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この魔王の紋所が目に入らぬか!  作者: 柚原小花


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団子屋騒動(1)

 宿場町の背後に控える峠道は険しく、旅慣れた健脚の者であっても山向こうの町までほぼ一日を費やす道程となる。野宿を嫌う者は皆、この町を早朝に出立するがゆえに、すべからくここに宿をとることになる。交易の要となる町ではないので商業は盛んではないが、一晩の癒しとなる食事を求める旅人も多く、宿泊の他には飲食の商いが専ら栄えていた。一行の案内人はそれを承知しているのか、町の関所をくぐるなり(よだれ)をすする音を立て、フードの下の目を輝かせた。

「ご隠居、宿場町フーチーに到着しやした。この町には滅法(めっぽう)美味いと最近評判の団子屋がありやす」

 新しい町に到着すると、いの一番に名物の話をするのは最早アウグスの定番となっていた。

 アウグスは旅先案内人だが、食通でもある。道中の会話でも食べ物の話になると途端に生き生きとするのだ。アウグスの勧める(メシ)にハズレなしとは皆が認めるところだが、スケサラーンはそれを意地汚いと快く思っていないようで。

「アウグス、またお前は食べ物の話か。先ずはご隠居に(くつろ)いでいただける宿を探してだな……」

 これまた今後定番となりそうなスケサラーンの小言を、今度はご隠居が遮る。

「よし、団子屋から行こう。アウグス、案内せい」

「ご隠居ぉ……アウグスを甘やかすとすぐ調子に乗りますぞ」

「まあ、急ぐ旅でもあるまい。俺が団子を食べたいのだ、いかんか?」

「むう、ご隠居がそうおっしゃるなら、異論はございません。私もお供いたします」

「へっへっ、では早速、団子屋に参りやしょう。ささ、ご隠居、こちらでございやす」

 気の逸るアウグスが速足で先導をはじめ、一行はそれに続いた。ご隠居も老齢と思えぬ速さで遅れずに歩くので、何か言いたげなスケサラーンも口をへの字に曲げたまま足早に続いた。


「ご隠居、ここが評判の団子屋でございやす」

 街並みから少し外れた川沿いにこじんまりとした茅葺の茶屋が建っており、茶屋の他に何もない殺風景だが店の周りだけは街中と変わらぬ賑わいを見せていた。

 ご隠居が遠目に店の中をうかがうと、娘が独り忙しそうに接客をする姿が見え隠れしていた。

「アウグス、一応言っておくが、俺の名を出して割り込んだり席を取ったりするなよ。今日は天気もいい、店が混んでいるのなら、我らは河原にでも腰を下ろして食べるとしよう」

「心得やした。それでは団子を買って来やす」

 カクサラーンから財布を預かり駈け出したアウグスに、後ろからシルヴァが声を掛ける。

「待って。私もついていくわ。アウグスに任せたら一人十本くらい買ってくるわよ」

「確かにそうだな。シルヴァ、任せたぞ。我らは河原の特等席を探すとしよう」

 然りと同意してご隠居は河原に向かって歩き始め、スケサラーンとカクサラーンもそれに続く。

 草原で暴れていた風は、町に差し掛かったころには随分穏やかになっていた。そよぐ風は心地よく、かえってこちらのほうが騒々しい店内よりも寛いで名物を味わえるというものだろう。

 じゃりじゃりと音を立て河原の小石を踏みしめながら歩いて行くと、腰掛けるのに程よい大きさの石がちょうど五つ円形に並んでいるのが目に入る。自分達と同じようなことを考えた者が並べたのであろう、ならばお下がりを使わせてもらおうと腰をおろした。

 二人が店から出てきたら手を振って呼び寄せようと、ご隠居が店の方に振り向いたその時、茶屋から薄い金属板を叩くような鈍い音が聞こえ、続けていかにもガラの悪そうな男の怒号が響き渡った。いなや、スケサラーンはすっくと立ちあがり、申し出る。

「私が見てまいります。アウグスが粗相をしたやもしれません」

 その言葉を聞いたご隠居は眼を閉じて少し考え、

「うーん、違うな。おそらくあの店の主人は病で病床に臥せっており、器量のよい一人娘が店を切り盛りしている。父親の薬を買うために借金しており、その取り立てにチンピラが店に訪れ、美貌の娘に言い寄ったところすげなくあしらわれ、腹いせに暴れだした。そんなところだろう。金物の音はよくわからん」

「な、なんと、一目見ただけでそこまでお分かりになるのですか。さすがは御隠居様、感服いたしました」

「いや、ちょっと見ただけでそこまでわからんよ。なんというか……様式美だ」

「よ、様式美ですか」

「そうだ。俺もとりあえず見に行くぞ」

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