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ららるうという砂漠に住むかいじゅう

作者: 広河陽

 そのとき、地球には1つの大きな大きな島がありました。

 その大きな島には<ぱんげあ>という名前がついていました。

 <ぱんげあ>の真ん中には、<ららるう>という砂漠がありました。

 <ららるう>には<かいじゅう>が住んでいました。

 その<かいじゅう>たちは、実にのんびりと、実に楽しく暮らしていました。

 朝、太陽が顔を出し、その日最初の光を投げかけると、<かいじゅう>たちは太陽に向って大きな口を開けました。

 太陽の光が<かいじゅう>たちのごはんです。

 だから雨が降った日には<かいじゅう>たちはごはんを食べられませんでした。

 しかし、そんなことはめったにありませんでした。

 だから<かいじゅう>たちがおなかを空かせることは、なかなかありませんでした。

 昼、風が吹いて、きらきら光る砂漠の砂を巻き上げると<かいじゅう>たちは砂に向って歌いました。

 砂に歌をきかせるのが<かいじゅう>たちの仕事です。

 だから風が吹かない日には<かいじゅう>たちの仕事はお休みでした。

 しかし、そんなことはめったにありませんでした。

 だから<かいじゅう>たちが退屈することは、なかなかありませんでした。

 夜、星が瞬いて不思議なささやきをかわすと<かいじゅう>たちは目を閉じました。

 星たちのおしゃべりが<かいじゅう>たちの子守歌です。

 だから雲が星を隠してしまった夜は<かいじゅう>たちは眠れませんでした。

 しかし、そんなことはめったにありませんでした。

 だから<かいじゅう>たちは、毎日楽しい楽しい夢を見ることができました。

 そうして<かいじゅう>たちは長い間、幸せでした。


○●○


 <ららるう>の砂漠に住んでいる<かいじゅう>の中に、<らどん>がいました。

 <らどん>は背中に三角のひれがあって、長いしっぽがある若い<かいじゅう>でした。

 幸せな<ららるう>の<かいじゅう>たちの中で<らどん>だけは、幸せではありませんでした。

 <らどん>は、みんなから仲間外れにされていたのです。

 みんなが<らどん>を仲間外れにするのには、理由がありました。

 <らどん>は<かいじゅう>ならみんな生えているはずの角がなく、そのうえ砂に向って歌うという仕事をしなかったのです。

 <らどん>は別に仕事をしたくなかったのではありませんでした。 どちらかというと<らどん>は仕事をしたくてしようがなかったのです。

 <らどん>が仕事をしなかったのは<らどん>が歌を歌えなかったからです。

 <らどん>が歌おうと口を開けると、<らどん>の喉からは歌声の代わりに炎が出るのでした。

 そんなわけで<らどん>は一人ぽっちで<ららるう>の砂漠のすみっこで暮していました。

 淋しくて淋しくて、泣き疲れて眠る夜も何度もありました。

 でも、みんなのところに行くとつまはじきにされるので<らどん>は一人で眠るしかなかったのです。


○●○


 いつものように砂漠じゅうが朝の光でいっぱいになると<らどん>はいつものように太陽に向かって口を大きく開けました。

 何もかもがいつもどおりの朝でした。

 と、そのとき。

 <らどん>の耳にききなれない音がきこえてきたのです。

 ──りん、りん、りん

 何の音だろう、と<らどん>は思いました。

 透きとおっていて、とても優しく耳に転がってくる音です。

 きいているととても気持ちがおちつく音なので<らどん>は体を動かさないでききいっていました。

「あなた、ここで何をしていらっしゃるの?」

 上からふってきた声に、<らどん>はびっくりして首をもちあげました。

 そこには見たことのない<かいじゅう>がいました。

 すらっとしてしっぽが長く、頭には白い角が1本生えていました。

 <らどん>には、その真白い角が青い空に浮かんでいるように思えました。

「まるで、おひさまといっしょに空に浮かんでいるお月さまみたいだね」

 と<らどん>が言うと、その<かいじゅう>はにっこり笑って答えました。

「わたしの角のことでしょう? おんなじことを言われたことがあるの」

「ぼくには角がないんだ。ぼくにも君みたいに綺麗な角があればよかったのに」

 <らどん>はそこでため息を1つつきました。

 <らどん>のため息は、砂を少しまきあげて小さな波模様を作りました。

「あなた<かいじゅう>なんでしょう? <ららるう>の砂漠に住む、<かいじゅう>なんでしょう?」

 お月さまのような角をもつ<かいじゅう>の質問に<らどん>は首を大きく縦にふってこたえました。

「うん。<らどん>っていう名前なんだ。 でも、ぼくは角もないし歌も歌えないから、みんなの仲間に入れてもらえない。 歌おうとすると火をはいちゃうんだ」

「わたしは<せれん>っていうの。 わたしには角があるし、歌も歌えるけれど <らどん>の方がよっぽど<かいじゅう>らしいわ」

 どうして? という<らどん>の声は、別の音にかき消されました。

 ──りん、りん、りん

 また、あの音です。

 今度はもっと大きくきこえるのです。

「あの音は何だろうね、<せれん>」

 すると<せれん>は首をすうっと持ち上げて、音がする方に頭を向けて言いました。

「あれは鈴の音よ」

「すず?」

「うん、鈴。キャラバンのよ。わたし、キャラバンから来たの」

「キャラバンって、なあに?」

「荷物を運ぶ人間たちのこと。私はキャラバンの人間に飼われているの」

 鈴。

 キャラバン。

 <らどん>が初めてきく言葉でした。

 でも、人間という言葉は<らどん>も知っていました。

「人間って、とっても乱暴なんでしょう?

