7.直接対決・2
「…何を言って、るの…?」
金色の瞳を睨み返す、魔力のほとんどない真っ黒な瞳は、以前のように絶望に彩られてはいない。
「貴方は、俺と同じ、人間だッ!!」
その力強い声に、シェーナの瞳は見開かれた。 ガラスのように透明な瞳から、涙がころころと転がり落ちる。
「その涙が何よりの証拠だ! 貴方は、人間の心を持っている」
「……心がなんだっていうの? 心が人間でも、もう、私の身体は老いることもない! どんな魔族だって葬れる魔力だって持ってる! そんな私のどこが人間なの!?」
シェーナの手から鎌が煙のように消え、代わりに魔力が収束していく。 しかし、シンは喉元に槍を突きつけたまま引こうとはしなかった。
「古の力よ! 今此処に具現せよ! 流星!!!」
収束した魔力が開放されると、禍々しい輝きを持った星が降ってきた。 地面が大きく揺れ、天井からはバラバラと大きな欠片が落ちてくる。 だが、シンの周りには何の影響も出ていない。
「……言っただろう? 貴方は人間を傷つけることは出来ないと」
「……! 違う! 違う!!! 私は、この世界を滅ぼす!!!!!」
声にならない声を上げながら、魔力を開放していく。 シンの言葉通り、それらは一切当たることはない。
「ああああああ……!!!! 来ないで!!! 来ないでえええええ!!!!」
「もういい……」
がらん、と槍を落とすと、狂ったように叫びながら魔法を使うシェーナに手を伸ばし、抱き寄せた。
「もう、いいんだ……俺の願いのために、貴方自身を犠牲にする必要なんてない」
「あ……」
シェーナの手から魔力の塊が消え、腕は力をなくしたようにだらんと垂れた。
「私は……私は…」
「今まで、ありがとう。 貴方がいなかったら、今の俺は存在していなかった」
さまざまな想いが込み上げてきて、シェーナは嗚咽を漏らしながら首を振るしかなかった。
そんな彼女の頭をシンは優しく撫でる。 以前養父母に彼がそうしてもらったように。
「だから、これからは、俺が貴方の願いを叶える――っ!?」
突然、シンの目が大きく見開かれた。 口の端から、じわりと血が滲み、床へと滴っていく。
「困るんですよねぇ……我が王を誑かすなど」
「チェズ!?」
シンの大きな身体の重みがシェーナへとかかる。 その肩越しには、右手を真っ赤な血で染めたチェズがいた。 表情はいつもとは全く違う、怒りに満ちた表情だった。
「何故!? 何故、彼に手をかけた!?」
「おや? いけませんか? 魔族が人間を殺して、何が悪いのです?」
シェーナの耳元で、シンの浅く速い呼吸音が聞こえる。 その抜けていく呼吸から、彼の生命の源が零れ落ちていくようだ。
処置をしようにも、チェズの動向から目を離すことはできず、止血程度しか行うことができない。
「許さない……ッ!!」
「臣下に手をあげるというのですかッ?」
「私は、人間だっっっ!!!!!」
今まで決して臣下の前で表情を出すことがなかったシェーナの怒りと猛烈な魔力の奔流に、チェズの足は竦んでしまう。
軽く地面を蹴ると、あっという間にチェズの顔面を片手で捕らえた。
「……お許しを…っ!!」
「消えろッ!!!!」
指先に力を込めると、青い炎が一気に燃え広がり、一瞬のうちにチェズは白い灰と化してしまった。
荒く息を吐きながらも、慌ててシンの傍へ駆け寄る。
「……さっ、きの魔族は…?」
「大丈夫、もう心配いらないから……お願い、もう黙って」
魔力の酷使のせいか、シェーナの指先は震えが止まらない。 しかし、シンの身体には大きな穴が開いており、それを塞ぐために再び両手に魔力を集める。
「……だめだ、それ以上は…」
「……私は、魔王よ。 魔力なんて有り余るくらい持っているんだから……、はぁ…だから、貴方の傷を治すくら、い……心配いらないわ」
ゆっくりと慎重に魔力を紡いでいく。 シンの抉れた肉が、少しずつ盛り上がり回復していくのが感じられた。
いくらかの時が流れて、傷は塞がった。
「これで、もう……大丈夫、ね」
回復した姿を見たシェーナは、糸が切れた人形のようにその場に倒れこむ。 シンは慌てて彼女を抱きかかえた。
「貴方は……どうしてそんな……!」
「……ねえ、名前を教えて……?」
「名前なんて後でも!」
「今、教えてほしいの」
うっすらと開かれた瞳は、もはや金色ではなく、人間のそれである茶に戻っていた。
「シン、俺は、シンだ!」
「そう……ねえ、シン。 私はシェーナというの。 ……最後のお願いよ、名前で呼んで…」
「シェーナ! 最後なんて言うな!! 俺は、まだ貴方の願いを叶えていないッ!!!」
己の名を呼ぶ声を聴くと、シェーナは満足そうに微笑んだ。 そして、シンの言葉を否定するように首を振る。
「シン、私、長いこと生きてきたけど…こんなに幸せなの、初めてよ……ほんと、に…あり、が…と…」
シェーナの身体の力が抜けるのと同時に、閉じられた目の端から大粒の涙が零れる。
「シェーナ?! シェーナあああああ!!!!!」
黒の祭壇の間に、シンの身を切るような叫び声が響き渡った。




