魔女の魔女による魔女の為の騎士物語。
世は科学至上信仰の絶頂であり、世界の陸地全てを精査し海洋のほとんどを手中にし、空では遥か上空の月にまでその範疇を広げおよそこの世で解明されていない事等ないように思われた時代。
人から不可思議な物に対する畏敬の想いが薄れさり、神に対する信仰まで軽んじられるようになりつつある。
そんな世界の暴走じみた発展に破滅的なまでの進歩をもたらした存在は数世紀ぶりに歴史の表舞台に現れた1人の魔女だった。
月軌道中継ステーション
「何なんでしょうね」
独り言のつもりで小さく呟く。
今回の任務は気に入らない事ばかりだ。自分の管轄外の任務、長距離の移動、そして極めつけはこの「棺桶」
まぁこれは弱冠嫌気がさしている事に対しての愚痴みたいなもので、返答何て期待もしていなかった。
「何なんでしょうねって、おまえ…………何がだ?」
その愚痴?とも言えないただの独り言にわざわざ返してくる奇特な人間がいた――まあ、ここには三人しかいないが――やる気のなさが前面に出た顔をした中年の男、自分の上司であるこの中年の男は、面倒くさい雰囲気を垂れ流しながらも一々返事を返してくれるこの上司の性格が最近よくわからなくなってきている。基本的に人は良い分類ではあるけれども。
「これの事ですよ、わざわざ月まで連行する意味あるんですかね?」
自分との距離を等間隔で進む自走式のキャリーに乗った「棺桶」を胡乱気に眺めながら、今一やる気の出ない声で聞いてみる。
「麗しの大統領閣下は氷漬けにして閉じ込めておかないと震えて夜も寝れないんだろ」
自分で聞いた事ではあるが、全ての行動を記録される恐れのある最新の監視システムを備えたステーションでのトップを馬鹿にした上司の発言に全てが面倒くさくなり、そんなもんですかね?と、短く相槌を打って会話を終わらせる。自分も同様の考えと思われてはたまらない。
それにこの上司の上を馬鹿にする態度はもう慣れた、今さら反論するのも疲れるし、機会さえあればいつか告発したいと心の底から思ってるのは自分だけの秘密だ――同僚皆が思っている事ではあるらしいが――。
「いいか魔女ってのはな、悪魔とサバトで犯っちまって、水に沈まず、家畜に被害を与える阿婆擦れで、おまけに体のどこかに契約の印を刻まれたモンのこった」
………あなたはこの子にとってのハインリヒ・クラマーってわけですか。と喉元まで出掛かった台詞を飲み込む。
じゃあお前はヤーコプ・シュプレンガーってわけだ。
と皮肉気なこの上司が嬉々として返してくるのは目に見えてる、無駄な会話はしたくない。
暗に自分も同罪と言われたら面白くない。自覚はあれど他人には言われたくない事は誰にでもあるはずだろ?
監視カメラの向こうの眼を気にしつつしばらく黙々と任務に集中し進んでいると、かなりの開放感のある空間に出る。このステーションは、あのにっくき無法都市の牛追い共が使うホームスタジアムもかくや、という広さ(悔しくなんかないぞ我らがフェデックスフィールドだって捨てたもんじゃない……ハズ)があり、それに見合う馬鹿でかい窓のある区画だ。この上司は頭を動かすのも億劫そうにその窓から『月』を見ている。
「そうに決まってるだろ、衛星収容所だぞ?レベル6だぞ?フリスコの監獄島なんて目じゃない、うちの税金が糞高い理由の半分はあの「聖堂」のせいだっていうタブロイドの都市伝説を俺は信じてるんだよ。」
そう言いつつこの上司はステーションの窓から見える『月』をあごで指した。あごの遥か先には、なるほど「聖堂」とは言い得て妙なネーミングだと納得できる。静止衛星軌道上にあるこのステーションからでもギリギリ確認できる程の馬鹿でかい建造物は古めかしいゴシック様式風で、どこぞのフレンチ共の世界遺産な大聖堂を思わせる2つの尖塔が伸びている。
途方もなく巨大で荘厳でアホらしく恐ろしく金の無駄にしか見えない、装飾過多も良いところだ。宇宙で何の意味があるのか設計者に聞いてみたい。
何が聖堂だ、伏魔殿の間違いじゃないのか?と、これまたやば気な台詞をのたまう上司に気づかれないように溜息を吐き、再度自分の任務に集中する事で思考することを放棄する。
もうすぐ「聖堂」直通の船が停泊する埠頭のあるエリアに入る、この護送員まがいの仕事が終われば本当に久しぶりの休暇だ。仕事に追われてやりたい事を後回しにしすぎて、そのやりたかった事を忘れてしまうという本末転倒な生活ともやっと縁が切れる。人権の保障された文明的な生活を送る事が出来る。
そんな希望に満ちた事を考えていた時のことだった。
視界が一瞬で紅蓮に染まる。
顔が痛い。息もできない。声も出せない。何が起きた?
