団子屋騒動(2)
ご隠居達が駆けつけて店の中を覗くと、見覚えのあるフードの付いた外套が茶屋の娘に覆いかぶさるようにうずくまっており、ガラの悪そうなチンピラに囲まれている。まずいことに、その外套には短剣が突き立ち、鮮血が滲み滴っていた。アウグスが身を挺して娘を庇い、その身に刃を受けたのであろうことは誰の目にも明らかだった。
シルヴァは目つきが変わり、呪文の詠唱を始めている。シルヴァほどの術者であれば軽微な魔法の発動に詠唱を必要としない。ゆえに強力な魔法を発動しようとしていると見て取れ、明らかに冷静さを欠いている。
「まずいな。スケサラーン、収めてこい。店に被害を出さないようにな」
「承知」
スケサラーンは一瞬大きく息を吸い込み、僅かに屈んで腰を落とし、天地が割れんばかりの大声で叫んだ。
「シルヴァーーー、落ち着けーーい!」
突然の大音声に我に返ったシルヴァが詠唱を止めると、集中を欠いた術は霧散して消えた。チンピラたちも大声に度肝を抜かれ、何事かと立ち尽くしている。
スケサラーンはゆったりと歩いて近づきながら、肩を数回振り回し、
「でかい声一発でビビったか? 退散するなら今のうちだぞ。チンピラども」
と、普段の物腰からかけ離れた悪態で悪漢共を挑発した。
「何だと、てめえ。痛い目に遭いたいようだなあ」
型にはめたように挑発に応えたチンピラたちがスケサラーンの元に駆け寄る。チンピラたちは総勢六人、すぐさまスケサラーンを取り囲んだが、しかしまんまと店の外に誘い出された格好だ。そのリーダー格と思しき男は舌なめずりしながら薄ら笑いを浮かべると、懐からナイフを取り出し、その鋭く尖った刃先をスケサラーンに差し向けた。
「ひゃはは、この人数を相手できんのか? 謝るんなら今のうちだぜえ」
男がからかうようにナイフを揺らすと取り巻きたちが囃し立てる。
「ひゅうー、ヤッコンさんのナイフ捌きが拝めそうだぜ」
「華麗に切り刻んでくださいよお」
このときスケサラーンの眼中にあるのはヤッコンや手下どもではなく、ヤッコンが手にしたナイフのみであった。それはアウグスの背を血に染めたナイフと同じもの。スケサラーンの眉間がピクリと動く。しかしそれ以上は動じず、目を閉じて大きく嘆息して見せた。
「ふう。貴様ら喧嘩する気はあるのか? ご託より先に拳骨の一つでも飛ばしてこい」
さっさとかかってこいとでも言えばいいものを、スケサラーンはわざわざ癇に障る言い方で煽った。
「……そうかい」
ヤッコンは吐き捨てるように言い放ち、スケサラーンの背後に回った男に目で合図を送る。合図を受けた小太りの男はそろりと音を殺すようにスケサラーンの背に蹴りかかったてきた。腰骨辺りを狙った蹴りは誰の目にも当たったかと思えたが空を切り、柳のように体をかわしたスケサラーンの左手が軽く男の肩を払う。男は地面に滑り込むように二度三度転がり、砂埃だけが勢いのまま風に流され、漂い、去っていった。
チンピラたちはスケサラーンを地面に倒して袋叩きにするつもりだったのだろうが、いつの間にかスケサラーンは蹴りかかった男が立っていた場所に立っている。入れ替わったかのように、円陣の中央には小太りの男がみっともなく土を食んでいた。
「ふむ、倒れた男を袋叩きにする算段ではなかったのか? 遠慮せずにやったらどうだ」
さあどうぞと、余裕たっぷりにスケサラーンが手のひらで男を示すと、頭に血がのぼったチンピラたちが次々に襲い掛かる。スケサラーンは後ろへ後ろへと体をかわし続ける。最早円陣は崩れ、五人がかりのようで実際は常に一人しか相手取っていない。十分に店から離れたことを確認すると、スケサラーンは先ほどまでの攻撃をかわすだけであった体裁きをやめ、殴りかかってきた男の手首を掴み、そこでぴたりと動きを止めた。
「あ、ああ、ああーーー、いい痛てえええーーー!」
手首を掴まれた男が子供のように叫ぶ。スケサラーンは蜘蛛の巣に絡まる羽虫を見るような冷めた目線を男に浴びせていたが、手首を握りしめる手の甲には脈打つ血管が浮かび上がり、ギリギリと音無き音をにじり出していた。
なぜかそのまま微動だにしないスケサラーンに、ナイフを構えたヤッコンが「調子に、乗るな」と正面から迫る。
ヤッコンの動きはその手下たちよりも数段速い。突進し、スケサラーンの顔面に狙いを定め、右手に握るナイフを槍のように突き出す。スケサラーンは変わらず冷めた目を迫りくるナイフに向けるが、刃先を見つめるだけで何も行動に移らない。刃先がスケサラーンに届くその瞬間、キンと甲高い音と共にナイフは消えてなくなった。ナイフを失った本人は目玉を真上に向けており、獲物が弾き飛ばされたことを理解しているようだ。程なくして、ひゅんひゅんと空を切りながら降ってきたナイフが乾いた音と共に地面に突き立ち、そのナイフの傍らで超重量のこん棒をヌンチャクのように振り回すカクサラーンがにやりと笑みを浮かべ立っていた。