 ほかの生き物を殺して、平気でむしゃむしゃ食べちゃうってきいたことがある。

 <せれん>もそのうち食べられてしまうの?」

 そこで<せれん>はくすっと笑いました。

「わたしはちがうの。人間は私の歌をきくために飼っているから。

 わたし、卵の時から人間といっしょだから、他の<かいじゅう>を見たことがなかったの。 だから<かいじゅう>の暮らしは知らないけれど、人間の暮らしなら知ってる。 確かに人間は生き物を殺して食べる。 人間は<かいじゅう>とちがって、他の生き物を殺して食べないと、自分が死んじゃうのよ」

「とっても不便だね」

「そんなことないわ。<かいじゅう>だって不便よ。寒くなると体が動かなくなってしまうもの」

「人間はそんなことないの?」

「うん。それに人間って面白いのよ。 自分で他の生き物を殺して食べるとね、悲しいって言って泣いたりする。 でも、食べないと人間は死んじゃうの。 だから、可哀相でも仕方ないから、泣きながら殺すの。泣かなきゃいいのにね。 わたし、どうして泣くのって<あみん>──キャラバンでわたしの世話をしてくれている人間の女の子にきいたら、 それを人間は『あい』っていうんだって」

「『あい』?」

 <らどん>は首をひねりました。『あい』というのも初めてきく言葉でした。

「あとね、わたし、人間にくっついていって他にもいろいろ見たわ。

 『やま』とか、『もり』とか……  でも、いちばんすごかったのは、『うみ』ね」

「『うみ』なら、ぼくも知ってるよ。すごく広くって水がいっぱいあって、<ららるう>の砂漠の砂よりきらきら光るんでしょ? いいなあ、ぼくも『うみ』を見てみたい」

 その<らどん>の言葉に、<せれん>の目が輝きました。

「<らどん>も、わたしといっしょにくればいいのよ。そうすれば、『あい』も『うみ』も見れるのよ。 それに、<らどん>は炎が出せるんでしょう? そうしたら、わたし、寒くて体が動かなくなった時に、らどんに暖めてもらうわ。

 ね、<らどん>、いっしょに行きましょう?」

「『あい』と『うみ』。見てみたいなあ」

 と、<らどん>が言った時でした。

「<せれん>!」

 突然、別の声が<せれん>の名前を呼びました。

 <らどん>がそっちを向くと、見たことのない生き物がいました。

 その生き物はしっぽも角もなく、小さな体に何枚も布を巻いていました。

 短い首についている頭からは、赤い糸が何本も何本も生えていて、前足が長く、後ろ足だけで歩くのです。

「<あみん>」

 と、<せれん>はその生き物に向かって言いました。

 それで<らどん>にはその生き物がさっき<せれん>が話した人間であることがわかりました。

 <あみん>は、<せれん>と<らどん>を見ると走ってきました。

「<せれん>、その<かいじゅう>はお友だちなの?」

「うん。<らどん>っていうのよ」

「ふーん」

 そうして<あみん>は<らどん>のことをじろじろと見たので、<らどん>も<あみん>のことをじろじろ見ました。

「ふふふ。あたし、<せれん>以外の<かいじゅう>を見るのって初めてなんだ」

「ぼくは、人間を見るのが初めてだよ。 ところで、<あみん>。 お願いだよ、ぼくも<せれん>といっしょにつれていってよ。ぼくは『あい』と『うみ』を見てみたい」

 <らどん>はまっすぐに<あみん>の目を見ました。

 <あみん>はしばらく黙っていましたが、真剣な顔をすると、こう言いました。

「<らどん>、君は本当にそれでいいの? もう、この<ららるう>の砂漠には戻ってこれなくなるよ。それでも、いいの?」

「うん」

 <あみん>は<らどん>をみつめたまま紅の瞳をすがめます。

「あたしには未来が見える。 <らどん>、君は旅の途中にすごくここに戻りたくなる。 でも、その時とても苦しい思いをするよ。 ここに戻るか、それとも大切なものを失うか、どちらかを選ばなくてはならなくなる。 あたしには<らどん>がどっちを選ぶかは見えないけれど、その時に、とても辛い思いをするのが見える。 それでも行く?」

 <せれん>は心配そうに<らどん>を見ています。

 <らどん>は、ちょっとしっぽをふって考えていたようですが、やがて言いました。

「ぼくは行くよ。今、すごく行きたいんだ。 <あみん>、人間は後先のことを考えるかもしれないけれど、ぼくは<かいじゅう>だからね。 <かいじゅう>は、今、したいことをするんだ」

 <あみん>はうなずきました。そして<あみん>と<せれん>と<らどん>は鈴の音がする方へ、ゆっくりと歩き出します。 

「<らどん>、わたし、今のあなたにぴったりの歌を知っているわ。それを歌ってあげる」

 <せれん>は歌います。新しい友達のために。


○●○


 <せれん>の歌声が遠ざかり、砂に刻まれた<らどん>たちの足跡も、やがて風が隠して、あたりは静かな砂漠に戻りました。


End

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