。

 大迷宮には戦力強化や修練のために大勢の実力者たちが入り込んでいたのは知っている。事実そのために我も何度か最下層までたどり着いた輩と刃を交えたのだから。

 それがもう、終わっただと。馬鹿な。


「五年前、戦争は終わりました。魔族の敗北という形を取って。人類側に現れた神の意思の代弁者、『勇者』が魔族たちを統べる王である『魔王』を打ち倒したことにより、魔族たちの統制は乱れ次々と将が撃たれ、負けたのです。それから五年経って、今ではすっかり魔族は排除するべき対象になりました。迫害され、忌み嫌われ、ひそひそと静かに暮らしていた私も今やその対象になって…………あの、話、聞いてますか?」

「五年、五年…………小娘、『勇者』がこの大迷宮を攻略したのは何時だ」

「え? えっと…………同じく五年前、ですけど」

「そう、そうか。そうか……五年か。そうかそうか。まさか千年近くかかる筈の転生の儀がたった五年で済むとは。しかも人間になるとは。どうも誰かが手を加えたらしいな」


 竜だけでな万物全ては死に、潰えた時、『転生』という形を取って別の生物へと生まれ変わる。しかしその期間はあまりにも長く、千年という期間を要する魂の浄化と欠如の修復が無ければ魂は摩耗し、やがて消えてしまうのだ。生前に魂が傷つきすぎた者ほどその期間は永くなる。

 それが五年しか行われなかったとすると――――恐らく我の魂はかなり摩耗しているだろう。

 精々百年持つかどうか、か。

 しかし問題はどうしてそれが五年程度で中断されたのかという事だ。魂の浄化は『神』では無く『世界』が行うもの。どんな者の意思があろうが世界の動きに横槍を入れて強奪に近い形で強制転生など神でも不可能だ。

 ならばそれ以上の上位存在が手を出したという事だろうが、何故だ。何故そんなことをした。


「……他種族と魔族との均衡はどうなっている」

「もちろん魔族が劣勢に決まって……なっています。このままだと十年しないうちに、本当に滅亡してしまうんです」

「防ぐ手立ては」


 そんな滅茶苦茶な均衡になった場合、竜たちが両立化を図る筈。

 なのに何故修復されない。陽と陰が成り立って初めて世界は正しく成り立つというのに。


「予言、という物をお母様から聞き取ったのです。曖昧、ですけど」

「それは何だ。言え」

「何故私が見ず知らずのあなたに――――」

「言え。三度目は言わんぞ小娘」


 本気の威圧を込めると、少女は怖気づきながらも口を動かす。


「…………『星が生み出した暗闇の奥底に、陰陽の天秤が崩れたのならば、それを正す者が其処に現れん』」

「……成程な。それを見つけにここに来たと」


 確かにこの大迷宮は自然が生み出した超規模迷宮。星が生み出したと言っても過言ではないだろう。

 陰陽の天秤。恐らく世界の力の均衡の隠喩。それが崩れたという事は、今か。

 そしてそれを正す者――――『調停者』たる竜の我の事か。

 それを理解し、不満が湧き出る。

 自分の境遇が運命によって作られているなど――――不愉快でたまらないのだ。


「かっ、勘違いしないでください。人間がお母様の予言に当てはまるなんて……」

「竜だと何回言えばわかる? そろそろ殺してほしいか貴様」


 先程から二、三回は言っているのに未だ頭に入らないとは馬鹿なのか。

 しかし少女はその言葉に対して懸念そうな表情を見せる。


「先程から竜、竜って……どこが竜なのか説明してもらえると助かるのですけれども…………」

「…………よしわかった。後悔するなよその言葉」


 魔族のくせに相手の本質も見抜けぬとは、蕾どころか種子だったかこの小娘は。

 心の底から洩れそうな怒気を抑えながら大空洞の方へ出る。その中央辺りで、静かに目を閉じで体全体に魔力を浸透させていく。


「すー、はぁー…………………」


 思い出す。自分が竜だった頃の感覚を。

 忘れもしない、五百年間も共にした我が体の姿を。




「―――――――――――――――――――――――――――――――――――ァッ!!!!」




 全身の激痛を耐えるために喉の底から地獄まで響き渡りそうな雄叫びを上げる。

 体から魔力があふれる。今とは比べ物にならないほどの濃密な魔力が暴れるように湧き出てくる。

 感覚が変質していく。肢体が肥大化していく。

 肌は漆黒の鱗へと。頭には竜の角が生える。バキバキと骨は再構成され、肉体が異常な速度で膨張していく。あまりの変化の速さに肉体が悲鳴を上げて膨大な熱量を放出し、その影響で体が灼熱を帯びる。しかし痛覚は無い。この程度の熱など我の竜の息吹ドラゴンブレスと比べれば大火の前の灯火。

