不倫の多様性 ~夫に不倫を突き付けられた妻は多様性を理由に不倫を肯定する~
恭子視点です。
「恭子……これはどういうことだ?」
夫――浩介がテーブルの上に数枚の写真を並べた。
1枚目は、私が上司の陸と腕を組んで歩いている写真。
2枚目は、私と陸が路上で抱き合っている写真。
そして3枚目は――2人でホテルに入っていく写真だった。
「……」
「説明しろ、恭子」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
――どうして?
なんで浩介がこんな写真を持ってるの?
心臓がドクドクと激しく脈打つ。
別に悪いことをしているつもりはなかった。
浩介にはまだ話すつもりじゃなかった。
だって、今話せばきっと理解してくれないから。
「他にもあるぞ?」
浩介はそう言って、さらにLINEのスクショを印刷した紙を私の前に置いた。
『今日も会いたい』
『俺も。いつものホテルでいい?』
『うん。早く抱きしめてほしい』
私と陸が交わした親密なメッセージ……そんなのが何枚も印刷されていた。
「こ、こんなの……プライバシーの侵害じゃない!!」
「浮気したお前のどの口からプライバシーなんて言葉が出て来るんだ?」
「そ、それは……」
「相手は会社の上司……しかも既婚者。間違いないな?」
「……うん」
私が認めると、浩介の顔が歪んだ。
「そうか……」
「…………」
「何か言うことは?」
「言うこと?」
「俺に謝るとか、説明するとかあるだろ!」
怒鳴られて、思わず肩が跳ねる。
だけど……その言葉には納得できなかった。
「……どうして私が謝るの?」
「は?」
「確かにこの人とは付き合ってる……それは認めるわ。
でもね? だからなんなの?」
「お前……開き直るつもりか!お前の不倫のせいで、俺達の結婚生活がめちゃくちゃになったんだぞ!!」
――不倫。
やっぱり、浩介もそういう言い方をするんだ。
その言葉を聞いた途端、さっきまで感じていた焦りが少しずつ消えていった。
代わりに湧いてきたのは……失望だった。
「私が結婚した後で別の人を好きになった……それの何がそんなに悪いの?」
「お前……何言ってるんだ?」
「だって、好きになっちゃったんだから仕方ないじゃない!」
私は思わず声を上げた。
もちろん最初は悩んだ……浩介という夫がいるのに、別の男性を好きになっていいのか。
だけど、考えれば考えるほど、一つの答えに辿り着いた。
――人を好きになる気持ちは、誰かに決められるものじゃない。
「浩介……結婚したら、もう他の人を好きになっちゃいけないの?」
「はぁ!?そんなの当たり前だろ!!」
「……なんで?」
「なんでって……何を言ってるんだよ!」
「結婚したら、夫以外の男性と付き合っちゃいけないって……おかしくない?」
浩介が絶句する。
やっぱり、分かってくれない。
「結婚って、人を好きになる気持ちまで縛るものなの?
なら結婚した人は自由に恋愛したらダメって訳?」
「そんなの当たり前だろ!」
「そんなのおかしい!!誰かを好きになる気持ちは一緒じゃない。 私は上司を好きになっただけ……それだけのことなの」
「百歩譲って上司を好きになったことは仕方ないとしてもだ、体の関係を持った時点でもう終わりだろ!」
「それが古いって言ってるの!」
気づけば、私の方が声を荒らげていた。
私は陸が好き……でも別に浩介に愛想尽かした訳じゃない。
お互い共働きだから家事は分担してるし……夜の営みだってきちんとしてる。
私はただ……2人の男性を好きになっただけ。
本当にただそれだけだ……。
「ねぇ浩介。私の弟の裕太いるでしょ?」
「……急に何だ?」
「裕太さ、大学で彼氏ができたんだって。ほらあの子、同性愛者だから。両親も最初は困惑してたけど、2人の交際を認めたわ」
「それが今、何の関係があるんだ?」
「昔だったらさ、男同士で付き合うなんておかしいって思われてたじゃない。でも今は同性同士で付き合う人だっているし、それを認めようって考える人も増えてるでしょ?」
「だから何だよ?」
「まだ分からないの?」
少し苛立ってしまった。
どうしてこんな簡単なことがわからないの?
