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島津家は、岩剣城の戦いに隠居した爺ちゃんまで出陣して来ていた様です。総力戦です。
何だこの戦闘民族。最初からクライマックス過ぎる………
「は、ははは………」
笑うしかない。その笑い声も、かすれるあり様。
「頭ぁ、しっかりして下せぇ。」
そう声を掛けてくる部下の顔にも、疲労の色が濃く表れている。
開戦から八時間が過ぎている。
予想よりも早く到着した島津の軍勢は今、俺達の守るこの唯一の門を破る事に心血を注いでいる。
この門を破るのに、破城槌は必要ない。それほどに頼りない門であり、俺達がそこを守る扉だと言っても過言ではない。
彼らは都度七回、突撃を試みるも未だ成功しては居ない。
周囲を囲む絶壁は、鵯越の様な奇襲を許す、生易しいものではない。
待ち構える俺達の所までの道は、一本のみ。
門まで至るこの石段は、双方の血で赤く染まっている。
一呼吸の間に幾つもの矢が下から射掛けられ、此方も負けじと応射する。
パン
と、火縄銃が火を吹く度に敵が死に
ヒュン
と、風を切る音と共に味方が死ぬ。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
裂帛の気合と共に、敵が石段を駆けあがる。
「来たぞ!!!撃てぇぇぇ!!!!」
パン、パパン。パン。
配下の足軽たちが、各々狙いを付けて引き金を引く。
俺もまた、引き金を引いた。
当たったかどうかなんて確認する暇もない。
傍らに置いてある槍を持ち、矢玉の中を抜けてきた敵を迎撃する。
防御の為に設けた柵の間から、槍を突き出す。
その槍が捉えた敵に、肩から二本、脇腹と太ももから一本づつ矢が生えているのが確認できた。
人を殺めた感触に、吐き気がするも、吐く事はもうない。
三度目の突撃の後に、胃の中の物は全て吐き出してしまっている。
「引けぇ!!引け、引けぇぃ!!!!」
敵の数が半分以下になった辺りで、敵が引いてゆく。
「は………ふぅ………」
敵が、完全に撤退したあたりでどっと疲れが押し寄せる。
膝の力が抜け、どさりと腰を下ろす。
「頭ぁ、今日はもう終わりでしょうぜ。もうじき日が暮れちまう。」
いつの間にか落ちようとする夕日が、血濡れの石段を赤く照らす。
そんな石段の下から笑い声が聞こえる。相手の戦意はまだまだ高いようだ。
「ははは………どんな、神経してんだよあいつ等。」
引き攣った笑顔で、そうつぶやく。
「あん坊主、笑っちょりゃぁよ………」
「11の餓鬼かと思いよりゃぁ、恐ろし坊主やったいねぇ。」
その様子を見た部下が、何か壮絶な勘違いをしていた。
………え?何??何でそんな顔で俺を見るの!?ちょっ!!!そんなウォージャンキー見る様な視線止めてよ!!!こっちは人死にと無縁な元現代人なんだよ!!!
鬼でも見る様な視線を向ける部下や味方の誤解を解こうと、笑顔で俺が顔を向けると
「ひっ!!!」
………おっさん達に怯えられた。
いや、味方の餓鬼に怯えないでよ。
石段下、島津家本陣。
盛敦は、此処でもまた勘違いされていた。
曰く
「山門に、笑いながら敵を突き殺す奴がいる。」
「鬼の様な坊主だ。」
「どう見ても幼い坊主です。本当にありがとうございます。」
「何か、尻を狙われていそうな顔の坊主だ。」
等々。
そんな彼の噂は、三兄弟のもとにも届いていた。
「歳久ぁ、聞いたかいよ?」
「何をね?兄。」
「門のトコに、鬼んごつある坊主が居るち。」
「坊主?頭丸めちょっとや??」
「おう、坊主頭の坊主が笑いながら戦いよっち。」
「………は?兄、いっちょん分らん。弘兄、何ちこっ??」
「あぁ、門の所に11ぐらいの、鬼んごつ坊主が居っち。そいつは頭を丸めちょっち。俺達も負けちられんぞ。」
必死に戦う盛敦の様子は、何故か彼ら三兄弟の戦意を高めていた。
「ちょっ!!!止めっ!!!そんな目で見んなよ!!!!じりじり逃げないでよ!!!!味方でしょ!!??まっ、待ってよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
そんな叫び声が、山の上から聞こえたとか聞こえなかったとか………
主人公が勘違いされているようです。
因みに今回の戦闘は、イメージを西南戦争の田原坂の戦いから借りました。
………そしたら、何か重くなりました。壮絶すぎます、田原坂。
熊本民謡に『田原坂』と言うのが有り、歌詞の中に「越すに越されぬ田原坂」と言う一節があります。
これまでてっきり、越せないのは薩軍の方だと思っていました。
あれ、越せないのは官軍の方だったんですね………
興味のある方は、調べてみては如何でしょうか?
民謡とは思えない歌詞です。