 やがて我の体は、生前の頃と変わらぬ竜の肉体へと変貌する。

 目の前には「あわわ」とあまりの恐怖に腰を抜かした小娘が尻もちついてこちらを見上げていた。


「小娘、改めて問おう。――――我は竜なり。二度と人間などという俗物と履き違えるな」

「と、とんだ不敬をっ……この身全てを以て謝罪をいたします深淵の竜よ……しかしどうかこの小さな命だけはどうか。私にはまだ」

「やるべきことがある、だろう。よい、今の我は寛大だ。全ての罪は不問とする。――――ただし、対価として貴様の持つ全ての事情を曝け出すがよい。気分次第では、協力してやらんことも無い」


 あー。疲れるわー、この喋り方。

 冗談抜きで我、こんなやり取り一度もしたことないからなー。ぶっちゃけアバウトな感じで接したいものなのだが、状況が状況だ。少しでも威厳を見せて情報を絞り出すに越したことはない。


「わ、私の望みは魔族の再建! 予言に従い貴方様にご助力頂けべくこの大迷宮を彷徨い、ここにたどり着きました。故にどうかこの頼みを聞いてください!」


 少女は健気にも四つん這いになり、頭を地面に擦り付け乍ら懇願する。

 ……なんか変態と思われそうだからやめて欲しいんだけど。


「言ってみよ。ここまでたどり着いたその身に免じ、我はそれを聞こう」

「魔族に味方してください竜よ! 我々は既に弱り切った身! しかし貴方様のご助力があれば希望が見える! どうか、どうかご慈悲をッ…………!」


 泣く様にそう願う少女の声は、嘘という醜い感情は一切含まれていなかった。

 恐らく本当の事だろう。崖っぷちに居るのだろう。だからこそ我が身を顧みずこんな危険な場所まで赴いた。希望と呼べる者にも出会った。

 そこまでこれば同情心で受け入れてやることも無い。こちらとしては増長したクソヤロウ共に鉄槌を下すこともやぶさかではないし、こちらを容赦もなくぶっ殺してくれた『勇者』らを遠慮なくぶち殺すのも既に確定された予定事項だ。

 ――――だがつまらない。無償で助けるなど人が良すぎるという物。

 故に我は問う。


「ならば汝、何を差し出す!!」


 覇気を秘めた声でそう言い放つ。その声は大迷宮全体を軽く揺らす。

 それに怖気づけばそれまでだ。協力はしないまま単独で行動するまで。その過程で魔族が幾らか消滅しても関係は無い。

 だが、少女は引かなかった。

 涙目になりながら顔を上げてこちらをその純粋な蒼い瞳で真っ直ぐ見つめてくる。

 そして震える両足で立ち上がり、胸に手を当て口を開く。


「貴方様に私の全てをささげます。爪の先から血の一滴まで、全て貴方様にゆだねます。魂の一欠けらまでも余すことなく!」

「…………」


 覚悟が其処に有った。

 最初であった時の不安、絶望、葛藤、後悔、自らの感情全てを踏みにじって彼女はそう宣言する。

 その言葉に偽りはなく、

      また自らの同胞を想う聖母の如き優しさを、

                  我は微かど言えど感じ取った。



「ふ…………フフハハハハハハハハハハハッ!!! アッハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」



 我が高らかに笑い叫ぶと、少女は怯えたように肩をすくませる。

 しかし直ぐに笑いを止めて少女の双眸を見つめる。


「その言葉に偽りはなく、確たる覚悟があると見た。よかろう、その余興に我は乗った。ただし、その言葉に一瞬たりとも背いた場合、貴様だけでなく我は死するまでこの世界に破壊をもたらす!!」

「……はい!」

「…………やれやれ、こんな面白い者がおったとは。外界というものに益々興味が湧く」


 実に興が乗った。

 運命とやらは気に入らんが、これはとても面白いことになって来た。

 厄介事など言ったが前言撤回だ。

 面白いじゃないか。

 世界の盤石をひっくり返すなど、これほど楽しそうなことはそうそうないだろう。


「少女よ、問おう。――――その名は何だ」

「フランティーア・エスベリカ・フィンディルノヴァ。誇り高き『魔王』の末裔の一人です」

「良いだろう『魔王』の末裔よ。共に世直しを始めよう」


 我はこうして、この大迷宮からの旅立ちを決意した。




失禁シーンってさぁ、初めて書いたんだけどさぁ……その、下品なんですが、勃(ry

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