血染めの「裏切り」
翌朝、月影荘は、昨日にも増して深い雪に覆われていた。窓の外は一面の銀世界で、まるで世界から切り離されたかのような静寂が支配している。佐倉梓は、朝食のために食堂へ向かおうとしていた。しかし、その途中で、彼女は異様な気配を感じ取った。
書斎の扉が、わずかに開いている。昨夜は確かに閉まっていたはずだ。梓は、胸騒ぎを覚えながら、そっと扉に近づいた。中から、微かに血の匂いが漂ってくる。嫌な予感が全身を駆け巡り、梓は意を決して扉を押し開けた。
「きゃあっ!」
梓の悲鳴が、静寂に包まれた館に響き渡った。書斎の絨毯の上には、黒崎雅人が倒れていた。彼の胸には、鋭利な刃物が突き刺さり、周囲の絨毯は、おぞましいほど真っ赤に染まっていた。雅人の瞳は大きく見開かれ、その顔には、絶望と驚愕の表情が凍り付いていた。
梓は、震える手で口元を覆った。しかし、彼女の視線は、遺体の傍に釘付けになった。雅人の血で、床には大きく「裏切り」という文字が書かれていたのだ。そして、その傍らには、奇妙な絵画の断片が散らばっていた。それは、黒崎宗一郎の作品の一部だろうか。しかし、なぜこんな場所に?
梓の悲鳴を聞きつけ、他の滞在者たちが次々と書斎に集まってきた。青木健太は顔色を変え、白石恵は冷静さを保ちつつも、その瞳には動揺の色が浮かんでいた。赤井涼子は悲鳴を上げ、緑川徹は顔を青ざめさせて後ずさりした。
その中に、神崎蓮の姿もあった。彼は一歩足を踏み入れると、まず書斎全体をゆっくりと見回した。その視線は、遺体、血文字、絵画の断片、そして窓へと向けられた。窓は内側から鍵がかかっており、完全に閉ざされているように見えた。しかし、神崎の鋭い眼光は、窓枠のわずかな隙間を見逃さなかった。
「密室……ですか」
神崎は静かに呟いた。その声には、驚きも動揺も含まれていなかった。まるで、この状況を予期していたかのように。梓は、彼の冷静さに、一筋の希望を見出した。この絶望的な状況を打破できるのは、彼しかいない。そう直感した。
「神崎さん……一体、何が……」
梓が問いかけると、神崎はゆっくりと彼女の方を向いた。彼の瞳は、すでに事件の核心を見据えているかのように、深く澄んでいた。
「佐倉さん、あなたは第一発見者ですね。何か、気づいたことはありますか?」
神崎の問いに、梓は震える声で、自分が目にしたすべてを語った。血文字の「裏切り」、絵画の断片、そして、完全に閉ざされた書斎の扉と窓。神崎は、梓の言葉に静かに耳を傾けながら、再び現場へと視線を戻した。この白い密室の中で、一体何が起こったのか。そして、「裏切り」の文字は、誰が、何を意味して書いたのか。謎は深まるばかりだった。