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第一章『出会い』ー3

 すわすやと、そんな擬音が聞こえそうなほど満足そうに眠る少女の顔を眺めながら、はじめは小さく息を吐いた。

 何となしに時計を見れば、午後十一時。子供が寝るには程度いい時間であり、自称高校生の彼女――南かなえもそれに違わず眠っているのだが、


「……警戒心がないのか?」


 思わず漏れてしまった言葉は、他者の家で平気で眠れてしまう彼女に対して。

 仮面越しにため息を漏らし、はじめは手にしたモノを見た。

数十枚の紙。雨のせいで大部分が読みづらくなってしまったモノの、まだ何とか読めるそれは彼女が描いたであろう漫画で、未だ眠気の来ない彼は暇つぶしにそれを読み進める。

内容は、はっきり言ってテンプレ物だった。少女が寝坊し、曲がり角で男子とぶつかり一目ぼれ。そしてその男子が転校してくると言った昭和の香り漂う少女漫画。

はっきり言って展開が最初から最後まで読めるそれはお世辞にも出来が良いとは言えない。

けれど、それは内容に関してだけだ。

作画――絵に関して言えば、漫画にそこまでの知識がない彼でも上手いと思える程よかった。

キャラクター一人ひとりの表情が生き生きとしていて、心地いい。動きの描写もスムーズで、時折見るようなまるで止まったような絵ではない、それこそ本当に動いているようなそんな彼女の絵は漫画独自の、絵で『魅せる』を体現しているようで――


「すごいな……」


 思わず、漏れた呟きに、


「ありがとうございます~」


 返ってきた返事に彼が彼女のほうを向けば、かなえはすやすやと嬉しそうな、能天気な笑顔を浮かべて眠っている。

 空気を読んだ寝言だった。「はぁ」と何故か漏れるため息。

 はじめは再度彼女の漫画を見て――思い出すのは、彼女を見つけた時。

 コンビニに行く。そんなありふれた事柄で雨の中外に出た彼が見たのは、雨の中で膝を折った彼女の姿。

 飛び散って、濡れてしまった紙。

 あるいは、もしかしたらそれだけだったなら彼は通り過ぎていたかもしれない。はじめは人として失敗してしまった存在であり、誰かを助けられるような人間ではないのだ。これといって関係ない人間が困っていても、その人間から頼まれない限り助けはしない。

 だけど――聞いてしまった。


『私の……夢が……』


 雨音にかき消されるほど、小さな呟きを。

 一度聞こえてしまえばそれはもう止められなくて――はたして彼女自身気付いていたのか。そんな呟きを紡いでいたことを。


『私の、夢……』


 記憶の彼女が言う。先のような温かなそれではない、冷たくなってしまった言葉を。


『これが、最後なのに……』


 諦めているようで、でも、諦めたくないという想いがどうしても分かってしまった。


『誰か……助けて……』


 それが、決定の言葉だった。

 それから彼は彼女を助け、彼女の帰りたくないという言葉にため息をつき、先に至る。


「馬鹿だよな……」


 呟きは、自身に向けて。

 一時しのぎ――解決できない非力な自分。

 はじめは、ただの大学生だ。そんな彼の力などたかが知れている。だから分かるのだ。

 彼女の言ったことの半分も分からない。

 かなえの夢が何なのか――

 なぜ、最後なのか――

 どうしてあんなふうに、怖がるように絶望していたのか――

 分からないし――たとえ分かったとしても、どうにもできない。

 ただの学生に、一人の少女の夢をかなえることなど出来ないのだから。

 なのに、助けてしまった。

 関わってしまった。

 やめておけばいいのに、彼女の夢に触れてしまった。

 何も出来ないのが、分かっていながら。

 でも――見捨てられなかった。

 彼女が、夢を抱いていたから。

 はじめは、夢を抱かない――

 夢を、抱けない。

 彼に自由はなく、不自由な未来が彼には確定している。

 それを知ったときから、彼は夢を抱かなくなった。

 別にはじめは夢なんて幻想だ、と否定するつもりはない。だけど、絶対に肯定は出来ない。

 どうしてなのか、言葉に出来ないけれど、それでも彼は夢を見ない。

 だから、だろう。

 雨の中、それでも夢を捨てなかった彼女を見て、彼は思ったのだ。

 助けよう――と。

 自身が抱けなかったモノを持っている彼女を――助けたい、と。


「まったく、呆れるな」


 自身の行動に、仮面の下でさえ無表情を浮かべ、彼は読み終わった原稿を机に纏めて置いた。

 はじめは自身の寝室であるそこを出て、リビングのソファーに横になる。仮面を外し、薄い毛布を頭まで被って瞼を閉じて――すぐにやってきた眠気を感じながら彼がその瞼の裏に映すのは、二つの彼女の顔。

 花のように笑った彼女と――

『お母さんは、今日は帰りませんから』――そう、寂しそうに微笑んだかなえ。

『帰らなくていいのか?』と問うた彼にそう返した彼女を思い出し、「はぁ」ともう一度ため息が漏れた。


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