「同性同士の恋愛が認められるなら、既婚者同士の恋愛だって認められるべきでしょ?」
浩介の表情が止まった。
「……は?」
「だって人を好きになる気持ちでしょ?裕太は同性同士、私は既婚者同士……それだけの違いよ」
「いや、待て……お前は何を言ってるんだ?」
「今は多様性の時代よ? 同性同士でのお付き合いもそうだし、二次元キャラやAIとのお付き合いだってたまに聞くでしょ?」
「だからそれがなんだって聞いてるんだ!?」
「好きになった相手が同性だったら認める。でも既婚者だったら認めない。そんなの差別じゃない!」
言葉にしてみると、やっぱり私は間違っていないと思えた。
――恋愛は自由。
誰を好きになるかなんて本人にしか決められない。
それなのに既婚者という理由だけで、人を好きになる気持ちを否定するなんておかしい!
絶対に間違ってる!
「私は浩介を傷つけたくて、あの人を好きになったわけじゃないよ」
「……」
「あの人だってそう。奥さんを傷つけるために私と付き合ってるわけじゃない……ただ好きだから一緒になっただけ。
本当にそれだけなの」
浩介はなぜか頭を抱えて唸っていた。
まだ理解できないの?
「家のことだってちゃんとしてたでしょ? ご飯だって作ったし、洗濯も掃除もしてる。この前の浩介の誕生日だってちゃんと祝ったじゃない!」
「そういう話をしてるんじゃない」
「だったら何が不満なの!?」
私と浩介は夫婦として毎日楽しくやってきた。
幸せだとはっきり言える。
なのにどうして……浩介は私の気持ちを理解してくれないの?
「じゃあ聞くけど……」
やがて顔を上げた浩介は、私が今まで見たこともない表情をしていた。
怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。
ただ何というか……心の底から呆れているように見えた。
「どうして上司との関係を俺に言わなかったんだ?
そんなに堂々と自信を持って好きだから一緒にいる……なんて言えるのなら、なんで俺がお前をこうして問い詰めるまで黙っていたんだ?」
「そっそれは……ちょっとタイミングが掴めなかっただけ。
いきなり言っても浩介が困ると思って……」
浩介はテーブルの上の証拠写真の中の1枚を指した。
「お前さ……浮気相手を家に何度も呼んでただろ?
それで浮気相手が帰るとすぐに、浮気の証拠になりそうなものを処分してたよな?
この間も俺が少し早めに帰るってLINE送ったら……慌てて浮気相手を帰してただろ?」
「そっそれは……」
「そうやって必死に隠すってことは、自分がやっていることが悪いことだって自覚してるってことじゃないのか?」
「そっそんなこと……」
言葉が続かない……。
胸の奥がざわめく……。
罪悪感?
いいえ……そんなはずない!
だって私、何も悪い事してないもの!
「でも裕太君はお前とは違う……堂々と家族に全てを打ち明けて、彼氏と交際してるんだろ?お前とは違う」
「違わない!」
「じゃあ、どこが同じなんだ?」
「だから、好きになる気持ちは同じでしょ?」
「でも裕太君は誰も裏切ってないだろ?」
「……」
一瞬だけ言葉に詰まった。
だけど、それで私が間違っていることにはならない。
「それは……裕太がまだ結婚してないからでしょ?」
「は?」
「裕太だって将来結婚して、その後で別の人を好きになるかもしれないじゃない」
「何を言って――」
「その時に『結婚してるから諦めろ』って言うの?好きな人と一緒にいたいって言う気持ちを踏みにじるの?」
「……」
「同性同士とか……既婚者同士とか……そんなの関係ない! 大事なのはお互いの気持ちでしょう?」
また浩介が黙った。
どうしてそんなに難しく考えるんだろう。
今まで通り2人で結婚生活を続けながら、好き同士で恋愛もする。
それでいいじゃない。
「もういい」
浩介が深く息を吐いた。
「お前といくら話しても無駄なことはよくわかった」
「な、何を言って……」
「これからは好きなだけ自由に恋愛すればいい」
浩介はテーブルの横に置いてあった封筒を手に取った。
封筒から取り出された1枚の紙……それを見た瞬間、私は背筋が凍った。
『離婚届』
そう書かれていた。
「……何これ?」
「見れば分かるだろ?離婚届だ」
「ちょっと待ってよ!なんで離婚になるの!?」
「なんでって……」
浩介が呆然と私を見る。
「お前、本気で言ってるのか?