ひたすら紅い自分の視界から、ちらと上司のいた後方を見やる――――全身松明と化した人影が見える、ざまあ見ろ――――本当に何が起きた?
この疑問はすぐに答えが出た。
目の前の「棺桶」がひしゃげてる、文字通りの意味で素人目にも頑丈そうな「鋼鉄の棺桶」が、だ。
「どんだけ頑丈なのよこの鎖」
眼の前にはどこにいても眼をひきそうな快活そうな髪の長い少女。綺麗な漆黒の瞳に目が奪わ…………
………なに?ここには自分と上司だけしかいなかったはず。
であれば眼の前にいるこの少女は……………魔女なの、か?
どうやって出た?「棺桶」の鉄板の厚さは50㎜あるはず、なおかつ魔術とやらが使えないように体を拘束してあったはず――――魔術には身体的な動作による儀式が不可欠だかららしい――――
「純粋な魔力で削るしかなかったとは言え、ここまで時間がかかるとは思わなかったわ」
自分の問いに答える気はないようだけど、「魔力」なんて言ってるのだからこいつは魔女だ、間違いない。
ならやる事は決まった。目の前の少女をもう1度拘束して速やかに「聖堂」まで連れて行く。そうしなければ自分の久しぶりの休暇が………まぁ、もうこんな状態では始末書やらの処理で手遅れな気がしてきたが。
「せっかく出たところ悪いけど、聖堂まで連行させてもらうぞ」
ちょっと格好良く宣言したところで初めて目の前の少女はこちらに対して返答の様なものを返してくれた。
「あれ?顔面全焼させて声も出せない状態のはずだったけど?」
「わりぃが俺たちの体は特別せいだ」
その瞬間―――魔女の頭のあった場所に、入れ替わるように自分の立つ方まで風圧を感じるほどの蹴りが飛び込んだ
普通の人間なら間違いなく即死のはず。だけど魔女はこのエリアの長い廊下を吹き飛ばされながらでっかい炎の塊を飛ばし反撃してきた。それを自分の上司は事もなげに自らの腕を鈍い銀色をした鞭の様なものに変化させそれを持って風圧と衝撃で斬り裂き迎撃して見せた。
「あなたたち私の子供たちってわけね……」
驚いたことに魔女は無傷だ、無傷でニヤけながら自分たちを見て言った。
「化物部隊は100人近いんだぞ、俺たちがお前の子供とか言ったらあんた相当の好きもんだな?」
その年で100人斬りとかまじないわぁ。とか緊張感のない上司のセクハラまがいの発言はスルーするとしても――――――
「取り消してくれないかな?魔女さん」
こちらを綺麗で純粋な漆黒の眼で見つめる魔女にどうしようもなくいらだつ。
お前にそれを言う権利はあるのか?あるんだろうな。それでも……
「志願して為ったとはいえ、こんな体にされるとは知らなかったんだぞ?」
取り消せ。ともう1度重ねて言うがそもそもこの魔女は何を取り消せと言われているか分かっていない気な顔で聞いてきた。
「そこのむっさいおじさんのセクハラはまだ分かるけど、アナタさっきから何を言ってるの?そんな便利な体に為れたんだからむしろ感謝してほしいわね」
―――――よし、この魔女は黙らせよう。黙らせるためにはどうする?―――殺るか?いや、命令は「聖堂」への連行だ殺るのはまずい、始末書じゃすまないだろそれ。だけどさっきの攻防を見るに生半可な威力じゃ弱らせて拘束も出来ないだろう。
複数ある選択肢の中から最上を検索する―――どれも威力がありすぎるか魔女に効果がなさそうな威力のものしかない中途半端な自分が恨めしい。
死なない程度に何とか調節するしかないか……やった事はないが出来るんだろうか?
