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はじめましてさんへの異世界(恋愛)短編まとめ

実は全部わかってるらしい!?__通訳の私を第二王子が口説いてきます

作者: 絹ごし春雨
掲載日:2025/12/07

 回廊を抜けて進んだ小広間は、ぴんと張り詰めた空気に満ちていた。


 技術大国アストロ、その第二王子リオネルは儀礼用の椅子に座り、机上の文書へ視線を落としたまま微動だにしない。そのすぐ横控えて立つアデリナは、通訳ノートを押さえる指先に力をこめ、気づかれぬように震えを吸い込んでいた。


 アデリナの国は弱小国だ。失敗は許されない。


やがて、彼女の国の財務官僚が前へ進み出て、深く頭を下げる。


「両国を導かれる殿下の御前で、このような席を頂けるとは……

我らには分不相応にございます」


__言葉そのままでは、

「国力差にひれ伏しています」と受け取られてもおかしくない表現。


 室内に、ひやりとした緊張が落ちた。


 アデリナは一瞬だけ息を整え、静かに訳し始める。


「……殿下の御威光に畏敬の念を抱いている、と申しております」

ほんの少しだけ、アデリナは言葉を添えた。


「……とても、緊張しているのです」


官僚の震える指先を見てからの、ささやかな補足だった。


嘘は言っていない。

意味も変えていない。

ただ、ほんの少しだけ、立場の弱いものが誤解されないように

”正しく整えただけ”の言葉。


小広間の空気がふっと和らぐ。


驚いたような官僚の顔。

王子の側近たちは、表情を緩めた。


リオネルは、

ただ一人、彼女を見つめていた。


余計な脚色のない、透明な声。

誰の肩も持たず、ただ言葉の正しさだけを守る姿勢。


その誠実さが胸にすとんと落ちてきて、


__欲しい、と唇が笑みに歪む。


彼は微笑む。王子として。けれどその胸には自分でもよくわからない熱が灯っていた。







 中庭の噴水が、夕暮れの空気の中で静かに音を立てていた。

会議が終わり、アデリナはそっと息をつく。固くなっていた肩の力が、ようやく抜けていく。


「アデリナ殿」


 振り返った先にいたのは、リオネル王子。

昼の会議と変わらない穏やかな笑みなのに、なぜだか胸がふわりと跳ねた。


「本日の通訳、助かりました。あなたの訳には、誠実さがある」


 その言葉はあまりに自然で、けれどまっすぐで。

社交辞令よりずっと深いところに届く。


「そんな……光栄です。お役に立てたなら、なによりです」


そう返した瞬間だった。

彼の視線が、ふっと熱を帯びる。


昼間の落ち着いた王子のままなのに、どこか温度が違う。

気のせいじゃない。胸の奥がざわめく。


(どうして、そんな目をしているの?)


 緊張して目を逸らしかけると、そのまま追うように静かな視線が触れてきた。

逃げようとするたび、そっと引き寄せられるみたい。


「お疲れではありませんか?」

深く落ち着いた声。それなのに、耳元でささやかれたように近く感じる。


「大丈夫、です。ただ……少し緊張していて」


「緊張、ですか」

柔らかく細められた瞳が優しくて、心臓が跳ねる。


どうしてこんなに、熱いんだろう。視線も。そして、私の頬も。


「あなたの訳は、言葉だけじゃなく心を運んでくる。私はそれを、ありがたく思っています」


一語一語が丁寧で、それなのに奥にある熱は隠さない。

胸の鼓動が、ゆっくり速くなる。


(もしかして、気づいてる?)


