影差す館の住人たち
月影荘に閉じ込められた人々は、それぞれが複雑な思惑を抱えていた。佐倉梓は、取材という名目で彼らの間に潜り込み、その人間関係の網の目を解きほぐそうと試みた。
まず、この館の現所有者であり、被害者となる黒崎雅人。彼は、祖父である画家の遺産を独占しようと画策しており、その傲慢な態度は、館の住人たちの反感を買っていた。梓が彼に取材を申し込むと、雅人は鼻で笑い、「こんな田舎の新聞に何が書けるんだ」と吐き捨てた。その言葉の端々には、他人を見下すような傲慢さが滲み出ていた。
「祖父の遺産は、すべて私が受け継ぐべきものだ。あの老いぼれどもに分け与える筋合いはない」
雅人は、そう言って不敵に笑った。彼の言う「老いぼれども」とは、遺産相続の権利を主張する親族たちを指しているのだろう。梓は、彼の言葉の裏に隠された、深い確執の存在を感じ取った。
次に、白石恵。雅人の遠縁の親戚で、弁護士という肩書きを持つ彼女は、常に冷静沈着で、感情を表に出すことがなかった。彼女は、黒崎宗一郎の遺言書に不審な点があるとして、相続の無効を訴えていた。梓が彼女に話を聞くと、恵は淡々と法的な見解を述べた。
「遺言書には、いくつかの瑕疵が見受けられます。私は、正当な手続きに則って、真実を明らかにしたいだけです」
その言葉には、一切の感情が込められていないように見えたが、梓は、彼女の瞳の奥に、強い意志の光が宿っているのを感じた。彼女もまた、雅人に対して何らかの不満を抱いていることは明らかだった。
館の管理人である青木健太は、長年、月影荘に仕えてきた老練な男だった。彼は、黒崎宗一郎が存命の頃から館の隅々まで知り尽くしており、画家への深い敬愛の念を抱いていた。雅人が館の美術品を売却しようとしていることに、彼は強い憤りを感じているようだった。
「宗一郎先生の作品は、この館と共に生きるべきものです。それを金儲けの道具にするなど、許されることではありません」
青木は、そう言って静かに怒りを滲ませた。彼の言葉からは、館と画家に対する異常なまでの執着が感じられた。梓は、彼の言葉が、単なる管理人の職務を超えた、個人的な感情に基づいていることを察した。
赤井涼子は、黒崎雅人の元恋人だった。華やかな外見とは裏腹に、どこか影のある彼女は、雅人との金銭トラブルを抱えていると噂されていた。梓が彼女に近づくと、涼子は感情的に雅人への恨みをぶちまけた。
「あの男は、私を騙したのよ! 私の人生をめちゃくちゃにした! 絶対に許さない!」
彼女の言葉は、怒りと悲しみに満ちていた。事件直前にも、雅人と激しい口論をしていたという目撃情報があり、彼女の動機は最も分かりやすいものだった。
そして、緑川徹。黒崎雅人の事業パートナーだった彼は、共同事業の失敗で多額の負債を抱え、追い詰められた状況にあった。口数が少なく、常に周囲を伺うような態度をとる彼は、雅人からの資金援助を強く求めていた。
「黒崎さんには、もう少し、こちらの事情も考えてもらいたいものです……」
緑川は、そう言って目を伏せた。彼の言葉の裏には、雅人への不満と、自身の窮状に対する焦りが隠されていた。梓は、彼ら一人ひとりの言葉と態度から、雅人に対する様々な感情が渦巻いていることを感じ取った。雪は降り続き、月影荘は完全に外界から隔絶された。この白い密室の中で、何かが起こる予感に、梓の胸はざわめいた。