カクテルで伝える本音
初めて書いた作品です。頭の中で想像していることを言葉にするって難しい。お手柔らかにご覧いただけますと幸いです。
「年収は2,000万円で」
「さすが〜」
「ここ、有名な社長も来るんだよ」
「知らなかった〜」
「実は会食でご一緒したこともあるんだ」
「すご〜い」
「この腕時計は限定品で」
「センスある〜」
「今度家に招待したいな、港区のタワマンに住んでるんだ」
「尊敬する〜」
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
彼が見えなくなってから小さくため息をつく。愛想笑いをすること1時間。そろそろ表情筋が引き攣ってきた私に、おそらくアルバイトであろう男の子が話しかけてきた。
「疲れないっすか」
「え?」
「ずっと演技してて疲れないんすか」
「まぁ大人だからね」
「は?」
「いい?大人になるってことは嘘が上手になるってことなんだよ」
「そういうもんすか」
「うん、お子ちゃまにはまだわかんないかー」
「おねーさんだってまだ若いでしょ」
「何言ってんの、もう29歳だよ。アラサーだよ」
「まだ29歳でしょ」
「君は?」
「え?」
「君は何歳?」
「君じゃなくて透真って呼んで。澄田透真、21歳。名前なんて言うんすか」
「上舞成美。21か、若いなー。じゃあ大学生?」
「うん。大3」
「このバイト大変でしょ、夜遅いし」
「だから火曜日と金曜日だけ入ってる」
そこで彼が帰ってきた。
「お会計は済んでるよ、タクシーで送ってく」
「ありがとう、透真くんまたね」
「またお待ちしてます」
1週間後。
「これまで20カ国以上旅行に行ったんだけど」
「さすが〜」
「イタリアのパスタは口に合わなかったな、日本人好みになってないからね」
「知らなかった〜」
「実は俺の得意料理はパスタで」
「すご〜い」
「オリーブオイルにこだわってるんだ」
「センスある〜」
「お店より美味しいって褒められるよ」
「尊敬する〜」
息を吐くようにモテる女のさしすせそを使い終える。
「タバコ吸ってくるね」
彼が席を立つと透真くんが声をかけてきた。
「相変わらず演技が上手っすね」
「染み付いちゃった、、って透真くんにはバレちゃうんだね」
「てかまた来てくれたんすね」
「彼が気に入って」
「成美さんは?」
「私もお店の名前とか雰囲気とか、気に入ってる」
「名前?」
「アキレアって私の誕生日花なの。運命みたいじゃない」
「俺に会いに来たんじゃないんだ」
「な、何言ってんの」
「なーんだ、わざわざ火曜日に来たから俺に会いたかったのかなって思ったんすけど」
「彼の都合がつきやすいのが火曜日ってだけだよ」
「ざんねん」
「彼氏っすか」
「ううん」
「旦那」
「違う」
「上司」
「違うけど、そんな気になる?」
「はい、どういう関係っすか」
「上司の友人の部下、結婚したいけど相手がいないって話したら紹介してくれたの」
「付き合うんすか?」
「彼が思いを伝えてくれたら」
「一緒にいて疲れるのに?」
「高身長、高学歴、高収入。今どきこんなに条件の揃った人見つからないよ」
(そう、わたしにはなんの取り柄もないんだから)
わずかにタバコの匂いを纏った彼が帰ってきた。
「お会計は済ませてあるよ。場所変えようか」
「うん」
「またお待ちしてます」
「またね、透真くん」
1週間後。
「ネイル変えたの?可愛いね」
「ありがとう」
「髪も少し暗くしたんだね、よく似合ってる」
「嬉しい」
全部彼に好かれるためにやったことだ。自分の猫撫で声にうんざりする。
しばらくして彼が席を外した。
(透真くん、話しかけてくれるかな、、って何考えてるの)
「ネイル変えたんすか」
「え?気づいたの?」
「いや、話聞こえて」
「正直だなー。うん、似合う?」
「いや、前使ってたバッグの色の方が似合うんじゃないっすか」
「はっきり言うなー。本当は私もその色にしようと思ってたんだけど、彼が嫌がりそうだから」
(君にはもっと落ち着いた色のバックが似合うって言われちゃったんだよね)
「髪ももっと明るい方が似合うっす」
「彼が暗い方が好きって言うから」
「ふーん。てか、体調大丈夫っすか」
「へ?」
「顔色悪いっすよ」
「照明のせいじゃない?」
「ならいいっすけど」
(確かにここ数日よく寝れてなかったし、今日は朝から頭痛くて、、でも誰にも気づかれなかったのに)
彼が戻ってきてマスターに2杯目を頼む。
彼がしきりにスマホを確認する様子をぼんやりと見ていると、マスターが耳に顔を寄せてきた。
「さっきアルコール出しちゃってごめんね、体調悪いって聞いたよ」
「え、、誰からですか?」
「透真から。これはノンアルコールだから安心してね」
「ありがとうございます」
「お手洗い行ってくるね」
彼が席を立った。
(チャンス!平静を装って)
