凍てつく招待状
地方都市、神坂の奥深く、人里離れた山間にひっそりと佇む洋館「月影荘」。その名は、かつて一世を風靡した孤高の画家、黒崎宗一郎が晩年を過ごした場所として、美術界では伝説的に語り継がれていた。しかし、今、その荘厳な佇まいとは裏腹に、館の周囲には不穏な空気が漂い始めていた。
佐倉梓は、地方新聞「神坂新報」の若手記者として、この月影荘を訪れていた。彼女の目的は、黒崎宗一郎の死後、遺産相続を巡って泥沼化しているという噂の真相を探ること。そして、あわよくば、この歴史ある館の秘められた物語を記事にすることだった。冬の訪れと共に、空は鉛色に重く垂れ込め、梓の足元には、すでに薄っすらと雪が積もり始めていた。
「まさか、こんな山奥にこんな立派な洋館があるなんて……」
梓は息を呑んだ。ゴシック様式を基調とした重厚な石造りの外壁、尖塔のような屋根、そして、どこか物悲しげなステンドグラスの窓。すべてが、彼女がこれまで見てきたどんな建物よりも、物語性を帯びていた。しかし、その美しさとは裏腹に、館全体からは人の気配が希薄で、まるで時間が止まってしまったかのような静寂が支配していた。
門をくぐり、長く伸びるアプローチを進むと、古びた木製の扉が梓を待ち受けていた。ノッカーを叩くと、しばらくして重々しい音を立てて扉が開き、中から一人の老人が顔を覗かせた。白髪交じりの髪をきちんと撫でつけ、背筋を伸ばしたその老人は、この館の管理人を務める青木健太だった。
「佐倉梓と申します。神坂新報の者ですが、黒崎雅人様にお目にかかりたく……」
梓が名乗ると、青木は無表情に頷き、彼女を館の中へと招き入れた。一歩足を踏み入れると、外の寒さとは打って変わって、暖炉の燃える心地よい温かさが梓を包み込んだ。しかし、その温かさも、館全体に漂う重苦しい雰囲気の前では、どこか空虚に感じられた。
青木は、梓を広々とした応接間へと案内した。そこには、すでに数人の男女が集まっていた。彼らこそが、黒崎宗一郎の遺産を巡る相続問題の関係者たち、そして、これから起こる悲劇の登場人物たちだった。梓は彼らの顔ぶれを記憶に刻みつけながら、取材の準備を始めた。
その日の午後、雪は本格的な吹雪へと変わった。みるみるうちに積もっていく雪は、月影荘を外界から完全に隔絶し、まるで白い壁で覆い尽くすかのように、孤立させていった。そして、その白い密室の中で、事件の幕は静かに開かれようとしていた。
夜、暖炉の火が静かに燃える応接間で、梓は偶然、一人の青年と出会った。彼の名は神崎蓮。美術品鑑定のために月影荘を訪れているという彼は、その若さからは想像もつかないほど落ち着いた雰囲気を纏い、まるで館の闇を見透かすかのような鋭い眼差しをしていた。梓は、この青年が、これから起こるであろう事件の鍵を握る人物であるとは、まだ知る由もなかった。