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1.プロローグ





その黒曜石で出来た祭壇は、いつからそこに存在したのか正式な記録は残っていない。 しかし、そこに住む人々は常に畏敬の念を抱いていた。

長い年月が過ぎていく中で、祭壇を不要だと主張する者もいた。 破壊しようと実力行使に出る者もいた。 だが、それは人々の不自然な死によって、一切成功することはなかった。

気がつくと、その祭壇の決めたことには必ず従わなくてはならないということが、村では暗黙の了解になっていた。 それを除けば、この村は至って平和だったのである。


しかし、祭壇は突然何の要求をしなくなった。

以前は、水、食料、貴金属だけでなく女子供の生贄も頻繁に求められていたが、それがぱったりと途絶えた。 村人たちは歓喜した。 だが一方で、いつかまた生贄を要求されるのではないかと怯えていた。 

その不安を一気に拭い去ったのが、長雨だった。 地盤が緩んだのだろう、崖が崩れ、祭壇はあっという間に土砂に飲み込まれてしまったのだ。

村人たちは祭壇が見えなくなったことでようやく安堵し、何十年も誰にも強制されることのない平穏な日々を送っていった。


だが、平和とは長くは続かないものである。 祭壇は、突如、お告げという形でその長い沈黙を破った。


「シェーナよ。 今回の生贄にはお主が選ばれた」


村長の重々しい声に、シェーナと呼ばれた少女が、ビクリと肩を震わせる。


「祭壇のお告げなのだ。 お主には悪いが……この村のためと思い、生贄になってくれ」

「……は、はい」


淡々と告げられる言葉に対して、声にならない声で返事をしたシェーナだったが、その表情は泣きそうに歪んでいた。


「明日、満月の夜が訪れる。 儀式を行うから、準備をしておくように」


シェーナはこくりと小さく頷いた。




***




村長の家から外へ出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。 空を見上げると僅かに欠けた月がシェーナを見おろすように輝いている。


シェーナはこの村で生まれ育った。 しかし、生まれてすぐ母は病死し、父親も後を追うように事故死してしまった。

ひ弱で、何のとりえもなく、家族のいないシェーナは村人に助けられてこの17年を生活してきた。 だが、それもこれまでである。

じわりと湧いてくる涙を服の袖で乱暴に拭い、暗い道を早足で歩く。 その甲斐あってか、誰にもその姿を見られることなく、シェーナは村の外れにある己の家に辿り着いた。


「どうして……どうして今頃になって生贄なんて……っ!!」


バタンと扉が閉まる音がするのと同時に、シェーナは感情を爆発させる。 ボロボロと涙を零しながら、ベッドに突っ伏してまるで子どものように泣きじゃくった。

その声は、深夜遅くまで聞こえていた。



そして、翌日の夜。 空には一つの雲もなく、大きな満月が星の灯りを消し去るほどの光を放っている。

そんな明るさとは逆に、崩れた崖の前にはぽっかりと暗い穴が開いていた。


「さあ、シェーナ。 祭壇を目指すのだ」

「この奥に祭壇が……?」

「そうだ。 そこに向かいさえすれば全て終わる」

「全て……」


震える足を押さえながら、シェーナは村長を振り返った。


「今まで、お世話に、なりました」


一言ずつ区切って言うと、深く頭を下げて、一切振り返ることなく穴の中へ入っていった。


穴の中は、とても暗く崩れた岩が散乱していて歩きにくい。

シェーナは壁に手をつきながら慎重に進んでいく。 ところどころに光を発している鉱物があるせいか、奥に進むにつれて視界は良くなってきているようだった。


「私、何してるんだろう。 これから死ぬためにこんなに一生懸命になって……」


視界が良くなってきているとはいえ、シェーナの手足は傷だらけになっていく。

自分のやっていることが馬鹿らしく感じられて、涙を零しながらもシェーナは笑っていた。


「こんな私でも、誰かの役に立つのなら……それでもいいのかな」


だが、彼女は馬鹿らしいとはいえ、この穴に足を踏み入れた時点でぬけぬけと引き返すことも出来ないし、ここで歩くのを止めて死を待つつもりもなかった。 だから、歩き続けた。


「……あれ、かな……?」


しばらく進むと、更に視界が開け、大きな空間に出た。 乱れた呼吸を整えながら、シェーナは辺りを見回す。

すると、目の前に真っ黒で巨大な祭壇があることに気づいた。


「これが……村長の言ってた祭壇?」


ふらふらと引き寄せられるように進み、階段を数段上がって中央に着くと、シェーナの膝ががくんと折れ、その場に跪いた。

四方に設置されていた燭台がごうっと音を立てて、突然燃え上がる。

無音だった空間に、薪の爆ぜる音が響き、シェーナの心は急にざわつき始めた。


――お前は、何を望む…?


「え…誰…?」


シェーナの耳に低い声が聞こえた。 それは実際に聞こえているのではなく、心に直接響いているようだ。


―お前は、何を望んでいる?


声はもう一度シェーナに問うた。


「望み…?何でも叶えてくれるの…?」


『それなら、私は…――――』


そして、シェーナの心の声に反応するように、辺りの炎が人一倍大きく燃え上がると、その場から彼女の姿は掻き消えるようになくなってしまった。







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