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3.もう一人の願い








「やめて! やめてよ!」


少年は力の限り叫んだが、周りを取り囲んでいる同年代の少年たちは決して棒切れを振るうのを止めようとはしなかった。

そればかりか、その様子を見ているはずの大人たちでさえ、彼らを止めることを一切しようとしない。


「お願いだから……止めてよぉ!」


口の中が切れ、あちこち腫れ上がって醜くなっている。 それを見た村人たちは、ニヤリと口角を上げて笑うと、桶に汲んでいた水をかける。

傷口に勢いよくかかった水は、少年にとんでもない痛みを与えた。


「~~~~ッ!?」


激しい痛みに、目を白黒させながら地面を転げまわる。 その様子を見て、少年を指差しながら嘲り笑った。


「役立たずが! お前はこうやって俺たちを喜ばせればいいんだよっ!」

「あっははは! おもしろーい! あんなに丸まってごろごろ転がって、まるで芋虫みたいっ!」


少年はひたすら暴行を加えられ、村人からそんな声を聞くのが日常だった。

逃げようと思ったこともあるが、病床にある母親を置いてこの村から出て行くことはできなかった。 だから、こんな理不尽な行為さえ甘んじて受け入れている。

しかし、その母親も数日前に病で亡くなった。 少年の支えになっていたものは、既になくなってしまったのだ。


「げえ…コイツ死んじゃうんじゃねえ?」

「村長、どうします?」

「……コイツは祭壇の洞窟へ放り込む。 ちょうど、お告げが出たところだからな」


その村長の言葉に辺りがざわつき始める。 少年は痛みで意識を失いそうになりながらも呼吸を整えると、村長の方へ視線を向けた。


「お告げ……そうだな、コイツが生贄になれば問題ない!」

「よかったあ……これでまた安心して暮らせるわ!」


村人たちが口々に喜びの声を上げている。 少年の意識はここが限界だった。








ぶつりと意識が途切れ、目覚めたときには黒い祭壇の上に寝かされていた。


「ここは……あ…はは……そうか…これが祭壇……」


辺りは暗いものの、松明がいくつか設置してあるのか全く見えないわけではない。

つるりとした床の表面に、傷だらけの少年の顔が映る。


「母さん」


ぽつりと呟いた言葉は、広大な空間で反響して少年の耳に戻ってくる。 ぽろりと涙が零れた。


「母さん……」

『君は、何故そんな顔をしているの?』


誰もいないはずの空間に、突然柔らかな女性の声が聞こえる。 少年は痛む身体を起こし、周囲を見回した。 しかし、人っ子一人見当たらない。

自然と少年は自分の身体を抱き締め、ぶるりと寒気に震えた。


『ねえ。 聞こえているんでしょう? 君は、何故そんな顔をしているの?』


声はもう一度少年に問いかけた。 それは決して詰問するわけではなくやさしく問うているだけだ。

少年は少しだけ、緊張を和らげた。


「……村の人は誰も俺を見てくれない。 もう、誰も俺を必要としてくれない、から……」

『……そう。 それは……とても哀しいね』


少年は顔を上げた。

いつのまにか目の前には若い女性が立っている。 少年の村にいるような、目立つ特徴のない17、8歳の栗色の髪を持つ少女だった。

彼女は眉尻を下げて少年を見つめ、胸元で握り締めている手は小さく震えていた。


『君は、何を望むの? 願いを一つだけ叶えてあげる』


そして、少年はこう言った。


「…この世界なんて、俺たちにやさしくないこんな世界なんて……滅んでしまえ…っ!」


女性は哀しげな表情のまま、笑って頷いた。




***



「あぁ、クレイン! 目覚めたわ……!」

「本当だ! よかった」


少年がうっすらと目を開けると、満面の笑みを浮かべた見知らぬ男性と女性がいた。 そして身体を包む柔らかい感触で、ようやく己がベッドに寝かされているのだと気がつく。


「ここは……?」

「喋れるのかい? 君はこの村の前に倒れているのを、私の妻のジュリアが見つけたんだ」

「三日も目を覚まさないから心配したわ……! 本当によかった!」

「あ、ありがとうございます……」


少年は、この夫婦の言っていることがすぐには理解できなかった。 今までかけられたことのないような優しい言葉。 そして温かい布団。

ずっと少年の求めていたものが、そこにあった。 頬にあたたかいものが伝っていく。


「……もう、もう大丈夫だからね…」


少年が顔をくしゃくしゃにして泣く姿を見て、ジュリアはその胸に抱き締めた。 傷に気をつけながらそっと少年の黒い髪に指を通していく。 様子を見守るクレインの表情もとても穏やかだ。


「そうだ、君の名は?」


クレインが問うた。


「シン、です」

「シン……そうか、いい名だ。 シンよ、お前は今日から私の息子だ」

「え?」


思いがけない言葉に、シンの目は丸くなった。


「クレイン! そんなに勝手に決めてはダメよ! シンにだって家族が……」

「家族はいません。 みんな、死んでしまった……」


シンの声が低くそして暗くなっていく。 少年の話を聞いた夫妻は、シンを包むように再び抱き締める。


「改めて言おう。 シン、私達の息子になってくれ」

「え……なぜ、ですか……?」

「私達は、ちょうど一年前に息子を病で亡くしてな……ジュリアも私も三日前まで、何一つ手につかなかったんだ」

「貴方を見つける前日、私は息子の夢を見たの。 息子は言ったわ。 『今までありがとう。 だから次はその愛をあの子に注いであげて』って。 そんなときに、貴方は私達のところへやってきた。 私は、あの子の想いを叶えてあげたいの」

「……本当に、いいんですか……? 俺は、村の中しか知らないし、何の才能もない…」

「いいんだよ、それで。 私達は、息子に完璧であってほしいと願っているわけじゃない」


二人の声が胸に響く。 シンは声にならない声で返事をしながら、何度も何度もジュリアの胸の中で頷いた。





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