妻が夫以外の男と浮気した……しかも家にまで招いている。
もう離婚一択だろ?」
「あの人と付き合ってるからって、浩介への気持ちがなくなったわけじゃない!浩介は夫として大切だし、これからも一緒に暮らしていきたいと思ってる!どうしてわかってくれないの!?」
「恭子、いい加減に……」
「だから浩介が認めてくれたら、それで全部丸く収まるじゃない!」
私は浩介の言葉を遮って、本音をぶつけた。
きっと時間はかかる。
だけど浩介なら、いつか理解してくれるはず。
今はまだ、古い価値観に縛られているだけ。
そう思っていた矢先――。
「……弁護士を通して慰謝料も請求するから」
「え?」
「お前と浮気相手の両方にな。もちろん相手の奥さんにもこのことは伝える」
「ちょっと待って! なんでそこまで……家庭が壊れちゃうかもしれないでしょ!?」
その瞬間、浩介の目が今まで見たこともないほど冷たくなった。
「もう疲れた……後日、ご両親と話をしよう」
浩介はそう言ってリビングから出て行ってしまった。
――私は間違っていない。
今の浩介は感情的になっているだけ。
お父さんやお母さんと一緒に改めて話をしたら、きっともう少し冷静に話を聞いてくれる。
何より裕太なら……私の苦しみを理解してくれるはず。
――この時の私は、本気でそう信じていた。
--------
数日後――。
私は浩介と一緒に実家を訪れていた。
「……」
リビングに入った瞬間、重苦しい空気に押しつぶされそうになる。
浩介はここに来る前に、お父さん達へ全て話していたらしい。
しかもわざわざ私と陸がホテルに入る写真やLINEのやり取りまで見せている。
そのせいで、お父さん達はひどい誤解をしている。
私の隣には浩介……向かい側には、お父さんとお母さんが並んで座っている。
少し離れたソファには裕太が座っている。
だけど、誰も私と目を合わせようとしない。
そこまでしなくてもいいのに……。
「お義父さん……お義母さん……」
沈黙を破ったのは浩介だった。
「先日お話しした通り、恭子とは離婚します。他の男と何度も不貞行為を繰り返した恭子のことを、俺はもう信じることができません」
「ちょっと!」
私は思わず立ち上がった。
「お父さん、お母さん、聞いて! 浩介は勘違いしてるの!」
「……何をだ?」
「私は恋愛を楽しんでただけなの! たまたま私も陸も結婚してただけ……それだけなのよ!」
お父さんの眉間に深い皺が刻まれる。
だけど私は構わず続けた。
「別に浩介に冷めたわけじゃないの。離婚したいなんて一度も思ったことないし、いつか浩介との子供だって欲しいと思ってる。それなのに浩介は、私と離婚するって言ってるんだよ? 2人からも何とか言ってよ!」
「お、お前は一体……何を言ってるんだ?」
お父さんが呆然と私を見る。
「それはただの不倫だろう?」
「違うってば! なんで分からないの!?」
「何が違うのよ!」
今度はお母さんが声を上げた。
目には涙が浮かんでいる。
「不倫だけでも恥ずかしいのに、その相手まで家庭を持ってる人だなんて……本当に情けない……」
「お母さんまで……」
どうして?
どうして誰も理解してくれないの?
――私は人を好きになった。
たったそれだけのことなのに……なんで理解できないの?
みんな多様性って言葉を知らないの?
ふと、少し離れたところに座っている裕太が目に入った。
「……」
裕太は何も言わず……ただ、まるで汚いものでも見るかのような目を私に向けていた。
その視線に、胸の奥がざわついた。
「……どうしてよ」
私は拳を握り、プルプルと震える。
「裕太と彼氏のことは認めたじゃない!」
「な、なんだ?急に……」
私の言葉に、お父さん達の表情が変わった。
「裕太が男の人と付き合うって話した時は、最初こそ驚いてたけど、最後には二人とも認めたでしょ!? なのにどうして……私のことは認めてくれないの!?」
「恭子……」
「同性同士か既婚者同士かの違いだけじゃない! 好き同士が付き合ってるっていう意味では同じでしょ!?」
「裕太とお前を一緒にするな!」
お父さんの怒鳴り声が響いた。
「お前がやったことは、ただの不貞行為だ!」
「そんなの差別じゃない! ひどい!」
「ひどいのはお前だ!」
バンッ!
お父さんが拳でテーブルを叩いた。
ビクッと肩が跳ねる。
どうしてそんなに怒るの?
私は何も間違ったことは言ってないのに……なんで?
