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この魔王の紋所が目に入らぬか!  作者: 柚原小花


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団子屋騒動(5)

 一行は茶屋の娘に振舞われた団子に舌鼓を打ち、しばしの休息を楽しんだ。アウグスのおすすめを滅多に褒めないスケサラーンが「うまい」を連呼してお代わりしたくらいなので、団子は評判通り、いやそれ以上に美味いのであろう。アウグスは口いっぱいに頬張って幸せそうな笑みを浮かべているが、その顔には品性の欠片もない。アウグスのお代わりはすでに十本を突破したようで、本数を重ねるごとにご隠居の眉の角度も吊り上がっていく。角度が三十度を超えた辺りで、ご隠居はアウグスを指さし、茶屋の娘に話しかけた。

「娘さんや、やっぱりこいつが食った分はこいつに払わせる」

「ええええ!」とアウグスは驚嘆しながらも、頬張った団子をこぼさないよう両手で口を押えている。ある意味お上品にも見える。

「そんな、お代なんていいですよぉ」

 娘は両の手のひらを振り振り申し出を辞するが、ご隠居も意地になっているのか引き下がる様子もない。

「いいや、払わせる」

 小遣いの手持ちが心許ないアウグスは涙目だ。口はモグモグと動いているが。見かねたシルヴァが仲裁の手を差し伸べる。

「アウグス、私が払ってあげるから、それくらいにしておきなさい。ご隠居もそのくらいで勘弁してあげてくださいな。娘さんも困っておられます」

 娘が困っていると(さと)されては、ご隠居も「そうだな」と眉の角度を下げる他なかった。

「恥ずかしいところをお見せしましたな」と咳払いを一つ、ご隠居は話を切り出す。「ところで、娘さん、先ほどの者どもは何者ですかな。よろしければ事情を話してはいただけませんか。我らも既に一戦交えた身なので、連中の素性は知っておきたいのです」

「はい……あの人たちは借金の取り立てに来たのです。返済の期日は五日後なのですが、今すぐ返せと店の中で騒ぎ立てるので、外で話をさせてくださいとお願いしました。そしたら今度は俺の女になれと私の腕をつかんできたので、怖くなって振りほどいたんです。その拍子に男はよろけて壁にぶつかって、棚の上に置いてあった(かな)だらいが男の頭の上に落ちてきて、鈍いような甲高いような音が静まり返った店に鳴り響いたと思ったら、店中のお客さんが一斉に大爆笑したんです」

「ぷっ。聞こえた音の正体は金だらいでしたか。なんと様式美に忠実な雑魚っぷり。それで恥をかかされたと逆上したわけですか」

「はい、刃物を取り出して私に襲い掛かってきたところをアウグス様が庇ってくださって……」

「なるほど」

 思い出して涙ぐむ娘の肩にシルヴァがそっと手を添える。

 しかしこの話にスケサラーンは目を丸くしていた。チンピラが借金の取り立てに来たこと、娘に言い寄って逆上したこと、これはご隠居が様式美と称して予想したことにピタリと符合する。ならばその借金の理由は如何に、スケサラーンは聞かずにはいられなかった。

「その、差し支えなければお話しくださいませんか。なぜ……あのような者から借金をなさったのですか」

「はい、私には血のつながらない育ての父親がおりまして、肺の病を患っております。治療には高価な薬が必要で、薬代を工面するのに方々から借金をしております。先日どこからも借金を断られ、仕方なくやくざ者から借金をしてしまいました……最初の返済に行ったときに、なぜか証文の利息が変わっていて、とても返せない額になっていました。それ以来ずっと終わらない返済を続けております。でも、おっとさんを助けるにはこれしか方法がなくて……」

「そうでしたか、辛いことを聞いてしまい申し訳ありません」

 蓋を開ければご隠居が語った様式美の通りの展開に驚愕するスケサラーンであったが、このような悪漢をご隠居が見逃すはずもないことも承知していた。

「娘さんや、そういえば名を聞いておらなんだ。なんと申されますかな」

「はい、私はリリイと申します」

「私はハルヒサと申します。旅の隠居の身ですが、何か力になれることもございましょう。暫くこの町に宿を取りますので、何か困ったことがありましたら、遠慮なくお訪ねください」

「いえ、滅相もない。十分すぎるほど助けていただきました。それでは、私は店がありますので、これで」

 リリィが立ち去ろうとすると「あ、お待ちなさい」とご隠居が呼び止める。「忘れるところでした。カクサラーンよ、壊れたものを弁償せいとチンピラどもに迫って出させた金貨があったろう。リリィさんに渡しておかねばな」

「お? おおー、そうでしたな。うっかりしておりました」カクサラーンは懐をまさぐり、金貨を一枚取り出しリリィに差し出す。「ささ、リリィ殿、お納めください」

 金貨一枚の価値は団子の売値なら千本ほどに相当する。滅多に見ることのない貨幣にリリィは目を白黒させている。

「その……弁済には多過ぎやしませんか?」

「そうは言われましても、連中が寄越したものをそのままお渡ししているだけですからのう。受け取ってもらえねば、カクサラーンはただ恐喝しただけになってしまいます」

 ご隠居は困った風に白いあごひげを撫でている。片目でチラリと目配せするとカクサラーンも調子を合わせてきた。

「然り然り。これは弱りましたな」

 リリィもこれ以上一行に迷惑をかけるわけにもいかず、やむなく受け取ることにしたようだ。

「……それでは有難く頂戴いたします。でも、正直なところ助かります」

 リリィは拝むようにして金貨を受け取った。

「ふむ、では私どもも、これにて失礼いたします」

 互いに深々とお辞儀を交わして一行は茶屋を後にした。

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