5.侵攻、そして
シェーナを中心とした魔王軍はじわじわとその勢力を広げていった。
初めは、人の少ない地域を重点的に狙い、ほとんど無抵抗なまま人間界における拠点を得た。
しかし、人間達もこのままやられっぱなしではない。 屈強な人物や、聡明な人物を集め、さまざまな作戦を練り、戦士達が戦場へ送られる。 そうなれば、拮抗状態になるのもあっという間だった。
どちらも譲らず、あちこちに開かれた戦端では、日々一進一退の攻防が繰り広げられる。
それは十数年にも及んだ。
魔族だけでなく人間にもたくさんの犠牲者が出た。
シェーナは、これでは埒があかないと一つ作戦を提案する。 それは、誘い込む地点を一つに絞り込むことだった。
「しかし、シェーナ様がこんな作戦をお考えになるとは……」
「犠牲者は少ないほうがいいでしょう? 魔王不在の間、減っていた同胞達の数もようやく戻ってきていたところなのだから」
「まあ、それはそうですね。 魔王様の力がなければ、この世界に我々は具現化することも出来ないですし」
チェズだけでなく、他の高位の魔族たちも同調している。 シェーナは、こっそり安堵の息をついた。
人間達には、ここが魔王の居城だという噂を何度も流している。 入り口は、昔シェーナの住んでいた村のあった場所だ。 今では魔族に占拠されており、村は朽ち果てた残骸しか残っていない。
この場所に、戦士達は訪れる。 その様子を窺い、確実に倒せそうな者が相手をするのだ。 高位の魔族達の間では、これは最早戦争ではなく、退屈しのぎになっていた。
「おや?…今度の挑戦者…いや、人間たちの言い方をすれば“勇者”か…あの人たちは、無事に辿り着けますかね」
「水鏡に映しましょう。…これはこれは随分と屈強そうな」
「!?」
シェーナは、目を見開くと腰を浮かせた。
緩やかな波紋を描きながら映し出された青年は、見覚えのある顔だったのだ。
しかし、その表情は初めて出会ったあの頃のものとは全く別のものである。
身長以上の大きな槍を背負い、背筋を真っ直ぐに伸ばして前を見つめている。仲間と思しき人物も数人、側にいた。
シェーナの表情と周りの空気が途端に冷たいものとなった。
「……“勇者”と遊んでくるよ。 仲間の方は任せるから」
「お任せを」
***
洞穴を三人の男が歩いている。足音は重いもの、軽いものそれぞれだった。
どこかで水の音が聞こえる。
大分進んできたが、大きく変わったところはない。
魔法使いのムスタファがこっそりと隣りの男に耳打ちした。
「フェルシュさん、本当に、この洞穴が魔王の城に繋がっているんですか…?」
「…はっきりと見た人物がいないから何とも言えないが…」
「いや、ここにいるはずだ」
シーフ仲間から得た情報ながら、フェルシュはイマイチ納得のいかない顔をしている。
だが、しっかり聞こえていたのだろう、妙に確信のある声で“勇者”シンが言い切った。
あの祭壇での出来事以降、養父母の下で、シンはすくすくと育った。 痩せてひ弱だった体も鍛え抜かれて今では国で一、二を争う戦士になった。
また、友人もたくさん出来た。 この魔族征伐の旅についてきてくれた、ムスタファとフェルシュの二人は、数多いその中でもかけがえのない親友だ。
しかし、そんなシンにもどうしても誰にも話せないことがあった。 それが、あの祭壇で願ったことである。 幼かったとはいえ、誰とも知らぬ人物に、世界を滅ぼしてほしいと願ったことがこうして現実に起こってしまっていることに、とても罪悪感を覚えていた。
そう思案にふけっていると、突然、ぐにゃりと地面が歪み、目が回る。
「シンっ!!!」
二人の叫ぶ声が聞こえたときには、景色は一変していた。
「…ここは…?」
黒い祭壇。 多分黒曜石で出来ているのだろう。
冷たい気配に気がつくと、シンは迷わず槍を構えていた。




