非凡なれど非才
今から17年前、迷宮都市ハンニバルに一人の非凡なる者が誕生した。
2歳にして言葉を話し、3歳にして文字を書き、4歳にして魔道書を解する。
知れば誰もが天才と褒め称えるであろうその子供。
しかし、その子供は祝福されること無く、隠れるかのように育てられた。
何故なら、恐れたのだ。
子を産んだはずの両親が、他の親族が、彼のあの見透かすかのような深紅の眼と溢れる魔力を。
それからというもの、彼はずっと独りだった。
本来与えられるはずだった、両親からの無償の愛を彼は得られなかった。
だが、彼が心を閉ざしてしまう前に救いの手を差し伸べた者が居た。
彼を救った者の名前はベルゼルード・フラムハート。
彼、ラヴァーナ・フラムハートの祖父であった。
第二話:非凡なれど非才
ベルゼルードことベル爺がラヴァーナを引き取ってから3年の月日が流れた。
その3年の間、ベル爺は月に一度決まってある事をラヴァーナに問いかける。
「おい、ラヴ坊」
「ジジイ、ラヴ坊はやめろって言ってんだろうが!!」
「この世界に足りないもの、何か分かるか?」
「聞けよ! 人の話をよぉ」
こんなやり取りを、もう実に3年も繰り返しているのである。
3年も繰り返せば分かってくることもある。
それは、ベル爺が真面目に問いかけているのか、そうでないのかである。
そして今日は、後者であったようだ。
「んで? 今日は何が足りねぇんだ?」
「うむ、実は紅茶の葉が切れておっての、買ってきてくれ」
年に数回の真面目な質問以外、割と内容がいい加減なため、ラヴァーナはおざなりに対応する。
「はいはい、行ってきますよぉ」
「はい、は一回でよい、それとついでに今日の鍛錬を課そうと思う」
そう言ってベル爺は、鍛錬をさせる。
早朝の剣の素振りから始まり、1時間にも及ぶ瞑想などなど。
これは、ラヴァーナが引き取られてから、ほぼ毎日見られる光景であり、現在は引き取られた当初の倍は鍛錬をしているという状況だ。
「また思いつきで鍛錬追加かよ……んで? 何をどうすればいいんだ?」
「うむ、走ってこい」
ベル爺からの指示は単純明快であった。
がしかし、少し端折り過ぎた感が否めない。
「それは、走って買い物に行けって事かぁ?」
「いいや、街の周りをぐるっと一周してから帰って来いってことだ」
「んな!? 一周ってどんだけあると思ってんだ!」
「さぁなぁ? だが、それをすれば強くなれるぞい?」
「強くなれる」その言葉は、ラヴァーナに劇的な変化をもたらす魔法の言葉だったようだ。
先ほどまで渋っていた様子だった彼の目が「やってやるぜ!」っとばかりに輝きをました。
「くっ、やるよ! やればいいんだろ!! 行ってくる!」
そう言うが早いか、ラヴァーナは家を飛び出していく。
「あぁ、行ってこい。 そして強くなり、いつか答えを見せてくれ」
残されたベル爺は、もうここに居ないラヴァーナに言い聞かせるようにそっと呟いた。
「わしは、気づくのに少し時間が掛り過ぎてしまったからな……」
その声には、若さへの羨望とラヴァーナへの期待が混ざった様な響きであった。
そこから少し時間が進む
たった4年ほど。
半年ほど前にベル爺は逝った。
最後に見た笑顔は、一生彼の記憶から消えることは無いだろう。
この4年が彼、ラヴァーナへと与えた変化は多々ある。
まず背が伸びた。現在11歳となった彼の身長は160センチを超えていた。
それから体力もついた。街を一周してもそれほど疲れなくなった。
素振りの音が変わった。ブン、からシュンへと振りの速さが増しているようだ。
そして何より周囲からの評価が変わった。
4年前までの非凡なる者への畏怖という家族からの評価は、現在では非才なる者への蔑み、見下しへと姿を変えていた。
その大きな要因が“加護”である。
この街の人間は、10歳になると“加護”を受けるために神殿へと向かう。
そこで、自分を守護しているモノから加護を受ける。
本来であれば、神に上下という概念は無い筈なのだが、この街が冒険者の街であることが災いとなった。
この街の世評では、闘う手段を司る神からの加護が最上位となる。
その他には、回復技能を与える治癒神、魔法を司る魔神、知恵を司る賢神などは上位。
魔法を使えるようになる精霊、闘う力を得られる戦神、知恵を与える知神などは中位。
基礎的な身体機能の向上となる武神などは、下位。
戦いにおいて何の能力も与えないモノ達、財を与える商業神などは最下位である。
ラヴァーナに与えられた加護は、豊穣神イシュタルのモノ。
神としては最上位。
しかしこの街では、最下位ともいえる神の加護であった。
故に、彼の評価はこの街では非才。
才豊かな者が、知られること無く才無き者と呼ばれるようになった瞬間である。
そのことを理解している筈だが、加護を得た日に彼は祖父であり父であったベルゼルードに言った。
「せっかく貰った加護だ、この力でうまい野菜でも育てようかな。 それと、明日からは今まで以上に厳しい指導を頼むわ」
そこに、悔しそうな色や諦めといった雰囲気は一つも無く、逆に挑戦的な笑みを口の端に乗せていた。
あるいはこの時に、ベルゼルードは答えを魅せられていたのかもしれない。
この世界には、足りないものがある。
ベル爺は、この時からあの質問をしてこなくなった。
死ぬ間際のあの瞬間まで。
そして時間は戻る。
彼が、祖父の死を乗り越え
周囲からの視線に動じなくなり
冒険者となって3年が経って独り立ちする、17歳の誕生日まで
9件ものお気に入り登録ありがとうございます。
亀のようにゆっくりとした更新ですが、これからもご愛読いただければ幸いです。
前話で始まるよー!!
みたいな内容だったのにいきなり主人公の概略からでした。
一応、何度か見直しましたが、誤字があったらすみません
あと、読みにくくてすみません