会議で、官僚の棘のある言葉を

”彼は緊張しております”と柔らかく訳した瞬間。

リオネルが静かに目を伏せた__あの気配。


もしかして、この人はすべてわかっているのかもしれない。

頬が熱くなる。


「……殿下のお役に立てたのなら、誇りです」


必死に声を整えたつもりなのに、ほんの少し震えた。


彼の瞳の奥が深く揺れる。


「それを聞けてよかった。あなたが、どう訳したのかも」


彼は一度言葉を区切り、声を顰めた。


「……理解しています」


「……っ」

胸の奥が強く跳ねる。


リオネルは、アデリナをまっすぐ見る。


逃げられないほどの視線。

熱がじわりと伝染してくる。


「アデリナ殿。あなたの誠実さは……私に響きます」


静かで、深くて、まっすぐで。

一言で、肺の奥まで熱で満たされる。


息が苦しい。とアデリナは思った。溺れてしまいそう。


夕日が彼の横顔を照らす。

その影の深さに気づいた瞬間、一気に胸が高鳴った。

 視線が触れるたび、熱が増す。

静かなのに、決して抗えない。


アデリナはそっと目を伏せた。

逃れるように。けれど熱は消えず、心の奥に残り続けた。



夜の大使館、会議が終わった廊下は静まり返り、アデリナの耳にはまだ翻訳の緊張がわずかに残っている。


小さく息をつく。

大国の第二王子__リオネル殿下。

彼の前に立つたび、理由もなく胸がざわつく。


どうしてだろう……。自分でも答えが出せないまま、前に足を進める。


「アデリナ殿」


背後から、落ち着いた声が降りてきた。

いつものように、彼の国の威厳ある公用語。


振り返ると、リオネル殿下がゆっくり歩いてくる。


どこか息を整えたような表情で、高貴な人特有の”完璧を保つための呼吸”がふと漏れていた。


「少し……話してもいいだろうか」


その声音だけで胸が跳ねる。

彼は廊下の端まで歩き、アデリナの前で足を止めた。


一瞬、迷うように目を伏せ、そして何かをきめたように顔を上げる。


「……君に、恋をしている」


アデリナに衝撃が落ちる。それはアデリナの母国語だった。

発音も文法も、驚くほど自然で美しい。

きっと、最初から話せたに違いない。


でも、彼は外交の場では決して使わなかった。

大国としての立場を守るため。

言語は”力”だと知っていたから。


そんな彼が。


今は一人の男性として、アデリナに目線を合わせている。それは、王子様が跪いて愛を差し出すような錯覚をアデリナに与えた。


「君と対等に話すなら……こちらの言葉で伝えるのが、正しいと思った」


誇りでも見栄でもない。この人は心を差し出してくれているのだ。


「……ずるいです、殿下」


胸の奥が、あたたかくほどけていく。


どうしてこんな言葉をえらんだのか。そうでなければ、堕ちずにいられたのに。


リオネルは、ふっとやわらかく笑う。


「ずるくてもいい。そうでもしないと、君は振り向いてくれない気がして」


もうだめだと思った。

囚われてしまった。




夕暮れの空を切り裂くように、飛行船はゆっくりと上昇していく。大国の象徴する木製のカラクリだ。緻密な模型のような飛行船はゆうゆうと飛翔する。


甲板には、新しく組まれた木材の香りと、締結式の余韻がまだ淡く残っていた。



 アデリナは使節団の一員として、この飛行船に乗っている。

友好条約後の追加交渉や文化交流のため、大国への公式派遣。


胸の奥は重圧で重いはずなのに、風に触れる指先は不思議と落ち着いていた。


「……やっぱり、君は空が似合う」


不意に背後から聞こえた声に、アデリナは振り向く。


そこには、リオネルが立っていた。

大国の第二王子として外交を担う彼は、今回の同行者でもある。


王族としての威厳を纏いながら、その瞳はアデリナだけを見つめて離さない。


「外交官として、緊張してる?新しい環境に飛び込むのは、誰だって勇気がいる」


「……少しだけ。でも、覚悟は決めています」


「うん。君なら大丈夫だ」


彼の言葉は、いつでもまっすぐだ。

地位による優しさではなく、専門家としての確信に近い評価。


高く評価してくれている。アデリナは視線に耐えきれず、風の方へ目をそらす。


リオネルは一歩近づくと、

そっとアデリナの手に触れた。

外交官と王族__その立場を越えてしまう、深い深度で。

控えめなのが彼らしい。


「アデリナ。ひとつお願いがある」


「……お願い、ですか?」


「未来の約束をしてもいいかい?」


 夕陽が殿下の横顔に影を落とす。

その声は、告白の夜と同じ、規律を外した男性としての顔と熱を覗かせていた。


「また一緒に、こうして空を見たい。

もし君が選んでくれるなら……外交の未来も、君と肩を並べて歩きたい」


アデリナの胸がふっと震える。


外交の道で生きる自分を、同じ場所で肯定してくれる人がいる。


この人なら__同じ方向を向いて歩んでいける。


アデリナは小さく息をすい、そして__リオネルの手をそっと握り返した。


「……はい。あなたとなら、どこへでも」


二人は、今だけはと寄り添う。立場を越えて、心に触れ合う。

飛行船が雲の上へ抜ける。

風の音と共に未来へと進み出した。

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