愛するがゆえに
「ライアー☆企画」参加作品です。
このお話の中の嘘つきは何人でしょう?
「嘘つき!って幼い女の子が言うから何かと思ったらさ、その子が欲しかったのとは違うお菓子をお母さんが買ってきたみたいでさ」
どうやら赤星が買い物に行った時の話らしい。
桜海はおやつを食べながら聞いた。
「「ミカの言ってたのは無かったのよ。ごめんね。今日はコレで我慢してね」って母親が言ってたんだけど、本当は特売品を買ったんだよ。子供は車で待っていたから知らないみたい。でもその子鋭いと思わない?母親が嘘つく前から嘘つきだって叫んだんだよ? 俺はビックリしたね」
桜海は、母親の嘘と聞いて、ギクッとした。
以前桜海は、重大な嘘をついたことがあるからだ。
厳密に言えば、嘘をつかされたというべきかもしれない。
「必要な嘘か…」
桜海はあの時のことを思い出し呟いた。
赤星は自分の話題の中の嘘とは違うような気がして、
「必要な嘘? 嘘も方便とはいうけど…」
とわけを尋ねた。
桜海は黙っておやつを頬張る。
「テンは嘘をつけないタイプだよね」
赤星は首を捻った。
「まあね。その時は頼まれたっていうか…」
「頼まれたの?」
「うん。だけど今でもあれで良かったのかどうか考えてしまうんだ」
☆
「死んだと伝えてください」
彼女は自分たちと依頼人の命を守るためだと、必要な嘘だと言った。
桜海は口が上手くない。
本当は生きているのに「死んだ」と口にすることは、桜海には無理だった。
だから、行方を追ったがここまでで途切れていると、嘘を伝えた。
あれから何年か経っているが、砂川有一はどうしているだろうか。
あの海で亡くなったと信じて、景色の中に母親を探しているのだろうか。
それとも殺されたと思って犯人の手掛かりを見つけようとしているだろうか。
あの場所を調べても何もわかるはずはないのだが。
彼が桜海を信じて母親の事を諦めてしまったのだとしたら、本当は生きていると報告しても問題が無かった場合、親子を離れ離れにしたのは他でもない桜海の嘘ということになる。
また母親が窮地に陥ることを予測しているにも拘らず、息子である彼の助力を断ち切ったことになるのだ。
彼らの人生を左右する嘘だったのではないだろうか。
そう思うと桜海はもっと他に上手い嘘は無かったのか、本当に嘘をつくという選択で良かったのか、考える度に哀しい気持ちになってしまうのだった。
☆
「でも頼まれたんでしょ? それならテンに責任はないよ」
赤星は桜海の抱える良心の呵責を和らげるつもりで軽く言い飛ばした。
「そうかな…」
「さあ、この後もテリトリーを見回りに行くんでしょ!」
赤星は桜海が深く悩むのを止めたかった。
桜海は赤星のオーラまでが哀しみに揺らぐのを目にした。
二人が妖刀に傷つけられて以来、赤星には桜海の心の波動がシンクロしてしまうようになっていた。
桜海が悲しめば、赤星が泣くのである。
喜怒哀楽の哀以外はシンクロしてきても対処しやすいのだが、桜海が哀しみを堪えて顔で笑っていたとしても、赤星は自分自身が悲しくなくても溢れてくる涙と闘わなくてはいけなくなるのだった。
桜海の退院後は赤星もコントロールできるようになったというが、やはり彼を悲しませないためには、桜海が悲しまないようにしなければならない。
「わかったよ。ありがとう」
桜海は笑顔を見せた。
桜海の悩みが尽きるわけではないのだが、もう悩まない振りをした。
赤星がホッとした顔で微笑んだ。
「じゃあ、行ってきます」
桜海は元気に出かけた。
「うん。気を付けて」
赤星も優しい眼差しで見送った。
「必要な嘘か…」
赤星の頬を涙が一粒転がり落ちた。
赤星の側にいる姿無き一多とタマコは黙秘を決め込んだのだった。