表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星雲に沈む  作者: けーる
1/1

1群 若葉

1群 若葉


いつからだろう。怖いものがなくなったのは。

長野旅行の計画を細かに決めずに新幹線に乗ったはいいものの、いざ到着すると目的地までの交通手段が限られていたせいで午後四時には新島々駅行きの電車に乗らなくてはいけなかったり、京都の河原町から銀閣寺まで3時間かけて終電後歩いてみたりしたこともあった。そんな計画性の無さは実生活にも影響はあり大学の成績と引き換えに絶えず発揮されてきたが、単なる無計画ではなく好奇心だったんだと今では認識している。それゆえ実害が出ていても内なる好奇心が満たされていれば多幸感を得られていたし人生の満足度は高かった。


だから一瞬で連れ去っていかれるのはごめんだ。まだやり残したことがたくさんあるしまだ見ていない景色もたくさんあるはずだ。


金縛りのように体も動かないし視界も暗い。でも暗中を漂う光の粒の集合体に吸い込まれてしまいそうにもなる。

「なんだか気持ちがいいなぁ」

そんなことを思った矢先、走馬灯のように記憶が暗中を泳いでくる。


大学生のころ閑静な住宅街で一人暮らしをしていたがその横には電車の線路があり渡った先に大きな運動場があった。大人になっても活動的だったのでサッカーやテニスをしていたが、市が管理している運動場は日中は子どもたち専用の土地であったため温厚闊達な大人である私達は深夜によく利用していた。蝉の声が鳴り響く中ボールのバウンドすらもかき消してしまう彼らの命を燃やさんとする叫びは生への渇望なのか、それとも何者でもない私を嘲笑っている所以なのかはわからないがなんだかやりきれない思いを抱えていた私は半ば感情的になってボールを跳ね返していた。


精一杯生きていたのにどうしてこんなにも後悔ばかりしてしまうのだろう。どうせあの日に戻ったとしても何もできやしないのに。それでも考えてしまう。あの時違う選択肢をとっていれば結果は違っていたんじゃないかって。

「バンッ」

思わず「えっ」と声を上げるとそこには満点の星空が広がっていた。聴覚は蝉の鳴き声に支配され顔もじんわりと熱い。泣きそうになっていたかと鼻をすすった時に鼻血が出ていることに気づいた。衝撃で目が涙でいっぱいになり広がっていた光の粒が一斉に泳ぎ出す。下町の夜空でもこんなに星が見えるんだなと思わず吹き出してしまった。

「なに笑ってるんだよ。気持ち悪い」

上がっていた口角を水平に戻し起き上がってみると目の前ではこの一連の実行犯がはぁと呆れ顔で近づいてきた。

「君はキャッチボールだけでなく会話のキャッチボールもできないのか。こういう時は心配をするんだ。」

私は情けない姿のまま声を上げた。無論蝉の声にかき消されているためこんな夜中でも近所の人はこんな醜態を晒している大学生がいるとは夢にも思わないだろう。

「ボールを顔でトラップした挙句に倒れて笑い出す奇人に気を使わないといけないくらいおまえと交友関係が浅いとは思わなかったよ」

「話にならないな。親しき中にも礼儀ありだ」

「じゃあ僕がバイト先でもらってきた特上ロースの余りはおまえは食べないってことだね。明日からは廃棄することにするよ」

「いや最近顔面トラップを練習しているんだがまだまだ道半ばらしい。特上ロースを食べて力をつけて方がいい」

「ぽんこつ」

強引に丸め込まれてしまったが、いつも私を落とす形で会話を仕立て上げてしまうのがこやつだ。普段は凡庸な私と違い某有名大学で情報理工を学ぶ小学生からの同級生で、勉強をしている姿をほとんど見せないにも関わらず結果は持って帰ってくるいわゆる天才型である。無計画な私とは対照的に情熱をその身に宿しながらもある程度の計画性を忘れないで自分の信念や目標を持つ彼には志操堅固という言葉がよく似合う。


とはいえ私も大学で同じ理系の人間として勉学に励んでいるのだがどうも学問に対する哲学、人生観は異なるらしい。私はというと好奇心の奴隷であり周りの意見など意に介さず我が道を突き進んでいき、必修の授業などは適度な労力で乗り切る要領のいいタイプでありたい人間であった。つまり他人との競争に負けた時に自尊心が保てないことを最初からわかっているためブルーオーシャンを探し続けるが、そもそも明確なゴールも設定せずに旅に出かけてしまったため足元が危険がどうかだけに注力し漂着した場所では人を見かけた瞬間に最初から決まっていたように漕ぎ出すような簡単に言ってしまうと「情けない人間」であった。


一見すると単なる要領の良い天才型と情けない凡夫の関係性に思えてしまうが、我々には一つだけ共通点があった。「野望」である。近頃の若いものはなどというセリフが巷では流行っておりそれが代々受け継がれていくようだが、その中でも立派な「野望」を持って生きる私たちはいつも暇さえあれば自身の野望について語り合っていた。ああなりたい、こんなことをしたいなどという我等を意識が高いだけだと馬鹿にするものは現場にはいないので何時間でも語り合うことができた。そしてそのような関係性を初めて出会った小学一年生から十八になるまで続けてきたのであるからこれは友人というより戦友であるとも言える。しかしながら実践経験は全くなので立派な身をつけるための種まきに日々精進していた。


「なぁ匠」

「なんだ」

「僕らはどうなっていくのかな」

「議論する余地もないな。私を誰だと思っている」

「ぽんこつ」


吸い込まれるような暗い空に伸びる木々につける青々とした若葉が私たちを鼓舞するかのように揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