街道の一行(2)
「あらあら、ご隠居はご老体の姿になっても封印前の感覚が抜けませんねえ。ご隠居様なら鳳翼の封印を解くだけで山の向こうなんてひとっ飛び。五分と掛りませんことよ。ご所望とあらば今すぐ封を解いて差し上げますわ」
「いや、構わんよ。諸国漫遊の旅は歩いて行くと俺が言い出して鳳翼の封印を頼んだんだ。最期まで歩き通させてもらうよ」
申し出を断られたシルヴァは残念そうに口を尖らせる。その様子にご隠居は、何か試してみたい術式でもあるのかと勘繰った。ならば胸三寸で怪しい術を使われても困りものだ、念を押しておこうと考えた。
「そもそもだな、禍々しい翼を生やした老人が突然街中に降り立ってみろ、大騒ぎになるのは目に見えている。俺はあくまで旅の隠居という立場で町を訪れたいんだよ。でないとそこで起こった揉め事にさり気なく首を突っ込めないだろ。だからみだりに封印は解くのはダメだ」
この話は終わりだとばかりに、ご隠居はシルヴァを背に見てスタスタと歩み始める。
その横で笑顔で様子を見守る男がいる。こん棒を肩に担ぎ、豪傑の風格を体現したようなこの大男の名はカクサラーン。
「ははは、ご隠居様は余程異世界の物語がお好きと見える。位の高い貴人が徒歩き諸国を視察して回られた物語、ミト・コーモンになぞらえて、わざわざ歩いて旅をされるくらいですからな」
カクサラーンがミト・コーモンを話題に出すと、ご隠居は薄く開いた瞼からキラリと光る眼を覗かせて、僅かに口角を持ち上げた。
「そうだ、かつて勇者スケサラーンとの戦いの末に俺が島流しにされた、かの異世界にて見聞きした傑作痛快活劇だ」
「ご隠居、その話はもうおやめいただけませんか。かつてご隠居と剣を交えたとはいえ、今はご隠居に仕える身。あの頃の私は血気盛んな勇者で・・・」
カクサラーンと対を成すようにご隠居の脇を固める男こそスケサラーン。髪をつるりと剃り上げていてもどこか気品の漂う色男だ。スケサラーンが弱り顔で言い訳を始めると、カクサラーンが一笑にその言葉を遮った。
「がっははは、気にしているのはお前だけだぞ、スケサラーン。われら世のため人のため、遺恨など捨てて旅をすると決めたではないか」
ご隠居はうずうずと落ち着かない様子だ。ご隠居にとって「その話」とは過去の戦いではなく水戸黄門のことのようで、さらに二人の話を遮った。
「待てい、お前ら。今は水戸黄門の話だ。まだ聞かせていないエピソードがいっぱいあるぞ。そーだな……おっちょこちょいの盗賊を懲らしめる話がまたエモいんだ……」
歩みを進めながらも、ご隠居は揚々と「ご隠居」の話を語り始める。身振りを交えて熱弁するご隠居は特撮ヒーローの活躍に興じる少年のようで、きびきびとした動きはとても老人とは思えない。
ご隠居と呼ばれるこの男は顔に深いしわを刻んだ老人であるが、その眼差しの眼光鋭く、視線を合わせるすべての者を畏怖させ、いや、ひれ伏し調伏させるほどの威光を放っていた。かつて勇者スケサラーンと戦い、あげく異世界に放逐されたとされるこの老人は何者なのか。
これまでの彼らの会話を聞いた限りでは、どうやらこの老人は何らかの封印を受けている。どうやらお付きのスケサラーンとは異世界送りにされた因縁がある。どうやら異世界とは水戸黄門が放映される世界、我々が住まう日本ではなかろうか。
勇者と戦う者など三千世界においても相場が決まっているが、あえてここでは語るまい。この老人の姿は仮の姿。魔術によって作られた幻の姿。誰もがいずれその正体を知るときが来る。そう遠くないうちに彼らは、悪徳商人やら圧制領主やらダメ亭主やらを懲らしめて、その威光を衆目にさらすことだろう。さてそれまでは、一行の旅路の騒動をしばしゆるりと眺めるとしよう。
旅の道すがら、おっちょこちょいの盗賊のエピソードを話し終えるのにおよそ半刻、その終幕に合わせるように、頃合いよく一行は峠の麓にある宿場町フーチーに到着した。