「ねぇお兄さんタバコ持ってない?寝てるとこ拘束されたから何も持ってないのよ……あ、ごめん高校生に聞く事じゃなかったわよね」
ほんとごめんね。なんて心底すまなそうに謝って来る魔女、ただ目が笑っている。自分の童顔に気づきつつそれを馬鹿にしてからかってるのだろう、自分は日系移民の子孫だ。童顔は種族的特徴でどうしようもないが、人のコンプレックスを突っつきやがって………手加減するのは辞めた死んだらそれまでってことで。その時は俺が責任を取って教会に連行されよう。
「少し痛いけど我慢してくれよ?」
そう言って魔女を、にっこりと笑いながら睨みつけるという矛盾した表情で見やる。対して魔女の方はこちらが何をするのか楽しみで仕方がないようで、本当のいい笑顔でこちらを見ている。
極小機械の稼働率を跳ね上げ体内に常時展開している共振器を稼働させる――――――同時に重水素を生成し共振器内部に誘導―――――放出―――――
拘束するためには両手足の動きを封じたほうがいいな……更にナノマシンの稼働率を上げて共振器を3つ作成――――――結構きつい、意識が飛びそうだ――――だけどコレで準備は整った。
その瞬間、予備動作もクソもなく無音の4条の赤光が魔女の四肢を焼き切った。
自分が今いるエリア中にけたたましくなる警報。
ステーションの防護隔壁ごと焼き切ってしまった自分の基本装備でもある対人レーザーは前々から思っていたが威力がありすぎる。試した事はないが、おそらくミサイルの類も撃墜できるのではないだろうか?
目の前に転がるのは、追加の始末書を覚悟した結果である文字通りの達磨状態になった「魔女」
それを見て興奮する性癖は無いけれども、痛そうな表情でこちらを見ている―――痛そうな、で済んでいるらしいインチキだ畜生―――幾分か胸にスカッとするものを感じた。
「いやぁひどい目にあったな」
チクショウこのスーツ卸したてだってのに、とブツブツ言いながら上司はいつの間にか自分たちの周りに大勢いるステーションの警務官達に、その普段の態度と、先ほどの魔女の炎によって燃え散った現在の半裸とも言える情けない格好からはとても想像できない程に、的確かつ迅速に事態の収拾をつけようと指示を飛ばしていた。
て言うか、いつから居たんだこの警務官たちは?警報なんて今鳴ったばかりな気がするが。
ステーションに来てからの状況をずっとモニターで確認してたってことか……もっと早く援護なり何なりにこいよと小一時間問い詰めたい。
目の前に警務官達によって、いかにもなごつい鎖で雁字搦めに拘束されている達磨少女。こっちを不敵な笑みで―――顔色は悪いが―――見つめて「極小機械を使っての肉体操作?っていうより体そのものを載せ替えてる?面白いわね……どう私の専属のボディーガードにならない?三食昼寝くらいはつけるわよ?」
…………結構平気そうな感じだが虚勢と判断しておこう、主に自分の精神安定のために。
大体ボディーガードなのに昼寝付きって何だよ。今の生活を考えれば魅力的に感じてしまうじゃないか。
「棺桶」から出てきたときに、純粋な魔力で鎖を削ったのなんちゃら言ってた気もするが、拘束からここまで2日掛ってた事を考えれば取りあえずは大丈夫だろう。
「聖堂」に収監した後の事などは知らない、自分の職務範囲外だ。四肢が無いと魔術とやらも使えないようだし、どうせ冷凍睡眠状態にして核シェルター並みの強度の月の地中深くにある施設に封印するらしいし、いくらこの少女に自分の印象を深く植え付けてしまったとしても問題ない。二度と会う事もないだろう。
まだ何か自分に対する勧誘?めいた事を言い続けている魔女を無視して、この後待っているとんでもない量になりそうな始末書の作成の事を考えて見る…………どう転んでも自分の想像以上になりそうだから取りあえず忘れよう。
せっかく明日の休日を満喫しようと思ったのにどうやら返上することになりそうだ。
いっその事俺も冷凍睡眠で永遠に寝てしましたい……はぁ。