お母さんに助けを求めようとしたけれど、お母さんは両手で顔を覆ったまま泣いている。
だったら――。
「ね、ねぇ……裕太」
私は裕太へ視線を向けた。
「裕太なら分かるよね?」
「……」
「同性同士とか、既婚者同士とか、そんなの関係ないよね? お互いに好き同士なんだから、それでいいって思うでしょ?」
裕太なら分かってくれる。
裕太は私と同じ……純粋な交際を周囲から偏見の目で見られるつらさは理解できるはずだ。
「裕太だって私と同じなんだから――」
その瞬間だった。
「一緒にするな!」
「きゃっ!?」
裕太がソファに置かれていたクッションを投げつけてきた。
クッションは私の胸にぶつかり、床へ落ちた。
「な、何するのよ!」
「僕は姉ちゃんとは違う!」
裕太が立ち上がる。
「僕は怖かったけど、それでもお父さんとお母さんに全部話した! 幻滅されるかもしれない、嫌われるかもしれないって覚悟して……それでも隠したくないから話したんだ!」
「だから何よ!」
「僕は誰かを裏切って彼氏と付き合ってるわけじゃない!」
「……!」
「浩介さんに隠れて他の男とホテルに行って……家にまで連れ込んで……バレないように証拠まで消してた卑怯者と一緒にしないでくれ!」
「な、なんてこと言うの! 姉に向かって!」
「僕のこと不倫の言い訳に使う人なんて、姉ちゃんじゃない!」
「不倫じゃないって何度言えば分かるのよ!」
「じゃあ何で隠してたんだよ!不倫じゃないって言い張れるなら、堂々とそう言えば良かったじゃないか!」
「それは……!」
裕太まで……裕太まで浩介と同じことを言うの?
どうして隠していたかなんて関係ないじゃない。
私はただ、陸を好きになっただけよ!
「もういい」
裕太の声が低くなった。
「あんたみたいな人間と話すだけ時間の無駄だ」
「……は?」
何よ、その言い方。
私がどれだけ裕太のことを理解してあげたと思ってるの?
裕太が男性と付き合っていると知った時だって、私は否定しなかったじゃない。
それなのに……。
「あ、あんた……いい加減にしなさいよ!大体、男同士じゃ子供が作れないじゃない! あんたに比べたら、浩介との子供を産める私の方がまだずっと――」
パンッ!
「……え?」
頬に鋭い痛みが走った。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ゆっくり顔を向けると……そこには右手を振り抜いたお母さんが立っていた。
「いい加減にするのはあなたの方よ!」
「な、何するのよ! いきなり!」
「黙りなさい! この恥知らず!」
「……っ!」
お母さんがこんな声を出すところなんて、生まれて初めて見た。
その迫力に何も言えなくなる。
「裕太がどれだけ悩んで私達に打ち明けたと思ってるの!? それを……自分の不倫を正当化するために利用して……挙げ句に裕太を傷つけるようなことまで!」
「で、でも私は……」
「あなたを娘だとは思いたくありません」
「え……?」
「出て行きなさい!2度とうちに来ないで」
「な、何を言って……お父さん!」
慌ててお父さんを見る。
だけど――。
「……」
お父さんは私と目すら合わせてくれなかった。
――なんで?
私はただ、自分の恋愛を認めてほしかっただけなのに。
どうして私が、家族からこんな扱いを受けなきゃいけないの?
◇
翌日……。
私は浩介と一緒に弁護士事務所へ来ていた。
そこには陸もいた。
そしてもう一人……。
「陸の妻の成美です」
陸の奥さんまでそこにいた。
--------
話し合いが始まってすぐ、浩介と成美さんはそれぞれ離婚の意思を告げた。
さらに不貞行為に対する慰謝料を請求すると言われた。
「だから! どうして分かってくれないの!」
私は思わずテーブルに両手をついた。
「私達はただ恋愛を楽しんでただけなんだって! お互いに家庭を壊そうなんて思ってなかった!」
「そうだ!」
隣に座っていた陸も声を上げた。
「俺だって離婚するつもりはない! 成美との家庭は今まで通り大切にする!」
「陸……!」
やっぱり……陸だけは分かってくれる。
そうよ!
私達は何も間違ってない。
好きになった相手と一緒にいただけ……それなのに周りが勝手に騒いで、家庭を壊そうとしているだけよ!