「ありがとう」
「なんすか急に」
「マスターから聞いた。心配してくれてありがとう」
「うす」
「なんでバレちゃうかな」
「ずっと見てるんで」
「え?」
「ずっと見てるんでわかるんす」
「い、いいバーテンダーは、か、観察力も優れてるってことだね、、」
(ま、紛らわしいって)
「ねぇ、はぐらかさ、、」
「ちょっと外の風浴びてくる」
(いやードキドキした。あれは思わせぶり、思わせぶりだから)
ほてった頬を夜風で冷やしていると、ふいに風に乗って聞きたくもない言葉が聞こえてきた。
「いやー告ったらいけるな」
「嫁にはああいう従順な女がちょうどいいんだよ」
「なあ、また合コン開催しようぜ」
(あーそういうこと。やっぱりあんなに条件のいい人が私みたいな空っぽ人間好きになるわけないよね)
お店に戻ろうとするわたしを塞いだのは、
「成美さん。成美さんが嘘ついても望んだことってこれっすか」
(透真くん、、)
「あれ、どうかしたの?冷えちゃうよ」
(そうだねって笑わなきゃ。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何もー)
「ごめん、聞いちゃった」
「え?」
「嫁にするなら従順な女がちょうどいいって。合コンしようぜって聞いちゃった」
「ちっ、金が無駄になったわ」
(涙も出ないなんて、こころが枯れてんのかな)
「成美さん」
(あー、こんなみじめなところ透真くんには見られたくなかったな)
「ごめん、私も帰るね」
(透真くん、がっかりしたかな)
(これ以上、今のわたしを見てほしくないな)
「成美さん、待って」
(ここにいたら透真くんの優しさに縋りたくなっちゃう)
「ごめん」
「今週の金曜日来てください、待ってます」
金曜日。
「来てくれたんすね」
「うん、ちゃんと断れてなかったし。無断はよくないかなって」
「ここに座ってください」
「何作ってくれるの」
「内緒」
「コアントロー?」
「好きでしょ、マルガリータもコスモポリタンも気に入ってたから」
「本当によく見てるんだね」
「俺、成美さんには嘘つかないから」
「サイドカーです」
「うん、美味しい」
「カクテル言葉って知ってます?」
「うん」
「サイドカーのは?」
「知らないけど」
「調べてみて」
「『いつも二人で』って、、」
「好きっす」
沈黙が漂う。
「アラスカお願いしてもいい?」
「っす」
「アラスカです」
「ありがとう、これは透真くんに」
「え?」
「透真くんに好きって言ってもらえてうきうきしてる自分がいる。きっと大切にしてくれるだろうって思う。でも、その分、透真くんにはもっとふさわしい人がいると思うし、そういう人との出会いを奪いたくない、曖昧でごめん。でもこれが本心ーーー」
「格好つけないでください」
「、、、、やっぱり見破られちゃうか。ただ自信がない。傷つくのが怖いの」
(好き。好きだけど踏み込めない。臆病でごめんなさい)
「帰るね。お会計お願い」
「お代はいいっす」
「でも」
「俺からの誕生日プレゼントです」
「え?」
「誕生日っすよね」
「う、うん。なんで知ってるの?」
「アキレアが誕生日花だって。帰って調べたんす」
「覚えてたんだ、、ありがとう」
「またお待ちしてます」
「、、ばいばい」
(さよなら、透真くん)
3年後。
あれからお店に行くことはなかった。ただ毎週火曜日はふらっとバーに行くことが日課になった。今頃透真くんはどんなお酒を作っているのだろうか、そんな想像をする。
(なんて、、もうとっくに卒業しているだろうな)
「コアントロー?」
(懐かしいな)
透真くんが最後に作ってくれたカクテルを思い出してしまう。
引き寄せられるようにドアを開けると、ずいぶん大人っぽくなった、でも何度も何度も何度も思い浮かべた顔があった。
「と、透明くん?」
「はい。つい最近、お店を出したんです。」
「そ、そうなんだ」
「もし何を飲むか決まっていなかったら、僕に委ねていただいてもよろしいですか」
「は、はい」
あの頃より少し筋肉質になった腕。少し伸びた髪。丁寧になった言葉遣い。時の流れを感じてしまう。
「ロブ・ロイです」
「、、え?」
(な、なんでこのカクテルをわたしに)
「カクテル言葉は「あなたの心を奪いたい」」
「え?」
「あれから私も勉強したの。調べている時間は透真くんの表情も声もよく思い出せるから。こっそり想う分にはいいかなって」
「成美さん」
「透真くんも一杯どう?」
「今日は特別に」
「ありがとう、じゃあXYZを」
(わたしは『永遠にあなたのもの』だよ)
舞の誕生日は7月12日。誕生日カクテルはフローズンブルーマルガリータで、カクテル言葉は「常にバランスを心がける熱血家」だそうです。舞に通づる部分がありそう。常にバランスを心がけていても、透真くんには乱されてしまうんだろうな。