「……あなた、本当に最低ね」
成美さんが冷たい声で呟いた。
「な、何だよ?」
「まだ恭子さんにも話してなかったの?」
「……何を?」
陸の顔が僅かに強張った。
成美さんはテーブルに別の封筒を置いた。
「私も探偵にお願いしたの。あなたの不倫相手が本当にこの人だけなのか調べてもらった」
「……え?」
成美さんが封筒から何枚もの写真を取り出す。
そこには――。
「な、何よこれ!?」
そこには陸と知らない女が写っていた。
腕を組んで歩く……路上でキスをしている。
そして――2人でホテルへ入っていく姿まで……。
「この女性も既婚者でしょ?」
「……は?」
頭の中で何かが切れた。
「ちょっと陸! どういうこと!?」
「いや、これは……」
「私ってものがありながら、他の女と浮気してたの!?」
「はっはぁ!?」
私は陸に詰め寄った。
「私のこと愛してるって言ってたじゃない!それなのに、裏切ったの!?」
「裏切るって……」
陸は困ったような顔をした後、ふっと視線を逸らした。
「何怒ってるんだよ。お前が言ったんだろ? 恋愛は自由だって」
「……は?」
「誰を好きになるかなんて、本人には決められない。お前がいつも言ってたことじゃないか」
「ふざけんなっ!」
思わず立ち上がった。
「既婚者と浮気するとか、あんた頭おかしいんじゃないの!?」
「お前、どの口で……」
「うるさい、この浮気男!絶対に訴えてやる!!」
「おい恭子……」
横から浩介の声がした。
さっきまで歪んでいた顔が、まるで能面のようになっている。
「既婚者同士の恋愛は認められるべきなんじゃなかったのか?」
「はぁ!? 何を言ってるの!?」
「そいつとその女性も既婚者同士だろ?」
「こいつがやってることはただの浮気じゃない!」
「へぇ……じゃあ、お前がやったことは浮気じゃないのか?」
「違うわ!」
何で一緒にするの!?
「じゃあなんだ?」
「私のは純粋な恋よ!!浮気なんかじゃない!」
「……」
その場が静まり返った。
浩介……成美さん……弁護士……そして陸まで。
全員が同じような顔で私を見ていた。
「はぁ……」
そして浩介が深いため息をついた。
◇
結局――私と浩介は離婚した。
陸と成美さんも離婚。
私と陸はそれぞれ慰謝料を支払うことになった。
さらに陸は成美さんだけではなく、私との不倫について浩介から……さらにもう一人の女性との不倫についてその夫からも慰謝料を請求されたらしい。
その後、会社でも複数の女性との不倫が問題になり、陸は職場を去った。
私も不倫のことが職場で知られてから周囲の視線に耐えられなくなり、結局退職した。
--------
陸のことは絶対に許せない。
私という恋人がいながら、他の女と浮気した。
そんなの最悪じゃない。
だから私も陸を訴えてやろうと思った……だけど、慰謝料の支払いで貯金はほとんど残っていない。
実家にも頼れない。
私は仕方なく、小さなアパートで暮らしながらコンビニのアルバイトで生活している。
「浩介……どうしてよ!」
私は浩介に何度も連絡した。
私は今でも浩介を愛している。
だから、もう一度やり直したいと伝えたかった。
だけど電話もLINEもブロックされた。
仕方なく浩介のところまで直接会いに行ったら、警察まで呼ばれた。
その時、浩介から最後に言われた言葉がある。
『多様性って言葉を、不倫の免罪符に使うな』
その言葉が今も頭から離れない。
でも――。
「……違う」
私は間違っていない……絶対に間違っていない!
浩介もお父さんもお母さんも裕太も……何もわかっていないだけ。
だったら、もっとたくさんの人に聞けばいい!
世の中には、私の気持ちを理解してくれる人がきっといるはず。
私から世界に訴えて……理解してもらうんだ!
そうすれば、浩介達もきっと理解してくれる。
――既婚者同士の恋愛は、不倫でも裏切りでもないってことを……。
私はスマホを手に取り、SNSに自分の考えを書き込んだ。
『この多様性の時代、同性同士の交際が認められるのなら、既婚者同士の恋愛も認められるべきではないでしょうか?
人が人を好きになるのは自然なことです。
同性同士とか、既婚者同士とか、そんなものは関係ありません。
誰を好きになるかは自由です。
恋愛は――自由であるべきです!!』
きっと私と同じ考えの人はいる……私はそう信じていた。
--------
だけど……世間の反応は私の想像と全く違っていた。
『多様性って言葉を不倫の言い訳に使うなよ』
『同性カップルとダブル不倫を一緒にするとか意味不明』
『偉そうに恋愛は自由とか言ってるくせに、男の浮気はめちゃくちゃ否定してるの草』
『自分はよくて他人は駄目ってこと?』
『こんなのとは関わらないのが一番だ』
「なんで……」
いくら待っても、私に賛同する言葉は一つも現れなかった。
スマホを握る手が震える……画面が涙で滲んでいく。
「なんで……どうして誰も分かってくれないのよぉぉぉ!!」
狭い部屋に、私の叫び声だけが空しく響き渡った。
久しぶりに自分が何を書いているのかわからなくなりました。




